群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

11 晴れた空の下で3

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 アスターが馬の準備が整ったことを知らせに来た。エドワルドに手を引かれ、フロリエは天幕の外に出る。そこにはタランテラ特有の毛が長く、がっしりとした足を持つ馬が用意されていた。
「こちらへ」
 エドワルドはフロリエの手を取って馬の傍まで連れて行き、その背中に彼女を乗せる。
「揺れるからしっかりしがみついて。馬は我々が操るから心配いらない」
 馬も飛竜同様首の付け根にある瘤に触れて操るのだが、飛竜を操る竜騎士にとって馬を複数操るのは難しいことではなかった。竜騎士になる訓練の中には、馬の群れを指定された順路で移動させるというのもある。討伐に一般人が巻き込まれた場合、馬や荷役用の牛がいる場合はこうして避難誘導するのも竜騎士の務めだった。
「は…はい」
 鞍があるとはいえ一人で馬の背に乗り、不安気にフロリエは座る位置を直そうと馬の体に触れる。その時、彼女の手が首元にある瘤に触れる。その瞬間、暗闇から視界が広がる。
「あ……」
「どうした?」
 エドワルドが心配してフロリエを見ると、彼女は涙を流していた。
「世界は…こんなにも眩しいのですね……」
「!」
 フロリエの呟きに一同は驚く。
「見える……のか?」
 グロリアの計らいでリューグナーの他にもフロリエは専門医の診察を受けており、失明の原因は熱病による後遺症と診断されていた。その報告も聞いているエドワルドは他の誰よりも驚き、彼の問いにフロリエは小さく頷いた。
「この子の見ているものが見えます」
 飛竜や軍馬に意識を集中し、彼らの見ているものを見る同調術も訓練を受けた竜騎士が身に付ける技である。それをフロリエは無意識にやってのけ、その凄さを理解できないコリンシアだけが弾んだ声を上げる。
「フロリエ、コリンも見える?」
「……ええ、本当に愛らしいお姿が……」
 馬の目から得られる心像は、ぼやけているもののコリンシアのふわふわのプラチナブロンドに縁どられたあどけない顔が見て取れた。フロリエの返答に彼女は嬉しそうに父親に駆け寄る。
「わーい、父様。フロリエがコリンの事見えたって!」
 その無邪気さにつられてエドワルドも笑い、駆け寄ってきた娘を抱き上げた。
「あ……」
 馬の目にエドワルドが映る。春の陽光を受けてなお輝くプラチナブロンドの髪が眩しい。秀麗な顔は娘に向けられていたが、彼は顔を上げ、娘とお揃いのサファイアブルーの瞳と目が合う。フロリエはドキリとして思わず瘤から手を離した。
「どうした?」
「集中が乱れました。すみません」
 心配して声をかけてくれたエドワルドにフロリエはなんとか言い繕う。
「そうか。あまり無理はしなくていい。とにかく出かけよう」
「はい」
 エドワルドは娘と共に別の馬に乗り、残る一頭にアスターが跨る。
「行ってくる」
 エドワルドが残りの部下にそう言い残すと、3頭の馬はゆっくりと歩き始め、林の中へと消えていった。



「リーガス、ルーク、あの娘さんだろう? 偵察中に助けた女性は」
 上司の姿が見えなくなると、キリアンが2人に話しかける。
「ああ」
「防御結界出来るって本当か?」
 横からクレストも割り込んできた。
「そうだ。団長が弾かれるくらい強力だった」
「力が暴走していたらしいけど、それでも訓練を受けずにできるものではないよ」
 リーガスとルークがその時の状況を思い出して語る。その時の光景は彼らに相当な衝撃を与えていたようだ。
「それだけじゃあない。さっき、女大公様のお館で、彼女はグランシアードと俺のエアリアルの力を感じ取った竜気だけで言い当てた」
「え?」
 立ち話していた一同の視線はルークに集まる。
「本当だよ。団長も驚いていた」
「絶対、大母補の教育を受けているよな」
 リーガスの断言に皆頷く。
 大母補とはダナシア神殿の最高位、大母と呼ばれる女性の候補者の事である。神殿の実質的な運営は高位の神官達によって行われ、大母は女神ダナシアの化身として神殿の象徴として崇められ、祭司や予言を司っている。
 良家の子女の中から特に竜気の力が強い娘が集められ、まずは神殿の総本山である礎の里で数年間教育を受け、その中から大母が選ばれる。例え選ばれなくてもその補佐として大母に支えるため、大母補に選ばれるだけで大変な名誉とされていた。
 大母の在位期間は約10年と定められているので、国を挙げて候補者の教育に力を入れているところも少なくない。もちろんタランテラも例外ではなく、コリンシアは次代の候補と期待されていた。
「あの物腰からして良家のお嬢様に間違いないでしょう」
 ジーンが一同に飲み物を持ってきた。彼女自身も裕福な家庭に育ち、小さな頃から礼儀作法を厳しく躾けられていたので、フロリエの所作がとってつけたものではないことにすぐに気付いたのだ。
 ちなみに、彼女の両親は大母補にするべく娘を育てたのだが、幼いころから礼儀作法だけでなく兄達に混ざって剣術を習っていたジーンは、大母補は性に合わないとあっさり否定。そして子供の頃からの夢だったパートナーの飛竜を得て、今では立派な竜騎士になっていた。
「確かに、そんなお嬢様があの時期にあの場所にいる事自体が異常だが、副総督殿の懸念は除外してもいいのではないか?」
「賛成だな。団長に近づくためにわざと遭難した風を装うなんてありえないし、密輸や密猟に関わるにしてもあんな軽装でこんな場所に来る事はありえないだろう」
 隊長格2人の会話に他の団員も黙ってうなずく。彼らは今日の計画を知った副総督から、フロリエは本当に危険人物ではないのか確かめて来るように命じられていた。エドワルドやアスターには言いづらいらしく、彼らを密かに呼びつけ、肩書を盾にそんな命令を下したのだ。
「彼の一番の心配は団長が彼女に靡かないかだろう」
「本人はバレていないつもりでしょうけど、自分の娘を団長の奥方に据えて、いずれは自分がロベリアの総督になろうって魂胆は丸見えなのよね」
「まぁ、こう言ってはなんだけど、副総督のお嬢さんよりフロリエさんの方が美人だと思うね」
「同感」
 野心家の副総督も彼らにかかっては形無しである。確かに彼の娘は美人の誉れ高いが、エドワルドの気を引こうとするライバルたちを陰湿な嫌がらせで蹴落としていると噂されている。そして、その噂は真実であることを第3騎士団の面々は知っていた。
 一方のフロリエの事を彼らも良くは知らないが、それでも彼女が心優しい女性だということはコリンシアや飛竜への接し方で理解できた。そしてその彼女の事を彼らの上司が好意を持ち始めているのを感じ取っていた。
「ただ、ちょっと心配です」
「何が?」
 ジーンの言葉に皆首をかしげる。
「あの狸親父が絶対に黙っていないと思うの」
 彼らがいくらフロリエの潔白を証言したところで、結局は自分が信じたいことしか信じようとしないだろう。さすがに直接的な危害を加えることはないと信じたいが、それでも彼女の身に危険が及ぶ可能性は捨てきれない。今から心配することではないのだが、それでも一同はそんな無用な心配をするくらい彼女に好感を持っていた。
「彼女は女大公様のお気に入りでお館に住んでいるのだろう? それなら心配いらないのではないか?」
 一人鍋の番をしているゴルトがボソリと言う。サボって立ち話している仲間たちに、いい加減手伝ってもらいたいのだろう。
「そうか…そうよね。あの方の前ではあの狸親父も手を出しにくいかも」
 グロリアに正面から挑んで敵う人物などそうはいない。それに副総督自身がグロリアを苦手としているのも彼らも良く知っていた。
「そうだな」
 第3騎士団の面々は、それで自分達の懸念を納得させる事にした。

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