群青の空の下で(修正版)

花影

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第1章 群青の騎士団と謎の佳人

131 葬送の鐘4

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「フロリエ、紋章を出しなさい。あれが当主の証だ」
 エドワルドが横から彼女にそう言う。今日は朝からグロリアの形見のペンダントは身につけておくように彼に言われ、服の下に隠すように首から下げていた。彼女は恐る恐る襟元からそのペンダントを出した。
「寄越せ、それはお前が持つべきものではない!」
「そうだ!こんな遺言、認められるか!」
「あのババアが死んだ後に盗んだのであろう!」
 親族達は一斉にフロリエにつかみかかろうとするが、その前にエドワルドが立ちはだかる。フロリエは恐ろしさのあまり泣き出したコリンシアを抱きしめて震えている。
「静粛に。まだ続きがある」
 騒然となった親族をいさめるようにハルベルトが口を挟む。フロリエを守るエドワルドにも睨まれて、腰を浮かせた親族達はしぶしぶ元の席に戻る。
「次のフォルビア大公は我が娘、フロリエ・ディア・フォルビアとする。
 彼女を当主とするに当たり、以下の条件を加える。
一、コリンシア・ディア・タランテイルが成人するまでとし、コリンシアが成人した暁にはその地位を速やかに譲る。
一、フロリエ・ディア・フォルビアは婚姻し、その夫との共同統治とする。
一、フロリエ・ディア・フォルビアとその夫、コリンシア・ディア・タランテイルの3名がいずれも死亡した場合は、国にフォルビアを返上する。
以上。
グロリア=テレーゼ=ディア=フォルビア」
 ハルベルトは読み終えると、グロリアの書名が入った遺言状を一同に広げて見せた。親族達は苦々しい思いでその遺言状を見るしかない。
「フロリエを嫁にすれば当主になれるのか?」
「うちの息子の嫁にしよう」
「いや、うちの息子の方が……」
 親族達はわれ先にと自分の息子を呼びに行かせる。そんな中、ラグラスは酔った足取りでフロリエに近付いてくる。
「俺様のところへ来い。あの侍女と共にかわいがってやろう」
 ラグラスが怯えるフロリエを引き寄せようとしたところで、その手をエドワルドがはたいて振り払う。
「汚い手で彼女に触るな」
 エドワルドはラグラスを睨みつけると、立ち上がって親族達に向き直る。
「生憎と、彼女には既に夫がおります」
「な……」
「一体誰が?」
 一同の目がエドワルドに注がれる。彼はフロリエを促し、彼女の右手首に巻かれた組み紐を袖から出させ、自分も左手首に巻いた同じ組み紐を一同に見せる。
今際いまわに叔母上は婚約した私達を祝福して下さいました。私とフロリエは組み紐の誓いを済ませ、既に夫婦となっております。よって今後は、私がフロリエと共にフォルビアを治めていきます」
「こちらがその証明でございます」
 ロイスがエドワルドとフロリエの結婚証明書を提示すると、親族達を始め、見届け役でいたサントリナ公とブランドル公も驚いて声も出ない。
「そんなバカな!」
「殿下がご自分に都合の良い様に捏造されたのではありませんか?」
「きっとそうだ!そうでなければこんな遺言はありえない!」
「こんな下賎の女に栄えあるフォルビアの当主の座を渡してなるものか!」
「そうだそうだ!」
 ショックから立ち直ると、親族達は口々にそう言って2人に詰め寄り、それから2人を守ろうとする竜騎士達ともみ合いになってその場は一時騒然となった。飛び交う怒号にフロリエは真っ青になり、泣きじゃくるコリンシアをただ抱きしめるしか出来ない。
「止めぬか!」
 ハルベルトの一喝で居間は静かになった。彼は明らかに怒っており、親族達も大人しくなる。
「遺言状は紛れもなく叔母上の手によるものである。サントリナ公、ブランドル公、お2人も署名を確認していただきたい」
「良かろう」
 一族から離れた所で様子を見守っていた2人は、ハルベルトに近づくとグロリアの遺言状に目を通し、署名の筆跡を確認する。5大公家の当主である彼等はグロリアと文のやり取りを良くしていた。彼らの目から見てもそれは紛れもなく彼女の筆跡に間違いなかった。
「グロリア殿の署名で間違いないですな」
「ふむ。これでもまだ疑うか?」
 2人の答えに頷き、ハルベルトは親族達に鋭い視線を送る。彼等は慌てて目を逸らした。
「先ほど、フロリエ嬢に対し侮蔑の言葉をはいた者がいたが、彼女はエドワルドの妻となった時点で皇家の一員とみなされる。よって先ほどの言動は不敬罪に値し、近々相応の罰を与える故、覚悟せよ」
 一番威勢良くフロリエを責めていたのは、先日グロリアの部屋を漁りに来たヘデラ夫妻だった。彼等はハルベルトとエドワルドに睨まれて、慌ててその場にはいつくばって頭を下げる。
「謝罪する相手は私ではなかろう。先日、貴公達が乱暴を働いた折に彼女が受けた傷もまだ癒えておらぬ様子。その分も含めて謝罪せよ」
 2人はガタガタ震えながらフロリエの前で頭を下げた。彼女は何か言いかけるが、エドワルドがそれを制す。
「ご一同方良いか? 我が妻は不調であるにもかかわらず、毎日叔母上の元へ祈りを捧げに通い続けた。あなた方はその間何をしておられた? 葬儀より前に一度でも神殿へ参られた方はおられたか? 叔母上を軽んじた上に、不平不満しか言わないあなた方にフォルビアを継ぐ資格は無い」
「殿下のお言葉はごもっともですな。仮に、あなた方の中に相応しいお方がおられれば、混乱を避けるためにもグロリア殿はもっと早くに後継を決められたはずですな」
「皆様は遺言状に従うと誓約された。異論はございませんな?」
 黙りこんでしまった一同にサントリナ公とブランドル公が声をかけると、彼らは力が抜けたようにその場に座り込んでしまう。
「近々査察を行い、現状を確認した上で、新たなフォルビアの任官を行いたい。不明な点は納得するまで追及させて頂くので、ご協力をよろしくお願いいたします」
 エドワルドの言葉に親族達はみるみる蒼ざめてくる。皆、後ろ暗い事をいくつも抱えているのだろう。我に返ると挨拶もそこそこに、帰る支度を始めてしまう。
 一行を見送るためにオルティスとロイスは席を外し、アスターとヒースを除いた竜騎士はロベリアへ戻る準備のためにそれに続いた。2人の竜騎士は警護の為に扉の外で待機し、居間に残ったのはエドワルドとフロリエ、コリンシアと見届け役の3人となった。
「全く、叔母上にはしてやられた。お前を国主にしようと思っていたのに、フォルビア大公家へ籍を移したら出来ないではないか」
 ハルベルトは呆れたように弟を見る。
「諦めて兄上がおなり下さい。元々そう決まっていたのですから」
「仕方ない。フォルビアが落ち着いたら手助けしろよ」
「もちろんです」
 和んだ様子で会話をする兄弟に立会いを勤めたサントリナ公とブランドル公が近寄り、深々と頭を下げる。
「エドワルド殿下、改めて御成婚おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。叔母上の喪が明けたら、改めて婚礼の儀式を行うつもりだ。その折には2人も出席して欲しい」
「喜んで出席させていただきます」
 2人は頭を下げると、今度はフロリエに向き直る。
「新たなフォルビア公に選ばれました事をお祝い申し上げます」
「私……」
 衝撃から立ち直れていないフロリエは、怯えたように2人を見上げるしか出来ない。その様子にハルベルトは彼女を気遣い、弟に声をかける。
「無理も無い。受けたショックが大きい上に、体調もまだ優れないのであろう? エドワルド、休ませた方が良いのではないか?」
「いえ、大丈夫です。お兄様。ただ、何も知らない私がお母様の跡を継いでフォルビアの当主になって良いのか……」
 遠慮がちにつけられた“お兄様”と言う言葉に、ハルベルトは嬉しそうに表情を和ませる。
「何もしなくて良い……とは言わない。それは君に対して失礼だから。先ずは貴女の出来る事をすればいい。そして出来る事を一つ一つ増やしていこう」
 ようやく泣き止んだものの、フロリエにしがみついているコリンシアの頭をなでながら、彼女は不安げに義兄と5大公家の当主2人を見上げる。そんな彼女をエドワルドは優しく抱きしめ、言い聞かせるように言う。そして彼女がもっと楽な姿勢になれるように、しがみついているコリンシアを彼は抱き上げた。
「エド……」
「だが、今は体を治す事に専念しよう。いいね?」
 彼が優しく言い聞かせると、彼女は小さくうなずいた。
「父様、怖い小父さん達は母様をいじめない?」
「ああ、大丈夫だとも。父様がコリンも母様も守るからな。そんな事はさせないよ」
 ようやく落ち着いたコリンシアが父親の腕の中で尋ねると、娘を安心させるように彼は大きくうなずいて答える。
「大丈夫だよ、コリン。今の彼らにフロリエ嬢に危害を加える事は出来ない。安心しなさい」
 横から伯父が付け加えると、コリンシアはようやく安心した様子で父親の腕から降りた。そして母親となった女性の側にちょこんと座る。フロリエは楽な姿勢を保ちながらコリンシアの頭をそっとなでた。
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