辞令:高飛車令嬢。妃候補の任を解き、宰相室勤務を命ずる

花雨宮琵

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第58話 最期に見た彼の瞳には

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「ミシェル夫人。先ほど父と話をして、神殿へ早馬をとばしました」
「ですが、あの子は……」
「分かっています。分かっていますが、出来ることは全てやりたいんです」
「そうですわね。私も、あの子のために、やれることは全てやってあげたい」

 翌朝。

「殿下。聖女様をお連れしました」
「入ってくれ」
「リシャール様! っデルフィーヌ様!? なんて酷い……」

「聖女様。娘を、デルフィーヌをどうか助けてください。お願いします」
 義母がリリーに向かって深く頭を下げる。

「お可哀そうに。ですが、聖力を使うにはお母様や神官長に相談をしないと――」
「残念ながら君の母上はもう王都ここにはいない。これからは、自分で決断していく他ないんだ」
「リシャール様、それはどういう意――」
「デルフィーヌ嬢だが、もう4日高熱が続いている。脳への負担も計り知れない。何とか、助けてやりたい」
「4日も?」
「だから君に頼めないか? 彼女に、治療魔法を施してやってほしい」
「ですが、私の一存では」
「君は神官長や母上の操り人形か? そうではないだろう? 君の心は、頭は、どこに置いてきた?」
「私は……」
「デルフィーヌ嬢は学院でも淑女教育でも、君を支えてくれていたと聞く。恩を返す機会がいつでもあると思うのは、命の尊さを知らない愚か者の考えだ。今、彼女の恩に報いないと――君はきっと、後悔する」
「リシャール様が、そこまでおっしゃるのでしたら……」

 リリー嬢は何かを覚悟したように瞳を閉じると、私の胸の前に両手をかざし、治療魔法をかけ始めた。

 ぐっ、何だかこそばゆい。
 体内に異物が入ってこようとしているようなそんな感覚だ。
 魂が抜け出ているから直接感じるわけじゃないけれど、気持ちが悪いのでシュワシュワッと聖力らしきものを無力化した。

 と同時に、強い鈍痛と高熱に襲われる。
 あぁ、どうやら今の反動で身体に魂が戻っちゃったみたいだ。

「――いかがでしょう?」
「変化なし、だな」
「そんなっ! デルフィーヌ……」
「もう一度、頼めるか?」
「はい」

 やめて!! 
 魔力無効の持ち主にとっては、たとえ治療魔法であっても外部から魔力を浴びると体力を消耗するのだ。
 再び手をかざそうとしたリリー嬢を制止したくて、なんとか右手の人差し指を動かした。

「っ、待ってちょうだい!! デルフィーヌ!? デルフィーヌ? 聞こえる? お母様よ? 目を開けてちょうだい!!」
「すぐに筆頭宮廷医を呼んでくれ!」
「かしこまりました!」

 ふるふると瞼を震わせながら瞳を開けると、義母と殿下の顔が飛び込んできた。

「デルフィーヌっ!!」
 膝から崩れ落ちたお義母様が私を搔き抱くと、彼女の涙がポタポタと私の頬に落ちた。それから、私の肩に顔を埋めると、声を詰まらせながら泣き始めた。
 
 戸惑いがちに義母の感情を受け止め、視線を正面に戻すと、殿下と目が合った。

「デルフィーヌ、よかった……っ!?」

 殿下? 何をそんなに驚いているんだろう。
 あぁ、そうか。聖女の治療魔法が効いていないから、驚いているのね。
 もうバレちゃっても、いっか。
 ほんの数日、殿下と言葉を交わしていなかっただけなのに、会いたくてたまらなかったと涙が溢れて頬を伝う。

 “水の惑星”を閉じ込めたような殿下のアース・アイには、“緑の惑星”を閉じ込めたような私のアース・アイが映っていた。
 ふふっ、殿下。やっぱり私たち、おそろいですね。

 あの時。収穫祭の準備のために、クロエの侍女が髪に青いリボンを結んでくれたとき。はたと想い出したのだ。
 レオが髪を結っていたリボンを解いて私にくれたとき、彼がでリボンをシュルシュルッと解いたのを。
 あれは、『ただのレオ』と名乗ったあの少年は、庶民の暮らしをこの目で見てみたいと願うレオナルドの想いを叶えようとした、幼き日のリシャール殿下だったのではないか。根拠はないけれど、なぜだか、そんなふうに思った。

 よかった。
 私の魂の片割れベターハーフは、ちゃーんと、いてくれたんだ。
 独りなんかじゃなかった。
  
 海のアース・アイに映る、陸のアースアイ。この風景をずっと瞼の裏に焼き付けておきたくて、再び瞳を閉じた。

 ん……。
 ちょっと待って。どうして私に、アース・アイが発現しているの?

『アース・アイが発現するのはね……命の危機が訪れているとき』
 実母の言葉を想い出す。

 私、ほんとうに死にかけてるんだ。
 ダメよ! まだ殿下に伝えていない言葉がある。
 起きるのよ、私! がんばれ、私!! 
 運動オンチでも、筋力トレーニングだけは続けてきたじゃない。
 最後の力を振り絞って、エイッ! と腹筋に力を入れる。

「(ふげっ!)」

 いきなり私が上半身を起こしたものだから、私の顔を覗き見ていた殿下のおでことごっつんこしてしまった。

「っ、大丈夫か?」
「(うぅっ、痛い)」
「痛むか? 痛むよな? ごめんな……」
「(うぐぐぅっ)」

 万年ポーカーフェイスの殿下が動揺しまくっている。
『ごめんな』だなんて、初めて聞いた。
 なにこれ。誰これ? めちゃくちゃ可愛い。
 あちらの世界へ旅立つ前に、神様がくれた最後のプレゼントかもしれない。

 熱と痛みのダブルパンチで思わず身体から魂が出て行きそうになるのをなんとか堪えて、殿下へ想いを伝えることにした。

「リシャール様……」
 ようやく言葉を発することができたというのに、瞼がどうしようもなく重たい。

 やだ。神様、お願い。もう少しだけ……。

 そう思うのに、視界を覆う黒い範囲がだんだん大きくなってきて、何とか殿下の存在を感じたくて空を切った右手を、殿下が両手で包んでくれた。

「ここにいる」
「リシャール様は、幸せになっていいんです。あの時の、貸しのお返し……もう充分、受け取……た」
「デルフィーヌ!?」
「もし……産まれ変われ……、ただのリ……ルと、恋……たい」
「おい、デルフィーヌ!?」
「すご……く、眠……いの」
「ダメだ、しっかりしろ!」
「リ……ル。……やっぱり私……たち、おそろい……ね」
「!!」

「……お義母……さま」
「ここにいるわ! お母様は、ここに。分かるでしょう? 目を開けてちょうだい!!」
「愛し……て……ます」
「デルフィーヌ!! いやよ。お母様を置いて逝かないで。お願い、デルフィーヌ!!」
「ダメだ! まだ君に伝えていない言葉がある。逝くな!! 俺たちは、魂の片割れベターハーフなんだろう? なぁ、デルフィーヌ!?」

 最期に見た殿下の瞳は、いつもより少しだけ水の分量が多い気がして、映し鏡のように澄んだ水面には、緑の惑星を閉じ込めたような私の瞳が映っていた。


 ゴォーン ゴォーン ゴォーン
 重低音の鐘が王都の大聖堂で鳴り響き、死者の魂を天へと見送る。
 その女性の葬儀は、霧雨が降りしきる中、しめやかに執り行われた。
 参列者には、国王陛下をはじめリシャール王太子殿下も含まれていたという。
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