掌中の珠のように

花影

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策謀1

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流血を伴う残酷なシーンがあります。苦手な方はご遠慮ください。


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「ふう……」
 沙耶はもう一度、両親の絵姿とお守りを取り出す。随分と擦り切れていた以前のお守りの袋は、サラの話では母親が王宮を脱出する時に身に付けていた衣装で作ったらしい。洗濯し、ほつれた部分も直され、お守りとは別に受け取ったのだが、今日は中身の方が大事だと思い込んでいたので、部屋の小物入れの中に置いて来ていた。
 沙耶はお守りを手にしたまま、ぼんやりとガーデンライトが照らす庭を眺めていた。義総にどう答えようかと考えていたのだが、ふと、庭の奥に人の姿……長い黒髪の女性の後ろ姿が目に映る。
「……お母さん?」
 背格好が母親と良く似ている。あんな別れ方をしてから既に1月以上経っている。母への思慕が湧き起り、沙耶は義総の注意を忘れ、ベンチから立ち上がるとフラフラと庭園に続く階段を下りていた。
「お母さん」
 沙耶は背中を向けている女性を目指して駆け出していた。
「どこ?」
 日は既に沈み、暗くなった庭をガーデンライトの明かりを頼りに進むが、少し入り組んだ植込みを抜けたところでその姿を見失ってしまった。暗い庭のただ中で、お守りを握りしめたまま沙耶は立ち竦む。
「姫様?」
 聞き覚えがある声に振り向くと、そこにサラが立っていた。セランの姿は無く、彼女は1人だった。
「サラさん……」
「如何されましたか?」
「お母さんがいた気がして……」
「沙織様が?」
 サラは驚いたように聞き返す。
「私は見ておりませんが?」
「そう……気のせい…だったのかな?」
 沙耶はがっかりして俯く。
「姫様は大倉様とお付き合いなさっているのですか?」
 サラの質問に沙耶は真っ赤になって首を振る。心臓が高鳴り、汗が噴き出してくる。
「そ……そんなんじゃ……」
 求婚されているものの、現段階では愛玩としていいように扱われている。沙耶は思わず否定していた。
「それなら安心致しました。姫様はサイラムの平和の為に将軍家へ嫁がれる身。確かに大倉様はご立派な方とお見受けしますが、あのような方に心を許されては困ります」
「ちょっと待って……どういう事?」
 政略結婚が既に決まっているようなサラの言葉に沙耶は慌てて尋ねる。確かに義総もそれらしいことを言っていたが、2人からは具体的な話を聞いたわけではなさそうだった。自分の知らないうちにそんなところまで話が進んでいる事に沙耶は強い衝撃を受けた。
「王家と将軍家が融合すれば、サイラムに平和が訪れます」
 昼間のサラからは将軍に対して嫌悪感を抱いているのを感じられた。それなのにそんな事を言い出すなんて沙耶には信じられなかった。
「サラさん?」
「さあ、参りましょう」
 サラは沙耶の腕を引いて歩き出そうとしたが、急に胸を押さえて蹲る。
「サラさん、どうしたの?」
「く…すり……」
 沙耶がサラの顔を覗き込むと、彼女は脂汗を流している。何かの発作だろうかと沙耶は慌てて人を呼びに行こうとして足が止まる。
「嘘……」
 数人の男達がいつの間にか2人を囲んでいた。その中にあの田宮の姿ある。
「よくおびき出してくれた。礼を言うぞ」
「薬…を……」
 蹲っていたサラは顔を上げると、這うようにして田宮の側へ近寄る。
「これか?」
 田宮が何かの瓶を見せると、サラは立ち上がってそれを取ろうとする。昼間見た温厚そうな女性の姿はそこには無い。血走った目で瓶を凝視し、ひたすら田宮からそれを奪おうとする。その光景に沙耶はようやく自分が罠に嵌められた事を理解した。
「褒美だ。受け取れ」
 サラが瓶に気をとられている間に、田宮は素早く手を突き出した。手にはナイフが握られており、その刃は血で染まっている。サラは目を見開いたままその場に倒れた。
「!」
 沙耶は悲鳴を上げようとしたが、背後から布のようなもので口を塞がれる。何か薬品の臭いがしたと思うと同時に意識が遠のいていき、握りしめていたお守りが落ちる。
「ごめんなさい……」
 義総の顔がちらつき、沙耶は小さく謝った。



 ハワードと口喧嘩に近い通話を終え、義総が青柳に淹れてもらったコーヒーで一息ついていると、青ざめたセランが離れに飛び込んできた。
「サラが来ていませんか?」
「いや」
 義総はセランの取り乱しように驚きながらも冷静に応える。
「彼女からおかしな電話があったのですが、それ以降繋がらないのです」
「おかしな電話?」
 義総は青柳と顔を見合わせる。まだ完全に信用した相手ではないが、徒事ただごとではなさそうである。落ち着かせて話を聞こうと思ったが、妙な胸騒ぎを覚えた。
「沙耶を呼んでくる」
 応対を青柳に任せ、義総はテラスにいるはずの沙耶を呼びに行く。だが、そこに彼女の姿は無かった。
「沙耶?」
 テラスの床に彼女のバッグと両親の絵姿が落ちていた。彼女が大事な絵姿をこのまま放置する事はありえない。義総は一気に血の気が引く。
「沙耶!」
 声を張って呼んでみるが返事は無い。代わりに青柳とセランがテラスに現れる。
「如何されましたか?」
「沙耶がいない」
「まさか……」
 義総と青柳は不審そうにセランに視線を移すが、何を疑われているかを察した彼は慌てて首を振る。
「も……もし、仮に私が姫様を連れ去っているのでしたら、ここへわざわざ来ませんよ!」
 セランの返答は尤もである。義総はすぐに庭へ降り、青柳はホテルのスタッフに連絡をとる。セランも大事な姫君の一大事なので、義総の後に続いて庭へ降りてきた。
「おかしな電話の内容は?」
「……か細い声で謝罪していました」
 端的な質問に、冷静さを取り戻したセランは硬い表情で答える。こんな時に嘘は言わないだろうから信じてもいいだろう。
 万が一の事を考えて、テラスに続く窓とカーテンは開け放していた。あそこで沙耶を無理に連れ去ろうとすれば、義総も青柳もすぐに気付く。義総が厳命したので普通の状態ならば自ら庭に出る事は無いだろうが、何か……例えば母親に関する事に気をとられれば有り得ない事ではない。義総は己の迂闊うかつさに腹が立った。
「あれは……」
 すっかり日が落ち、暗くなった庭の植込みを迂回しながら歩いていると、蔓バラが咲き誇るアーチの下に何かが蹲っているのが見えた。義総とセランが急いで近寄ってみると、そこには血まみれのサラが倒れていた。
「サラ!」
「一体何が……」
「……ごめん……なさい」
 掠れる声で謝罪すると、ガクリと彼女の体から力が抜ける。義総が脈を確かめるが、彼はゆっくりと首を振る。
「サラ!」
 セランはその事実を信じる事が出来ず、サラの体を何度も揺する。義総は沸々と怒りが込み上げて来るが、とにかくこのままにはしておけない。人を呼ぼうと携帯を手にしたところで、ドン!という爆発音と共に近くで何かが爆発した。


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虜囚2で佐々本が薬漬けにして話を聞き出したと言っていたのはサラの事。

ちなみにセランとサラは、若いころは恋人同士として体の関係もあったが結婚していない。王家復興を第一に考え、同志としてお互いを認め合う仲でした。
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