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第2章 タランテラの悪夢
9 悪夢の始まり2
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残酷な描写があります。ご注意ください。
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「何てことだ…」
その有様にエドワルドは天を仰ぐ。フロリエもオリガもティムも絶句していたが、すぐに祈りの言葉を口にする。コリンシアにはとても見せられず、エドワルドは長衣で彼女を包み込んだ。
村は何者かに襲撃されて焼かれていた。家は焼け落ち、簡素な衣服を着た住人達は皆、倒れ伏している。逃げ惑うところを背後から襲われたのだろう、背中には一様に刃物による切り傷を負っている。
エドワルドはコリンシアをフロリエに預けると、馬から降りて幾人かの生死を確かめてみたが、既にこと切れていた。中には老人や子供もいて放置していくことに心が痛むが、追われている彼等には時間が無かった。
「殿下、これなら使えそうです」
ほとんどの船が破壊されて使い物にならなくなっていた。その中からティムが無傷の小舟を見つける。5人も乗れば身動きも出来ないほどの小ささだが、贅沢を言っている場合ではなかった。
「急ぐぞ」
エドワルドはそう言うと、ティムと力を合わせて小船を湖へと押していく。オリガは馬に用意していた飲み水の入った皮袋などを集めて小舟にまとめて入れ、フロリエはルルーに集中して辺りを見張る。
「エド!」
「いたぞ!」
「捕らえろ!」
フロリエの声と追っ手の声が重なる。小船は湖面にちょうど浮いたところだった。
「急げ。」
エドワルドはコリンシアとフロリエを抱えて小船に乗せる。そして懐から巾着を取り出すとフロリエに握らせ、彼女にそっとささやいた。
「永遠に愛している。」
「エド?」
フロリエが戸惑っている間にオリガとティムが櫂を握って座り、それを確認したエドワルドは力いっぱい小船を押した。そして馬を呼び寄せそれにひらりとまたがる。
「エド!」
「殿下?」
問いには答えず、追っ手が放つ矢を長剣で払い、迫ってくる追っ手を攪乱させるために、他の3頭の馬を真直ぐ彼らに向けて突っ込ませた。
「ティム、後を頼む」
「私が代わります」
彼はそう言って船から降りようとする。
「お前の腕では無理だ。行け」
「エド!」
「殿下!」
哀れな馬たちは既に追っ手の兵士に斬り殺されていた。兵士達は目前に迫ってきている。
「行け!」
エドワルドは鋭くそう命じると、雨具を脱ぎ捨てた。プラチナブロンドの髪がたなびくと、追っ手も一瞬ひるんだようだ。
「我が名はエドワルド・クラウス・ディ・タランテイル。腕に覚えがある者からかかってくるがいい」
そう言い放つと彼は長剣を構える。
「エド!」
「父様!」
フロリエとコリンシアが身を乗り出そうとするのをオリガは必死に止め、ティムは唇をかみ締めると櫂を操り始めた。徐々に岸が遠のき、やがて霧雨の向こうに孤軍奮闘する彼の姿は見えなくなった。
「エドー!」
声を限りにフロリエは叫んだが、虚空にむなしく響いたのみであった。
アスターは林の外れにある木の根元に倒れ込んでいた。顔に受けた傷は左目の視力を奪い、他にも体のいたるところに大小様々な傷を負っていた。もう指一本動かす気力すら残っていない。
「殿下……」
百人あまりの兵士相手に10人にも満たない数でよく持ちこたえたとは思う。だが、多勢に無勢なのは明白で、他の護衛達は次々に力尽き、彼自身も馬と剣を失い、全身傷だらけとなった。血まみれで倒れた彼を襲撃者達は死んだと思ったらしく、大して確認もしないまま、元々の目的であるエドワルドやフロリエを追って行ってしまった。それでもアスターは這うようにして後を追ったのだが、ここまでが限界だった。雨に打たれながら彼は静かに目を閉じた。
日が昇るに連れて雨は小降りになってきて、周囲は幾分明るくなっていた。それが急に暗くなる。アスターは僅かに残った力で右目を開ける。
「ファルク…レイン……」
彼の相棒の飛竜が顔を覗きこみ、心配そうな低い声でグッグッと鳴いている。館に置いてきた彼がここにいるのは驚いたが、最後に会えたのは嬉しいと思った。
「代わりに…殿下を……」
それだけ言うと、伸ばしかけた彼の手から力が抜けていく。
“彼女は悲しんでくれるだろうか?”
遠のく意識の片隅で彼が最後に思いだしたのは、皇家の色の髪を持つ女性竜騎士の姿だった。
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「何てことだ…」
その有様にエドワルドは天を仰ぐ。フロリエもオリガもティムも絶句していたが、すぐに祈りの言葉を口にする。コリンシアにはとても見せられず、エドワルドは長衣で彼女を包み込んだ。
村は何者かに襲撃されて焼かれていた。家は焼け落ち、簡素な衣服を着た住人達は皆、倒れ伏している。逃げ惑うところを背後から襲われたのだろう、背中には一様に刃物による切り傷を負っている。
エドワルドはコリンシアをフロリエに預けると、馬から降りて幾人かの生死を確かめてみたが、既にこと切れていた。中には老人や子供もいて放置していくことに心が痛むが、追われている彼等には時間が無かった。
「殿下、これなら使えそうです」
ほとんどの船が破壊されて使い物にならなくなっていた。その中からティムが無傷の小舟を見つける。5人も乗れば身動きも出来ないほどの小ささだが、贅沢を言っている場合ではなかった。
「急ぐぞ」
エドワルドはそう言うと、ティムと力を合わせて小船を湖へと押していく。オリガは馬に用意していた飲み水の入った皮袋などを集めて小舟にまとめて入れ、フロリエはルルーに集中して辺りを見張る。
「エド!」
「いたぞ!」
「捕らえろ!」
フロリエの声と追っ手の声が重なる。小船は湖面にちょうど浮いたところだった。
「急げ。」
エドワルドはコリンシアとフロリエを抱えて小船に乗せる。そして懐から巾着を取り出すとフロリエに握らせ、彼女にそっとささやいた。
「永遠に愛している。」
「エド?」
フロリエが戸惑っている間にオリガとティムが櫂を握って座り、それを確認したエドワルドは力いっぱい小船を押した。そして馬を呼び寄せそれにひらりとまたがる。
「エド!」
「殿下?」
問いには答えず、追っ手が放つ矢を長剣で払い、迫ってくる追っ手を攪乱させるために、他の3頭の馬を真直ぐ彼らに向けて突っ込ませた。
「ティム、後を頼む」
「私が代わります」
彼はそう言って船から降りようとする。
「お前の腕では無理だ。行け」
「エド!」
「殿下!」
哀れな馬たちは既に追っ手の兵士に斬り殺されていた。兵士達は目前に迫ってきている。
「行け!」
エドワルドは鋭くそう命じると、雨具を脱ぎ捨てた。プラチナブロンドの髪がたなびくと、追っ手も一瞬ひるんだようだ。
「我が名はエドワルド・クラウス・ディ・タランテイル。腕に覚えがある者からかかってくるがいい」
そう言い放つと彼は長剣を構える。
「エド!」
「父様!」
フロリエとコリンシアが身を乗り出そうとするのをオリガは必死に止め、ティムは唇をかみ締めると櫂を操り始めた。徐々に岸が遠のき、やがて霧雨の向こうに孤軍奮闘する彼の姿は見えなくなった。
「エドー!」
声を限りにフロリエは叫んだが、虚空にむなしく響いたのみであった。
アスターは林の外れにある木の根元に倒れ込んでいた。顔に受けた傷は左目の視力を奪い、他にも体のいたるところに大小様々な傷を負っていた。もう指一本動かす気力すら残っていない。
「殿下……」
百人あまりの兵士相手に10人にも満たない数でよく持ちこたえたとは思う。だが、多勢に無勢なのは明白で、他の護衛達は次々に力尽き、彼自身も馬と剣を失い、全身傷だらけとなった。血まみれで倒れた彼を襲撃者達は死んだと思ったらしく、大して確認もしないまま、元々の目的であるエドワルドやフロリエを追って行ってしまった。それでもアスターは這うようにして後を追ったのだが、ここまでが限界だった。雨に打たれながら彼は静かに目を閉じた。
日が昇るに連れて雨は小降りになってきて、周囲は幾分明るくなっていた。それが急に暗くなる。アスターは僅かに残った力で右目を開ける。
「ファルク…レイン……」
彼の相棒の飛竜が顔を覗きこみ、心配そうな低い声でグッグッと鳴いている。館に置いてきた彼がここにいるのは驚いたが、最後に会えたのは嬉しいと思った。
「代わりに…殿下を……」
それだけ言うと、伸ばしかけた彼の手から力が抜けていく。
“彼女は悲しんでくれるだろうか?”
遠のく意識の片隅で彼が最後に思いだしたのは、皇家の色の髪を持つ女性竜騎士の姿だった。
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