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第26話 Requiescat in pace
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「お嬢さまー? お嬢さまー? いらっしゃいますか? お嬢さまー!?」
「ソフィーっ!! ここ!! 離れ小島にいるの。渡れなくなっちゃって」
「お嬢様!! すぐに参りますっ!」
タン タン タン タン タン タン タンッ!
「ソフィーっ!!」
出掛けた先も伝えていなかったのに森の中だと気づいてくれて、暗闇で足元も悪いのに迷いなく飛び石を渡って迎えに来てくれたのが言葉にできないほど嬉しくて、思わず胸に飛び込んだ。
ガッチリとした筋肉質で温かな身体に包まれて、あぁ助かったのだと安堵する。
……あれ? ソフィーってこんなに胸板、厚かったっけ? 腕だって、こんなに逞しかったっけ?
「――大丈夫か?」
「殿下……」
うそ。殿下が迎えに来てくれたんだ。
咄嗟に怒られると思って身構えたのに、頭の上から降ってきたのは意外な言葉だった。
「歩けるか? ……泣いてたのか? もう大丈夫だ」
殿下は自ら上着を脱ぐと私の肩にそれを掛け、軽々と私を抱き上げた。
そうして、先ほど来てくれた時と同じように軽快な足取りで飛び石を渡り終わると、トンと私を地面に降ろしてくれた。
「お嬢様!! ご無事ですか? ……こんなに身体を冷やして。もうっ、心配したんですからね?」
ジェローム卿と岸で待機していたソフィーが駆け寄ってきて、抱きしめてくれた。
「ソフィー。心配かけちゃって、ごめんなさい」
「ジェローム様からお話を聞いて、もしかしてと森に向かったんですが、いつもの入口が見当たらなくて。ジェローム様を通じて殿下へ捜索をお願いしたんです」
「そうだったのね、ありがとう。殿下、ジェローム様、ご面倒をおかけし大変申し訳ございませんでした」
「ジェロームもソフィーもご苦労だった。今夜は彼女と少し、話がある。2人だけにさせてくれか?」
「かしこまりました」
殿下は2人へそう言うと、無言のままズンズンと森の奥へと歩みを進めた。
私の人生において、これほど衝撃的な出来事が次から次へ起こる事なんて、今日という日以外にはないだろう。というのも私は先程から、人生初の“お姫様抱っこ”とやらをされている。しかも、本物の王子様に。
手首を掴まれて連行されていた自分からすると、まさに破格の待遇だ。
ソフィーたちが去った後、殿下は「全身に触れるぞ?」と断りを入れるなり、緊張で身体をこわばらせた私をふわりと抱き上げてこう言ったのだ。
「こんなに身体が冷えてたら、歩けないだろ? くくくっ。『全身』と聞いて緊張したのか? どこに触れるのか前もって言えと言ったのは君だろう?」と。
そうだ。忘れていたけれど、殿下はガブリエル隊長の弟弟子だったんだ。どうりで口調が似ているはずだ。口調だけじゃない。時々意地悪なところもそっくりだ。
「心配するな。何もしない」
そして、何だかんだいって面倒見が良いところも。
夏とはいえ水辺にずっといたせいか、冷え切ってしまった身体に殿下の体温が心地良い。思わず殿下の胸元に頬を寄せると、心臓の鼓動が伝わってきた。
トクン トクン トクン トクン。
離れ小島にいた時、考えたのはレオのことばかりだった。
なのに今、私の心を占めるのは、なぜかリシャール殿下のことばかりだ。
殿下に悪いことしちゃったな……。
あんなことも、こんなことも。殿下をレオだと信じて、失礼な態度をたくさん取ってしまった。
なのに、殿下自ら私を探しに来てくれた。離れ小島まで、飛び石を渡って迎えに来てくれた。説教することもなく上着をかけてくれて、抱き上げてくれて――。
レオ。
私ね、貴方と約束したとおり、強い女になったんだよ?
貴方のお兄さんのことは、私がちゃんと護るから。
妃候補からは降りるけど、彼の治世を、一臣下として支え続けると約束するわ。
だから、どうか――。
さっきまで、どうしても言えなかった祈りの言葉――Requiescat in pace――を心の中で唱えると、止まっていた涙がまたポロリポロリと溢れてきた。
「……すんっ」
「まだ泣いてたのか?」
殿下はランタンを地面に置くと、空いた手でゴシゴシと私の目元を拭ってくれた。
扱いが荒っぽい。
けれど、こういう殿下の女性慣れしていない不器用さを好ましく感じてしまうのは、私の中にまだ、殿下に対する恋心がくすぶっているからなのだろうか。
殿下は「ほら」と言って私の手にハンカチを握らせると、また無言で歩き始めた。 ゴツゴツした剣だこのある掌の温もりが、冷え切った指先に伝わってくる。
今でも鍛えてるんだ……。
そりゃそうか。つい2年前までは、“白銀の青獅子”と怖れられていた剣士だったもの。
そうして辿り着いたのは、木造2階建ての一軒家だった。
殿下は私をソファーへ降ろすと、「すぐに戻る」と言って、洗面所の場所だけ伝えると奥へと引っ込んでしまった。
この国で伝統的な木造建築の建物は珍しい。
よほどきちんと手入れをしていないと、すぐに痛んでしまうからだ。
飾り気のない外見からは想像できないくらい丁寧に整えられた室内は、木の温もりで溢れていた。
心なしか、ロワーヌ侯爵家の別棟を思い起こさせるから不思議だ。
殿下が席を外しているうちに、涙でぐじゃぐじゃになった顔を洗うことにした。
「ソフィーっ!! ここ!! 離れ小島にいるの。渡れなくなっちゃって」
「お嬢様!! すぐに参りますっ!」
タン タン タン タン タン タン タンッ!
「ソフィーっ!!」
出掛けた先も伝えていなかったのに森の中だと気づいてくれて、暗闇で足元も悪いのに迷いなく飛び石を渡って迎えに来てくれたのが言葉にできないほど嬉しくて、思わず胸に飛び込んだ。
ガッチリとした筋肉質で温かな身体に包まれて、あぁ助かったのだと安堵する。
……あれ? ソフィーってこんなに胸板、厚かったっけ? 腕だって、こんなに逞しかったっけ?
「――大丈夫か?」
「殿下……」
うそ。殿下が迎えに来てくれたんだ。
咄嗟に怒られると思って身構えたのに、頭の上から降ってきたのは意外な言葉だった。
「歩けるか? ……泣いてたのか? もう大丈夫だ」
殿下は自ら上着を脱ぐと私の肩にそれを掛け、軽々と私を抱き上げた。
そうして、先ほど来てくれた時と同じように軽快な足取りで飛び石を渡り終わると、トンと私を地面に降ろしてくれた。
「お嬢様!! ご無事ですか? ……こんなに身体を冷やして。もうっ、心配したんですからね?」
ジェローム卿と岸で待機していたソフィーが駆け寄ってきて、抱きしめてくれた。
「ソフィー。心配かけちゃって、ごめんなさい」
「ジェローム様からお話を聞いて、もしかしてと森に向かったんですが、いつもの入口が見当たらなくて。ジェローム様を通じて殿下へ捜索をお願いしたんです」
「そうだったのね、ありがとう。殿下、ジェローム様、ご面倒をおかけし大変申し訳ございませんでした」
「ジェロームもソフィーもご苦労だった。今夜は彼女と少し、話がある。2人だけにさせてくれか?」
「かしこまりました」
殿下は2人へそう言うと、無言のままズンズンと森の奥へと歩みを進めた。
私の人生において、これほど衝撃的な出来事が次から次へ起こる事なんて、今日という日以外にはないだろう。というのも私は先程から、人生初の“お姫様抱っこ”とやらをされている。しかも、本物の王子様に。
手首を掴まれて連行されていた自分からすると、まさに破格の待遇だ。
ソフィーたちが去った後、殿下は「全身に触れるぞ?」と断りを入れるなり、緊張で身体をこわばらせた私をふわりと抱き上げてこう言ったのだ。
「こんなに身体が冷えてたら、歩けないだろ? くくくっ。『全身』と聞いて緊張したのか? どこに触れるのか前もって言えと言ったのは君だろう?」と。
そうだ。忘れていたけれど、殿下はガブリエル隊長の弟弟子だったんだ。どうりで口調が似ているはずだ。口調だけじゃない。時々意地悪なところもそっくりだ。
「心配するな。何もしない」
そして、何だかんだいって面倒見が良いところも。
夏とはいえ水辺にずっといたせいか、冷え切ってしまった身体に殿下の体温が心地良い。思わず殿下の胸元に頬を寄せると、心臓の鼓動が伝わってきた。
トクン トクン トクン トクン。
離れ小島にいた時、考えたのはレオのことばかりだった。
なのに今、私の心を占めるのは、なぜかリシャール殿下のことばかりだ。
殿下に悪いことしちゃったな……。
あんなことも、こんなことも。殿下をレオだと信じて、失礼な態度をたくさん取ってしまった。
なのに、殿下自ら私を探しに来てくれた。離れ小島まで、飛び石を渡って迎えに来てくれた。説教することもなく上着をかけてくれて、抱き上げてくれて――。
レオ。
私ね、貴方と約束したとおり、強い女になったんだよ?
貴方のお兄さんのことは、私がちゃんと護るから。
妃候補からは降りるけど、彼の治世を、一臣下として支え続けると約束するわ。
だから、どうか――。
さっきまで、どうしても言えなかった祈りの言葉――Requiescat in pace――を心の中で唱えると、止まっていた涙がまたポロリポロリと溢れてきた。
「……すんっ」
「まだ泣いてたのか?」
殿下はランタンを地面に置くと、空いた手でゴシゴシと私の目元を拭ってくれた。
扱いが荒っぽい。
けれど、こういう殿下の女性慣れしていない不器用さを好ましく感じてしまうのは、私の中にまだ、殿下に対する恋心がくすぶっているからなのだろうか。
殿下は「ほら」と言って私の手にハンカチを握らせると、また無言で歩き始めた。 ゴツゴツした剣だこのある掌の温もりが、冷え切った指先に伝わってくる。
今でも鍛えてるんだ……。
そりゃそうか。つい2年前までは、“白銀の青獅子”と怖れられていた剣士だったもの。
そうして辿り着いたのは、木造2階建ての一軒家だった。
殿下は私をソファーへ降ろすと、「すぐに戻る」と言って、洗面所の場所だけ伝えると奥へと引っ込んでしまった。
この国で伝統的な木造建築の建物は珍しい。
よほどきちんと手入れをしていないと、すぐに痛んでしまうからだ。
飾り気のない外見からは想像できないくらい丁寧に整えられた室内は、木の温もりで溢れていた。
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