群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

71 未来への決断1

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 フロリエの提案でコリンシアの為に山葡萄のゼリーが作られていた頃、マリーリアは一通の招待状を手にロベリアの外れにある屋敷を訪ねていた。その招待状は謹慎が解けた今朝、行かなければもう10日ほど謹慎させると脅されてアスターから手渡されていた。
 差出人の『エルデネート・ディア・ガレット』という人物に心当たりはなかったが、ジーンによるとエドワルドの恋人の1人だと教えてくれた。何故自分にと疑問に思いながらも、これ以上謹慎によって無駄に時間を費やしている暇は無いので、馬を借りて街に出たのだ。
「ごめん下さい」
 屋敷の扉を叩くと、初老の家令らしき人物が出てきた。
「どちら様で?」
「ガレット夫人にお招き頂いたのですが……」
 マリーリアが招待状を見せると、彼は丁寧にお辞儀をすると彼女を中へ招き入れた。
「こちらで少しお待ちください」
 家令はホールの脇にある応接間に彼女を通すと、すぐに部屋を出て行った。しばらくそこで何をすることも無く1人で待っていると、やがて30前後と思しき女性が姿を現した。
「お待たせしてすみません。今日はよくお越しくださいました、マリーリア卿」
 柔らかな笑みを向けられ、マリーリアは耐え切れずに僅かに目をそらす。
「貴女がガレット夫人ですか?」
「ええ。さあ、こちらへどうぞ」
 戸惑うマリーリアを促し、エルデネートは彼女を奥の部屋へと案内する。
「あの方が仰せられたとおり、綺麗な髪をしていらっしゃる」
「……私はこの髪が嫌いです」
 目を細めるエルデネートに対し、マリーリアは冷ややかに答える。
「お嫌いなのですか、ご自身を?」
「……好きではありません」
 この髪の所為で自分の人生は変えられてしまった。この髪さえなければ、あの穏やかな村で生涯を過ごすことができたはずだった。
「それは困りましたね……さあ、お座りになって」
 何がどう困るのか、エルデネートは笑みを崩さず、マリーリアを応接間に案内すると席を勧める。テーブルには数種類の焼き菓子やプディングが並べられ、季節の果物も籠に盛られている。促されるままにマリーリアがクッションのきいた椅子に座ると、エルデネートは上品な茶器にお茶を淹れて差し出す。
「さあ、どうぞ」
「あ、どうも……」
 マリーリアはおずおずと礼を言うと茶器を手に取って口をつける。そして茶器を元に戻すと、意を決したように口を開く。
「あの……どうして私を招待して下さったのですか?」
「あの方からお話を伺って興味がわきましたので」
 エルデネートは自分にもお茶を淹れると、マリーリアの向かいに座ってにっこりとほほ笑む。
「あの方ってエドワルド殿下ですか?」
「ええ」
 マリーリアは無表情のまま首を傾げるが、エルデネートはそんな彼女に構う事無く微笑みながらお菓子を勧める。
「さあさ、どうぞ召し上がって下さいな。腕を振るってみたのだけれど、お口に合うかしら」
 促されてマリーリアは、仕方なく干し果物が入った焼き菓子を1つだけ自分の皿にとって口に運ぶ。そして「美味しいです」と一言だけ感想言ってお茶を飲む姿をエルデネートはニコニコして見守っている。
「こうして見ておりますと、本当にあの方に良く似ておいでですね」
「……失礼ではありませんか? 私はワールウェイド家の娘です」
 マリーリアは少しむきになって抗議する。
「申し訳ございません。あの方が望まれるので思った事をすぐに口にしてしまう癖がついております。失礼いたしました」
 悪びれることも無く、エルデネートは澄ましてお茶を一口飲む。
「3年前のあの方も、今の貴女のようでしたわ」
「何がですか?」
 エルデネートの意図が分からず、マリーリアはますます首を傾げる。
「愛想笑いをなさることはあっても、本当にお笑いになる事はありませんでした。喜怒哀楽の全てを忘れられたようでした」
「……」
 マリーリアはそれが自分と何に関係があるか分からずに黙り込む。エルデネートはそんな彼女に構わず昔話を続ける。
「奥方様を亡くされた悲しみを癒すつもりでロベリアへいらしたのに、周囲の方は自分の身内をあの方に娶らせようと競っておいででした。それですっかりあの方は人間不信に陥られたのです。そんな時に私はあの方にお会いしました」
「……」
「ご自身も経験がおありだから、今の貴女を気にかけておいでです。ご自分の部下になられたのだから、もっと頼って欲しいと思われておいでのようです」
「私にどうしろと?」
 エルデネートの真意がつかめず、マリーリアは困惑する。一体自分の上司は何をこの人に頼んだのだろうか?
「困らせるつもりはありませんのよ。今日は楽しんで頂けたらそれで充分でございます」
 ますます訳が分からなくなってくる。
「……しなければならない事があります。特に御用が無いのでしたら、私はこれで失礼します」
「お1人で何をなさるのですか?」
 立ち上がりかけたマリーリアにエルデネートは声をかける。
「……鍛錬です。私は強くならなければなりません」
「何と闘う為にですか?」
「……竜騎士が闘うのは妖魔です」
 マリーリアは唇をかみ、ギュッと強く拳を握る。
「私にはあなたが他の存在と闘って……抗っているようにも見えます」
「……」
 エルデネートの言葉にマリーリアは言葉が詰まる。
「私が気付くのですから、あの方も気付いておられます」
「……」
 マリーリアは答えない。黙ったままの彼女にエルデネートが緊張を解くようにふわりと微笑みかける。
「お茶が冷めてしまいましたわ。淹れ直しましょう」
 エルデネートはマリーリアの茶器を下げると、新たにお茶を淹れ直した。お茶のいい香りが辺りに漂い、高揚した心が落ち着いてくる。結局、マリーリアは再び椅子に座り、エルデネートに促されるままに新しいお茶に口をつけていた。
「お菓子もたくさんありますからどうぞ」
 勧め上手なエルデネートにのせられて、マリーリアは木の実が入った焼き菓子を手に取っていた。素朴なお菓子はどこか懐かしい味がする。
 最初に食べた干し果物が入った物も、今食べた木の実が入った物も、早世した母に代わって彼女を育ててくれた伯母が作ってくれたお菓子に良く似ていた。昔、故郷の村にいた頃、従兄達と一緒に食べていた記憶が甦ると同時に、自分が守りたかった懐かしい光景が目に浮かぶ。
「マリーリア卿?」
 気付けば涙がポタリと落ちていた。エルデネートが心配そうに声をかける。
「いえ……」
 困った事に涙が止まらない。エルデネートはマリーリアの隣に腰かけると、そっ
と彼女を抱きしめる。彼女が使うバラの香水がふわりと香ってくる。
「貴女は1人ではないのですよ」
 頭を撫でられ、かけられた言葉は遠い昔に伯母にかけられたものと同じセリフだった。マリーリアはいつの間にか子供の様に泣きじゃくり、そんな彼女をエルデネートはいつまでも優しく抱きしめていた。



「お邪魔しました。また伺ってもいいですか?」
「……ええ」
 結局、散々泣いて落ち着いた後は、当たり障りのない話をしただけだった。まだ笑顔には程遠いが、それでも今までの無表情とは異なり、口元がやや綻んでいる。
「お気を付けて」
 エルデネートに見送られ、マリーリアは晴れ晴れとした気持ちで総督府へと帰っていった。
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