群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

49 打開の糸口3

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 「聞かせてもらえるんだろうな? 今頃になって帰って来た理由を」
 正直に言ってヒースは気が立っていた。他国の使者の前にもかかわらず、殺気のこもった視線を向ける。使者は顔色を失い、隣にいたもう一人の護衛も思わずといった様子で身じろぎする。ヒースの殺気を向けられた当の本人は、正面から受けてどうにか耐えてみせた。
「もちろんです」
 しばらく2人はにらみ合う形となったが、ヒースは徐に口角を上げると席を立ち、部屋の外に声をかける。
「そこにいる奴! 盗み聞きしている暇があったらさっさと主だった連中呼んで来い!」
 どうやらエルフレートの存在は既にバレていたらしく、何人かが扉の外で様子をうかがっていたらしい。どたどたと慌ただしい足音が聞こえ、やがて息を切らして総督と主だった文官、総督府に残っていた竜騎士と兵団長が駆け込んできた。
「全員そろいました」
 竜騎士を代表し、クレストが報告する。応接間は満杯だったが、部屋を変える手間も時間も惜しかった。
「トロストは留守だったな?」
 ともかくエルフレートが帰ってきたことをまだ皇都に知られるわけにはいかない。当人は気付いていないが、その行動は常に監視していた。
「交易船が着くとかで、ご家族を伴って港のある東砦に行っております。帰りは明日の予定です」
 文官の1人がよどみなく答える。ヒースは心底ほっとした様子で息を吐く。執政官の地位を得て何にでも口を出してくるトロストも厄介だが、現在ヒースが最も悩まされているのが令嬢のカサンドラだった。
 春までエドワルドに執心だったはずの彼女は彼の訃報を聞くと、今度はヒースに鞍替えしたのだ。彼には妻子がいるのだが、そんな事は構わない。自称タランテラ一の美女は何をやっても許されると思っているらしい。本当に迷惑な話だ。
「よし、今日中に対策立てるぞ。早速だが何があったか話してくれ」
 テキパキと書記官が記録の準備を整え、タランテラ側の準備は整った。その迅速さにエルフレートを含むエヴィルから来た3人は取り残されたようにポカンとして見ていた。
「エルフレート」
「は、はい」
 ヒースに促されてようやく我に返り、居住まいを正すと、エルフレートは口を開いた。
「ロベリアを出て8日目に天候が悪くなり、海峡を渡るには危険と判断した船団長が近くの港で回復を待つと判断し、殿下も了承されました。そして港に向かっている最中に海賊に襲われている商船を発見し、殿下は救助を命じられました。
 我々の存在に気付いた海賊はすぐに撤退し、安否を確認するために商船に近づきました。甲板の様子が十分確認できる距離まで近づいた時に矢が放たれ、それが殿下の左胸に……」
「な……」
 ヒースを始め、タランテラ側は動揺を隠せない。顔色を失いながらもヒースは先を促した。
「私はすぐに駆け寄ろうとしましたが、背後にいた文官が剣で殿下を背中から刺し貫いていました。商船からは絶えず矢が射かけられ、船長はすぐに離脱を命じました。ところが、付き従っていた護衛艦は援護どころか行く手を阻み、身動きが取れなくなったところで逃げたはずの海賊船が戻ってきて兵がなだれ込んできました。斬っても、斬っても相手はひるむことなく向かって来ました。最後の最後まで抵抗したのですが、どうにもならず……」
 エルフレートは声を詰まらせ、そして何かを思い出したのか、体が小刻みに震えだす。その震えがひどくなり、傍らに立っていたエヴィルの護衛が慌ててその体を支える。
「どうした?」
 ヒースも腰を浮かせるが、それを使者が制し、今まで自分が座っていた席にエルフレートを座らせる。そして護衛が何かの薬を彼に飲ませた。
「後は私共から説明してよろしいか?」
「構いませんが、一体何が?」
 ぐったりと座り込むエルフレートの様子はただ事ではない。ヒースは念のためバセットを呼ぶように命じ、話の続きを待つ。
「国主会議に先駆け、我が国は横行する海賊の討伐を海軍に命じていました。討伐は成功し、何隻かの船を拿捕しました。そのうちの一隻の海賊船の船底にある倉庫から捕われていた20名を救出しました。
 全員負傷しており、8名は既に亡くなっていました。加えて中には怪しげな薬が焚き染められ、正気を保っている者は1人もいませんでした。その中の1人がエルフレート卿です」
「その薬とは?」
「思考を鈍らせる効果のある、非常に中毒性の強い薬です」
 答えたのは使者ではなく、護衛として控えていた竜騎士だった。いまだ帽子を目深にかぶって顔が良く分からないが、声から判断するとまだ若そうだ。それでも伝わる竜気から上級の騎士だろうと推測した。
「使者殿、話の途中で悪いが、彼は?」
「ああ、ご紹介が遅れましたな。彼は我が国で雇った傭兵のレイド卿。若いながらも腕は確かで、薬学の知識も併せ持っているので今回同行してもらいました」
「よろしくお願いします」
 紹介された護衛は帽子を取り、集まった一同に頭を下げる。成人したばかりだろうか、思った以上に若い。
「雁首揃えてどうしたんじゃ?」
 そこへ呼びに行ったバセットが応接間に入ってきた。怪訝そうな彼にエルフレートを診てもらうが、先ほどの薬が効いたのか落ち着きは取り戻している。更に窮屈になるが、事情を説明してこのまま彼にも付き合ってもらう事にする。
「また、厄介なものを使いおって」
 バセットはエルフレートの状態を確認しながらブツブツ文句を言っている。時間がかかりそうなので、使者には話を続けてもらう。
「存命していた12名も重傷でろくな手当も受けていなかったために感染症にかかっておりました。帰港するまでに3名が亡くなり、その後も治療のかいなく2名が亡くなりました。薬の影響は思った以上に強く、回復したのは彼の他に2名だけでした」
「他は?」
「生きてはいます。しかし、寝たきりの状態で言葉も発せず、誰かに世話をしてもらわなければ生きていけない状態です」
 状況からして仲間として共に戦った事もある竜騎士達なのだろう。ヒースはあまりのむごさに言葉を失う。
「量を迷ったか、わざとなのか。適量を大幅に超えて使用したのかもしれんな」
 レイドからエルフレートに使用した薬を見せてもらいながらバセットが口を挟む。落ち着いたエルフレートは何か言いた気にしているが、それでも口を挟むのを我慢している様子だった。
「彼らの身元が判明したのは保護してから1ヶ月経っており、タランテラからは既に殿下と共に護衛は全滅だったと発表されていました。改めて確認したところ殿下の乗っておられた船は座礁して航行不能となっていたところを通りかかった商船に発見されたそうです。数名の文官が救助され、海賊に遭遇して抵抗した者は皆殺されたと証言し、殿下の遺体と共にその商船がタランテラまで送って行ったそうです」
「エルフレートの証言と違うな」
「そうですね。ワールウェイド公が昨年、謹慎を申し付けられていたのは我々も聞き及んでおります。それにもかかわらず、ハルベルト殿下が亡くなられて1ヶ月ほどで国政を掌握していた事に驚きました。エドワルド殿下も亡くなったと聞き及び、あまりにも彼の都合の良い様に事態が動いていることに不審感を抱きました。
 そしてそれを裏付ける様に、エルフレート卿が目撃した商船と文官を救助した商船の特徴が一致したのです」
「それはどこの船ですか?」
「カルネイロ商会の金鯨号です」
 使者の答えに誰もが驚くよりもやはりと思った。グスタフが商会と親密なのは周知の事実だった。
「勿論、それを指摘したところで見間違いだと一蹴されるのは目に見えております。それに他国の内情に干渉するのは許されていません。ですが、どうしてもこの件を放置できませんでした。国元で協議を重ね、密かにエルフレート卿を送り届ける方策を考えました。そして今回、このような形でお連れした次第でございます」
「ありがとうございます。仲間を助けていただいて感謝します」
 エヴィルの神がかり的な対応に深く感謝してヒースが頭を下げると、居合わせた全員がそれに続く。使者とレイドは驚いたようにその光景を眺めていた。
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