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第27話 人払いをしたその意図は
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「……酷い顔」
鏡には、まぶたを赤く腫らした少女が映っていた。
「あれ?」
今、翠色ベースの瞳の真ん中に、オレンジの差し色が入っていたような……。
驚いてパチパチと瞬きしたら、ただの翠一色に戻っていた。
なーんだ。気のせいか。
一瞬、アース・アイが出現したのかと思ったけれど、光の加減でそう見えただけらしい。
そうよね。私、どこも悪くないし。攻撃魔法や毒を受けたわけでもないもの。成人まであと3か月あるし。
それにしても――ここはどこなんだろう?
離宮の敷地内なんだろうけれど、こんな奥までは来たことがなかった。
ソフィーとジェローム様を下がらせてまで、どうして殿下は私を連れてきたんだろう? 話があるって言ってたけど――。
「あっ!!」
そうか。きっとリリー嬢から聞いたのね。スッパリキッパリ、私へ引導を渡した方が誠実だと。
やるじゃない。
いろんな意味で鈍いと思ってたけど、性悪聖女もやるときゃやるのね。
殿下もプライドの高い私に配慮して、人目のないところで最終宣告することに決めたんだ。優しいところ、あるじゃない。
いつもの悪いくせで深~い思考の海に潜っていたら、洗面所のドアが叩かれる音ではたと我に返った。
――ドンドン。ドンドン。
「おい! 大丈夫か?」
私ってば、どのくらいぼぉーっとしてたのかしら。
また殿下に心配をかけちゃったなと、気まずそうにドアを開けた私に放った殿下の一言が、完全に私を現実世界へと引き戻してくれた。
「ずいぶん長いトイレだな。そんなに腹が冷えたのか?」
その瞬間、僅かにくすぶっていた殿下への恋心が一気に冷えていくのを感じた。
「……腹は冷えておりません」
「だったらいい。……デルフィーヌ」
「!?」
「腹と言うのは、どうかと思うぞ?」
「……」
「昔から言うだろう? 言葉は人をつくる、と。品位は忘れぬ方がいい」
「!!」
殿下から初めて「デルフィーヌ」と呼ばれ、再びくすぶりかけた恋種が今度は完全鎮火した。
私は、名うての高飛車令嬢だ。
理由なく受けた理不尽な扱いに、徹底抗戦・倍返し以外の選択肢はない。
けれど――先程の殿下の言葉に私を貶める意図はない。2年も一緒にいたのだ。そのくらいは分かる。
曲がりなりにも自分の妃候補に投げる言葉としては如何なものかと思うけれど、絶望の淵にいた私をいつもの場所まで引き上げてくれたのは事実だ。
だから。
私を言い籠めて得意顔をした殿下の少し愉快そうな背中をキッと睨みながらも、心の中でそっと感謝した。
先ほどの部屋に戻ると、一枚板のテーブルの上に温かな食事が用意されていた。
「これは?」
「野菜スープしか用意がないが、我慢してくれ」
「いただきます。…………美味しい」
「そうか? やっと喋ったな。ガブリエルが言っていたとおりだ」
「?」
「デルフィーヌは、腹が減ると短気で無口になると聞いた」
「……誰でもそうでしょう? 腹が減って気長で饒舌になる人、います!?」
「デルフィーヌ?」
「お腹! これでよろしゅうございますか?」
「あぁ、そうだ。ほら、これを使うといい」
「……ひざ掛け?」
「ガブリエルから聞いた。デルフィーヌは腹を冷やしやすいと。夏でも腹巻きが欠かせないそうじゃないか」
ガブリエル隊長ってば、何てこと殿下に吹き込んでるのよ!!
それに!! 腹巻をしてたのは、思春期になって膨らんできた胸をごまかすためよ!!
隊長が言ったんじゃない! 『女だと気づかれたら厄介だ』って。
さらしを巻いて胸を抑えるのは嫌だったから、腰に布を何枚も巻き付けてわざと寸胴に見えるようにしてたのにっ!!
それからは終始無言で野菜たっぷりのスープを口に運んだ。
食事が終わると、殿下からソファーへ移動して話をしようと言われた。
「今夜デルフィーヌをここへ呼んだのは、人に聞かれては困る話があったからだ」
「はい」
分かっていますよ、殿下。
お心遣い、ありがとうございます。
ついに『お前を妃に選ぶことはない!』と宣言されるのですね? 大丈夫、覚悟はできておりますから。
本音を言うと、殿下から引導を渡される形で終わるのは、ちょっぴり癪だけど。
まるで辞令を受け取るような心持ちで、しゃん! っと背筋を伸ばす。
「知っていると思うが、ここは王家の黒い森だ。王族以外は立ち入れないよう結界が張られている」
「え……?」
「なぜデルフィーヌが入れたのか、ずっと考えていたんだが――」
うそ! 私、無意識に魔力無効の力を作動させて、王家の黒い森へ侵入しちゃってたの?
「け、結界が崩れていた……とかではないでしょうか?」
「たしかに、あの銅像の前だけ結界が弱くなっていた。だが、普通は気づけないくらいの綻びだ」
「わ、わたくしの観察眼を甘く見ないでいただきたいですわ」
「そうだな。俺のアレルギーを見抜いたくらいだ。デルフィーヌの洞察力が鋭いのは認めるよ」
「そ、それはどうも」
ふぅ――、危なかった。
それにしても、やっぱり褒められるのは悪い気がしないわね。
「それで、だ。ここからが本題なんだが……昔、噂で聞いたことがある。ガブリエルの腹心に、魔力無効の力を持つ黒髪の――」
まさか、そっちの話をされるとは思わなかった。殿下はどこまで私の秘匿能力に感づいているのだろうか。
私としたことが、バレちゃった時のシミュレーションが足りてなかったわ……。
殿下が人払いまでして話したかったこととは何なのか、固唾を呑んで次の言葉を待った。
「昔、噂で聞いたことがある。ガブリエルの腹心に、魔力無効の力を持つ黒髪の――小太りがいる、と。心当たりはあるか?」
「あるわけないでしょ、黒髪のチビデブなんて!!」
「こら。チビデブじゃなくて小太りだ」
「どっちも一緒でしょ!?」
「チビとは言っていないだろ?」
信じられないっ! 何が『小太り』よ。誰が流したのよ、そんなガセネタ!!
女だとバレないように、真夏でも何重に布を巻いてたというのに、私の苦労を何だと思っているのよ!
「いきなりどうした? 一旦、落ち着け。あ、腹が空いたんだな?」
「空いてない! それから、腹じゃなくてお腹でしょ!? 王族としての品位はどうしたの!?」
「今は純然なプライベートだ。そういうのを持ち出すのは無粋だぞ?」
「どの口が!?」
ごめんなさいレオ。
さっき誓ったばっかりなのに、私、貴方のお兄さんに忠誠を誓う自信、やっぱりないかも……。
鏡には、まぶたを赤く腫らした少女が映っていた。
「あれ?」
今、翠色ベースの瞳の真ん中に、オレンジの差し色が入っていたような……。
驚いてパチパチと瞬きしたら、ただの翠一色に戻っていた。
なーんだ。気のせいか。
一瞬、アース・アイが出現したのかと思ったけれど、光の加減でそう見えただけらしい。
そうよね。私、どこも悪くないし。攻撃魔法や毒を受けたわけでもないもの。成人まであと3か月あるし。
それにしても――ここはどこなんだろう?
離宮の敷地内なんだろうけれど、こんな奥までは来たことがなかった。
ソフィーとジェローム様を下がらせてまで、どうして殿下は私を連れてきたんだろう? 話があるって言ってたけど――。
「あっ!!」
そうか。きっとリリー嬢から聞いたのね。スッパリキッパリ、私へ引導を渡した方が誠実だと。
やるじゃない。
いろんな意味で鈍いと思ってたけど、性悪聖女もやるときゃやるのね。
殿下もプライドの高い私に配慮して、人目のないところで最終宣告することに決めたんだ。優しいところ、あるじゃない。
いつもの悪いくせで深~い思考の海に潜っていたら、洗面所のドアが叩かれる音ではたと我に返った。
――ドンドン。ドンドン。
「おい! 大丈夫か?」
私ってば、どのくらいぼぉーっとしてたのかしら。
また殿下に心配をかけちゃったなと、気まずそうにドアを開けた私に放った殿下の一言が、完全に私を現実世界へと引き戻してくれた。
「ずいぶん長いトイレだな。そんなに腹が冷えたのか?」
その瞬間、僅かにくすぶっていた殿下への恋心が一気に冷えていくのを感じた。
「……腹は冷えておりません」
「だったらいい。……デルフィーヌ」
「!?」
「腹と言うのは、どうかと思うぞ?」
「……」
「昔から言うだろう? 言葉は人をつくる、と。品位は忘れぬ方がいい」
「!!」
殿下から初めて「デルフィーヌ」と呼ばれ、再びくすぶりかけた恋種が今度は完全鎮火した。
私は、名うての高飛車令嬢だ。
理由なく受けた理不尽な扱いに、徹底抗戦・倍返し以外の選択肢はない。
けれど――先程の殿下の言葉に私を貶める意図はない。2年も一緒にいたのだ。そのくらいは分かる。
曲がりなりにも自分の妃候補に投げる言葉としては如何なものかと思うけれど、絶望の淵にいた私をいつもの場所まで引き上げてくれたのは事実だ。
だから。
私を言い籠めて得意顔をした殿下の少し愉快そうな背中をキッと睨みながらも、心の中でそっと感謝した。
先ほどの部屋に戻ると、一枚板のテーブルの上に温かな食事が用意されていた。
「これは?」
「野菜スープしか用意がないが、我慢してくれ」
「いただきます。…………美味しい」
「そうか? やっと喋ったな。ガブリエルが言っていたとおりだ」
「?」
「デルフィーヌは、腹が減ると短気で無口になると聞いた」
「……誰でもそうでしょう? 腹が減って気長で饒舌になる人、います!?」
「デルフィーヌ?」
「お腹! これでよろしゅうございますか?」
「あぁ、そうだ。ほら、これを使うといい」
「……ひざ掛け?」
「ガブリエルから聞いた。デルフィーヌは腹を冷やしやすいと。夏でも腹巻きが欠かせないそうじゃないか」
ガブリエル隊長ってば、何てこと殿下に吹き込んでるのよ!!
それに!! 腹巻をしてたのは、思春期になって膨らんできた胸をごまかすためよ!!
隊長が言ったんじゃない! 『女だと気づかれたら厄介だ』って。
さらしを巻いて胸を抑えるのは嫌だったから、腰に布を何枚も巻き付けてわざと寸胴に見えるようにしてたのにっ!!
それからは終始無言で野菜たっぷりのスープを口に運んだ。
食事が終わると、殿下からソファーへ移動して話をしようと言われた。
「今夜デルフィーヌをここへ呼んだのは、人に聞かれては困る話があったからだ」
「はい」
分かっていますよ、殿下。
お心遣い、ありがとうございます。
ついに『お前を妃に選ぶことはない!』と宣言されるのですね? 大丈夫、覚悟はできておりますから。
本音を言うと、殿下から引導を渡される形で終わるのは、ちょっぴり癪だけど。
まるで辞令を受け取るような心持ちで、しゃん! っと背筋を伸ばす。
「知っていると思うが、ここは王家の黒い森だ。王族以外は立ち入れないよう結界が張られている」
「え……?」
「なぜデルフィーヌが入れたのか、ずっと考えていたんだが――」
うそ! 私、無意識に魔力無効の力を作動させて、王家の黒い森へ侵入しちゃってたの?
「け、結界が崩れていた……とかではないでしょうか?」
「たしかに、あの銅像の前だけ結界が弱くなっていた。だが、普通は気づけないくらいの綻びだ」
「わ、わたくしの観察眼を甘く見ないでいただきたいですわ」
「そうだな。俺のアレルギーを見抜いたくらいだ。デルフィーヌの洞察力が鋭いのは認めるよ」
「そ、それはどうも」
ふぅ――、危なかった。
それにしても、やっぱり褒められるのは悪い気がしないわね。
「それで、だ。ここからが本題なんだが……昔、噂で聞いたことがある。ガブリエルの腹心に、魔力無効の力を持つ黒髪の――」
まさか、そっちの話をされるとは思わなかった。殿下はどこまで私の秘匿能力に感づいているのだろうか。
私としたことが、バレちゃった時のシミュレーションが足りてなかったわ……。
殿下が人払いまでして話したかったこととは何なのか、固唾を呑んで次の言葉を待った。
「昔、噂で聞いたことがある。ガブリエルの腹心に、魔力無効の力を持つ黒髪の――小太りがいる、と。心当たりはあるか?」
「あるわけないでしょ、黒髪のチビデブなんて!!」
「こら。チビデブじゃなくて小太りだ」
「どっちも一緒でしょ!?」
「チビとは言っていないだろ?」
信じられないっ! 何が『小太り』よ。誰が流したのよ、そんなガセネタ!!
女だとバレないように、真夏でも何重に布を巻いてたというのに、私の苦労を何だと思っているのよ!
「いきなりどうした? 一旦、落ち着け。あ、腹が空いたんだな?」
「空いてない! それから、腹じゃなくてお腹でしょ!? 王族としての品位はどうしたの!?」
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