掌中の珠のように

花影

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面会2

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 義総が先方との面会場所に選んだのは、彼が役員を勤めるグループ傘下のホテルだった。彼としては外出に伴うリスクを無くすためにも自宅へ招きたかったのだが、それは先方が難色を示したために傘下のホテルで話がまとまったのだ。人目を避けるために離れの特別室を手配し、予め了承を得ていたので直接車を乗りつけた。
 屋敷を出て1時間ほどで目的のホテルに着いた。車の中ではずっと義総に抱きしめられていたので沙耶もようやく落ち着きを取り戻した。まだ雷は鳴っていたが、義総に守られるようにしながら自分の足で建物の中に入る。
「身だしなみを整えてまいります」
 義総と懇意にしているという支配人から先方はまだ到着していないと聞いていたので、沙耶は義総に一言断わると化粧室に入る。抱き締められたりしたので、衣服もだが綾乃に丁寧に編み込まれた髪も少し乱れている。大きな鏡に映る自分の姿に失望する。まだ到着していないとはいえ、いつ来るかわからないので、手早く乱れた個所を直した。
「ふぅ……」
 気持ちを落ち着けるために一つ深呼吸する。真相を聞くのは怖いが、逃げてばかりはいられない。もう一度、鏡の前で身だしなみをチェックし、気持ちを引き締めて化粧室から出た。
「こっちにおいで」
 義総はリビングのソファに腰かけて、買ったばかりだというタブレットを弄りながら待っていた。沙耶の姿を見ると、自分の隣に座るように促す。彼女が腰掛けると、彼はそっと抱き寄せた。それだけで不思議と沙耶の不安は和らいだ。



 先方は予定より10分ほど遅れて到着した。青柳からその知らせを受け、2人は立ち上がって客を迎え入れた。しかし、沙耶は緊張してすぐには顔を上げられなかった。
『遅くなって申し訳ない』
 義総が入ってきた人物と英語で挨拶を交わしている。沙耶は勇気を出してそっと顔を上げてみると、40代と思しき男性と女性が立っていた。
 2人は沙耶の顔を見るなりハッとした表情となる。そして側に来ると、いきなり這いつくばるようにして跪いた。
「あ…あの……」
 沙耶だけでなく、義総も青柳も2人の態度に驚く。
「よくご無事で……姫様」
「本当に沙織様に生き写しで……」
 2人は感極まったように日本語で語りかけてくる。
「ど……どういう事ですか?母を…知っているのですか?」
 沙耶の言葉に2人はようやく顔を上げる。
「我々はジン殿下とその正妃、沙織様にお仕えしておりました。クーデターの折には沙織様と共に故国を脱出したのですが、姫様ご誕生の後、沙織様が日本に帰られる時に別れたのでございます」
「行方が分からず案じておりましたが、よく…ご無事で……」
 感極まったように女性は涙を流す。2人が母親の事を知っているのは理解できたが、自分が姫様と呼ばれている事には今一ピンとこない。
「とにかく座って、落ち着いて話をしませんか?」
 困った様子の沙耶を見かねて義総が2人に声をかける。
「そうですね、失礼いたしました」
 2人はようやくと言っていいほど義総と青柳の存在に気付いた。青柳は手早く人数分の飲み物を用意し、義総はまだどこか呆然としている沙耶をソファに座らせて自分もその隣に腰を下ろした。ようやく落ち着いて話が出来ると、義総も沙耶もほっとして飲み物に口をつけた。



 しかし、ほっとしたのも束の間、それから膠着状態が30分ほど続いた。
 男性はセラン、女性はサラと名乗ったのだが、姫様と同席するのは恐れ多いから自分達は立ったままでいいと言い、頑として用意された席に着こうとしない。沙耶としては、そのままでは落ち着いて話が出来ないから座って欲しいと言ったのだが、なかなか聞き入れてくれない。
「いきなり姫様と言われても、本当に何も知らないし自覚もないのです。あのお守りの事を教えて下さるのに、その…困ります」
 沙耶が本当に困った様に2人の説得を試みていたのだが、全くと言っていいほど効果が無い。義総は彼女の問題なのでしばらく成り行きを見守っていたのだが、時間ばかり費やすのも無駄に思い、ようやく助け舟を出した。
「彼女はサイラムの事どころか、父親の事も知らされないまま、階級とは無縁の日本で育ちました。いきなりそのようにかしこまられても困るだけのようです。彼女のご両親に仕えられておられたと言われましたが、同席を望む彼女の要望に応えるのも務めではないでしょうか?」
 義総の言葉に2人は驚いた様子だったが、どうやら納得したらしく、2人は少し会話を交わした後にようやくそれぞれに用意された席に着いた。
 青柳が冷めてしまったお茶を淹れ直し、一息ついたところでようやく本題に入った。
「お父上の事は何も伺っていないと仰せになりましたが、本当の事でございますか?」
 セランは信じられないと言った様子で沙耶に訊ねる。彼女は小さく頷いた。
「はい。18の誕生日を迎えたら、全てを話してくれると母は約束してくれていました」
「そうでございましたか……。サイラムは18歳で成人と認められます。確かに悲しい出来事が多くございましたので、沙織様も気持ちを整理する時間が必要だったのでございますね」
 サラが沈痛な面持ちで頷くと、セランは硬い表情で口を開く。
「沙織様はどちらに?」
「……」
「行方不明だ」
 今にも泣き出しそうな沙耶に代わり、義総が沙耶を助けた経緯をかいつまんで説明する。ガラムが現れた話を聞くと、2人は怒りを顕わにした。
「あの男が来たのですか?」
「沙織様を妻だなんて、恐れ多い事を!」
「セランさん、サラさん、お願いです。ご存知の事を全てお話し頂けないでしょうか? 母は彼らの狙いがこのお守りだと言いました。ですが、時間が経つにつれてそうとは思えなくなりました。父の事も、どうして私たちが狙われるのかもご存知ならば教えていただけないでしょうか?」
 沙耶はお守りの袋を手に2人を真直ぐ見つめる。彼等は頷きあうと、18年前の出来事を語り始めた。
「我々はサイラム王国で、当時の国王の甥で近衛隊長を勤めておられたジン・ラヴィン・サイラム殿下にお仕えしておりました。
 クーデターが起こる1年ほど前に殿下と沙織様はご成婚され、そのお2人の間に生まれたのが姫様…沙耶様でございます」
 サラはポケットから紙で包まれたものを大事そうに取り出して沙耶の前に置いた。擦り切れた紙を広げると、中には華やかな衣装を身に纏った若い男女の絵姿が入っていた。女性の方は間違いなく若いころの母親で、精悍な顔立ちの男の人は初めて見る。
「この人が……お父さん?」
「はい。ジン殿下はクーデターの折、陛下を始めとした王族方を逃がす為に最後まで王宮に残って近衛軍の指揮をとられました。姫様がお守りと仰せとなっておられる竜のメダルは、殿下が別れ際に沙織様に託されたものに間違いありません。
 私は沙織様を護衛する為に王宮を脱出しましたが、後に伝え聞いた話によると、殿下は敵の銃弾に倒れて…亡くなられたと……」
 セランは絞り出すような声で王宮脱出の顛末を語る。彼等は身重だった沙織を守りながらどうにか国境を抜け、他国に留学中だった第2王子の元に身を寄せたらしい。だが、先に脱出した国王夫妻と王太子はガラムの裏切りにより将軍に捕えられ、処刑されてしまった。
 沙耶は話を聞いていて涙が止まらなかった。
「沙耶様が1歳になられた頃、沙織様は姫様を連れて日本に帰国されました。私達も同行を申し出たのですが、沙織様は了承して下さいませんでした。結局、お2人だけで帰国され、その後は連絡も取れなくなってしまったのでございます。
「今回、第2王子のダーヴァッド殿下は、私達と同道するご予定でしたが、都合により来る事が出来ませんでした。ですが、沙織様と沙耶様に是非お会いしたいと仰せになられ、必ずお連れするようにと命ぜられております」
「私を?」
「各国の支援により、圧政に苦しむ民衆を開放する為の戦いがもう始まっています。正当な王家を復興した暁には、殿下は王家の血を引く姫君として、沙耶様を養女に迎えたいと仰せでございます」
 頭を深々と下げる2人に沙耶は返す言葉が無かった。
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