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第2章 タランテラの悪夢
135 企てと誤算2
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ロイスは夢うつつの状態で寝台に伏せっていた。
知らぬ間に悪事に加担させられ、それを脅されてラグラスの逃亡を手助けしてしまった。ラグラスから解放されたものの、取り返しのつかない罪を犯した事に苛まれ続けた彼は、食事も喉を通らなくなり生きる気力すら失っていた。半ばベルクの部下に監禁されている状態なのだが、それにすら気付かない程衰弱した彼は、最早何日経ったかすら分からなくなっていた。
ダナシアの教義では自ら命を絶つことは罪になるのだが、それに匹敵する大罪を犯したのだ。最早、ダナシアの御許へ召される事は無い。太古の昔にダナシアによって封じ込められた古の神々が集うその場所へ堕とされるのは目に見えている。
諦めがついた今はただ、その時が来るのを静かに待っていた。
クウクウ……。
小動物が甘えた様に出す声を聞いて、ロイスは目を開けた。霞む目で見えたのは1匹の小竜。色は違うのだが、その生き物は行方の分からないかの人を思い起こさせる。
「……ワシは……」
彼女は神官である己よりも清廉な空気を纏った女性だった。まるで母神ダナシアを具現化した様で、初めて会った時には思わずその前に跪きそうになったほどだ。今、その姿を思い出し、いかに自分が罪深く愚かな行いをしてきたか懺悔したくなった。
「愚かな事をした……」
ロイスは震える手で小竜に手を伸ばす。するとその小竜は自ら体を擦り付けてきた。その滑らかな体を撫でながらロイスは発端となった薬草を預かった経緯と脅され、ラグラスの逃亡に手を貸してしまった光景をつらつらと思い出した。
「済まぬ……」
思い浮かべるのは自分を慕ってくれていた神官達。特に補佐役のトビアスを守りたかったのだが、それが全て裏目に出てしまい、かえって辛い思いをさせたかもしれない。一言詫びたかったが、それも最早叶わない。
クウ……。
小竜は慰める様にまた手に体を擦り付けてくる。全てを思い返し、懺悔した彼は少しだけ満足して目を閉じた。その頬に涙が一筋零れ落ちていた。
フォルビアに初雪が降りだした頃、ラグラスは古い砦にアジトを移した。そこでようやく盗賊の頭領と顔を合わせ、何故か彼等は意気投合した。ラグラスはその場で酒肴の用意をさせ、彼らとベルクが監視役に残していった部下を加えて宴会が始まった。
酒の力で常よりも饒舌となり、話題はいつしか己の野望から好みの女へと変わっていく。ラグラスは自分が濡れ衣を着せた女性が死んでしまった事を惜しみ、盗賊達はタランテラに来る前に見かけた女性達を上げる。ベルクの部下は上司が一目ぼれした相手を暴露した。
3人寄れば文殊の知恵と言うが、ラグラス側、盗賊側、ベルク側の情報を統合すると、アレス達が隠そうとしている事実がいとも簡単にばれてしまっていた。
「名前はどうでもいい。あの女が生きているならこれを利用しない手は無いな」
盗賊達は逃避行中の4人の姿を目撃し、しかもたぐいまれなコリンシアのプラチナブロンドも目にしている。ラグラスはそれを逃げたフロリエ達だと明言し、ベルクの部下はフロリエの身体的特徴は行方不明中の聖女と一致すると告げる。しかも聖域の竜騎士が彼女達を保護したのなら、その行先は間違いなくラトリ村だと断言した。
「ちんけな村なんだろ? 襲撃すればすぐじゃねぇか」
楽観的なラグラスの意見にベルクの部下だけでなく盗賊達も難色を示す。
「聖域の竜騎士は強い。俺様の自慢の部下があっという間にやられた。しかも小竜を意のままに扱う奴がいる」
「アレス・ルーンだな。聖女様の実の弟だ。竜騎士では無いくせに、どういう訳か聖域の竜騎士に慕われている」
苦虫を潰したようにベルクの部下が補足する。しかし、何も知らないラグラスは及び腰になる彼等を鼻で笑う。
「たかが小竜じゃねぇか。そんなもん恐れてどうするよ?」
自分もルルーに顔へひっかき傷を負わされた筈なのだが、都合の悪いことはきれいさっぱり忘れている。今の彼の頭の中にあるのはエドワルドへの復讐とフォルビアへの妄執だけだった。
「1匹、2匹なら俺達も簡単に蹴散らすが、奴は群れで操る。そいつらで事前に下見し、襲撃の折には俺達の足止めにそいつらを使う。そのおかげで俺様はアジトを失ったんだ」
頭領の言葉に彼の元々の部下達がうなずいている。余程恐ろしい目に合ったらしく、どうやらそれは彼らのトラウマになっている様だ。
「おかしいですね。取り逃がしたのは聖域の竜騎士だったのになぜ、あなた方の捜索の依頼をエヴィルがしてきたのでしょうか?」
「事情があって奴はタランテラを憎んでいる。来るのも嫌で押し付けとも考えられるが、表立って動いて聖女様の居場所を知られるのを恐れたとも言える」
ダドリーの疑問にベルクの部下が答える。何か思い当たる節があるのか、ダドリーが神妙な顔をして考え込んでいる。
「秘密裏に潜入していたとも考えられるか」
「何か心当たりがあるのか?」
「あの頃、フォルビア城の敷地内で野生の小竜を見かけたという報告が何件かあったのを思い出しました。別段、珍しいことでは無いと思っておりましたが、その男が操っていたとなると……」
盗賊の探索件でエヴィルから使者が来た時、フォルビアを支配していたのはラグラスだった。女大公だったフロリエに濡れ衣を着せて失脚させたのである。それを身内が知れば、どうにかしようと思うのも納得できるし、その手段が有るのなら活用するのも当たり前である。
慣れない地に1人で来るとは考えにくいし、主導的立場の人間が離れればなおの事、村の防備は薄くなっている筈だ。
「だったらよう、今は尚更その村は手薄なんじゃねぇのか?」
「……ふむ。傭兵を雇う余裕は無かった筈ですな」
自給自足を身上とする為、外部から人を雇う程金銭的に余裕はないはずである。気がかりはあの姉弟の後見をしているあの2人だが、さすがに彼等の一存で兵を動かすのは不可能だ。
「討伐が始まれば一層手薄になる。その時を見計らって襲撃すりゃあ簡単じゃねぇか」
「考えてみてもいいかもしれませんね」
ラグラスの提案に一番慎重だったベルクの部下もうなずく。
「とにかくよう、あの女と子供がいれば、皇都でふんぞり返っているアイツも俺様達の言いなりになるしかねぇ。そうなれば、フォルビアだけじゃねぇ、この国全てが俺様のものよ」
明るい見通しにラグラスは上機嫌だった。知らずに煽る杯も重なる。そんな彼の言葉にその場にいた全員も感化されてくる。
「ふむ、検討する価値はあるかもしれませんな」
「その2人以外は好きにしていいんだな? 血が騒ぐぜ」
存分に暴れられると思うと血が騒ぐのか、盗賊達もアジトを失った恐怖を忘れてその気になっている。
「決まりだな。早速手配しろ」
気を良くしたラグラスは早速控えていたダドリーに命じる。彼は直ちに頭を下げるとその場を後にする。こういう時にすぐに行動を起こさないと、後で何を理由に首を刎ねられるか分からない。彼は死に物狂いでその準備にかかった。
「今に見てろよ……」
明るい未来にラグラスは上機嫌で杯をあおり、そして自分にこんな目を合わせたエドワルドを筆頭とした竜騎士達に復讐を誓った。
だが、彼等はいささか酔っていた。その為に自分達の都合のいい方にばかり解釈していた事に彼等は気づけなかった。
知らぬ間に悪事に加担させられ、それを脅されてラグラスの逃亡を手助けしてしまった。ラグラスから解放されたものの、取り返しのつかない罪を犯した事に苛まれ続けた彼は、食事も喉を通らなくなり生きる気力すら失っていた。半ばベルクの部下に監禁されている状態なのだが、それにすら気付かない程衰弱した彼は、最早何日経ったかすら分からなくなっていた。
ダナシアの教義では自ら命を絶つことは罪になるのだが、それに匹敵する大罪を犯したのだ。最早、ダナシアの御許へ召される事は無い。太古の昔にダナシアによって封じ込められた古の神々が集うその場所へ堕とされるのは目に見えている。
諦めがついた今はただ、その時が来るのを静かに待っていた。
クウクウ……。
小動物が甘えた様に出す声を聞いて、ロイスは目を開けた。霞む目で見えたのは1匹の小竜。色は違うのだが、その生き物は行方の分からないかの人を思い起こさせる。
「……ワシは……」
彼女は神官である己よりも清廉な空気を纏った女性だった。まるで母神ダナシアを具現化した様で、初めて会った時には思わずその前に跪きそうになったほどだ。今、その姿を思い出し、いかに自分が罪深く愚かな行いをしてきたか懺悔したくなった。
「愚かな事をした……」
ロイスは震える手で小竜に手を伸ばす。するとその小竜は自ら体を擦り付けてきた。その滑らかな体を撫でながらロイスは発端となった薬草を預かった経緯と脅され、ラグラスの逃亡に手を貸してしまった光景をつらつらと思い出した。
「済まぬ……」
思い浮かべるのは自分を慕ってくれていた神官達。特に補佐役のトビアスを守りたかったのだが、それが全て裏目に出てしまい、かえって辛い思いをさせたかもしれない。一言詫びたかったが、それも最早叶わない。
クウ……。
小竜は慰める様にまた手に体を擦り付けてくる。全てを思い返し、懺悔した彼は少しだけ満足して目を閉じた。その頬に涙が一筋零れ落ちていた。
フォルビアに初雪が降りだした頃、ラグラスは古い砦にアジトを移した。そこでようやく盗賊の頭領と顔を合わせ、何故か彼等は意気投合した。ラグラスはその場で酒肴の用意をさせ、彼らとベルクが監視役に残していった部下を加えて宴会が始まった。
酒の力で常よりも饒舌となり、話題はいつしか己の野望から好みの女へと変わっていく。ラグラスは自分が濡れ衣を着せた女性が死んでしまった事を惜しみ、盗賊達はタランテラに来る前に見かけた女性達を上げる。ベルクの部下は上司が一目ぼれした相手を暴露した。
3人寄れば文殊の知恵と言うが、ラグラス側、盗賊側、ベルク側の情報を統合すると、アレス達が隠そうとしている事実がいとも簡単にばれてしまっていた。
「名前はどうでもいい。あの女が生きているならこれを利用しない手は無いな」
盗賊達は逃避行中の4人の姿を目撃し、しかもたぐいまれなコリンシアのプラチナブロンドも目にしている。ラグラスはそれを逃げたフロリエ達だと明言し、ベルクの部下はフロリエの身体的特徴は行方不明中の聖女と一致すると告げる。しかも聖域の竜騎士が彼女達を保護したのなら、その行先は間違いなくラトリ村だと断言した。
「ちんけな村なんだろ? 襲撃すればすぐじゃねぇか」
楽観的なラグラスの意見にベルクの部下だけでなく盗賊達も難色を示す。
「聖域の竜騎士は強い。俺様の自慢の部下があっという間にやられた。しかも小竜を意のままに扱う奴がいる」
「アレス・ルーンだな。聖女様の実の弟だ。竜騎士では無いくせに、どういう訳か聖域の竜騎士に慕われている」
苦虫を潰したようにベルクの部下が補足する。しかし、何も知らないラグラスは及び腰になる彼等を鼻で笑う。
「たかが小竜じゃねぇか。そんなもん恐れてどうするよ?」
自分もルルーに顔へひっかき傷を負わされた筈なのだが、都合の悪いことはきれいさっぱり忘れている。今の彼の頭の中にあるのはエドワルドへの復讐とフォルビアへの妄執だけだった。
「1匹、2匹なら俺達も簡単に蹴散らすが、奴は群れで操る。そいつらで事前に下見し、襲撃の折には俺達の足止めにそいつらを使う。そのおかげで俺様はアジトを失ったんだ」
頭領の言葉に彼の元々の部下達がうなずいている。余程恐ろしい目に合ったらしく、どうやらそれは彼らのトラウマになっている様だ。
「おかしいですね。取り逃がしたのは聖域の竜騎士だったのになぜ、あなた方の捜索の依頼をエヴィルがしてきたのでしょうか?」
「事情があって奴はタランテラを憎んでいる。来るのも嫌で押し付けとも考えられるが、表立って動いて聖女様の居場所を知られるのを恐れたとも言える」
ダドリーの疑問にベルクの部下が答える。何か思い当たる節があるのか、ダドリーが神妙な顔をして考え込んでいる。
「秘密裏に潜入していたとも考えられるか」
「何か心当たりがあるのか?」
「あの頃、フォルビア城の敷地内で野生の小竜を見かけたという報告が何件かあったのを思い出しました。別段、珍しいことでは無いと思っておりましたが、その男が操っていたとなると……」
盗賊の探索件でエヴィルから使者が来た時、フォルビアを支配していたのはラグラスだった。女大公だったフロリエに濡れ衣を着せて失脚させたのである。それを身内が知れば、どうにかしようと思うのも納得できるし、その手段が有るのなら活用するのも当たり前である。
慣れない地に1人で来るとは考えにくいし、主導的立場の人間が離れればなおの事、村の防備は薄くなっている筈だ。
「だったらよう、今は尚更その村は手薄なんじゃねぇのか?」
「……ふむ。傭兵を雇う余裕は無かった筈ですな」
自給自足を身上とする為、外部から人を雇う程金銭的に余裕はないはずである。気がかりはあの姉弟の後見をしているあの2人だが、さすがに彼等の一存で兵を動かすのは不可能だ。
「討伐が始まれば一層手薄になる。その時を見計らって襲撃すりゃあ簡単じゃねぇか」
「考えてみてもいいかもしれませんね」
ラグラスの提案に一番慎重だったベルクの部下もうなずく。
「とにかくよう、あの女と子供がいれば、皇都でふんぞり返っているアイツも俺様達の言いなりになるしかねぇ。そうなれば、フォルビアだけじゃねぇ、この国全てが俺様のものよ」
明るい見通しにラグラスは上機嫌だった。知らずに煽る杯も重なる。そんな彼の言葉にその場にいた全員も感化されてくる。
「ふむ、検討する価値はあるかもしれませんな」
「その2人以外は好きにしていいんだな? 血が騒ぐぜ」
存分に暴れられると思うと血が騒ぐのか、盗賊達もアジトを失った恐怖を忘れてその気になっている。
「決まりだな。早速手配しろ」
気を良くしたラグラスは早速控えていたダドリーに命じる。彼は直ちに頭を下げるとその場を後にする。こういう時にすぐに行動を起こさないと、後で何を理由に首を刎ねられるか分からない。彼は死に物狂いでその準備にかかった。
「今に見てろよ……」
明るい未来にラグラスは上機嫌で杯をあおり、そして自分にこんな目を合わせたエドワルドを筆頭とした竜騎士達に復讐を誓った。
だが、彼等はいささか酔っていた。その為に自分達の都合のいい方にばかり解釈していた事に彼等は気づけなかった。
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