辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第45話 旧友に敬意を

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 翌朝。
 ガブリエル隊長の官舎の部屋まで、ラファエル様が着替えを持って訪ねてきてくれた。

「――わざわざありがとうございます」
「外泊なんてするから、親父が真っ青になってたぞ。それにしても、文官なのに騎士服みたいな服しかないって、どういうことだよ? ったく、色気もなにもあったもんじゃ……ん?」
「何ですか?」
「いや。なんか色気が加わった気がしてさ。何かあったのか?」
「あ、あるわけないじゃないですか」
「あっそ。気のせいだな、ほら。早く着替えろ。収穫祭の打合せ、遅れるなよ?」

 ラファエル様ってば、妙に勘が鋭いんだから。
 人生初のキスを経験したからといって、急に色気が出てきたりするはずないじゃない。

 結局、昨夜はほとんど眠れなかった。
 初めての触れるだけのキスは、偶発的な事故だった。
 でも――唇を離す瞬間のあれは、何だったんだろう。もしかして……と甘い期待を抱くたび、迷いなくエライザ様のもとへ駆けつけた殿下の背中が蘇る。
 
 ダメだ。何度考えても分からない。
 仕事に集中しよう。
 そう思っているのに、睡眠不足に加え下腹部に軽い鈍痛――月のものが始まる合図を感じて、ココロが安定しない。

 ◇◇◇大会議室
 今日は、来月に控えた収穫祭に向けた組織横断的な打合せが行なわれることになっている。
 宰相室に加えて各部署の若手文官たちが顔をそろえているというのに、女性は私ただ一人だ。進行役の座長はラファエル様が務めるらしい。

「――というわけで、収穫祭の王宮舞踏会には、妃候補だった5名の令嬢たちが特別ゲストとして招待されることになっています」
「どうして今さら彼女たちを招くんだ?」
「これまでの献身を労わりたいらしい。ま、実際には2年も妃候補だったせいで結婚戦線に出遅れたのを取り戻したい生家が王家へ願い出たんだろう」
「元・妃候補ねぇ。どうせ彼女達、綺麗に着飾ってヘラヘラ笑っていれば済むと思ってるんだろう? お気楽だよな」
「まったくだ。彼女たちまで招待者リストに入れるなんて。王家の決定も理解に苦しむよ」

 シュルシュルシュル。スクッ。スタスタスタ――

 私はズボンのウエストを絞っていた皮ベルトを外すと立ち上がり、軽口を叩いていた文官の後ろに回って腹回りを締め上げた。

 ギュッ、ギュッ、ギューッ!!

「ぐほっ!!」
「おい、フィーヌ!? お前、何やってるんだよ!?」
「皆様に、『綺麗に着飾ってヘラヘラ笑っていれば済む』妃候補の実態をご理解いただこうと思いまして。座長ラファエル、続けてよろしいでしょうか?」
「はぁ――。続けてもいいが、乱暴はするなよ?」

「くっ、早くこのベルトを外してくれ! 息ができない」
「甘いですわね。彼女達は常にこうやってウエストを締めていますのよ? 少しでも見栄えが良くなるように、と。愚かにも、そういう事にしか女性の価値を見出せない殿方が多いせいでね」

 次に、ウエストを絞られてプルプルしている男性の腕を掴んで立たせると、ズンッと頭の上に三冊の分厚い本を乗せた。

「っおい!! 何をするんだよ!?」
「背筋を伸ばした姿勢をキープしていませんと、稀少価値の高い図書を地面に落としてしまいますわよ?」
「おい、やめてくれっ!!」
「まだまだですわ。妃候補ならば、この状態で回廊の端まで歩けます。ノンノン、そうではございません。つま先立ちなさらないと。彼女達は常にヒールのある靴を履いているのですから」
「ぐっ……」

 バサバサバサッ。
 つま先立ちした瞬間に頭上から落ちた貴重な図書を、他の参加者が間一髪、受け止めてくれる。

「あら。5秒と持ちませんでしたわね?」
「くっ……」
「さすがに疑似体験はいただけませんが、女性には月のものもございます。下腹部の痛みに加え、出血――1回あたりちょうどそこの貴方様の紅茶カップ1杯分と同じくらいの量ですわ――を伴いながら参加している事実も、どうか念頭に置いてくださいませ」 
「うっ、毎月こんなにも………?」

「それから――『ヘラヘラ笑っていれば済む』でしたわね。そこの貴方様、私を外国からの招待客と見立ててお相手してください」

 せっかくだから、妃教育でブラッシュアップしたセルヴィス語で話しかけることにした。

「SPIK SIKALKR CIRVIR ISOIRX PISAXIRT DOEISUT?」
「何を言ってるか全然分からないよ」
「仕方ありませんね、ヒントを差し上げましょう。天気の話題です。当然ながら、『ヘラヘラ笑っていれば済む』妃候補に通訳などはつきません。相手の表情と場の空気を読みながら対応をするのです」

「XZILKRT AHOPIRT XIEUOR BOERUO XOUSOUT DUISNE?」
「ええ、王国の秋空は美しいでしょう?」
「そんな話、全くしておりませんわよ?」
「仕方ないだろう? 何言っているか分からないんだから!!」
「逆切れですか。まぁ、よろしいでしょう。セルヴィス語を解する者は少ないですからね。でしたら、他の言語でお話しできる糸口を掴むべきだったのではございませんか?」
「そ、それは……」
「相手に不快な思いをさせず、王国の印象を損ねないよう無難な会話をする。それがいかに高度なコミュニケーション技術であるか、少しはご理解いただけたでしょうか?」
「……あぁ」

「彼女達は王家へ忠誠を誓い、2年もの間、生家の期待を背負って厳しい妃候補に貴重な若い時間を捧げてきたのです。彼女たちに対する無礼は、王族に対する不敬と同義だと私は思います」
「……たしかに、そうだな」

「それから――これは同じ妃候補だった私からの個人的なお願いです。2年間、切磋琢磨してきた旧友たちの苦労を理解しろとまでは申しません。ですが、その献身には敬意を払っていただきたく存じます」
「……悪かったよ。軽率だった。先程の言葉は取り消させてくれ」
「ご理解いただき、ありがとうございます。それから、先輩方への失礼な言動の数々、お詫び申し上げます」

 なぜかしら。あんなに気が合わなかった妃候補たちだったのに、何も知らない他人に彼女達の陰口を叩かれると、イラッとするのよね。思わず庇っちゃったじゃない。

 その後、あきれ顔のラファエル様から皮ベルトを受け取り、ズボンのウエストに通したところで殿下たちが会議に合流してきた。

 珍しく含み笑いを浮かべている殿下のことを不思議に思っていたのだけれど、まさか私が熱弁を振るっていたとき、少しだけ開いた会議室の扉の向こうに殿下と外交特使、そして1号~5号がいただなんてこと、想像もしていなかった。

 ◇◇◇扉の外側にて

「……大臣、彼女デルフィーヌが何と言っているか分かるか?」
「セルヴィス語のようですが……」
「どうした?」
「その、通訳するのに躊躇する内容と言いますか」
「天気の話題じゃないのか?」
「いえ、全く。スラングも多用していらっしゃいますゆえ……」
「ふっ。そうか。だいたいの想像はつく。通訳はしなくて構わない」
「殿下。彼女には、宰相室より適した職場があるのではないでしょうか? ちょうどセルヴィス国の駐在ポストに空きがあるのですが――」
「ならぬ。彼女は――宰相が離さない。スカウトなど企むなよ。いいな?」
「……かしこまりました」

 ◇◇◇
「ふぅ――っ、疲れたぁ」 
 夕方、収穫祭の打合せを終えて執務室へ戻ってくると、普段にはない緊張感に職場が包まれていた。

「――ただいま戻りました」
「おいっ、フィーヌ!」
「どうしたんですか先輩、そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたも。お前、粗相でもしたのか?」
「え?」

 心当たりがあり過ぎて、即答ができない。もしや、外務省の若手ホープを皮ベルトで締め上げた話がもう伝わっているのかしら……。

「帝国のエライザ公爵令嬢がお待ちだ。かなり追い詰められたようなお顔をされているぞ?」
「!?」

「――エライザ様」
「デルフィーヌ様。ごめんなさい。私ったら、職場まで押しかけてしまって……」
「わたくしなら大丈夫です。あの、何かございましたか?」
「ちょっとここでは……。私の部屋でお話しできないかしら?」

 憔悴しきった様子のエライザ様を目の当たりにし、宰相室にただならぬ空気が広がっていく。
 
 まさか。まさか、まさか、まさか!
 昨夜のあれを――未遂の方じゃなくて、事故的に起こったキスを見られちゃったんだとしたら……。
 国際問題に発展しかねない、由々しき事態なのでは!?

 瞬間的にサッと顔を強張らせた私の様子を見て、先輩たちが目線だけで退庁の許可をくれたのだった。
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