『乙女ゲー』のモブだが、振られ令嬢をゲットして、レーティングを『D』にしてみた

藍川 東

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2.これがギャフンというものか

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(……アホだろう……)
 眼の前で繰り広げられている茶番劇……本人たちはいたって真剣らしいが、どう見てもアホだ。
 アホがまったく揺るぎなくアホなことをいっているので、逆に周囲がまさか現実とは思えず呆然としている。

 「俺は、エルク国王子エディアールは、マルト公爵令嬢サリアとの婚約を破棄し、このファムを妃とするっ!」
 歴々の貴族が集まっている宴だ。
 なんかしでかしそうだなぁ、と思っていたら、やりやかった。
 しかも、正気とは思えないやり方だ。
 普段から、我が甥ながら、頭の中がお花畑なヤツだと思っていたが、ここまでとは。
 せめて側近の奴らがなにかフォローするか、と目をやったのに、お前らどうしてお花畑王子と同じドヤ顔をしてるんだ。

 サクサクいってしまえば、俺はこの場面を予想していた。
 『乙女ゲーム』のひとつの山場。『ギャフン』の場面だ。
 主人公の可憐な少女が、攻略相手の王子やその周りにかばわれながら、恋敵を完膚なきまでに叩きのめす。
 転生して三十年も生きていると、転生前の記憶も薄れてくるが、これは転生前、確か妹がやっていたゲームだ。
何の因果が、なぜか俺がゲームの中に転生している。
 しかも、攻略対象外のモブ。
 主人公の少女や攻略対象、そして恋敵が十八歳なのに比べ、すでにオッサンの三十歳。
 現世では貴族同士の政略結婚もあって、十二歳差の夫婦なんて珍しくもないが、ゲームとしてはよろしくなかったんだろうな。
 確かレーティングも『A』だったしな。

 主人公の少女は平民で、なにをどうやったか知らないが、一国の王子である俺の甥、王子のエディアールを見事攻略。
 ついでにその側近の文官であり、貴族の子弟が通う学園で飛び級して最年少教授であるカルと、武官である近衛騎士の王子付小隊長をしている伯爵家の次男ザクトも攻略。
 主人公である少女は、この世界では伴侶に送る指輪を、本命のエディアールのものは右手に。保険?のカルとザクトのは左手にしている。
 それだけでもこの世界では三股をかけていることになるんだが、本人たちはまるで気にしていないようだ。
 そして、本来王子のエディアールの婚約者として王に認められた、公爵令嬢のサリアが、まるで罪人であるかのように三人から公の場で糾弾されている。
 サリアの父であるマルト公爵は、建国からの家柄で、王国でも最大の領地を持つ。
 その令嬢との婚約を一方的に、感情に任せて破棄することが、どれだけ危ういことか、お花畑王子にはわかってないようだ。
 確かに『乙女ゲーム』では、最上の価値観が『恋愛』なのでそれでよかったかもしれないが、『現実』ではそうもいかない。
 実際すでに、周囲で様子を見ている貴族たちからは、王子たち四人に批判的なささやきが漏れ始めている。

 (この場に平民の少女を連れてくるだけでも、非常識だというのに……)
 (ご覧になりました? あの少女。伴侶の指輪を三つもしていますわ。なんて貞操感のない娘なのかしらっ)
 (エディアール王子も、陛下がご不在の時を選んでなさったんだろう。正面切って歯向かうなんて、お出来にならないだろうから)
 (おかわいそうなサリア様。こんな理不尽な目にお合いになるなんて)
 (いっそ、エディアール王子の婚約者なんて、おやめになったほうがお身のためでは)
 (しかし、陛下は公爵に『娘御は王家にもらい受けたい』とおっしゃったから……)

 遠巻きにされているからささやきが聞こえないだろうが、我が甥よ。お前めちゃくちゃ言われているぞ。
 とりあえずそのドヤ顔だけでもどうにかしないと、周囲からの好感度が駄々下がりしてるぞ。

 妹のゲーム画面をのぞき見していた時から思っていたんだが、『主人公でヒロイン』の娘より、サリアの方がいい女じゃないか?
 ゲームをするのはほぼ女性であり、その女性たちが自己投影しやすいキャラクター設定なんだろうが、こちら目線からすると、好みは分かれると思う。
 清純系ツルペタ(といって、妹に蹴られたような思い出が仄かにある)が好みの男もいるだろうが、俺としては適度にメリハリのある体つきの方が好みだ。
 適度以上にメリハリがついていてもいい。
 その点サリアは『やや』適度以上で大変好ましい。
 装いにしても、王子の隣にいる娘は『平民が頑張って貴族風にしてみました』という努力の跡を見ることを他人に強要している風に見える。
 それを愛らしい見るか、場にそぐわないちぐはぐなものと見るか。
 俺にとっては言わずもがなだ。
 一方サリアは、幼い時から公爵令嬢として、長じては王子の婚約者として、常にその身に恥じない所作と気品とを体現している。
 本当に努力した人間というものは、その努力すら見せない者ではないだろうか。
 王子の婚約者として、半ば公的な立場となり、同じ年ごろの少女たちよりも自分にかけられる時間は圧倒的に少ないだろうに、その黄金色の髪も、高ぶった感情に揺れる碧の瞳も、この場にいる誰よりも美しく見える。
 『主人公』らしい娘のぼやけた桃色の髪よりよほど輝いている。
 半ば王子の陰に隠れて、自分のせいで糾弾されている少女を憐れみの目で見ながらも、自分に伴侶の指輪を送った三人を止めもしない娘より、理不尽な場に立たされようと気品も尊厳の失わずに堪えている少女の方が、断然好みだ。俺は、な。


 『ギャフン』の場らしく、サリアの『悪行』が糾弾される。
 「サ、サリア嬢は貴族学園の卒業時に主席の宝珠を得ていますが、公爵家の威光をかざしての評価の可能性があります」
 そういったのは、王子付きの学徒カルだ。
 学園の研究者の地位を示す威風あるローブに、完全に着られている。
 逆に中身の貧相さが、威風を下げている感がある。
 天才児とうわさされ、辺境の村から王家の庇護で貴族学園に入学。飛び級を繰り返して最年少で卒業。
 立派なご経歴だが、学園でも研究室にこもりっきりでコミュニケーション能力ゼロ。
 そこをファムに漬け込まれたんだろう。
 ゲームでは『引きこもり小動物系』の立ち位置か。

 「王子の婚約者という立場を利用して、本来王族の方々と王宮を守るべき近衛兵を私物化し、まるで自分の私兵のように侍らせているっ。これは王家の権威を蔑ろにし、兵たちの忠誠を弄ぶ、許しがたいことだっ」
 伯爵家の令息ザクトが声をあげた。
 脳筋か。
 何様だ、お前。
 よくいえば、兵に命令するのに適した武人らしい、大きな声。といってやれなくもない。
 だがこの場では、TPOに合わない単なるがなり声だ。
 しかもこの場にいるのは、お前の部下の兵士ではないといってやりたい。
 自分より身分が高い人間がいる場で、傲慢としかいいようのない口調と態度だ。
 貴族たちの間で伯爵である父親と子爵の兄が、肩身を狭そうに下を向いているのが見えないのだろうか。
 ゲームでは『積極的体育会系』のタイプなんだろうが、こんなニーズがあるのか?

 「そして、俺がファムを選んだからといって、我らの間を引き裂くような噂を広めているというではないか。
それを真に受けた輩から、ファムが怪我を負わされそうになったと聞いているぞ」
 ……お花畑か。本当のお花畑か、お前の頭の中は。
 一応、仮にも『ゲーム』の攻略本命ともいえる『王子様』なのだから、外見がキラキラしている分、中身も少しはそれに合うレベルでいるべきではないのか?

 貴族の宴だぞ。
 他人のうわさを口にするのが罪とするなら、この場にいる貴族連中の9割9分が罪人だ。
 倫理的には置いておくが、たとえサリアがなにかの過失をして、結果その娘が怪我を負ったとしても、我が国の法律では有罪とはならない。
 転生前の世界では許されないことだが、身分の差とはそういうのもだ。
 その頂点に立つ王族それを否定するということは、お前が寄って立っている『王子』という身分に敬意を払われなくてもよい、と自分でいっているのだが。
 それ以前に、正式な婚約者がいるのも関わらず、他の女にうつつを抜かして、しかもそれを公言している男って、最低ではないか?
 
 そして、王子の隣で『私、被害者です』的な顔して立っている娘。
 この場に『参加』できるのは、爵位を持つ者だけだ。もちろん給仕などでは平民もいるが、それは『参加』者ではない。
 平民の中でも力を持つ豪商や、栄誉を受けた者たちは次の間が用意されている。
 だから、その娘(紹介を受けるまで、その娘は『知らない者』だ)を伴いたいなら、平民も参加できる次の間ですればいい。
 それをせず、自分の都合のいいようにふるまっているだけでも、ドン引きだって。

 突っ込みどころ満載だが、当事者たちは自分たちの世界しか見えていないようだ。
 甥の王子は、身分不相応に着飾らせた娘を、身分序列を無視して隣に立たせているし、文官武官として王子の立場を守らなければならない側近二人も、この場の常識と良識にに反する主をとめもせずにいる。
 そして、この場にいてはならない、いる資格のないのに堂々と居座っている娘。
 この四人作り出している、常識も良識も無視した場に、サリアが対峙させられている。
 理不尽、としかいいようがない。


 遠巻きに状況を眺めている貴族たちは、『どうにかしてくれないかなぁ』という目線を、俺によこしてくる。
 いかに脳内お花畑だろうが、アホ丸出しのドヤ顔をしていようが、腐り倒していようが王子は王子。
 王不在のこの場で、身分上突っ込めるのは俺しかいないわけだ。

 まったく。

 もうちょっと穏便に済むシチュエーションを考えていたんだがな。
 もう、どしゃめしゃにしかならないぞ。

 期待の視線を集めて、俺は一歩踏み出した。

 「ずいぶんと、騒がしいな」

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やっとしゃべった。主人公『王弟 テオドール』。
早いところラブラブ展開にいきたいので、次回サクサク突っ込みます。
 
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