群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

109 不穏な気配6

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「殿下、申し訳ありません。ラグラスに逃げられました」
「何?」
 ゴルトが報告した内容に一同は愕然とする。
「詳細を」
 いち早く気持ちを切り替えたエドワルドは、椅子に座りなおすとゴルトに詳しい報告をするように促《うなが》す。他の出席者たちもようやく我に返り、全員の視線がゴルトに集まる。
懺悔ざんげをしたいと言うラグラスの要望をロイス神官長は嫌な顔せずにお引き受けくださいました。担当の役人の話では、足枷だけでなく、念のためにラグラスの両手を拘束し、担当者以外に牢番も立ち会わせるようにしていたのですが、ラグラスの強い要望でロイス神官長以外は席を外す事になったようです」
 焦燥しきった様子のゴルトにマリーリアが飲み物の杯を差し出すと、彼はそれを一気に飲み干した。どうやらフォルビアからほとんど休憩を取らずにウォリスを飛ばしてきたのだろう、続けて出されたおかわりも彼は一気に飲み干した。
「神官長は懺悔を聞く為に毎日城に来て下さっていました。ラグラスは暴れる事も無く、従順な様子でしたので、3日目からは現場の判断で手を拘束するのは止めたそうです。そしてその翌日、牢番達が退出して間もなく、悲鳴がしたので戻ってみると、神官長を羽交い絞めにしたラグラスがいつの間にか入手していたナイフで脅していたと……」
「ロイス神官長は?」
「人質として連れ去られてしまいました」
「何か要求はあったか?」
「私が向こうを出立した時点では何もありませんでした」
「そうか……」
 遠く離れた皇都に居ては状況を把握するにも時間がかかる。歯がゆい思いに苛立つが、現状の確認が済んだらすぐにでもヒースやリーガスをあちらに戻さないといけない。
「それにしてもいったいどこでナイフを……」
「身体検査はしなかったのか?」
 エドワルドが竜騎士達を一瞥すると、代表してヒースが答える。
「もちろんしました。牢内もあらかじめ調べましたし、食器に関しましても金属製の物は使用していません」
「そうか……と、なると何者かが持ち込んだことになるな」
「内通者がいる可能性は確かにあります。あの日はクレスト卿がロベリアに行かれていて、私は元々ヘデラ夫妻の所領だった町へ視察に行っていました。他の主だった竜騎士も出払っていたので、対応が遅れました。偶然にしては出来過ぎている気がします」
「……」
 エドワルドは険しい表情で考え込む。領民にうとわれていても、自分が思っている以上に親族達の影響力が強いのだろうか?
「各神殿に連絡は?」
「フォルビア周辺の神殿には小竜を使って知らせました。それからトビアス神官の要請でフォルビア正神殿に駐留する傭兵が同行してくださいまして、大神殿へ報告に行かれました」
 ゴルトの報告にエドワルドはうなずく。フォルビア正神殿で雇われた形となっている3人の傭兵の話は、盗賊の一件と一緒に皇都に到着する前に船内で報告を受けていた。頭の痛い問題が山積みで、優先順位をその都度確認しながら解決してきたがここまで来てまた大幅な見直しが必要になった。思わずため息が漏れる。
「分かった。大神殿にはこちらからも知らせておこう。あと、時間が取れれば、彼に直接会って協力を要請しよう」
 そうは言ったものの、この会議の後は有無を言わさず寝台に縛り付けられそうだ。エドワルドの背後に控えているバセットからはそろそろ休めと言わんばかりのプレッシャーが絶え間なくかけられている。アスターかヒース辺りに頼むことになりそうだ。
「向こうを出立した時点の情報ですが、ラグラス達はフォルビアの街を出た後北西に向かい、小神殿で休息し、更には旅に必要な物資を手に入れています。その神殿の神官長が言うには、ヘデラ夫妻の所領に向かう途中だと説明を受けたそうです」
「地図を」
 エドワルドの要望に応え、フォルビアの詳細な地図が用意される。
「ルークを呼んでくれ」
 飛竜で飛び回っただけでなく、2度にわたり陸路フォルビア領内を調査したルークはこの場に集まった一同の中で一番地理に明るい。扉の外で待機していた彼は、呼ばれてすぐに入って来た。
「お呼びですか?」
「お前の意見を聞きたい」
 そこでもう一度ゴルトが地図を使用しながらラグラスの逃走経路を判明している範囲で説明する。
「街を出た後、北西にあるこの神殿に立ち寄り、更に西にあるこの小さな村の住人が一行を目撃しています。それを最後に消息がつかめなくなっているのですが、向こうに戻ればまた新しい情報が入っていると思われます」
「ガウラに向かっているのか?」
「そう見せかけてタルカナに向かう可能性もありますね」
 ブランドル公の呟きにアスターが意見を付け加えるが、それにヒースが異を唱える。
「だが、盗賊対策の検問がある。それは難しいのではないか?」
「うーん……」
 正直、入手できた情報が少なくて現時点では判断が難しい。
「私はフォルビアに留まると考えています」
 地図を睨みつけていたルークが徐《おもむろ》に口を開く。
「どうしてそう思う?」
「我々の裏をかくと言うのが理由の一つです」
「確かにそれはあり得るな。他は?」
「妖魔の襲来が間近に控えています。うまく隣国に逃げ込めたとしても、結局はそこで一冬こさなければなりません。ロイス神官長を利用して神殿に滞在することも考えられますが、妖魔討伐の時期に担当地域から高位神官が出歩くのは不自然です。そうなると身分を隠して宿を使うか、あるいは隠れ家を確保するにしても、その為にはまとまった資金が必要です。身代金を要求すればそれは手に入りますが、勤勉では無い彼等がすぐに使い切るのは目に見えています」
「なるほど」
 ラグラスの人となりを知るエドワルドもアスターも納得して頷く。
「奴の性格からして慌てる我々をどこからか見て楽しんでいるのではないかと思います。いずれにせよ殿下が復権なされた時点で反逆罪が適用されるのですから、失敗しても自分に下る刑罰は同じだと割り切ったのではないでしょうか」
「もし、フォルビアを出ずに一冬過ごすとしたら、お前はどこだと思う?」
「多分、この辺りではないかと」
 ルークが地図上で指したのは、彼等が拠点にしていたマーデ村の近くにある山だった。
「第2警戒区域内ですが、西側の中腹には建国当初に作られた砦が残っています。霧が届かない場所にありますし、一冬越すには問題ないかと思われます。ラグラスの所領からは少し離れていますが、行き来できない距離ではありません。勝手を知った場所でもあるので、資金が底を尽きれば、最悪の場合力づくでも領民から奪えると考えるのではないでしょうか。無論、決めつけるのはまだ早いですから、結論はもう少し情報を得てから出した方が宜しいかと思います」
 ルークの説明にエドワルドは大きくうなずいた。普段の飛竜の飛行ルートからは外れた位置にあり、エドワルドも砦の存在は知っていても現物を目にした事は無い。古い物だがおそらく頑丈に出来ているだろう。つい数年前、城壁の閉鎖に間に合わなかった隊商が竜騎士に発見されるまでの半月程をそこで過ごしたという記録を目にした記憶がある。
「そうだな。ヒース、ルーク、休む暇が殆どないが、すぐに戻り、ロイス神官長の保護を最優先にラグラスの行方を追ってくれ。リーガス、第3騎士団も妖魔対策に忙しいとは思うが、補助を頼む」
「かしこまりました」
「了解です」
「エルフレート、君も準備が整い次第ワールウェイド領に行ってくれ。事の次第をリカルドに説明し、君達も出来る限りフォルビアの手助けをしてくれ」
「はい」
 エドワルドの指示に竜騎士達は神妙にうなずく。背後からのプレッシャーもあり、エドワルドはここで一旦会議を終了した。
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