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第25話 魂の片割れ
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翌日、ジェローム卿が訪ねてきた。
「ソフィーに、ですか?」
「はい。切り傷やあかぎれによく効く薬をお持ちしたのですが……。ご迷惑でなければ、ソフィー殿へお渡しいただけますか?」
ふふっ。ジェローム様ったら、照れちゃって。間違って薬用酒を飲んじゃった私を寝かせた後、2人で良い感じになったのかしら?
「でしたら直接、ソフィーへお渡しいただいた方が彼女も喜びます。夕方には戻ってくる予定ですから」
「……分かりました」
「それはそうとジェローム様、少しお時間よろしいでしょうか? 実は―――」
「お詫びのしるしに男性へ贈ると喜ぶもの、ですか? うーん、相手によると思いますから、何とも……」
「一般論でいいんです」
「そうですねぇ。手作りのお菓子などは貴重ですから、貰えると喜ぶのではないでしょうか?」
「お菓子……なるほど。ありがとう、参考になりました」
「いえ。それでは」
幸いまだ正午過ぎだ。
今から取り掛かれば、夕方のおやつタイムには間に合うだろう。
ソフィーは今日お休みを取っているので、ひとりで裏の森に入ることにした。
大きく成長した菩提樹が森を守るかのように生い茂っているが、とある銅像の前に、大人一人がやっと入れるくらいの狭い入り口がある。
周りの景色と同化しているから分かりづらいが、引っ越してきた日に菩提樹の新芽を摘んでいて偶然見つけたのだ。
「チェリーパイを作ろうかな」
この森は自然豊かで、いろいろな種類の木の実がたくさん群生している。この前ソフィーと散歩しているとき、サクランボがたわわに実っている場所を発見したのだ。
「うわ~! ここのサクランボの実ったら、どれもツヤツヤだわ!」
夢中になって摘んでいたら、ブンブンという聞き慣れない音がした。
「ん? あれは……ハチドリ!? ヘンね。王国には生息していないはずなのに……」
言われてみれば、この森には王国で見られないような種類の植物がたくさん群生している。木花だけじゃない。昆虫や鳥だってそうだ。
不思議に思って眺めていると、私の気配に気づいたのか、森の奥へと飛んで行ってしまった。
「あっ、待って!」
慌ててついていくと、さらに森が開けて穏やかな水を湛えた泉が姿を現した。
「わぁ――。すごく綺麗。あれ? 泉の中央にあんな所が……」
ハチドリが飛んで行った先には、離れ小島――といっても直径が5メートルくらいしかないけれど――が浮かんでいて、岸からそこまでは飛び石で渡れるようになっていた。
「ふふっ。何だか冒険みたいになってきた。ワクワクしちゃう!」
飛び石の前まで来たとき、一瞬、神聖な空気に触れたような感覚がしたけれど、好奇心に負けてそのまま渡ることにした。
水深の浅い泉だと思っていたけれど、小島に近づくにつれてどんどん深くなっていく。カナヅチの私は泳げない。慎重に飛び石の上を歩いて小島まで渡ったら、苔生した石碑の上をハチドリがホバリングしていた。
「何だか神秘的な場所ね。あれ? この石碑、銘文が刻まれてる。えっと――」
『愛する想い出とともに。
最愛の妻であり、母。
王妃 コンスタンス
454年4月23日(生) ―― 488年2月3日(没)』
「これ……亡き王妃様を偲んで建てられた石碑なんだわ。ん? こっちの小さな石碑は何だろう?」
王妃様の石碑の左隣には、一回り小さな石碑が建てられていた。けれど、右半分が蔦に覆われていて、その周りをハチドリが楽しそうにホバリングしている。
「ふふっ。ここは貴女のお気に入りの場所なのね? 本当に、とっても気持ちの良い場所だわ」
ここの主に挨拶をしておこうと思って、小さい石碑に絡まった蔦の葉を少しだけ持ち上げた。
「――――うそでしょ」
石碑には、こう刻まれていた。
『永遠に、忘れない。いつまでも、私たちの心の中で生き続ける。
愛する息子であり、弟。
レオナルド
474年1月16日(生) ―― 484年7月19日(没)』
「王国歴474年1月16日……リシャール殿下の誕生日とおんなじだわ。レオナルドって、弟って――」
脱力して、ペタンとその場に座り込んだ。
まだ昼間だというのに、私の世界から音も光も消えてなくなってしまった。
身体が重力に抗えなくなるこの感覚を、私は知っている。実母を亡くしたあの時と、おんなじだ。
幼き日、レオと出逢ったのは、サクランボが実る季節だった。
だからたぶん、6月から7月にかけてだったと思う。
484年って、7月19日って。……私と出逢って、直ぐじゃない。わずか10歳で、レオはあちらの世界に行っちゃったというの?
魂の片割れ、なんて言っておきながら――レオが亡くなったことも知らず、それどころかリシャール殿下をレオだと思い込んで……。
王国では、双子は忌み子とみなされていた時期がある。
表向きには兄のリシャール殿下のみが王子とされ、弟のレオナルドは影の存在として国民に知らされぬままその短い生涯を終えたのかもしれない。
それからは、次から次に後悔が押し寄せた。
レオから「また会えるか?」って聞かれたとき、素直に「うん!」って言えばよかった。
レオから貰ったリボンを実母に問いただされたとき、「あの子にまた会いたい」って願い出ればよかった。
負けず嫌いな性格を、悪いことみたいに言うんじゃなかった。
意地悪なんてせずに、サクランボの種飛ばしの秘訣を教えてあげればよかった。
それから、それから――。
あの時、私が――
すぐに犯人を追いかけて掴まえていたら。
すぐにお医者様へレオを診せていたら。
あの場所で別れたりなんてしないで実母にレオを紹介していたら。
もしかしたら、レオの運命は変わっていたかもしれない。なのに――なのに私は、何もしなかった。
なんにもしないことが、こんなにも多くの後悔を生むことになるなんて、知らなかった。
――気が付いたら、夜空に星が瞬いてきた。
「どうしよう。帰れなくなっちゃった……」
私はいわゆる、鳥目だ。生まれつき、暗い場所では視力が著しく衰えてしまう。
飛び石の上を歩いて岸へ戻ろうと思っても、灯りひとつないこの場所では、それが敵わない。
いつの間にか、ハチドリもいなくなってしまった。
途端に心細くなる。
「レオ……」
そうつぶやいたとき、岸の向こう側にランタンの灯りが一つ二つと見えてきた。
「ソフィーに、ですか?」
「はい。切り傷やあかぎれによく効く薬をお持ちしたのですが……。ご迷惑でなければ、ソフィー殿へお渡しいただけますか?」
ふふっ。ジェローム様ったら、照れちゃって。間違って薬用酒を飲んじゃった私を寝かせた後、2人で良い感じになったのかしら?
「でしたら直接、ソフィーへお渡しいただいた方が彼女も喜びます。夕方には戻ってくる予定ですから」
「……分かりました」
「それはそうとジェローム様、少しお時間よろしいでしょうか? 実は―――」
「お詫びのしるしに男性へ贈ると喜ぶもの、ですか? うーん、相手によると思いますから、何とも……」
「一般論でいいんです」
「そうですねぇ。手作りのお菓子などは貴重ですから、貰えると喜ぶのではないでしょうか?」
「お菓子……なるほど。ありがとう、参考になりました」
「いえ。それでは」
幸いまだ正午過ぎだ。
今から取り掛かれば、夕方のおやつタイムには間に合うだろう。
ソフィーは今日お休みを取っているので、ひとりで裏の森に入ることにした。
大きく成長した菩提樹が森を守るかのように生い茂っているが、とある銅像の前に、大人一人がやっと入れるくらいの狭い入り口がある。
周りの景色と同化しているから分かりづらいが、引っ越してきた日に菩提樹の新芽を摘んでいて偶然見つけたのだ。
「チェリーパイを作ろうかな」
この森は自然豊かで、いろいろな種類の木の実がたくさん群生している。この前ソフィーと散歩しているとき、サクランボがたわわに実っている場所を発見したのだ。
「うわ~! ここのサクランボの実ったら、どれもツヤツヤだわ!」
夢中になって摘んでいたら、ブンブンという聞き慣れない音がした。
「ん? あれは……ハチドリ!? ヘンね。王国には生息していないはずなのに……」
言われてみれば、この森には王国で見られないような種類の植物がたくさん群生している。木花だけじゃない。昆虫や鳥だってそうだ。
不思議に思って眺めていると、私の気配に気づいたのか、森の奥へと飛んで行ってしまった。
「あっ、待って!」
慌ててついていくと、さらに森が開けて穏やかな水を湛えた泉が姿を現した。
「わぁ――。すごく綺麗。あれ? 泉の中央にあんな所が……」
ハチドリが飛んで行った先には、離れ小島――といっても直径が5メートルくらいしかないけれど――が浮かんでいて、岸からそこまでは飛び石で渡れるようになっていた。
「ふふっ。何だか冒険みたいになってきた。ワクワクしちゃう!」
飛び石の前まで来たとき、一瞬、神聖な空気に触れたような感覚がしたけれど、好奇心に負けてそのまま渡ることにした。
水深の浅い泉だと思っていたけれど、小島に近づくにつれてどんどん深くなっていく。カナヅチの私は泳げない。慎重に飛び石の上を歩いて小島まで渡ったら、苔生した石碑の上をハチドリがホバリングしていた。
「何だか神秘的な場所ね。あれ? この石碑、銘文が刻まれてる。えっと――」
『愛する想い出とともに。
最愛の妻であり、母。
王妃 コンスタンス
454年4月23日(生) ―― 488年2月3日(没)』
「これ……亡き王妃様を偲んで建てられた石碑なんだわ。ん? こっちの小さな石碑は何だろう?」
王妃様の石碑の左隣には、一回り小さな石碑が建てられていた。けれど、右半分が蔦に覆われていて、その周りをハチドリが楽しそうにホバリングしている。
「ふふっ。ここは貴女のお気に入りの場所なのね? 本当に、とっても気持ちの良い場所だわ」
ここの主に挨拶をしておこうと思って、小さい石碑に絡まった蔦の葉を少しだけ持ち上げた。
「――――うそでしょ」
石碑には、こう刻まれていた。
『永遠に、忘れない。いつまでも、私たちの心の中で生き続ける。
愛する息子であり、弟。
レオナルド
474年1月16日(生) ―― 484年7月19日(没)』
「王国歴474年1月16日……リシャール殿下の誕生日とおんなじだわ。レオナルドって、弟って――」
脱力して、ペタンとその場に座り込んだ。
まだ昼間だというのに、私の世界から音も光も消えてなくなってしまった。
身体が重力に抗えなくなるこの感覚を、私は知っている。実母を亡くしたあの時と、おんなじだ。
幼き日、レオと出逢ったのは、サクランボが実る季節だった。
だからたぶん、6月から7月にかけてだったと思う。
484年って、7月19日って。……私と出逢って、直ぐじゃない。わずか10歳で、レオはあちらの世界に行っちゃったというの?
魂の片割れ、なんて言っておきながら――レオが亡くなったことも知らず、それどころかリシャール殿下をレオだと思い込んで……。
王国では、双子は忌み子とみなされていた時期がある。
表向きには兄のリシャール殿下のみが王子とされ、弟のレオナルドは影の存在として国民に知らされぬままその短い生涯を終えたのかもしれない。
それからは、次から次に後悔が押し寄せた。
レオから「また会えるか?」って聞かれたとき、素直に「うん!」って言えばよかった。
レオから貰ったリボンを実母に問いただされたとき、「あの子にまた会いたい」って願い出ればよかった。
負けず嫌いな性格を、悪いことみたいに言うんじゃなかった。
意地悪なんてせずに、サクランボの種飛ばしの秘訣を教えてあげればよかった。
それから、それから――。
あの時、私が――
すぐに犯人を追いかけて掴まえていたら。
すぐにお医者様へレオを診せていたら。
あの場所で別れたりなんてしないで実母にレオを紹介していたら。
もしかしたら、レオの運命は変わっていたかもしれない。なのに――なのに私は、何もしなかった。
なんにもしないことが、こんなにも多くの後悔を生むことになるなんて、知らなかった。
――気が付いたら、夜空に星が瞬いてきた。
「どうしよう。帰れなくなっちゃった……」
私はいわゆる、鳥目だ。生まれつき、暗い場所では視力が著しく衰えてしまう。
飛び石の上を歩いて岸へ戻ろうと思っても、灯りひとつないこの場所では、それが敵わない。
いつの間にか、ハチドリもいなくなってしまった。
途端に心細くなる。
「レオ……」
そうつぶやいたとき、岸の向こう側にランタンの灯りが一つ二つと見えてきた。
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