掌中の珠のように

花影

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愛玩4

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「そこに座れ」
 義総が隣を指したので、沙耶は躊躇いながらもソファに腰かけた。アレクサンダーが側に来てひっくり返り、義総に服従のポーズをとる。義総がよしよしとお腹を撫でてやると、忠実な犬はようやく体を起こした。
「アレク、外へ」
 義総が扉を指すと、賢い犬は命令に従って戸口に向かう。義総がその後に続いて扉を開けてやると、アレクサンダーは主人の命令に従って寝室の外へ出て行った。おそらくはお気に入りのラグがあるリビングに向かったのだろう。
 義総はソファに戻って来て座ると、グラスを沙耶に差し出す。彼女は再び瓶を持ち上げるとブランデーを注いだ。
「沙耶、言っておかなければならない事がある」
 義総が真剣な表情で沙耶の顔を覗き込む。
「は…はい、何でしょうか?」
「今、確認できたのだが、昼間来たバンドゥルという男はサイラムの高官だった」
「え?」
「本名はガラム参謀長。20年前にクーデターを起こした将軍の部下の1人だ。今回バンドゥルとして入国しているが、該当する人物はどの国を探してもいない」
 昼間来た、脂ぎった小ずるそうな顔の男を思い出し、沙耶は身震いをする。あんな男が母親と結婚だなんて信じたくなかった。
「あの……本当にあの人は母と……」
「口ではいくらでも好きな事が言えるな。おそらく君の母親は承諾していないだろう」
 義総の答えに沙耶は胸を撫で下ろす。
「安心するのはまだ早い。まだ表に出てこないが、おそらく彼らに協力している人物は様々な薬物を扱う。薬の使い方一つで意のままに操る事も可能だろう」
「そんな……」
「これだけ強引な手段を用いてまで君達を攫ったからには、彼等はすぐにでも日本を離れるつもりでいたはずだ。だが、お前に逃げられた上に保護したのは私だ。記憶が混濁しているという情報を信じるだけでなく、実行犯を伴ってまでガラムが自ら乗り込んできたのは、予定が狂って相当焦っている証拠だろう」
「……」
「ガラムの車を尾行させたが、残念ながら途中でまかれた。いつも情報提供している友人に偵察衛星を使わせろと迫ったが、上の裁可が必要だと言って断られた。全く……あてにならない奴だ」
 義総は吐き捨てるように言うと、グラスの中身を一気にあおる。
「昼間の面会の時には君の記憶が混濁したままで、私は何も知らないふりをしていたが、私が事情を心得た上で君に手助けをしていると分かれば、今度は強引な方法を使ってでもお前を奪いに来るだろう。
 移動中の警護も考え直す必要もあるし、向こうの準備ももう少しかかりそうだと綾乃が報告してきた。
もう数日はここに留まる事になる」
 何でこんな事になってしまったのだろう。沙耶はこの別荘に来てから何度となく繰り返してきた自問自答をしてみたが、結局答えが見つからない。
「どうして……」
「ん?」
「どうしてあの方達は……」
 言葉が見付からずに口籠る。母はお守りが彼らの狙いだと言っていたが、とてもそうとは思えなくなってきた。
「父親の事は何か聞いているか?」
「私の……ですか?」
「ああ」
 急に義総に問われて答えに困ったが、彼がグラスを差し出すので、沙耶はあわててブランデーを注ぐ。
「実は……父の事は他界しているとしか聞いていません」
「何も?」
「はい。昔、悲しい事があったと……私が18になった時にきちんと話すと母は言っていました」
 今年の7月で沙耶は18になる。本当にあと少しだったのだ。
「そうか……」
 何か思う事があるのだろうか、義総はゆっくりとグラスを傾けて黙り込んでしまう。義総に休んでもらう為にも沙耶はそろそろ自分の部屋に戻った方がいいのではないかと思い、落ち着きなく座り直す。
 だが、義総は逞しい腕を沙耶の腰に回し、グイッと引き寄せる。
「もしかしたら……」
「もしかしたら?」
 珍しい事に義総が何かを言いかけて口籠る。沙耶は彼の腕の中で、端正な顔を不思議そうに見上げる。
「憶測に過ぎないが、お前はもしかしたら高貴な血を引いているのかもしれないな」
「え?」
 高貴な血ってどういう事だろう……沙耶は訳が分からずに首をかしげる。
「ああいった曰く有り気なメダルは庶民が持つような物では無いだろう?」
「それは……そうですけど……」
 今一つピンとこない。だったらあんな切り詰めた生活をしていないだろう。
「サイラムでクーデターが起こったのはお前が生まれる3ヶ月前の事だ。父親はそれで命を落としたのかもしれないな」
「……」
 沙耶は予想もしていなかった言葉に動きが止まる。義総は更にグイッと彼女を引き寄せ、その顔を覗き込んでくる。
「君は少しエキゾチックな顔立ちをしている。そこがまた、そそられる」
 義総は頬に手を添えて唇を重ねてくる。軽く吸われて一旦離れたが、もう一度より強く吸われる。
「ん……んん……」
 唇を重ねたまま沙耶はソファに押し倒される。義総に執拗に唇を求められ、僅かに開いた隙間から彼の舌が口の中に入ってくると、さっきまで彼が飲んでいたブランデーの香りが口の中に広がってくる。
 たまらずに逃れようとするのだが、がっちりと抑え込まれてしまい、やがて歯列をなぞっていた舌が彼女の舌を捕えて絡めてくる。
「んっ……」
 ひとしきり舌を絡めてようやく義総は唇を話した。沙耶は濃厚な口付けから解放されてほっとするが、耳朶を軽く吸われて甘噛みされ、全身が粟立つ。
 顔を押さえていた義総の手はサワサワと首筋を撫でてから肩に下り、部屋着の上から未熟な乳房を指でたどるとやんわりと揉み始める。
「今度こそ誰にも邪魔させない」
 義総に欲情した目で見つめられ、沙耶は緊張で体が強張った。
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