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第1章 群青の騎士団と謎の佳人
67 嵐の前3
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やがて林を背景に瀟洒な館が見えてきた。慣れた様子でルークは玄関先にエアリアルを降ろし、他の3人も次々と飛竜を着地させた。厩舎からはすぐにティムが現れ、騎手を降ろした4頭の飛竜を休ませる為に連れて行く。
「お疲れ様です、ルーク卿」
一行の到着を聞きつけてオルティスもすぐに玄関から姿を現す。
「こんにちは、オルティスさん。団長の使いと配属になったばかりの彼等を案内してきました。グロリア様にお目通り願えますか?」
「はい。お待ちでございますよ」
オルティスはそう答えると、4人を居間へと案内する。一礼をして部屋に入ると、グロリアは何時もの席で何かの報告書に目を通していた。
「失礼いたします」
「おお、来たのかえ? 今日はやけに人数が多いの」
迎えた彼女は報告書を閉じ、ルークの背後にいる3人を観察する。国政を引退して10年経つとはいえ、噂に名高い女大公を前にしてトーマスとハンスは固まってしまった。一方のマリーリアは何時もと変わらず淡々としている。
「これを団長から預かって参りました」
本来の目的が先である。ルークは預かった手紙と籠を差し出し、オルティスがそれを恭しく受け取った。特にグロリアに宛てた手紙は、昨日の事件に関してロベリア側の報告を書き連ねてあるらしく、封筒は分厚くてずしりと重かった。
「コリンシア様はただいまお昼寝中でございます。フロリエ様がお傍についておられますが、お呼び致しますか?」
オルティスが小声でグロリアに伺いを立てると、付き添いを誰かに代わり、彼女を呼ぶように命じた。忠実な家令が一礼して出ていくと、グロリアはルークの後ろに控えている3人に視線を向ける。
「我々は昨日付で第3騎士団に配属になりました。これからは使いとして来る事もあると思いますので、ご挨拶に参りました」
経験を積んでいるだけあってトーマスの立ち直りは早く、そう前置きをした後に簡潔に名乗った。続けて未だにガチガチのハンスはカミまくりながら名乗り、マリーリアは相変わらずの無表情で自己紹介の為に前に進み出た。
「おや、そなたはグスタフの娘ではないか」
グロリアは少し驚いたようにマリーリアを見上げる。
「お久しぶりでございます、グロリア様。昨日付で第3騎士団に配属となりましたマリーリアでございます」
丁寧に、そして淡々と彼女はグロリアに挨拶をする。
「まあ、よくそなたの父が許したものよ」
妾腹とはいえ、娘すら手駒として扱う彼としては、この度の彼女の移動は本意ではないはず。謹慎中で影響力が幾分か落ちている証拠だろう。
「あの方が大事なのはゲオルグ殿下でございますから」
グロリアのセリフをどう受け止めたのか、マリーリアは無表情でそう答えた。グロリアもそれ以上は何も言わず、使いで来た4人をソファに勧めた。
「どうぞ」
戻ってきたオルティスが人数分のお茶を用意する。マリーリアとこの雰囲気に慣れつつあるルークは躊躇う事無くお茶を口に付けるが、他の2人はやはりまだ余裕がない様子だった。
「失礼いたします」
しばらくしてフロリエが居間に姿を現した。昨日の憔悴した姿を見ていたルークは、生気を取り戻した彼女をみて、ホッとする。これなら上司にいい報告が出来そうだった。
「お呼びでございますか? 女大公様」
肩に小竜を乗せたまま、何の躊躇いもなくグロリアの元に歩み寄る。ルルーに意識は集中していないのか、ルーク達に気付いた様子はない。
「エドワルドがそなたとコリンに見舞いと手紙を寄越してきた。使いに来たルーク卿と昨日ロベリアに着任した竜騎士達が来ておる。挨拶せよ」
ここで初めて4人の存在に気付いたらしく、フロリエはルルーに意識を集中させて居間の中を見渡す。そして体の向きを変え、先ずはルークに形通りの挨拶をする。
「お疲れ様ですルーク卿」
「お加減は如何ですか? 今日は仕事で無理ですが、近日中に見舞いに伺うと団長からの言伝を頼まれております」
「ありがとうございます。殿下にお礼を伝えて頂けますか?」
「もちろんです」
ルークは笑顔で答えると、同行の竜騎士達を紹介する。相変わらずマリーリアは無表情だが、トーマスとハンスははかなげな彼女の姿に心奪われたようである。
「フロリエと申します」
グロリアの話し相手とコリンシアの養育係を務めていることをルークが言い添えて彼女を紹介すると、優雅な所作で腰をかがめた。
「フロリエ、返事を書くならしばらく待ってもらうが、如何する?」
グロリアの提案に少し彼女は迷った様子だったが、このまま言付けだけを頼むのも気が引けるのだろう。彼女はすぐに頷いた。
「わかりました。すぐにお礼の手紙をしたためます」
「ルーク卿、手間をかけるが、あの子を部屋まで送ってくれるかえ?」
グロリアの提案は彼にオリガと会わせる算段だとすぐに気付く。今日は同行者がいるから諦めていたが、彼女に会えるのは単純に嬉しいので素直に応じる事にする。
「わかりました。では、フロリエ様」
ルークはお茶を飲み干すと立ち上がり、フロリエに手を差し出す。ルルーがいるし、彼女は彼に頼らなくても自由に歩けるので不要なのだが、それでも手を貸さずにはいられない。彼が差し出した手を取るフロリエの姿をハンスとトーマスは複雑な気持ちで見ていた。
「オルティス、マリーリア卿を部屋に案内しておくれ」
エドワルドの手紙には明日まで護衛として彼女を置いておくことが明記されていた。グロリアは荷物を持った彼女に、オルティスについて行くように促した。彼女も一言「それでは失礼します」と言い残し、居間を後にしてしまう。
「……」
残された2人はやはり慣れないらしく、グロリアの前で何とも言えない表情をしている。その様子がおかしいらしく、グロリアは愉快そうに笑う。
「ほっほっほっ。誰も取って食べたりはせぬ。そんなに落ち着かないのであれば、己の飛竜を世話するといい。ティム1人では持て余しておろうからな」
「は、はい」
グロリアの提案に2人は一も二もなく従う。2人は頭を下げるとぎくしゃくした足取りで居間を出ていく。やはり一介の竜騎士にとって、女大公のインパクトは生半可ではないらしい。
ルークがオリガとのおしゃべりデートを楽しんだ後、グロリアとフロリエからのエドワルドへ宛てた手紙を預かって厩舎に行くと、ティムがトーマスから剣術の基本を習っていた。武術試合に出場できるほどの技量を既に持っている彼は、エドワルドやアスターに及ばないにしてもいい教師のようだ。ティムはルークの姿を見ると、兄貴分に嬉しそうに報告してくる。
「俺より強くなりそうだな」
ちょっとだけ危機感を覚えたが、用事は済んだので2人を促してそれぞれの飛竜を連れ出した。
「ルーク!」
ちょうどお昼寝から覚めたのか、玄関から姫君が駆け出してきた。後からはオリガとフロリエ、マリーリアもついてくる。
「コリン様。よく眠れましたか?」
「うん」
ルークは膝をついて目線を合わせ、彼女が何者かすぐに気付いた後ろの2人は恭しく頭を下げる。
「父様にありがとうって。それから、明日お返事を書きますって言ってね」
「わかりました」
真剣な姫君にルークは竜騎士の礼を持って答えた。
「さ、コリン様」
オリガがさりげなくコリンシアを飛竜の側から離してくれる。時間の制約もあるし、飛び立つ飛竜の側に人が……特に小さな子供がいるのは非常に危険だった。風圧で飛ばされる恐れがあるからだ。
「では、失礼します」
見送りのオルティスと女性陣に頭を下げると、ルークは身軽にエアリアルに跨り、他の2人もそれに習う。そして順に空へと飛び立っていった。
「俺は俺の経路で帰るが、2人は無理せずに来た経路で帰るのを勧める。くれぐれも打ち合わせに間に合うように帰ってきてくれ」
アスターの言葉を思い出し、トーマスとハンスに忠告する。トーマスは素直に頷いたが、ハンスは不服そうだ。
「では、あちらで」
ルークはそう言い残すと、エアリアルに速度を上げさせる。この時を待ちに待った飛竜は嬉々としてそれに従い、先ずは一つ目の山越えを目指す。
「あのくらいなら俺にも……」
「おい、待て」
向う見ずな性格の持ち主であるハンスは忠告を無視してルークの後を追う。トーマスは制止したが間に合わず、彼は仕方なく単騎来た経路を帰っていった。
結局、途中でルークの姿を見失ったハンスは、迷いに迷って暗くなってから総督府に戻ってきた。当然、打ち合わせにも間に合わず、忠告を無視した彼は厳しい副団長より腕立てと腹筋を100回ずつ命じられたのだった。
「お疲れ様です、ルーク卿」
一行の到着を聞きつけてオルティスもすぐに玄関から姿を現す。
「こんにちは、オルティスさん。団長の使いと配属になったばかりの彼等を案内してきました。グロリア様にお目通り願えますか?」
「はい。お待ちでございますよ」
オルティスはそう答えると、4人を居間へと案内する。一礼をして部屋に入ると、グロリアは何時もの席で何かの報告書に目を通していた。
「失礼いたします」
「おお、来たのかえ? 今日はやけに人数が多いの」
迎えた彼女は報告書を閉じ、ルークの背後にいる3人を観察する。国政を引退して10年経つとはいえ、噂に名高い女大公を前にしてトーマスとハンスは固まってしまった。一方のマリーリアは何時もと変わらず淡々としている。
「これを団長から預かって参りました」
本来の目的が先である。ルークは預かった手紙と籠を差し出し、オルティスがそれを恭しく受け取った。特にグロリアに宛てた手紙は、昨日の事件に関してロベリア側の報告を書き連ねてあるらしく、封筒は分厚くてずしりと重かった。
「コリンシア様はただいまお昼寝中でございます。フロリエ様がお傍についておられますが、お呼び致しますか?」
オルティスが小声でグロリアに伺いを立てると、付き添いを誰かに代わり、彼女を呼ぶように命じた。忠実な家令が一礼して出ていくと、グロリアはルークの後ろに控えている3人に視線を向ける。
「我々は昨日付で第3騎士団に配属になりました。これからは使いとして来る事もあると思いますので、ご挨拶に参りました」
経験を積んでいるだけあってトーマスの立ち直りは早く、そう前置きをした後に簡潔に名乗った。続けて未だにガチガチのハンスはカミまくりながら名乗り、マリーリアは相変わらずの無表情で自己紹介の為に前に進み出た。
「おや、そなたはグスタフの娘ではないか」
グロリアは少し驚いたようにマリーリアを見上げる。
「お久しぶりでございます、グロリア様。昨日付で第3騎士団に配属となりましたマリーリアでございます」
丁寧に、そして淡々と彼女はグロリアに挨拶をする。
「まあ、よくそなたの父が許したものよ」
妾腹とはいえ、娘すら手駒として扱う彼としては、この度の彼女の移動は本意ではないはず。謹慎中で影響力が幾分か落ちている証拠だろう。
「あの方が大事なのはゲオルグ殿下でございますから」
グロリアのセリフをどう受け止めたのか、マリーリアは無表情でそう答えた。グロリアもそれ以上は何も言わず、使いで来た4人をソファに勧めた。
「どうぞ」
戻ってきたオルティスが人数分のお茶を用意する。マリーリアとこの雰囲気に慣れつつあるルークは躊躇う事無くお茶を口に付けるが、他の2人はやはりまだ余裕がない様子だった。
「失礼いたします」
しばらくしてフロリエが居間に姿を現した。昨日の憔悴した姿を見ていたルークは、生気を取り戻した彼女をみて、ホッとする。これなら上司にいい報告が出来そうだった。
「お呼びでございますか? 女大公様」
肩に小竜を乗せたまま、何の躊躇いもなくグロリアの元に歩み寄る。ルルーに意識は集中していないのか、ルーク達に気付いた様子はない。
「エドワルドがそなたとコリンに見舞いと手紙を寄越してきた。使いに来たルーク卿と昨日ロベリアに着任した竜騎士達が来ておる。挨拶せよ」
ここで初めて4人の存在に気付いたらしく、フロリエはルルーに意識を集中させて居間の中を見渡す。そして体の向きを変え、先ずはルークに形通りの挨拶をする。
「お疲れ様ですルーク卿」
「お加減は如何ですか? 今日は仕事で無理ですが、近日中に見舞いに伺うと団長からの言伝を頼まれております」
「ありがとうございます。殿下にお礼を伝えて頂けますか?」
「もちろんです」
ルークは笑顔で答えると、同行の竜騎士達を紹介する。相変わらずマリーリアは無表情だが、トーマスとハンスははかなげな彼女の姿に心奪われたようである。
「フロリエと申します」
グロリアの話し相手とコリンシアの養育係を務めていることをルークが言い添えて彼女を紹介すると、優雅な所作で腰をかがめた。
「フロリエ、返事を書くならしばらく待ってもらうが、如何する?」
グロリアの提案に少し彼女は迷った様子だったが、このまま言付けだけを頼むのも気が引けるのだろう。彼女はすぐに頷いた。
「わかりました。すぐにお礼の手紙をしたためます」
「ルーク卿、手間をかけるが、あの子を部屋まで送ってくれるかえ?」
グロリアの提案は彼にオリガと会わせる算段だとすぐに気付く。今日は同行者がいるから諦めていたが、彼女に会えるのは単純に嬉しいので素直に応じる事にする。
「わかりました。では、フロリエ様」
ルークはお茶を飲み干すと立ち上がり、フロリエに手を差し出す。ルルーがいるし、彼女は彼に頼らなくても自由に歩けるので不要なのだが、それでも手を貸さずにはいられない。彼が差し出した手を取るフロリエの姿をハンスとトーマスは複雑な気持ちで見ていた。
「オルティス、マリーリア卿を部屋に案内しておくれ」
エドワルドの手紙には明日まで護衛として彼女を置いておくことが明記されていた。グロリアは荷物を持った彼女に、オルティスについて行くように促した。彼女も一言「それでは失礼します」と言い残し、居間を後にしてしまう。
「……」
残された2人はやはり慣れないらしく、グロリアの前で何とも言えない表情をしている。その様子がおかしいらしく、グロリアは愉快そうに笑う。
「ほっほっほっ。誰も取って食べたりはせぬ。そんなに落ち着かないのであれば、己の飛竜を世話するといい。ティム1人では持て余しておろうからな」
「は、はい」
グロリアの提案に2人は一も二もなく従う。2人は頭を下げるとぎくしゃくした足取りで居間を出ていく。やはり一介の竜騎士にとって、女大公のインパクトは生半可ではないらしい。
ルークがオリガとのおしゃべりデートを楽しんだ後、グロリアとフロリエからのエドワルドへ宛てた手紙を預かって厩舎に行くと、ティムがトーマスから剣術の基本を習っていた。武術試合に出場できるほどの技量を既に持っている彼は、エドワルドやアスターに及ばないにしてもいい教師のようだ。ティムはルークの姿を見ると、兄貴分に嬉しそうに報告してくる。
「俺より強くなりそうだな」
ちょっとだけ危機感を覚えたが、用事は済んだので2人を促してそれぞれの飛竜を連れ出した。
「ルーク!」
ちょうどお昼寝から覚めたのか、玄関から姫君が駆け出してきた。後からはオリガとフロリエ、マリーリアもついてくる。
「コリン様。よく眠れましたか?」
「うん」
ルークは膝をついて目線を合わせ、彼女が何者かすぐに気付いた後ろの2人は恭しく頭を下げる。
「父様にありがとうって。それから、明日お返事を書きますって言ってね」
「わかりました」
真剣な姫君にルークは竜騎士の礼を持って答えた。
「さ、コリン様」
オリガがさりげなくコリンシアを飛竜の側から離してくれる。時間の制約もあるし、飛び立つ飛竜の側に人が……特に小さな子供がいるのは非常に危険だった。風圧で飛ばされる恐れがあるからだ。
「では、失礼します」
見送りのオルティスと女性陣に頭を下げると、ルークは身軽にエアリアルに跨り、他の2人もそれに習う。そして順に空へと飛び立っていった。
「俺は俺の経路で帰るが、2人は無理せずに来た経路で帰るのを勧める。くれぐれも打ち合わせに間に合うように帰ってきてくれ」
アスターの言葉を思い出し、トーマスとハンスに忠告する。トーマスは素直に頷いたが、ハンスは不服そうだ。
「では、あちらで」
ルークはそう言い残すと、エアリアルに速度を上げさせる。この時を待ちに待った飛竜は嬉々としてそれに従い、先ずは一つ目の山越えを目指す。
「あのくらいなら俺にも……」
「おい、待て」
向う見ずな性格の持ち主であるハンスは忠告を無視してルークの後を追う。トーマスは制止したが間に合わず、彼は仕方なく単騎来た経路を帰っていった。
結局、途中でルークの姿を見失ったハンスは、迷いに迷って暗くなってから総督府に戻ってきた。当然、打ち合わせにも間に合わず、忠告を無視した彼は厳しい副団長より腕立てと腹筋を100回ずつ命じられたのだった。
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