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第3章 ダナシアの祝福
9 もたらされた恩恵5
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「私……もうここに居ない方がいいのかしら……」
チビリチビリと飲んでいても元が強い酒なので程なくして酔いが回ってくる。その酔いも手伝ってか、エルデネートは胸中を占める迷いを口に出していた。
「俺、そんなに頼りないですか?」
「そんなつもりじゃ……」
「兄貴達みたいに頭は良くないけど、この村を守るのが俺の仕事ですよ。でも、仕事を抜きにしても俺はエルデネートさんを絶対に守りますよ。もっと頼って下さいよ」
ベルントはそう言うが、世の中に絶対と言うものは存在しないとエルデネートは身を以て経験している。絶対に幸せにするからとプロポーズされ、亡き夫とは身分の差を乗り越えて結婚した。しかし、彼女の実家は領地すらない下級貴族だった為、身分の差だけでなく、子供が出来ない事でも随分と周囲に責められた。事故に巻き込まれて夫が死ぬと、早々に婚家も追い出されてしまい、既に両親も他界して帰るところも無かった彼女は途方に暮れていた所をソフィアに声をかけられたのだ。
「絶対って言ったけど……あの人は約束を守ってくれなかった」
「エルデネートさん?」
ポツリと漏らした言葉にベルントは首を傾げる。
「絶対幸せにしてくれるって言ったのに……あの人は何も……。私の身分が低いから……子供が出来ないから……周囲が辛く当たるのにも気づかなかった」
ポロポロと涙を流しながら、今までエドワルドにすら言わなかった過去のつらい経験を吐露していた。ベルントは突然泣き出した彼女に慌てながらも、その隣に移動して彼女を抱きしめた。
「俺は……無粋で機智なんてものはもちあわせてないから、こんな時にかける言葉が思いつかない。だけど、これだけは言わせてください。俺は、エルデネートさんが好きです。だから、絶対に守ってみせる」
「……ベルントさん」
「そもそも、この村は現ワールウェイド公夫妻にとっても大切な場所です。喚くだけの連中にこの村に危害を加える真似は出来ませんよ」
ベルントは泣いているエルデネートを安心させる様に背中をポンポンと優しく叩いた。縋りついた逞しい体は元恋人のエドワルドを思い起こさせるが、彼以上にその腕の中は落ち着いた。そのぬくもりに包まれていると、次第にエルデネートの涙も治まってくる。
「心配はいりません。だから、エルデネートさんの本音を教えてください。この村を本当に出て行きたいんですか?」
「……本当はどこにも行きたくないの」
「それを聞いて安心した。じゃあ、任せて下さい」
ベルントがおどけて胸を張ってみせると、エルデネートもつられて笑みを浮かべた。
エルデネートは何か暖かい物に縋っていた。何故かとても安心感があり、離れるのが嫌で縋る手に力を込めた。すると背中に回った大きな暖かい手が頭を撫で、乱れていたらしい髪を梳いてくれるのが心地いい。エルデネートは安堵の息を漏らして更に擦り寄った……。
ガンガンと痛む頭に顔を顰めながら目を開けると、飛び込んで来たのは男性の裸体だった。驚きのあまり頭痛も忘れて慌てて体を起こした。傍らにいたのはベルントで、どうやらここは客間の1つの様だ。
「え……」
結婚の経験もあるし、エドワルドとは体を交えるほど深い仲だったこともあって男性の体に羞恥を覚えるほど初心でもない。だが、さすがに前夜の記憶が無い状態でいきなりこの場面は心臓に悪かった。必死に記憶を辿るが、一緒にお酒を飲んで、話を聞いてもらった事までしか覚えていない。それ以上はどうやっても思い出せなかった。幸いにも自分は着衣のままだったので、間違いは無かったのだろう。
「……エルデネートさん、おはようございます」
体は起こしたものの、再び襲ってくる頭痛に身動きできないでいると、ベルントが体を起こした。慌てて目を逸らすが、裸だったのは上半身だけだった。
「あの……その……」
「顔色、良くないですけど、大丈夫ですか?」
「は、はい……」
エルデネートはそう返事をするが、襲ってくる頭痛に顔を顰める。
「休んでてください。何か持ってきますんで」
彼女に横になる様に言うとベルントは寝台から降りて床に放り投げてあった上衣を羽織る。だが、戸口に向かおうとしたところで勢いよく扉が開いた。
「ベルント!この大ばか者が!」
入って来たのはベルントの姉、テルマだった。部屋の状況を見るなり問答無用でベルントを張り倒し、ものすごい形相で恩知らずだの考えなしだの盛大に弟をののしっている。自分が叱られている訳ではないのだが、正直、その怒鳴り声が今のエルデネートには堪えた。
「姉さん、あのですね……」
「お黙り!」
テルマは容赦がない。仁王立ちしている彼女の前でその巨体を縮こまらせて床に座り込んでいるベルントの姿は何だか可哀想になってくる。なんとか誤解は解きたいのだが、青筋を浮かべて弟を見下ろす彼女に鬼気迫るものを感じて声をかけるのも憚られた。結局、一時ほどして様子を見に来た次兄のラウルに止められるまでテルマの小言は続いた。
その後、ようやくベルントによって昨夜の釈明がなされた。悩んでいた事をベルントに打ち明けて聞いてもらったのは覚えている。泣きだした自分を慰めてくれたのもおぼろげながらに思い出した。だが、その後も2人で杯を重ね、酔った自分がベルントに絡み、上衣まで脱がせてしまった事実を知ってエルデネートは蒼白になる。
「私、とんでもないことを……」
「俺は役得でしたけど」
「……」
自分の失態に赤くなっていいのか、青くなっていいのか……。エルデネートは頭を抱えた。
その後、しばらくの間は顔を合わせるのも気恥ずかしくて逃げ回っていたが、年下のベルントの方が冷静で態度を変えるような真似はしなかった。彼女が曝け出した過去にも動じず、姿を見つけるといつも通り駆け寄って来ては今まで以上に熱心に口説いてくる。
「一緒になる事を本気で考えてくれませんか?」
その真摯な態度と持ち前の彼の明るさのおかげで、やがて彼女も未亡人なのも10も年上なのもぐだぐだ悩むのがばからしくなっていた。そして何よりもエドワルドと付き合っていた頃よりも彼の方が一緒に居て心地良いと感じているのに気付いた。
「本当に私でいいの?」
「受けてもらえるんですか?」
「……はい」
ようやく得た答えにベルントは涙を流して喜んだ。
5年後……。
小さな女の子が母親の手を離れてよちよちと父親に向かって歩く。途中、尻餅をついて泣きそうになるが、父親がおどけた表情をすると女の子はその小さな手を叩いて喜んだ。そしてまた立ち上がると大好きな父親に向かってよちよちと歩き出した。
国主夫妻からも祝福されて生まれてきた女の子の家族は、ルバーブ村だけでなくタランテラで最も幸せな家族となった。
ちなみに、元夫の親族達の所業はベルントからすぐにアスターに伝えられ、当然エドワルドの耳にも入る事となった。当然、処分の撤回は認められず、更にはエルデネートを脅迫したとして高額の慰謝料の支払いを命じられたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
実はエルデネートと付き合っていた時(夜遊びをしていた時もだけど)エドワルドは男性用の避妊薬を使用。好きだけど結婚を承諾してもらうまでは……と彼なりの気遣いだった。
ちなみにもう会わないと言ったもののエルデネートの事を気にかけていたエドワルドは、彼女がルバーブにいる事を知っていた。
アスターから報告を受け、結婚祝いも出産祝いも自ら吟味したものを贈っていた。
ベルントと結ばれたエルデネートの幸せを一番喜んだのはエドワルドかもしれない。
チビリチビリと飲んでいても元が強い酒なので程なくして酔いが回ってくる。その酔いも手伝ってか、エルデネートは胸中を占める迷いを口に出していた。
「俺、そんなに頼りないですか?」
「そんなつもりじゃ……」
「兄貴達みたいに頭は良くないけど、この村を守るのが俺の仕事ですよ。でも、仕事を抜きにしても俺はエルデネートさんを絶対に守りますよ。もっと頼って下さいよ」
ベルントはそう言うが、世の中に絶対と言うものは存在しないとエルデネートは身を以て経験している。絶対に幸せにするからとプロポーズされ、亡き夫とは身分の差を乗り越えて結婚した。しかし、彼女の実家は領地すらない下級貴族だった為、身分の差だけでなく、子供が出来ない事でも随分と周囲に責められた。事故に巻き込まれて夫が死ぬと、早々に婚家も追い出されてしまい、既に両親も他界して帰るところも無かった彼女は途方に暮れていた所をソフィアに声をかけられたのだ。
「絶対って言ったけど……あの人は約束を守ってくれなかった」
「エルデネートさん?」
ポツリと漏らした言葉にベルントは首を傾げる。
「絶対幸せにしてくれるって言ったのに……あの人は何も……。私の身分が低いから……子供が出来ないから……周囲が辛く当たるのにも気づかなかった」
ポロポロと涙を流しながら、今までエドワルドにすら言わなかった過去のつらい経験を吐露していた。ベルントは突然泣き出した彼女に慌てながらも、その隣に移動して彼女を抱きしめた。
「俺は……無粋で機智なんてものはもちあわせてないから、こんな時にかける言葉が思いつかない。だけど、これだけは言わせてください。俺は、エルデネートさんが好きです。だから、絶対に守ってみせる」
「……ベルントさん」
「そもそも、この村は現ワールウェイド公夫妻にとっても大切な場所です。喚くだけの連中にこの村に危害を加える真似は出来ませんよ」
ベルントは泣いているエルデネートを安心させる様に背中をポンポンと優しく叩いた。縋りついた逞しい体は元恋人のエドワルドを思い起こさせるが、彼以上にその腕の中は落ち着いた。そのぬくもりに包まれていると、次第にエルデネートの涙も治まってくる。
「心配はいりません。だから、エルデネートさんの本音を教えてください。この村を本当に出て行きたいんですか?」
「……本当はどこにも行きたくないの」
「それを聞いて安心した。じゃあ、任せて下さい」
ベルントがおどけて胸を張ってみせると、エルデネートもつられて笑みを浮かべた。
エルデネートは何か暖かい物に縋っていた。何故かとても安心感があり、離れるのが嫌で縋る手に力を込めた。すると背中に回った大きな暖かい手が頭を撫で、乱れていたらしい髪を梳いてくれるのが心地いい。エルデネートは安堵の息を漏らして更に擦り寄った……。
ガンガンと痛む頭に顔を顰めながら目を開けると、飛び込んで来たのは男性の裸体だった。驚きのあまり頭痛も忘れて慌てて体を起こした。傍らにいたのはベルントで、どうやらここは客間の1つの様だ。
「え……」
結婚の経験もあるし、エドワルドとは体を交えるほど深い仲だったこともあって男性の体に羞恥を覚えるほど初心でもない。だが、さすがに前夜の記憶が無い状態でいきなりこの場面は心臓に悪かった。必死に記憶を辿るが、一緒にお酒を飲んで、話を聞いてもらった事までしか覚えていない。それ以上はどうやっても思い出せなかった。幸いにも自分は着衣のままだったので、間違いは無かったのだろう。
「……エルデネートさん、おはようございます」
体は起こしたものの、再び襲ってくる頭痛に身動きできないでいると、ベルントが体を起こした。慌てて目を逸らすが、裸だったのは上半身だけだった。
「あの……その……」
「顔色、良くないですけど、大丈夫ですか?」
「は、はい……」
エルデネートはそう返事をするが、襲ってくる頭痛に顔を顰める。
「休んでてください。何か持ってきますんで」
彼女に横になる様に言うとベルントは寝台から降りて床に放り投げてあった上衣を羽織る。だが、戸口に向かおうとしたところで勢いよく扉が開いた。
「ベルント!この大ばか者が!」
入って来たのはベルントの姉、テルマだった。部屋の状況を見るなり問答無用でベルントを張り倒し、ものすごい形相で恩知らずだの考えなしだの盛大に弟をののしっている。自分が叱られている訳ではないのだが、正直、その怒鳴り声が今のエルデネートには堪えた。
「姉さん、あのですね……」
「お黙り!」
テルマは容赦がない。仁王立ちしている彼女の前でその巨体を縮こまらせて床に座り込んでいるベルントの姿は何だか可哀想になってくる。なんとか誤解は解きたいのだが、青筋を浮かべて弟を見下ろす彼女に鬼気迫るものを感じて声をかけるのも憚られた。結局、一時ほどして様子を見に来た次兄のラウルに止められるまでテルマの小言は続いた。
その後、ようやくベルントによって昨夜の釈明がなされた。悩んでいた事をベルントに打ち明けて聞いてもらったのは覚えている。泣きだした自分を慰めてくれたのもおぼろげながらに思い出した。だが、その後も2人で杯を重ね、酔った自分がベルントに絡み、上衣まで脱がせてしまった事実を知ってエルデネートは蒼白になる。
「私、とんでもないことを……」
「俺は役得でしたけど」
「……」
自分の失態に赤くなっていいのか、青くなっていいのか……。エルデネートは頭を抱えた。
その後、しばらくの間は顔を合わせるのも気恥ずかしくて逃げ回っていたが、年下のベルントの方が冷静で態度を変えるような真似はしなかった。彼女が曝け出した過去にも動じず、姿を見つけるといつも通り駆け寄って来ては今まで以上に熱心に口説いてくる。
「一緒になる事を本気で考えてくれませんか?」
その真摯な態度と持ち前の彼の明るさのおかげで、やがて彼女も未亡人なのも10も年上なのもぐだぐだ悩むのがばからしくなっていた。そして何よりもエドワルドと付き合っていた頃よりも彼の方が一緒に居て心地良いと感じているのに気付いた。
「本当に私でいいの?」
「受けてもらえるんですか?」
「……はい」
ようやく得た答えにベルントは涙を流して喜んだ。
5年後……。
小さな女の子が母親の手を離れてよちよちと父親に向かって歩く。途中、尻餅をついて泣きそうになるが、父親がおどけた表情をすると女の子はその小さな手を叩いて喜んだ。そしてまた立ち上がると大好きな父親に向かってよちよちと歩き出した。
国主夫妻からも祝福されて生まれてきた女の子の家族は、ルバーブ村だけでなくタランテラで最も幸せな家族となった。
ちなみに、元夫の親族達の所業はベルントからすぐにアスターに伝えられ、当然エドワルドの耳にも入る事となった。当然、処分の撤回は認められず、更にはエルデネートを脅迫したとして高額の慰謝料の支払いを命じられたのだった。
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実はエルデネートと付き合っていた時(夜遊びをしていた時もだけど)エドワルドは男性用の避妊薬を使用。好きだけど結婚を承諾してもらうまでは……と彼なりの気遣いだった。
ちなみにもう会わないと言ったもののエルデネートの事を気にかけていたエドワルドは、彼女がルバーブにいる事を知っていた。
アスターから報告を受け、結婚祝いも出産祝いも自ら吟味したものを贈っていた。
ベルントと結ばれたエルデネートの幸せを一番喜んだのはエドワルドかもしれない。
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