群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

134 企てと誤算1

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話は少しだけさかのぼって悪役サイドのお話


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 ラグラスは上機嫌で杯の中身を飲み干した。ベルクとの交渉が終わり、望む結果を得た彼は、アジトにしている小神殿で祝杯をあげていた。
 賢者に最も近い神官の後ろ盾を得、例え今、忌々しい竜騎士達に見つかったとしても捕えられる心配が無くなった。更にはあの憎らしいエドワルドからこの豊かなフォルビアを奪う事で一矢報いることが出来るのだ。これを喜ばずにはいられなかった。
「アンタも飲んだらどうだ?」
 宴会が開かれている小神殿の広間の隅では、くたびれた服装をしたロイスが1人縮こまっていた。ラグラスはその姿を目ざとく見つけると、エールの入った杯を押し付ける。
「……いらぬ」
「あの男に取り入っておけばアンタだって出世も思いのままだぜ」
「……私は……私は……」
 ロイスは両手で頭をかきむしる。かつての神官長としての威厳のあるたたずまいは消え失せ、髪はぼさぼさでやつれて無精ひげに覆われた顔は一気に10も20も老け込んだ印象を受ける。食事も思う様に喉を通らないらしく、よれよれとなった神官服は幾分かゆるくなっていた。
「まあ、ここまで来たんなら諦めるんだな。もう後戻りはできないぜ?」
 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべると、突き返された杯をラグラスは飲み干した。ロイスは再び頭を抱える。
「おい、コイツは部屋に戻しておけ。賢者殿に引き渡す約束だからな」
 ラグラスはロイスの体をロイスの体を突き飛ばし、部下に連れて行くように命じ。そして愉快そうに笑うと、山と盛られた料理が並ぶテーブルに悠々と戻ったのだった。



 そして3日後、ロイスはベルクに引き渡された。ラグラスはアジトにしていた小神殿を引き払い、幽閉していたロイスをその小神殿ごとベルクに明け渡したのだ。
 それまでの間にラグラスは、新体制への不安を言葉巧みに煽り、かつて自分が所領としていたフォルビア南西部の有力者達を味方につけていた。
 ベルクとの連絡役として彼の部下と護衛を貸し与えられ、とがめられることなく堂々と街道を移動する。しかも失脚する前に拷問によってヘデラ夫妻やヘザーから不正に貯めた財産の隠し場所を聞き出していたので、それもちゃっかりと回収し、冬を乗り切る資金も手に入れた。
「悔しがる姿が目に浮かぶぜ」
 新たに拠点としたのはとある有力者の別邸だった。但し、第2警戒区域内なので、冬までの期間限定である。初雪が降る頃には近くにある古い砦の跡に移動する予定だった。
 すぐに移さないのは、どうやら竜騎士達もその砦を怪しんでいるらしく、幾度か偵察に来ているのを目撃したのと、越冬の準備がまだ充分に整っていないからである。ギリギリになってもいないのが分かれば諦めるだろう。まあ、いるのが分かったところで手出しも出来ないはずだ。そう踏んだラグラスは目立たないように少しずつ砦に手を入れさせ、必要な物資を運びこむ準備を命じていた。
「ラグラス様、砦で怪しい者達を捕えたと報告がありました」
 冬を間近に控え、拠点の引っ越しの采配を振るっていたダドリーが部屋で寛いでいたラグラスの元へ報告に上がる。
「竜騎士共の手先か?」
 怪訝そうに寝台の縁に座ったラグラスがダドリーを見上げる。隠し財産やベルクの援助により、追われる身とは思えない程贅沢な暮らしをしている彼は、今も若い女性を閨に侍らせ、享楽にふけっていたのだ。望んでここへ来たわけではないらしいその相手は、上掛けに包まって可哀想なくらいに震えている。
「いえ、どうやら以前にエヴィルからの使者が言っていた盗賊達のようです」
「……」
 当時、話半分に聞いていたラグラスにはその記憶が残って無かった。そこで改めて彼がその経緯を説明してようやくおぼろげながらにそんな事もあったなと思い出す。
 捕えた盗賊達は当初聞いていた人数よりも数を増やしており、その中にかつてラグラスの私兵だった者が何名か混ざっていた。あの竜騎士達の襲撃により、行き場を無くして彼等に加わったらしい。
「如何致しますか?」
 ダドリーの問いかけにラグラスは思案を巡らす。
「……その盗賊共、使えそうか?」
「頭目は元々数百人規模の手下を従えていたようで、腕も立ちそうです」
 彼の話だと、盗賊の下にいた元の私兵が気付き、双方の間に入って本格的な戦闘にならずに済んだらしい。もし、本気で戦っていれば、甚大じんだいな被害が出ていただろう。
「使えそうだな。そいつらに会おうじゃないか」
「宜しいので?」
「俺様が向こうに行くまでそこで大人しくしてもらえ。会うのはそれからだ」
「かしこまりました」
 ダドリーは頭を下げると速やかに退出する。ラグラスは寝台脇のテーブルに用意されていたワインを飲み干すと、寝台の端で震えていた娘を引き寄せ、中断していた享楽を再開した。



 神殿に預けていた馬を受け取り、アレスがマルクスを伴って先ず向かったのはロイスが静養しているという小神殿だった。そこを張り込んでいるスパークと合流し、3人でラグラスの居場所を探ろうと考えたのだ。
「どうやら神官長は、静養しているだけじゃなくてベルクの部下に監禁されているみたいだな」
「本当か?」
「ああ。体調不良を理由に総督府の人間はもちろん、正神殿の部下すら会わせてもらえないと言う話だ」
 小神殿をマルクスに見張ってもらっている間、近くの酒場でアレスとスパークは情報交換をしていた。アレスは義父が定めた方針とそれに伴う今後の大まかな予定を、そして小神殿を張り込んでいたスパークは新たに得た情報をアレスに伝える。
「この神殿をどうやらラグラスはアジトにしていたらしい。体調の思わしくないロイス神官長をここに残して別のアジトに移動し、その後ベルクに引き渡されたみたいだ」
「ここにいたのか……」
 フォルビア城のすぐ北、目と鼻の先に彼等はいたのだ。
「何処に行ったかは分からないか?」
「西に向かったぐらいしか分かってない。フォルビア側がこれだけ探して見つけられないところから察すると、他にも協力者がいる可能性は高い」
「まずいな……」
 フォルビア総督となったヒースの下、以前の落ち着きを取り戻しつつあったのに、このままラグラスに勢力を広げられてしまうと、またもや混迷した状態に逆戻りしてしまう。
 これから春までは妖魔討伐に専念しなければならず、彼等も思う様に手を割くことが出来ないだろう。やはり、小竜を総動員してでも探っておく必要がある。
「もし、ベルクと奴が繋がっているとすると、ここにも何か手がかりがあるかもしれない。囚われた神官長殿の状態も気になるし、手始めに探ってみるか」
「俺には無理だったが、若なら問題ないな。気まぐれすぎて制御しきれん」
 スパークも手元にいる小竜で幾度か試みたのだが、すぐに小竜の方が飽きて神殿の敷地に入った所で終わってしまうのだ。それだけでも警備の様子等を探れたのだが、肝心の神官長の様子までは確認することが出来なかったのだ。
「今いるのが5匹か……。ちょっと行かせてみよう」
 アレスは生理現象を装って表に出ると、周囲に人気のないことを確認して小竜達を呼び寄せる。現れた小竜達の体を順に撫でて要望を伝えると、彼等は小神殿の方に向かって飛んで行った。一時ほどすれば、新しい情報を持って戻って来るだろう。
 アレスは冷えた体を温める為に飲み直そうと、再びスパークが待つ酒場へ戻った。
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