辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

文字の大きさ
56 / 67

第56話 禍根

しおりを挟む
「マグダレーナ…………のはずはないか。其方、名を何という?」
「ロワーヌ侯爵家は長女、デルフィーヌと申します。マグダレーナは、亡き母でございます」
「そうか、彼女は…………。デルフィーヌ、顔を上げよ」
「はい」
「…………驚いたな。其方と話がしたい。国王わたしの控室まで来てくれ」
「陛下の御心のままに」

 まさか国王陛下から声を掛けられるとは思ってもみなかった。
 実母の名を語っていたし、それに、私の顔を見てすごく驚いていた。
 話って何だろう。なんだか少し、嫌な予感がする。

 ぐるりと衛兵に囲まれた国王陛下の背中を見ながら少し距離を置いて歩いていると、向こう側からカツカツと鋭い靴音を響かせて側妃カロリーヌ様がやってきた。

「陛下? 会場はあちらですわ。さあ、まいりましょう?」
「先に行っていなさい」
「わたくしに、独りで行けとおっしゃいますの?」
「すぐに行く。エスコートは宰相ダヴィッドにでも頼みなさい」
「陛下はどちらへ?」
「控室へ戻る。そこの娘と話があるのでな」
「娘?」

 そこで初めて、カロリーヌ妃は私の存在に気が付いたようだった。
 声がかかるまで、カーテシーをした状態で姿勢を保つ。

「ロワーヌ侯爵の義娘だ」
「マルタン卿の?」

 不良品の検分をするかのように視線を走らせている気配に、居た堪れなくなる。

「あら、裾の刺繍が少し解けているわ。陛下? この娘は後から控室へ向かわせます」
「そんなのは侍女に任せればいいだろう?」
「この娘はリシャールの妃候補でしたのよ? あの子リシャール色のドレスまで身に着けて。将来の義娘になるかもしれませんもの、わたくしが手づから直しますわ」
「お前の義娘になるわけではなかろう?」
「っ!!」
「まあいい。早く済ませて向かわせなさい」

 カロリーヌ妃とリシャール殿下に血の繋がりはない。
 王妃コンスタンス様が亡くなった今でも、王妃様の公務は陛下と殿下が担っている。
 カロリーヌ妃はあくまでも側妃。正妃にも、ましてや将来の国王の母になるわけでもない。陛下は暗にそう言ったのだ。

「――ねぇ、お前? 顔を上げなさい」
 顎に扇を当てられて、クイッと上を向かされる。冷やりとした鉄の感触が皮膚に食い込み、地味に痛い。

「黒髪に翠の瞳。忌々しいあの女マグダレーナにそっくりね」
 クイッ、クイッと顎にかけた扇子でさらに上を向かされ、瞳を覗き込まれる。

「マグダレーナに種付けをしたのは前・宰相だと思っていたけど。違ったのかしらね?」
「!?」

 前・宰相……宰相ダヴィッド閣下のお父様!? 
 たしかに閣下は、実母の葬儀にも顔を出してくれたし、妃教育が始まってからも何かと目をかけてくれ、今では屋敷にまで住まわせてくれているけれど。
 まさか。年の離れた異母兄妹だったってこと!?

「お前、知らなかったの?」

 クツクツと下品な笑いを漏らしながら私の瞳を覗き込んでいたカロリーヌ妃は、私の外見からは父親を特定できないことにつまらなさそうにため息をつくと、扇子をさっと広げて口元を覆った。

「けれどお前を養子にしたくらいだもの、種馬はロワーヌ侯爵マルタンだったのかしらね? 節操のない母親を持つ子は惨めね。でもまぁ、一番惨めなのはミシェル夫人かしら。新婚早々、夫に裏切られた挙句、正妻の自分より先に愛人が孕まされたのだから」

 なぜなのだろう。カロリーヌ妃からは憎悪しか感じない。そしてそれは、実母を投影して私に向けられているものに思えてならない。
 ブリジット夫人だってそうだ。彼女の憎悪は、明かに私ではなく義母・ミシェル夫人に向けられている。

 ずっと違和感を抱いていた。
 私とリリー嬢の間に、個人的な確執はない。なのに――まるで母親世代の諍いを、娘世代で代理戦争させられているような感覚を持っていた。

 いったい、カロリーヌ妃、ブリジット夫人、実母・マグダレーナ、義母・ミシェル夫人の間で何があったのだろう。

 分からないことだらけだけれど、一つだけ確かなことがある。
 義母ミシェルにはたしかに、子ども心に冷たさを感じる程度には距離を置かれてきた。
 けれど――周囲からの好奇の目など一瞥もくれず凛と胸を張る堂々とした居住まいには、尊敬の念さえ抱いている。貴族令嬢としての私のロール・モデルは、義母をおいて他にいない。

「義母は惨めな女性などではございません。誰よりも気高く――」
「おだまり! お前に発言など許してはいないのよ」
「……」
「卑しくも陛下のお情けを頂戴するつもりだったのかしら? リシャール色のドレスを身に纏っていながら、なんてけがらわしい。やはり血は争えないわね」
「陛下から控室へ来るよう仰せつかっておりますので」
「おだまり、と言っているでしょう!?」
「失礼いたします」

 バシッ。

「くっ……」

 鋭い痛みが左手首に走る。
 どうやらカロリーヌ妃は、護身用の鉄扇で私を叩いたらしい。
 切れ長の瞳でカロリーヌ妃を睨みつける。

「何よ、その挑戦的な目は!」
「父親譲りの、自慢の瞳ですが?」
「おだまり! この、生意気な小娘がっ!!」

 バシッ!!

「ようやくマグダレーナが死んだと思ったら、今度は娘のお前が――その瞳で私を見るなと言ってるのよっ!!」
「わたくしの瞳の、何をそんなに怖れていらっしゃるのですか?」
「血の繋がりはなくとも、高飛車な物言いはミシェルと見紛みまがうほどね。忌々しい!」
「お褒めにあずかり、光栄に存じます」
そしりと称賛の違いも分からないの!?」
「妃殿下が一介の小娘を引き留めてまで誹る理由に心当たりがございませんので」
「しゃらくさい! 私の神経を逆なでするとどうなるか、身をもって知るといいわ! お前の実母マグダレーナのようにね!」 
「!?」

 バッシン!!
 カロリーヌ妃が鬼の形相で護身用の鉄扇を私の顔めがけて振り下ろす姿を最後に、意識が途絶えた。

 どのくらい現実の時計が進んだのかは分からないけれど、気が付くと先ほどの回廊に倒れて流血している自分の姿を上から眺めていた。
 再び魂が身体から抜け出したようだ。
 カロリーヌ妃の姿はどこにも見当たらない。

 しばらくすると、騒ぎを聞きつけたロワーヌ侯爵夫妻が駆け付けた。義母は衛兵たちを押しのけて私の側に跪くと、「あぁ」と叫んで私を搔き抱いた。

「そんなっ! っデルフィーヌ!! あぁ、ごめんなさい、お母様が側にいなくて。ごめんなさい……」

 それから、カロリーヌ妃の護衛でただ一人、その場に残っていた男を鋭く睨みつけた。

「護衛は何をしていたの! カロリーヌ妃が娘の顔に鉄扇を振り下ろすのを制することなく傍観していたのなら、お前も同罪よ。覚悟なさい! 絶対に許さない。分かったら、さっさと下がりなさい!」

 ぐったりと力なく横たわる私を抱きしめていた義母の肩が、小刻みに震えている。
 すぐに宮廷医が駆け付けて、義母の腕から私を離すとその場で応急処置を始めた。
 
 義父マルタン義母ミシェルの側に腰を落とすと、そっと肩を抱き寄せた。
「……陛下と話をしてくる。ミシェルはデルフィーヌの側にいてくれ」
「マルタン。私のせいだわ。私のせいでデルフィーヌが……。あぁっ、マグダレーナに顔向けできない……」
「デルフィーヌは強いだ。マグダレーナと君が、そう育てたんだろう?」
 義母がこくりと頷くのを見ると、侯爵は「大丈夫だ」という言葉を繰り返した。

「大丈夫だ。大丈夫……この子は、大丈夫だ」
「……私は、逞しくは育てたけれど。この子に愛を……伝えられなかった」
「愛はあっただろう? それを示すことよりも、この子を守ることを優先した。僕はそれも、立派な母の愛だと思う」
「マルタン……こんなことになるなら、もっと違う守り方をすればよかった。もっと、この子に愛を――」
「分かっている。これ以上、僕たち親世代が残した禍根で娘を傷つけるわけにはいかない。陛下と話して……全て終わらせてくるよ」

 義父が立ち去った後、慎重に私の状態を診ていた宮廷医がゆっくりと首を横に振った。途端に、義母の顔から血の気が引く。

「意識がなく、脈も弱い。ここ数日が山だと思われます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

処理中です...