群青の空の下で(修正版)

花影

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第2章 タランテラの悪夢

117 朗報と凶報1

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「ばあや、これはこのくらいあれば足りる?」
「ええ、ええ。十分でございますよ」
 マルトは籠の中身を見せるコリンシアに優しく微笑んだ。
 ラトリ村に滞在するようになって1月余り経っていた。すっかり元気になった姫君は、村の生活にも慣れ、マルトのお手伝いで夕食に使うハーブを収穫するのが日課となっていた。
「こっちのお花、母様に摘んで帰ってもいい?」
「ええ、どうぞ。きっとお喜びになりますよ」
「ありがとう!」
 コリンシアは嬉々として遅咲きの赤い花を摘み始めた。標高の高いこの地も冬の訪れは早く、生花を楽しめるのもあと僅かだ。それを良く理解している姫君は、まだ安静を言い渡されている母親の為に毎日花を摘んで帰っていた。
「さあ、そろそろ戻りましょう」
「はぁい」
 籠を抱えた2人は手を繋いで母屋へ向かって歩き始める。コリンシアは機嫌よく、フレアから習ったばかりの歌を口ずさむ。そんな姫君をマルトは昔のフレアを重ねながら見守る。
 普段はこうして明るく振舞っているが、いまだにあのリラ湖畔での父親との別れを夢に見るらしく、寝ていても夜中に泣いて起き出す事も珍しくない。傷ついた幼い子供の心が癒えるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「あ、飛竜だ」
 コリンシアが指差す先にこちらへ向かってくる飛竜の姿があった。方角からして聖域の北で待機していた竜騎士の様だ。着場にしている母屋の裏手に飛竜が舞い降りると、危急を知らせる内容らしく、騎手は駆け足で母屋に入っていくのが見える。
「良き知らせだと良いのだけど……」
 傍らにいる愛くるしい姫君の為にもマルトはそう願わずにはいられなかった。



 竜舎の掃除をしていたティムは、飛竜の寝藁に座り込んで一休みしていた。
村の進んだ医療技術のおかげで周囲も驚くほど受けた傷の回復は速かった。まだ完治していないが、何かできる事をしようと竜舎の掃除をかってでたのはいいが、早々に息が上がってしまったのだ。
「無理しなくていいぞ」
 余所から応援に来ているらしい若い竜騎士が肩で息をしているティムを見かねて休憩に誘ってくれた。冷やしたお茶に焼いた芋の差し入れがありがたい。感謝して受け取り、早速芋にかぶりつく。

 グッグッ

 横から黒い飛竜が芋を分けろとばかりに顔を寄せてくる。ティムは飛竜の頭を撫でて宥《なだ》めるが、それでも諦めようとはしない。
「こら、お行儀悪いぞ」
 竜騎士がたしなめるが、飛竜はあっち行けとばかりに頭突きを食らわす。尻餅をついた竜騎士の手から芋が転げ落ち、飛竜は何食わぬ顔でそれを一飲みにする。
「やられた……」
 竜騎士は立ち上がって服に着いたほこりを払う。その間に飛竜はティムに頭を擦り付けて強請《ねだ》り、根負けしたティムは2口程齧った芋を飛竜の口に放り込んでやった。
「あら、ここにいたのね」
 そこへフレアの養母が姿を現す。とたんに竜騎士は直立不動の姿勢を取り、先程まで機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らしていた飛竜は少しバツが悪そうに自分の室で丸くなる。
「このいたずらっ子、ダメでしょう」
 口元に笑みをたたえ、アリシアは室で丸くなっている自分のパートナーを窘める。悪戯がばれてしまった飛竜はクルクルと甘えた声を出して許してもらおうとするが、アリシアはお仕置きとばかりに飛竜の眉間を小突いた。

キュウゥゥゥ

 腰に手を当てて仁王立ちするアリシアが睨むと、その図体から想像もつかない程情けない声を上げて飛竜は自分の室に逃げた。
「あの、僕に御用ですか?」
 ティムはまだアリシアの身分を知らない。それでも相手が高貴な人物であることは分かっているので、恐る恐る聞いてみる。
「そうそう、先ほど北から知らせが来たの。貴方とオリガにも同席してもらう事になったから呼びに来たのよ」
「北から……何か進展したんでしょうか?」
 北……つまりはタランテラからの知らせである。ティムは相手の身分も顧みずに思わず聞き返していた。
「私もまだ知らないのよ。とにかく行きましょう。後はお願いね」
「はっ」
 アリシアは未だ直立不動を続ける竜騎士に後を任せると、ティムを連れて竜舎を後にした。



 着替えたティムがフレアの部屋に行くと、既に皆集まっていた。この部屋に入るのは、動けるようになってすぐにフレアの見舞いに来て以来である。
「失礼します」
 いまだに安静が必要なフレアは窓辺に置かれたゆったりした椅子に腰かけていた。その側に置かれた椅子にペドロとアリシアが座り、近頃はペドロから薬の調合を学んでいる姉のオリガはフレアの側に控えて立っていた。そして戸口の脇の壁にルイスが寄りかかっている。
「遅くなってすみません」
 1人遅くなったことを詫びると、フレアは穏やかな笑みを湛えて彼に目の前の席を勧める。姉やルイスが立っているのに座るのは申し訳ないと思うのだが、ペドロもアリシアも勧めるので、緊張でギクシャクした動きで席に着いた。
「さて、始めようかの」
「ダリーは呼ばなくていいのか?」
「後でいいって言ってたわ。酒瓶抱えながらね」
「……」
 ルイスが口を挟むと、アリシアが苦笑して答える。面倒事を嫌う彼は、アレスがしていた全ての雑事をルイスに押し付け、日々飲んだくれて過ごしている。団長がこんな事でいいのかと思うのだが、ルイスが文句を言おうとしても人生経験の違いから飄々ひょうひょうかわされるばかりだ。
「レイドから先ほど届いた報告じゃが、良い知らせと悪い知らせがある」
「悪い知らせ?」
 悪い知らせと聞いてフレアの表情が強張る。思いつくのは最悪の事態だが、彼女のその不安をペドロは真っ先に打ち消した。
「殿下は無事救出されたそうだ。皇都にも帰還を果たし、国政の掌握も大した混乱も無く済んだようじゃ」
「大母ダナシアよ……」
 フレアはエドワルドが無事と聞き、その場で大母に感謝の祈りを捧げた。オリガもティムもほっと胸を撫で下ろし、彼等もフレアに倣って短く感謝の言葉を唱えた。
「じゃが、大きな問題が起こっておる。捕えておったラグラスがロイス神官長を人質にして逃亡した様じゃ」
「何て事を……」
 続くペドロの言葉に一同は思わず息を飲む。
「神官長はご無事なのですか?」
「行方が分からぬそうじゃ。ただ、ラグラスにしても大事な人質。そう簡単に命を奪う真似はしないじゃろう」
 神官長の地位にあるものを人質に取ったのだ。神殿や礎の里を敵に回し、本気で逃げ切れるとラグラスは思っているのだろうか……。フレアは動揺を隠せない。そんな彼女をアリシアはそっと包み込むように肩を抱く。
「あと、レイドが気になる事を書いてよこしておる。皇都の大神殿でベルクに会ったそうじゃ。神官長を差し置き、我が物顔で居座っておるそうじゃ」
「ベルクが?」
 アリシアとルイスは怪訝そうな表情を浮かべ、ベルクの事を知らないオリガとティムは首を傾げる。
「ワールウェイド公と懇意にしておるから、慶事に呼ばれたのじゃろう。エドワルド殿下がご帰還なさったものだから、随分と慌てておるかもしれんの」
 ベルクに対して思うところのあるペドロの口調は珍しく意地の悪いものだった。ルイスもアリシアも彼の慌てぶりを想像し、思わず口元を綻ばせた。

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久々に女性陣登場w
近況をと思って入れてみました。
ちなみにオリガが薬の調合を習っているのは、無茶して怪我ばかりしている恋人のルークの為。健気です。
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