群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

120 宴の夜に8

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 明け方、アスターは宴の後始末の監督を終えて、ようやく堅苦しい竜騎士礼装を解いた。宴の余韻でまだ気分は高揚していたが、寝酒にワインを一杯あおって仮眠をする為に寝台に潜り込む。
「アスター卿、緊急の知らせです」
 ようやく寝付こうとした時に、侍官が彼の部屋の扉を叩いて起こす。深夜に何かあった場合、まずはアスターに知らせが来て、彼からエドワルドに知らせる決まりとなっていた。緊急性を理解したアスターは、寝台から無理やり体を引きはがして扉を開けた。
「何事だ?」
「ただ今、こちらがグロリア様のお館より届きました」
 侍官が差し出したのは、小竜が運んできたらしい伝文だった。それを目にしたとたんにアスターの眠気も吹っ飛んだ。
「殿下にすぐお知らせする。飛竜の装具を整えておいてくれ」
「かしこまりました」
 アスターはそう指示を与えると、手早く衣服を改め、エドワルドの部屋に向かう。一刻を争う事態であった。エドワルドの部屋の前に着くと、軽く扉を叩いて次の間に入る。そして寝室へ続く扉を2度叩く。
「お休みのところ失礼します。殿下、火急の知らせが届いております」
「ちょ……ちょっと待て」
 エドワルドにしては珍しく狼狽した返事が返ってくる。それでもアスターは届いた知らせの重要性を優先し、いつも通り扉を開けて寝室の中へ踏み込んだ。
「あ……」
 彼の目に先ず飛び込んできたのは、月光が照らす寝台の中に長くうねるような黒髪に縁取られた白い肢体だった。彼の上司は裸身の上体を起こし、その相手をかばう様に華奢な肩を抱いている。
「し……失礼しました!」
 慌ててアスターは次の間に引き返し、後ろ手で扉を閉めた。コリンシアの生母クラウディアを除けば、今までエドワルドが私室へ女性を招き入れることは無かった。想定外の事態に遭遇し、顔が火照って自分でも赤面しているのが分かる。彼自身がそういった方面に疎いわけでは無いが、さすがに気恥ずかしい。深呼吸をして気持ちを静めながら上司が出てくるのを待った。
「だから待てと言っただろう」
 扉の向こうから衣擦れの音と共にエドワルドの恨めしげな声が聞こえる。彼は衣服を改めるとすぐに寝室から出てきた。こんな時刻にアスターが来ると言う事は、緊急事態だと彼もよく理解しているからだろう。
「何事だ?」
「グロリア様のお館から先ほど届きました」
 気持ちを切り替え、アスターは伝文をエドワルドに渡す。
「叔母上が危篤だと?」
「飛竜の準備はさせております」
「分かった」
「お母様が!」
 振り向くと、青ざめた顔をしたフロリエが寝室への戸口に立っている。慌ててエドワルドは彼女に近寄り、体を支えた。
 触れれば返ってくる可愛らしい反応と初めての証に、エドワルドは理性が吹き飛び危うく抱きつぶしてしまうところだったが、彼女の怖い保護者の顔を思い出してどうにか堪えることが出来た。それでも彼女の体への負担は大きかったらしく、1人で立つのもやっとの状態だ。
「すぐオリガを起こそう。支度をして、一緒に行こう。いいね?」
「はい……」
 エドワルドはそうフロリエに言い聞かせると、彼女を抱きかかえて隣の部屋まで送っていく。オリガも慌しい気配に気づいて目を覚まし、事情を聞いて急いでフロリエの支度に手を貸した。オリガ自身も着替えを済ませ、寝入っているルルーを起こして部屋を出ると、騎竜服に外套をまとったエドワルドが待っていた。
「行こう」
 エドワルドはフロリエを抱き上げ、半ば走るように着場に向かった。着場には既にグランシアードとファルクレインの準備は整えられており、ルークもエアリアルを連れて竜舎から出てきた。
「私も行くわ」
 マリーリアも事情を聞いたらしく、外套を片手に着場へ駆け出してくる。
「しかし、4頭は多いぞ」
 エドワルドは難色を示した。グロリアの館にあるのはきちんとした竜舎ではなく飛竜用に改良した厩舎だけである。休ませられる頭数には限りがあり、フォルビアの親族が来れば全てを収容できなくなる。
「時間が無い。ファルクレインに乗れ」
 口論している時間も惜しい。アスターはマリーリアにそう言うと、乗るように身振りで示した。エドワルドもそれ以上は何も言わず、フロリエに補助具をつけて自分もグランシアードに跨る。ルークとオリガは既に準備が整っていた。
「ありがとうございます」
 マリーリアは急いでアスターの後ろに跨った。既にグランシアードは飛び立ち、エアリアルも飛び立とうとしている。
「しっかりつかまれ」
 アスターは一言マリーリアに言うと、続けてファルクレインを飛び立たせた。



 エドワルドは自分の前に座らせたフロリエの肩を片手で抱き、時折元気付けるように何事かささやくが、それ以外はグロリアの館に着くまで皆、無言だった。
「殿下、フロリエ様!」
 3頭の飛竜が館に着くと、オルティスが玄関から飛び出してきた。他の親族達がいる様子が無い。前回の様な騒ぎはご免だったので、エドワルドは少しほっとする。
「早くこちらへ」
 言われるまでもなく、エドワルドとフロリエは外套を脱ぎ捨てグロリアの寝室に向かう。そこには2人の医師とコリンシア、年配の侍女が控え、更に枕元にはフォルビア正神殿の神官長ロイスが立っていた。
「父様……」
 エドワルドは泣いているコリンシアを抱きしめ、フロリエと共に枕元へ近寄る。
「お母様」
「叔母上」
 2人がかがみこむようにして呼びかけると、グロリアはゆっくりと目を開けた。
「来たの……かえ?」
 あまりにも弱弱しい声に言葉が詰まる。
「心は……通じ合えたかえ?」
「はい……」
 フロリエは涙ながらに小さくうなずき、エドワルドは無言でそんな彼女の肩を抱く。グロリアは満足そうに微笑んだ。
「妾の……最後の手向けを……」
 彼女がそう言うと、控えていたロイスと布をかぶせたお盆を捧げ持ったオルティスが進み出る。寝室の入り口の辺りには、いつの間にかアスターら竜騎士達とオリガを始めとした侍女や使用人達が並んで立っていた。
「一体……」
 戸惑っている間にオルティスがお盆を寝台の脇に置かれたテーブルの上に置く。かぶせてある布をロイスがめくると、金糸や銀糸を編みこんだ、2本の組み紐が乗せてあった。使用人達の間からやや抑えたどよめきがおこる。
「叔母上、まさか……」
「2人とも……手を……」
 グロリアはこの場でエドワルドとフロリエの婚姻の儀式を行おうとしているのだ。戸惑いながらもエドワルドは作法通りに左手を差し出し、フロリエはおずおずと右手をそれに重ねた。
「ダナシア様のお恵みが常にお2人と共にあることを願わん」
 ロイスが重々しく祈りの言葉を口にし、用意されていた2本の組み紐を重ねたままの2人の手に結んだ。続けて2人は涙をこらえながらロイスの言葉に従って宣誓を行い、誓いの口づけを交わした。ごく簡略化されているが、これで婚姻は成立し、2人は夫婦と認められる。
「そなた達に……末永い幸せがあらんことを……」
 グロリアは組み紐で結ばれた2人の手に、残された最後の力を振り絞って自らの手を重ねて祝福を与える。儀式を見守っている人々の間からすすり泣きが聞こえてくる。
「お母様……」
「ありがとうございます」
 2人は空いた手でグロリアの手に更に重ねる。
「おばば様」
 コリンシアが寝台を覗き込むと、グロリアは僅かに微笑んだ。そしてそのままゆっくりと目を閉じ、2人に重ねた手から力が抜けていく。
「お母様?」
「叔母上?」
 反対側の壁際に控えていたバセットが歩み出て、グロリアの手を握って脈を確かめる。やがて彼はゆっくりと首を振った。
「そんな……」
「おばば様、起きてよぉ」
 フロリエとコリンシアがグロリアにすがって泣き出し、エドワルドは呆然とその場に立ち尽くした。一部始終を見守っていた使用人達もベッドにすがって泣き出した。



 グロリア・テレーゼ・ディア・フォルビア、己の信念を貫き通した生涯をここに閉じた。


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グロリア様、最後の最後までいい仕事しています。
個人的にはルルーとタメはるくらい(どんな基準なんだろう……)にお気に入りのキャラでしたが……。
グロリア様のご冥福を祈ります。

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