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第28話 取り繕うのはやめにします
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結局、『お前を妃に選ぶことはない!』と宣言されることもなく、黒髪の小デブについてそれ以上追及されるわけでもなく、「ほら」と殿下から差し出された湯呑を受け取り、2人で就寝前のお茶を飲むことになった。
「……変わった香りですね」
「東南の国から仕入れたものだからな。腹下しに効くらしい」
「ですからっ! お腹は――」
「冗談だ。身体を温める作用があるお茶だから、眠る前に飲んでおくといい」
ふと思ったのだけれど、最近の殿下ってば、以前と全然違う気がする。なんというか、取り繕ってる感がないというか。これが素の殿下なのかしら?
だとしたら――たしかに、さっきの私の発言は無粋だ。
殿下が素を出してくるのなら、私だって出してやろうじゃない。
引かれちゃっても構わないわよ。どうせもうすぐお役御免になるんだもの。
「殿下。今は純然たるプライベートってことで良いんですよね?」
「あぁ」
「だったら私も、取り繕うのはやめにします」
「そうなのか? これまでも取り繕ってるようには見えなかったがな」
「くっ……!!」
「まぁ、いい。忖度は要らない。何か話したい事でもあるのか?」
「話したい事と言いますか、殿下に謝りたいことがあります」
「ん? それは、腕立て30回もしておいて体調不良を理由に俺の面会を拒否したことか? それとも、俺のことを空気が読めない人間だと断言したことか?」
「うっ……」
「それとも――俺に誰かの面影を重ねていたことか?」
「ご存知だったんですか!?」
「図星か」
「すみません……」
「正直すぎるだろ。――ただ、動機が不純な割には妃教育の成績が優秀すぎる気もするけどな」
「だって。無料で国内最高峰の教養やネットワークを得られるんですよ? 学べるものは全て吸収したいと思って取り組みました。将来自立するとき、必ず役立つだろうから」
「自立?」
「私は、ロワーヌ侯爵家の娘といっても養子です。いつ抜籍されてもいいように、自立できるだけの力を付けておきたかった。そのために、妃教育を利用したんです。計算高くて、利己的で、腹黒くて――私の噂、あながち間違ってはいないんです」
「学院長からは、学院創設以来の才女だと聞いたが」
「貴族学院ではマイノリティーにあたる平民ネットワークの絆は、強いんです。卒業生からなるアルムナイが、在校生の学習を支援してくれる仕組みがあって。彼らの存在こそが、私が首席の座を維持できていたカラクリです」
「だがそれは、デルフィーヌに人望があったからだろう?」
「まさか。“庶子・黒髪・魔力なし”という出自って、同情を買うには結構役に立つんですよ?」
「……」
「学者になるわけでもないし、試験で効率的に高得点を取ることだけを目標に勉強していましたから、私の知識はハリボテです。学院長には、申し訳ないけれど」
「……まるで“自分を妃に選ぶな”と言っているようにしか聞こえないな」
「殿下に選ばれると思うほど己惚れてはおりません」
だからどうか――何ら罪悪感を持つことなく、私を妃候補から外してください、と頭を下げたのだけれど、それに殿下が直接応えることはなかった。
「……さっきの話だが。俺に面影を重ねるくらいだ。よほど良い男だったんだろうな?」
よほど良い男だったんだろうなと聞かれると、首を傾げてしまう。
だって――レオは10歳の男の子だったわけで。人柄を深く知るには共に過ごした時間が短すぎる。じゃあどうしてあんなにも強く惹かれたのかというと、それは、たぶん。
「私を守れる強い男になるって言ってくれたんです。そんなふうに言われたのは、後にも先にも初めてだったから」
「だから惚れたのか? 案外、単純なんだな」
思わず言い返しそうになったけれど、真夜中を告げる柱時計の音を合図に上階の部屋で就寝することになった。
「……変わった香りですね」
「東南の国から仕入れたものだからな。腹下しに効くらしい」
「ですからっ! お腹は――」
「冗談だ。身体を温める作用があるお茶だから、眠る前に飲んでおくといい」
ふと思ったのだけれど、最近の殿下ってば、以前と全然違う気がする。なんというか、取り繕ってる感がないというか。これが素の殿下なのかしら?
だとしたら――たしかに、さっきの私の発言は無粋だ。
殿下が素を出してくるのなら、私だって出してやろうじゃない。
引かれちゃっても構わないわよ。どうせもうすぐお役御免になるんだもの。
「殿下。今は純然たるプライベートってことで良いんですよね?」
「あぁ」
「だったら私も、取り繕うのはやめにします」
「そうなのか? これまでも取り繕ってるようには見えなかったがな」
「くっ……!!」
「まぁ、いい。忖度は要らない。何か話したい事でもあるのか?」
「話したい事と言いますか、殿下に謝りたいことがあります」
「ん? それは、腕立て30回もしておいて体調不良を理由に俺の面会を拒否したことか? それとも、俺のことを空気が読めない人間だと断言したことか?」
「うっ……」
「それとも――俺に誰かの面影を重ねていたことか?」
「ご存知だったんですか!?」
「図星か」
「すみません……」
「正直すぎるだろ。――ただ、動機が不純な割には妃教育の成績が優秀すぎる気もするけどな」
「だって。無料で国内最高峰の教養やネットワークを得られるんですよ? 学べるものは全て吸収したいと思って取り組みました。将来自立するとき、必ず役立つだろうから」
「自立?」
「私は、ロワーヌ侯爵家の娘といっても養子です。いつ抜籍されてもいいように、自立できるだけの力を付けておきたかった。そのために、妃教育を利用したんです。計算高くて、利己的で、腹黒くて――私の噂、あながち間違ってはいないんです」
「学院長からは、学院創設以来の才女だと聞いたが」
「貴族学院ではマイノリティーにあたる平民ネットワークの絆は、強いんです。卒業生からなるアルムナイが、在校生の学習を支援してくれる仕組みがあって。彼らの存在こそが、私が首席の座を維持できていたカラクリです」
「だがそれは、デルフィーヌに人望があったからだろう?」
「まさか。“庶子・黒髪・魔力なし”という出自って、同情を買うには結構役に立つんですよ?」
「……」
「学者になるわけでもないし、試験で効率的に高得点を取ることだけを目標に勉強していましたから、私の知識はハリボテです。学院長には、申し訳ないけれど」
「……まるで“自分を妃に選ぶな”と言っているようにしか聞こえないな」
「殿下に選ばれると思うほど己惚れてはおりません」
だからどうか――何ら罪悪感を持つことなく、私を妃候補から外してください、と頭を下げたのだけれど、それに殿下が直接応えることはなかった。
「……さっきの話だが。俺に面影を重ねるくらいだ。よほど良い男だったんだろうな?」
よほど良い男だったんだろうなと聞かれると、首を傾げてしまう。
だって――レオは10歳の男の子だったわけで。人柄を深く知るには共に過ごした時間が短すぎる。じゃあどうしてあんなにも強く惹かれたのかというと、それは、たぶん。
「私を守れる強い男になるって言ってくれたんです。そんなふうに言われたのは、後にも先にも初めてだったから」
「だから惚れたのか? 案外、単純なんだな」
思わず言い返しそうになったけれど、真夜中を告げる柱時計の音を合図に上階の部屋で就寝することになった。
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