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第1章 群青の騎士団と謎の佳人
78 初雪が降る前に4
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秋が深まるにつれて、竜騎士だけでなく兵団の動きは慌ただしさを増してくる。夏の間休眠していた妖魔が初雪と共に目覚め、立ち込める霧と共に村や町を襲い始めるからだ。
特に大陸の北の端となるタランテラではその期間が長く、正規の竜騎士だけでは手が足りず、傭兵まで雇う事も珍しくない。いつ襲来するか分からない妖魔との戦いに備え、その対策と準備に余念が無かった。
ロベリア州は東西に長い形をしていて、総督府以外に騎獣兵団の駐留する砦が東西南北に計4つあった。昨年は人員の都合で一番遠い東の砦にだけ3名の竜騎士を配備していたが、今年は増員できたこともあって西の砦にも3名駐留させることにした。
この振り分けにエドワルドとアスターは少々悩んだものの、東にはクレストを小隊長としてキリアンとトーマス、西にはリーガスを小隊長としてケビンとハンスを駐留させることに決まった。特に移動が速いアスターとルークはそれぞれの砦から要請があれば応援に行く役回りを与えられた。マリーリアの名前もあがったが、討伐の経験がないために外された。当面は伝令などが主な役回りとなるだろう。
「マリーリア、使いを頼む」
秋晴れののどかな昼下がりだった。マリーリアがジーンやゴルトと共に武術訓練をしていると、アスターが練武場に姿を現した。
「これをグロリア様の館におられる、エドワルド殿下に届けて欲しい。急ぎの書類だからすぐに目を通して頂いて、返事をもらってきてくれ」
「分かりました」
マリーリアはアスターから書簡筒を預かると、衣服を改めに一旦部屋に戻る。騎竜服に急いで着替え、外套を羽織ってカーマインの元に向かう。グロリアの館に行くのは久しぶりだが、カーマインは飛べるのが純粋に嬉しいらしく、嬉々として大空に飛び立った。
あれだけもめた護衛の話だが、エドワルドが館から通うようになったこともあり、マリーリアは護衛から外されていた。今では彼にお供して往復するルークとジーンが館に駐留するようになり、これから冬の間はエドワルドが兵団から抜擢した数名が館の警護にあたる事に決まっている。
忙しいにもかかわらず、エドワルドが総督府に不在の理由は、今日がコリンシアの誕生日で、彼女がプレゼントよりも一緒に過ごすことを望んだからだった。後は春まで総督府に移って仕事に専念するつもりで我儘を通させてもらい、この日まではとグロリアの館に滞在していたのだ。ちなみにこの時、ルークは東の砦へ使いに出ていて留守だった。
石造りのグロリアの館が見えてきて、その玄関先へカーマインを着地させると、厩舎の方からティムが姿を現し、続けて玄関からオルティスが出てきた。
「これはマリーリア卿、お勤めご苦労様です」
書簡筒を手にカーマインから降りたマリーリアをオルティスが出迎えてくれる。
「使いを頼まれたのですが、殿下はどちらに?」
「只今、姫様と庭を散策しておられます。ご案内いたしましょうか?」
「はい、お願いします」
2人が会話をしている間に、手際のいいティムはカーマインを厩舎へ連れて行く。あまり面識のない相手のはずだが、飛竜は彼に大人しく従い、お水が欲しいと訴えている。マリーリアはティムに彼女の要望を伝えると、少年は「わかりました」と笑顔で応えた。
「彼はいい素質を持っていますね」
「ええ。将来有望で、殿下も気にかけておいでです」
オルティスがマリーリアに少年の話をしながら庭の方へと案内してくれる。やがて池の向こう、すっかり葉が落ちた落葉樹林の中を3人の人影が歩いてくるのが見えた。
一番目立つプラチナブロンドの髪の背が高い男性はエドワルドで、その隣にはコリンシアいて手を繋いで歩いている。紅斑病もすっかりよくなり、時折父親に何か話しかけながら歩くさまは元気そのものだ。そしてその一歩下がったところに、肩に小竜をのせた女性が歩いていて、フロリエという女性だと思い出す。その3人の姿はなんだか幸せな家族を見ているようだ。
「姫様はすっかりお元気になられたようですね」
「はい。フロリエ様の献身的な看病のおかげです。殿下も女大公様もそれはそれは感謝なされておいででした」
マリーリアの問いにオルティスは嬉しそうに答える。やはりコリンシアの元気な声が聞こえないと、館の中は寂しく感じるらしい。
「父様、ママ・フロリエ、見て、綺麗な葉っぱ!」
コリンシアの弾んだ声が聞こえる。病から回復してからコリンシアは、よりフロリエを頼るようになり、近頃では彼女の事をそう呼ぶようになっていた。
姫君は真っ赤に色づいた落ち葉を握り、2人に嬉しそうに見せている。やがて吹き溜まりでたくさん落ち葉が集まっているところを見つけ、彼女は思いっきりその中に飛び込んでいく。
「わーい!」
「コリン様、危ないですよ」
フロリエが止めるのも聞かず、コリンシアは積もった落ち葉の上に転がる。楽しそうな姫君の様子に、フロリエの肩にとまっていた小竜も我慢しきれなくなってパタパタと落ち葉の方へ飛んでいく。
エドワルドは苦笑してその様子を眺めていた。普段、マリーリアが総督府で見かける厳しい表情とは異なり、寛いだ様子で優しげな笑みを浮かべている。エルデネートが言っていた、エドワルドが心安らぐ場所というのはここだとマリーリアは直感した。
「コリン様」
フロリエは手で探るような仕草をしながらコリンシアに近づく。
「フロリエ、私に捕まれ。ルルー、戻って来い」
エドワルドは彼女に手を貸して遊んでいるコリンシアの元へ導く。小竜は仕方ないといった風に落ち葉の山からヒョコヒョコ出てくると飛び上がり、フロリエの肩に収まった。彼女はようやくコリンシアを立たせると髪の毛や外套についた落ち葉やごみを手で丁寧に払っていく。
「殿下」
ようやく3人に近づき、マリーリアはエドワルドに声をかける。
「マリーリア、急用か?」
「はい」
マリーリアが来た事をグランシアードから聞いていたのだろう、それ程驚きもせずに振り向いた彼の顔はいつもの厳しい表情に戻っていた。
マリーリアは跪いてアスターから預かった書簡筒を差し出す。
「お寛ぎの所、申し訳ありません。アスター卿からすぐに目を通して頂き、返事を頂くように言われました」
「仕方ないな。中に入ろう」
エドワルドはため息をつくと書簡筒を受け取る。そして一同を促して館の方へ足を向ける。コリンシアはフロリエに手を引かれて歩くが、残念そうに何度も先ほどの落ち葉の山を振り返る。
「それでは、少し早いですがおやつにしましょうか? オリガがコリン様の為に焼いているお菓子がきっと出来上がっていますよ」
フロリエは少しかがんでコリンシアに目線を合わせる。この申し出に小さな姫君も喜んで従う。
「うん、そうする」
「では、お館に戻りましたら、手を洗ってうがいをしましょう」
「はい」
この女性はなかなか子供の扱いを心得ているとマリーリアは感心する。だが、まるで本当の親子のような彼らの邪魔をするのは何となく躊躇われ、マリーリアは彼等から少し離れて後に続いた。
特に大陸の北の端となるタランテラではその期間が長く、正規の竜騎士だけでは手が足りず、傭兵まで雇う事も珍しくない。いつ襲来するか分からない妖魔との戦いに備え、その対策と準備に余念が無かった。
ロベリア州は東西に長い形をしていて、総督府以外に騎獣兵団の駐留する砦が東西南北に計4つあった。昨年は人員の都合で一番遠い東の砦にだけ3名の竜騎士を配備していたが、今年は増員できたこともあって西の砦にも3名駐留させることにした。
この振り分けにエドワルドとアスターは少々悩んだものの、東にはクレストを小隊長としてキリアンとトーマス、西にはリーガスを小隊長としてケビンとハンスを駐留させることに決まった。特に移動が速いアスターとルークはそれぞれの砦から要請があれば応援に行く役回りを与えられた。マリーリアの名前もあがったが、討伐の経験がないために外された。当面は伝令などが主な役回りとなるだろう。
「マリーリア、使いを頼む」
秋晴れののどかな昼下がりだった。マリーリアがジーンやゴルトと共に武術訓練をしていると、アスターが練武場に姿を現した。
「これをグロリア様の館におられる、エドワルド殿下に届けて欲しい。急ぎの書類だからすぐに目を通して頂いて、返事をもらってきてくれ」
「分かりました」
マリーリアはアスターから書簡筒を預かると、衣服を改めに一旦部屋に戻る。騎竜服に急いで着替え、外套を羽織ってカーマインの元に向かう。グロリアの館に行くのは久しぶりだが、カーマインは飛べるのが純粋に嬉しいらしく、嬉々として大空に飛び立った。
あれだけもめた護衛の話だが、エドワルドが館から通うようになったこともあり、マリーリアは護衛から外されていた。今では彼にお供して往復するルークとジーンが館に駐留するようになり、これから冬の間はエドワルドが兵団から抜擢した数名が館の警護にあたる事に決まっている。
忙しいにもかかわらず、エドワルドが総督府に不在の理由は、今日がコリンシアの誕生日で、彼女がプレゼントよりも一緒に過ごすことを望んだからだった。後は春まで総督府に移って仕事に専念するつもりで我儘を通させてもらい、この日まではとグロリアの館に滞在していたのだ。ちなみにこの時、ルークは東の砦へ使いに出ていて留守だった。
石造りのグロリアの館が見えてきて、その玄関先へカーマインを着地させると、厩舎の方からティムが姿を現し、続けて玄関からオルティスが出てきた。
「これはマリーリア卿、お勤めご苦労様です」
書簡筒を手にカーマインから降りたマリーリアをオルティスが出迎えてくれる。
「使いを頼まれたのですが、殿下はどちらに?」
「只今、姫様と庭を散策しておられます。ご案内いたしましょうか?」
「はい、お願いします」
2人が会話をしている間に、手際のいいティムはカーマインを厩舎へ連れて行く。あまり面識のない相手のはずだが、飛竜は彼に大人しく従い、お水が欲しいと訴えている。マリーリアはティムに彼女の要望を伝えると、少年は「わかりました」と笑顔で応えた。
「彼はいい素質を持っていますね」
「ええ。将来有望で、殿下も気にかけておいでです」
オルティスがマリーリアに少年の話をしながら庭の方へと案内してくれる。やがて池の向こう、すっかり葉が落ちた落葉樹林の中を3人の人影が歩いてくるのが見えた。
一番目立つプラチナブロンドの髪の背が高い男性はエドワルドで、その隣にはコリンシアいて手を繋いで歩いている。紅斑病もすっかりよくなり、時折父親に何か話しかけながら歩くさまは元気そのものだ。そしてその一歩下がったところに、肩に小竜をのせた女性が歩いていて、フロリエという女性だと思い出す。その3人の姿はなんだか幸せな家族を見ているようだ。
「姫様はすっかりお元気になられたようですね」
「はい。フロリエ様の献身的な看病のおかげです。殿下も女大公様もそれはそれは感謝なされておいででした」
マリーリアの問いにオルティスは嬉しそうに答える。やはりコリンシアの元気な声が聞こえないと、館の中は寂しく感じるらしい。
「父様、ママ・フロリエ、見て、綺麗な葉っぱ!」
コリンシアの弾んだ声が聞こえる。病から回復してからコリンシアは、よりフロリエを頼るようになり、近頃では彼女の事をそう呼ぶようになっていた。
姫君は真っ赤に色づいた落ち葉を握り、2人に嬉しそうに見せている。やがて吹き溜まりでたくさん落ち葉が集まっているところを見つけ、彼女は思いっきりその中に飛び込んでいく。
「わーい!」
「コリン様、危ないですよ」
フロリエが止めるのも聞かず、コリンシアは積もった落ち葉の上に転がる。楽しそうな姫君の様子に、フロリエの肩にとまっていた小竜も我慢しきれなくなってパタパタと落ち葉の方へ飛んでいく。
エドワルドは苦笑してその様子を眺めていた。普段、マリーリアが総督府で見かける厳しい表情とは異なり、寛いだ様子で優しげな笑みを浮かべている。エルデネートが言っていた、エドワルドが心安らぐ場所というのはここだとマリーリアは直感した。
「コリン様」
フロリエは手で探るような仕草をしながらコリンシアに近づく。
「フロリエ、私に捕まれ。ルルー、戻って来い」
エドワルドは彼女に手を貸して遊んでいるコリンシアの元へ導く。小竜は仕方ないといった風に落ち葉の山からヒョコヒョコ出てくると飛び上がり、フロリエの肩に収まった。彼女はようやくコリンシアを立たせると髪の毛や外套についた落ち葉やごみを手で丁寧に払っていく。
「殿下」
ようやく3人に近づき、マリーリアはエドワルドに声をかける。
「マリーリア、急用か?」
「はい」
マリーリアが来た事をグランシアードから聞いていたのだろう、それ程驚きもせずに振り向いた彼の顔はいつもの厳しい表情に戻っていた。
マリーリアは跪いてアスターから預かった書簡筒を差し出す。
「お寛ぎの所、申し訳ありません。アスター卿からすぐに目を通して頂き、返事を頂くように言われました」
「仕方ないな。中に入ろう」
エドワルドはため息をつくと書簡筒を受け取る。そして一同を促して館の方へ足を向ける。コリンシアはフロリエに手を引かれて歩くが、残念そうに何度も先ほどの落ち葉の山を振り返る。
「それでは、少し早いですがおやつにしましょうか? オリガがコリン様の為に焼いているお菓子がきっと出来上がっていますよ」
フロリエは少しかがんでコリンシアに目線を合わせる。この申し出に小さな姫君も喜んで従う。
「うん、そうする」
「では、お館に戻りましたら、手を洗ってうがいをしましょう」
「はい」
この女性はなかなか子供の扱いを心得ているとマリーリアは感心する。だが、まるで本当の親子のような彼らの邪魔をするのは何となく躊躇われ、マリーリアは彼等から少し離れて後に続いた。
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