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第59話 出生の秘密
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気が付くと、力なくベッドに横たわる私の身体を抱き寄せて泣き崩れている義母と、床に両膝をついて額に手を当てたまま微動だにしない殿下の背中を、上空から眺めていた。
ふと周りを見渡すと、まるで楽譜の音階のように、細くて透明な糸のようなものが左から右へといくつも並行に走っていることに気が付いた。
時空の、潮流……?
その流れを眺めていると、どこからか私の名を呼ぶ懐かしい声が聞こえてきた。
神の世界へと旅立つ直前、大切な人がお迎えに来てくれる話を聞いたことがある。もしかして、これもその現象だろうか。
「……フィーヌ。……デルフィーヌ」
「お母さん?」
6年前に病気で亡くなった母が、時空の潮流の切れ目から姿を現した。
思わず母に駆け寄ると、あの頃とおんなじ優しい匂いがした。
「お母さん! お母さんっ!!」
ひとしきり母の胸に抱かれ心が満たされた頃、母は静かに私の誕生にまつわる話を語り始めた。
――あなたの出生について、詳しく語ってこなかったことを許してちょうだい。
まずは、そうね。私の出生についてから話をしましょうか。
かつて西の大陸の端に、アクロティア帝国という海上貿易で栄えた小国があったことは、知っているかしら。ある日大地震が起きて、一夜にして国土のほとんどが海の底に沈んでしまった国なのだけれど、私の母――デルフィーヌのお祖母様は、アクロティア帝国の第三皇女だったの。
偶然その日、外遊先にいた母は無事だったけれど、突然、祖国も家族も失くしてしまった母を保護してくれたのが、当時のアルマス王国の国王陛下――リシャール殿下の御祖父様だった。
母は、困難な時を心身ともに支えてくれた宮廷医――あなたのお祖父様と恋に落ち、亡国の身分を捨てて結婚したの。数年後、難産の末に私を産んだのだけれど、その時の傷がもとで儚くなってしまった。
私が母の出自を知ったのは、成人して王妃コンスタンス様付の女官として働き始めた頃だった。
でもね、20年も王国人として育ってきたんだもの。いきなり亡国の王族の末裔だと言われても、夢物語くらいにしか思えなかったわ。
それで――ここからがあなたの出生に関することなのだけれど。
若き国王陛下とコンスタンス王妃は始まりこそ政略結婚だったけれど、お互いを深く思い遣っていらしてね。あの頃、まだ忌子として見られる風潮のあった双子の王子様を分け隔てなく育てていらしたわ。
けれど――王子様たちが2歳を迎えようとする頃、次の懐妊を望む声が大きくなってきて。王妃様は自分が新たに子を産むことで、身体の弱いレオナルド王子の存在がなきものとして軽く扱われることを強く憂うようになっていったの。
側妃を迎え入れるよう陛下に提言しては拒否されて、涙している王妃様を何度も見かけたわ。
そんなある日。
国王陛下と王妃様から、私が側妃になって子を産んでくれないかと懇願されたの。
戸惑ったわ。それに、迷った。すごくね。
アルマス王室に対する忠誠心や、受けた恩を返したいという想い、芽吹き始めていた恋を諦めなければならない落胆とがごちゃ混ぜになって、いっその事、誰かが私の運命を決めてくれたら楽なのにと思うほどだった。
5日間考え抜いた末、その話をお受けしようと心に決めた夜、飲み物に薬が盛られたの。
ちょうど年の瀬でね。生誕祭を終えた王宮には、ほとんど誰もいなかったの。
王族は森の離宮で年末年始を迎えることが慣例だったし、貴族たちは社交を終えて領地へと戻り、宮仕えの者たちにも暇が出されていたから。
私の様子にいち早く気づいてくれたのは、女官仲間のブリジットと、偶然居合わせたカロリーヌ嬢だった。
厄介なことに、中和剤も効かないほどの強力な媚薬でね。命の危険に晒された私を助けられるのは、当時の宰相閣下と、帰国報告のために王宮へ寄っていたロワーヌ侯爵令息だけだった。
でもどういうわけか、国王陛下の護衛を務めていたギュスターヴ様が駆け付けて――私を助けてくれたの。
意図せず純潔を失うことになったわけだけど、彼が、とても大切に私を扱ってくれたという記憶だけはしっかり残ってた。
だからかもしれない。私は、事後避妊薬を飲まなかった。
もしもこの一夜で新しい命が芽吹いたとしたなら、産みたいって強く思ったの。
側妃の話を受けると決めて、愛する人と結婚して子を産む未来は諦めていたのに。
きっと、本能で思ったのね。ギュスターヴ様の子を産みたい、と。
彼に対する気持ちが恋なのか、単なる憧れに近いものなのか、色恋に疎い私にははっきり分からなかったけれど、きっと、出逢ったときから彼に惹かれていたんだと思うわ。
それでも翌日、冷静に事態を把握できるようになった私は、パニックになった。
国王夫妻に側妃への打診を受けておきながら、その資格――純潔を失ってしまったのだから。どうご説明すればいいのか、頭を抱えたわ。
ギュスターヴ様と相談して、あの夜のことを全て陛下に打ち明けようと覚悟を決めて離宮を訪ねたら――当時の宰相閣下が、すでに事態を収めてくださっていたの。
閣下ったらね、私たちに笑顔でこう言ったのよ。
『陛下に進言しておいたよ。マグダレーナとギュスターヴ卿の恋に横槍を入れるものじゃないってね。
陛下も王妃様も、2人の関係を知らなかったようで驚いていたけれど、マグダレーナの意思を尊重すると約束してくれた。
ん? 自分達は恋仲じゃないって?
これからそうなるかもしれないじゃないか。それに、『マグダレーナのことは俺が護る』と言った時のギュスターヴ卿の顔は、惚れた女を守る男そのものだったけれどね。違ったかい?
ははは、私のことなら心配いらないよ。
最愛の妻は数年前に亡くしてるし、子はみな成人して自立している。失うものがない人間はね、最強なんだ。
だからマグダレーナ。君は何の憂いもなく、これまでどおり王妃に仕えればいい。君もだよ、ギュスターヴ卿』
閣下の配慮に、心から感謝したわ。
けれど、ギュスターヴ様――あなたのお父様は、責任感と忠誠心の強い御方だったから。事実を隠したまま陛下の側にお仕えすることはできないと思ったのね。
自らこう願い出たの。
『北方民族との戦いを平定するために、自分を大将として前線へ派遣してほしい』って。
なんとなく、彼がそうする予感はあったから、引き止めはしなかった。あの夜のことは、私の命を助けるために行なった、医療行為だと思い込むことにしたわ。
なのに――彼は出征する数日前、私にプロポーズをしてくれた。
「必ず生きて帰ってくる。貴女のもとへ戻ってくるから、私と家族になってくれないか?」って。もちろん、お受けしたわ。
それから、マルタン卿が秘密裏に私たちの結婚式を挙げてくれることになったの。
彼のタウンハウスの、裏手にある丘の上で。
当時、王国国教会の神父をしていた同窓生が、式を取り仕切ってくれて、立会人をマルタン卿と当時の宰相閣下が務めてくれることになったの。
とても小さな式だったけれど、すごく幸せだった。
あの日、あの丘で見た夕陽はね、私の人生で一番美しい景色として今でも心に残ってる。
そして、ギュスターヴ様は陛下との約束どおり北との戦いを平定して、終戦協定を締結するところまでこぎ着けた。
なのに――北の風土病に罹患してしまって。
戦いには勝ったのに。
私の元へは、戻ってきてくれなかった。
ふと周りを見渡すと、まるで楽譜の音階のように、細くて透明な糸のようなものが左から右へといくつも並行に走っていることに気が付いた。
時空の、潮流……?
その流れを眺めていると、どこからか私の名を呼ぶ懐かしい声が聞こえてきた。
神の世界へと旅立つ直前、大切な人がお迎えに来てくれる話を聞いたことがある。もしかして、これもその現象だろうか。
「……フィーヌ。……デルフィーヌ」
「お母さん?」
6年前に病気で亡くなった母が、時空の潮流の切れ目から姿を現した。
思わず母に駆け寄ると、あの頃とおんなじ優しい匂いがした。
「お母さん! お母さんっ!!」
ひとしきり母の胸に抱かれ心が満たされた頃、母は静かに私の誕生にまつわる話を語り始めた。
――あなたの出生について、詳しく語ってこなかったことを許してちょうだい。
まずは、そうね。私の出生についてから話をしましょうか。
かつて西の大陸の端に、アクロティア帝国という海上貿易で栄えた小国があったことは、知っているかしら。ある日大地震が起きて、一夜にして国土のほとんどが海の底に沈んでしまった国なのだけれど、私の母――デルフィーヌのお祖母様は、アクロティア帝国の第三皇女だったの。
偶然その日、外遊先にいた母は無事だったけれど、突然、祖国も家族も失くしてしまった母を保護してくれたのが、当時のアルマス王国の国王陛下――リシャール殿下の御祖父様だった。
母は、困難な時を心身ともに支えてくれた宮廷医――あなたのお祖父様と恋に落ち、亡国の身分を捨てて結婚したの。数年後、難産の末に私を産んだのだけれど、その時の傷がもとで儚くなってしまった。
私が母の出自を知ったのは、成人して王妃コンスタンス様付の女官として働き始めた頃だった。
でもね、20年も王国人として育ってきたんだもの。いきなり亡国の王族の末裔だと言われても、夢物語くらいにしか思えなかったわ。
それで――ここからがあなたの出生に関することなのだけれど。
若き国王陛下とコンスタンス王妃は始まりこそ政略結婚だったけれど、お互いを深く思い遣っていらしてね。あの頃、まだ忌子として見られる風潮のあった双子の王子様を分け隔てなく育てていらしたわ。
けれど――王子様たちが2歳を迎えようとする頃、次の懐妊を望む声が大きくなってきて。王妃様は自分が新たに子を産むことで、身体の弱いレオナルド王子の存在がなきものとして軽く扱われることを強く憂うようになっていったの。
側妃を迎え入れるよう陛下に提言しては拒否されて、涙している王妃様を何度も見かけたわ。
そんなある日。
国王陛下と王妃様から、私が側妃になって子を産んでくれないかと懇願されたの。
戸惑ったわ。それに、迷った。すごくね。
アルマス王室に対する忠誠心や、受けた恩を返したいという想い、芽吹き始めていた恋を諦めなければならない落胆とがごちゃ混ぜになって、いっその事、誰かが私の運命を決めてくれたら楽なのにと思うほどだった。
5日間考え抜いた末、その話をお受けしようと心に決めた夜、飲み物に薬が盛られたの。
ちょうど年の瀬でね。生誕祭を終えた王宮には、ほとんど誰もいなかったの。
王族は森の離宮で年末年始を迎えることが慣例だったし、貴族たちは社交を終えて領地へと戻り、宮仕えの者たちにも暇が出されていたから。
私の様子にいち早く気づいてくれたのは、女官仲間のブリジットと、偶然居合わせたカロリーヌ嬢だった。
厄介なことに、中和剤も効かないほどの強力な媚薬でね。命の危険に晒された私を助けられるのは、当時の宰相閣下と、帰国報告のために王宮へ寄っていたロワーヌ侯爵令息だけだった。
でもどういうわけか、国王陛下の護衛を務めていたギュスターヴ様が駆け付けて――私を助けてくれたの。
意図せず純潔を失うことになったわけだけど、彼が、とても大切に私を扱ってくれたという記憶だけはしっかり残ってた。
だからかもしれない。私は、事後避妊薬を飲まなかった。
もしもこの一夜で新しい命が芽吹いたとしたなら、産みたいって強く思ったの。
側妃の話を受けると決めて、愛する人と結婚して子を産む未来は諦めていたのに。
きっと、本能で思ったのね。ギュスターヴ様の子を産みたい、と。
彼に対する気持ちが恋なのか、単なる憧れに近いものなのか、色恋に疎い私にははっきり分からなかったけれど、きっと、出逢ったときから彼に惹かれていたんだと思うわ。
それでも翌日、冷静に事態を把握できるようになった私は、パニックになった。
国王夫妻に側妃への打診を受けておきながら、その資格――純潔を失ってしまったのだから。どうご説明すればいいのか、頭を抱えたわ。
ギュスターヴ様と相談して、あの夜のことを全て陛下に打ち明けようと覚悟を決めて離宮を訪ねたら――当時の宰相閣下が、すでに事態を収めてくださっていたの。
閣下ったらね、私たちに笑顔でこう言ったのよ。
『陛下に進言しておいたよ。マグダレーナとギュスターヴ卿の恋に横槍を入れるものじゃないってね。
陛下も王妃様も、2人の関係を知らなかったようで驚いていたけれど、マグダレーナの意思を尊重すると約束してくれた。
ん? 自分達は恋仲じゃないって?
これからそうなるかもしれないじゃないか。それに、『マグダレーナのことは俺が護る』と言った時のギュスターヴ卿の顔は、惚れた女を守る男そのものだったけれどね。違ったかい?
ははは、私のことなら心配いらないよ。
最愛の妻は数年前に亡くしてるし、子はみな成人して自立している。失うものがない人間はね、最強なんだ。
だからマグダレーナ。君は何の憂いもなく、これまでどおり王妃に仕えればいい。君もだよ、ギュスターヴ卿』
閣下の配慮に、心から感謝したわ。
けれど、ギュスターヴ様――あなたのお父様は、責任感と忠誠心の強い御方だったから。事実を隠したまま陛下の側にお仕えすることはできないと思ったのね。
自らこう願い出たの。
『北方民族との戦いを平定するために、自分を大将として前線へ派遣してほしい』って。
なんとなく、彼がそうする予感はあったから、引き止めはしなかった。あの夜のことは、私の命を助けるために行なった、医療行為だと思い込むことにしたわ。
なのに――彼は出征する数日前、私にプロポーズをしてくれた。
「必ず生きて帰ってくる。貴女のもとへ戻ってくるから、私と家族になってくれないか?」って。もちろん、お受けしたわ。
それから、マルタン卿が秘密裏に私たちの結婚式を挙げてくれることになったの。
彼のタウンハウスの、裏手にある丘の上で。
当時、王国国教会の神父をしていた同窓生が、式を取り仕切ってくれて、立会人をマルタン卿と当時の宰相閣下が務めてくれることになったの。
とても小さな式だったけれど、すごく幸せだった。
あの日、あの丘で見た夕陽はね、私の人生で一番美しい景色として今でも心に残ってる。
そして、ギュスターヴ様は陛下との約束どおり北との戦いを平定して、終戦協定を締結するところまでこぎ着けた。
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