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面会3
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「ふう……」
テラスのベンチに座り、暮れゆく庭園を眺めながら沙耶はため息をついた。あれほど荒れていた昼間の天気が嘘のように、今は夕焼けが景色を茜色に染めている。
セランとサラの話を聞き、本当に自分がサイラム王家の血を引く事を知ったが、沙耶はまだそれが信じられずにいた。
サラからもらった両親の絵姿を出して眺める。彼女の話では成婚を記念して作られ、飛ぶように売れた絵葉書らしい。絵姿だからかもしれないが、初めて見る父親の顔は想像していたよりもずっとハンサムだった。
「ここにいたのか」
声をかけられて振り向くと、疲れた表情の義総が立っていた。沙耶はベンチから慌てて立ち上がる。
「すみません、考え事をしておりました。お呼びになりましたか?」
「いや」
義総は空いているデッキチェアに座ると、沙耶にも座るように促す。
話し合いは昼食後も続けられたが、義総は突き付けられた現実に混乱していた彼女を気遣い、午後は席を外させたのだ。どうやら彼はセランとサラの2人をあまり信用していないらしい。
何が何でも沙耶を連れて行こうとする2人に義総は待ったをかけた。母親の安否も分からない上に英会話もままならない状態の沙耶を今すぐ海外に行かせるには問題がある。当のダーヴァッドがどこにいるか分からないが、言葉だけでなく風習も全く異なるのだ。更には真相を知ったばかりの彼女に王家の心構えなどあるはずもなく、そんな特殊な環境に置かれれば、すぐにストレスで体調に異変をきたしてもおかしくは無い。
詳しい内容までは明かさなかったが、沙耶と母親を助ける契約を交わしている事も伝え、今はこのまま大倉家で預かる事が沙耶の為でもあることを義総は2人に根気強く説いたのだ。
「とりあえず、ダーヴァッド殿下御自身に来て頂かないと話にならないな。あの2人には別棟の部屋を用意させたから、今夜はそちらに泊まって頂く。明日の朝も話はするが、無理に出なくていいぞ」
義総はデッキチェアの背もたれに寄りかかってネクタイを緩める。長時間に亘る交渉で随分疲れているのだろう。彼も思わず「ふぅ……」とため息をついていた。
「明日もですか?」
「ああ」
セランとサラは明日の昼頃の便で日本を離れる予定になっていた。午後の面会に沙耶が出なかったので、彼らは急遽、明日の朝も面会を求めたのだ。
「お前が望まない事は全て断る。何か気晴らしになるものを用意させるから、心配せずに待っていなさい」
「……なんだか、申し訳ないです」
「ご褒美は……そうだな。今夜、前払いでもらおうか」
意味深な言葉に沙耶は頬を赤らめる。今夜はこの特別室に一泊する。幸嗣に邪魔されず、2人っきり朝までで過ごせるのだ。彼が何を望んでいるか言われるまでも無い。
「それにしても、どいつもこいつも……」
義総の呟きに沙耶は首を傾げる。
「もしかしたら、お前を手駒にしようと考えているのかもしれない」
「私を?」
「王家の血を引く未婚でなおかつ年頃の娘で、ダーヴァッド自身にあまり面識はないからどんな相手でも心は痛まない。政略結婚の手駒にお前は申し分ない。はっきりと聞いたわけではないが、お前の意向も聞かずに連れ帰る手筈を整えているのを見ると、そう疑わずにはいられない」
義総の言葉に沙耶は俯く。折角、父親の事も身内がいる事も分かったのに、そんな事に利用されようとしていると思うと悲しくなってくる。
「お前さえ覚悟を決められるならば、今すぐ私と婚約していると伝えよう。そうすれば、そんな事に利用される心配は無くなる」
「すぐ……ですか?」
「ああ」
義総が真直ぐに沙耶を見つめている。確かに義総の事は好きだが、結婚となると覚悟が出来ず、彼女はたまらなくなって目を逸らす。
「本当に、お前は……」
義総は立ち上がって沙耶の側に来ると、彼女の顎に手を添える。
「義総様?」
「今まで身近にいた女ならば即答で答えただろう」
「すみません……」
「お前が悪いわけではない。だが、だからこそ惹かれる」
体を屈め、義総は沙耶に唇を重ねる。
「気持ちを落ち着けてからでいい。明日の朝までには覚悟を決めてくれ」
愛おしそうに沙耶の頬を撫でる。そこへ咳払いが聞こえて義総が振り向くと、青柳が気まずそうに立っている。
「どうした?」
「ハワード氏が連絡を頂きたいと仰せです」
「……早速か」
ハワードは義総がアメリカ留学していた頃からの友人で、今回、ダーヴァッドと接触するにあたり、仲介してくれた人物の1人だった。先方の要求を蹴ったので、彼の所へも何か言って来たのかもしれない。
友人の苦労を無下にするつもりは無かったのだが、今日来た2人では話にならないのは確かだ。とにかくその辺りを説明しておかなければならない。
「分かった。沙耶、もう暗くなるから部屋の中に入りなさい」
「もう少しここにいてはいけませんか?」
義総が手を差し出すが、沙耶は座ったまま彼を見上げる。
そろそろ日没の時刻で、辺りは夕闇に包まれようとしている。それでも彼女はもう少しここにいて気持ちを落ち着けたかった。
「……夕食の支度が整ったら呼びに来る。だが、外へは行かないように。分かったね?」
「はい」
沙耶が頷くと、義総はもう一度彼女に唇を重ね、青柳を従えて部屋の中に入っていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
頻繁に名前が出てきたハワードさん。
残念ながら話の中に出てくるのは名前だけで、当人は出てきません。
米軍のお偉いさんという設定です。
テラスのベンチに座り、暮れゆく庭園を眺めながら沙耶はため息をついた。あれほど荒れていた昼間の天気が嘘のように、今は夕焼けが景色を茜色に染めている。
セランとサラの話を聞き、本当に自分がサイラム王家の血を引く事を知ったが、沙耶はまだそれが信じられずにいた。
サラからもらった両親の絵姿を出して眺める。彼女の話では成婚を記念して作られ、飛ぶように売れた絵葉書らしい。絵姿だからかもしれないが、初めて見る父親の顔は想像していたよりもずっとハンサムだった。
「ここにいたのか」
声をかけられて振り向くと、疲れた表情の義総が立っていた。沙耶はベンチから慌てて立ち上がる。
「すみません、考え事をしておりました。お呼びになりましたか?」
「いや」
義総は空いているデッキチェアに座ると、沙耶にも座るように促す。
話し合いは昼食後も続けられたが、義総は突き付けられた現実に混乱していた彼女を気遣い、午後は席を外させたのだ。どうやら彼はセランとサラの2人をあまり信用していないらしい。
何が何でも沙耶を連れて行こうとする2人に義総は待ったをかけた。母親の安否も分からない上に英会話もままならない状態の沙耶を今すぐ海外に行かせるには問題がある。当のダーヴァッドがどこにいるか分からないが、言葉だけでなく風習も全く異なるのだ。更には真相を知ったばかりの彼女に王家の心構えなどあるはずもなく、そんな特殊な環境に置かれれば、すぐにストレスで体調に異変をきたしてもおかしくは無い。
詳しい内容までは明かさなかったが、沙耶と母親を助ける契約を交わしている事も伝え、今はこのまま大倉家で預かる事が沙耶の為でもあることを義総は2人に根気強く説いたのだ。
「とりあえず、ダーヴァッド殿下御自身に来て頂かないと話にならないな。あの2人には別棟の部屋を用意させたから、今夜はそちらに泊まって頂く。明日の朝も話はするが、無理に出なくていいぞ」
義総はデッキチェアの背もたれに寄りかかってネクタイを緩める。長時間に亘る交渉で随分疲れているのだろう。彼も思わず「ふぅ……」とため息をついていた。
「明日もですか?」
「ああ」
セランとサラは明日の昼頃の便で日本を離れる予定になっていた。午後の面会に沙耶が出なかったので、彼らは急遽、明日の朝も面会を求めたのだ。
「お前が望まない事は全て断る。何か気晴らしになるものを用意させるから、心配せずに待っていなさい」
「……なんだか、申し訳ないです」
「ご褒美は……そうだな。今夜、前払いでもらおうか」
意味深な言葉に沙耶は頬を赤らめる。今夜はこの特別室に一泊する。幸嗣に邪魔されず、2人っきり朝までで過ごせるのだ。彼が何を望んでいるか言われるまでも無い。
「それにしても、どいつもこいつも……」
義総の呟きに沙耶は首を傾げる。
「もしかしたら、お前を手駒にしようと考えているのかもしれない」
「私を?」
「王家の血を引く未婚でなおかつ年頃の娘で、ダーヴァッド自身にあまり面識はないからどんな相手でも心は痛まない。政略結婚の手駒にお前は申し分ない。はっきりと聞いたわけではないが、お前の意向も聞かずに連れ帰る手筈を整えているのを見ると、そう疑わずにはいられない」
義総の言葉に沙耶は俯く。折角、父親の事も身内がいる事も分かったのに、そんな事に利用されようとしていると思うと悲しくなってくる。
「お前さえ覚悟を決められるならば、今すぐ私と婚約していると伝えよう。そうすれば、そんな事に利用される心配は無くなる」
「すぐ……ですか?」
「ああ」
義総が真直ぐに沙耶を見つめている。確かに義総の事は好きだが、結婚となると覚悟が出来ず、彼女はたまらなくなって目を逸らす。
「本当に、お前は……」
義総は立ち上がって沙耶の側に来ると、彼女の顎に手を添える。
「義総様?」
「今まで身近にいた女ならば即答で答えただろう」
「すみません……」
「お前が悪いわけではない。だが、だからこそ惹かれる」
体を屈め、義総は沙耶に唇を重ねる。
「気持ちを落ち着けてからでいい。明日の朝までには覚悟を決めてくれ」
愛おしそうに沙耶の頬を撫でる。そこへ咳払いが聞こえて義総が振り向くと、青柳が気まずそうに立っている。
「どうした?」
「ハワード氏が連絡を頂きたいと仰せです」
「……早速か」
ハワードは義総がアメリカ留学していた頃からの友人で、今回、ダーヴァッドと接触するにあたり、仲介してくれた人物の1人だった。先方の要求を蹴ったので、彼の所へも何か言って来たのかもしれない。
友人の苦労を無下にするつもりは無かったのだが、今日来た2人では話にならないのは確かだ。とにかくその辺りを説明しておかなければならない。
「分かった。沙耶、もう暗くなるから部屋の中に入りなさい」
「もう少しここにいてはいけませんか?」
義総が手を差し出すが、沙耶は座ったまま彼を見上げる。
そろそろ日没の時刻で、辺りは夕闇に包まれようとしている。それでも彼女はもう少しここにいて気持ちを落ち着けたかった。
「……夕食の支度が整ったら呼びに来る。だが、外へは行かないように。分かったね?」
「はい」
沙耶が頷くと、義総はもう一度彼女に唇を重ね、青柳を従えて部屋の中に入っていった。
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頻繁に名前が出てきたハワードさん。
残念ながら話の中に出てくるのは名前だけで、当人は出てきません。
米軍のお偉いさんという設定です。
応援ありがとうございます!
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