絶対、イヤ。絶対、ダメ。

高宮碧稀

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彼の片想い**

キスしたい。6

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ヘアサロン  CREO-クレオ-
アートディレクター
春日井 玲緒

「ヘアサロン……アートディレクター?」
名刺が本物かどうかはわからないけど、サロンの住所は駅のすぐそば。確かにそんな名前の美容院が並んでいた気がする。
店の宣材……つまりはカットモデルとして声をかけたという。
「髪いじらせてくれないかなーと思いました」
美夜ちゃんに視線を合わせてそう話す男に苛立つ。
カットモデルといっても、単に好みだったに決まってる。
踵を返して美夜ちゃんを半ば抱き寄せるようにして立たせる。
「いじらせません。興味ありません。失礼します」
名刺をしっかりと『置き忘れて』出口に向かおうとすると、あわててドリンクや荷物を取る美夜ちゃんの横から、若干呆れたような男の含み笑いが聞こえて勘に触る。

「よかったら二人でもいいから来てください。恋人そろってのモデルも大歓迎」
追ってそう言葉をかけられて、一瞬その魅惑的な提案に心が揺らいだ自分が恨めしい。
可愛くメイクしたり髪を整えたりした美夜ちゃんと、その隣に、恋人の距離で立つ自分の写真。
サークルのみんなにも、これから美夜ちゃんが出会う全ての男たちにも、もれなく見せびらかしたい一枚になりそうだ。
かといって、もちろんこの軽薄なナンパ美容師の誘いに乗るわけもないが。

店を出て、自分の砦へと歩を進める。
「……あの、坂本くん。……びっくりしちゃった。もうすぐ着くって、部屋にだと思ってたから」
わざとギリギリに連絡して、カフェに迎えに来たとは言わなかった。
「……わざわざ迎えに来なくていいのに」
そんなことを言う美夜ちゃんの手を、お仕置きとばかりに離さないでいる。
美夜ちゃんの片想いの相手。彼女狙いの後輩。気軽にナンパできる美容師。
考えるだけでムカムカする。
報われない自分の想い。ことごとく却下されて来たデートの誘い。外では一緒にお茶すら楽しめない自分。
思い返すだけでモヤモヤした。
不機嫌な僕を気遣って、あれこれ一生懸命に話す美夜ちゃんに返事すらできない。
これは八つ当たりだって自分でわかってる。
せめて苛立ちに任せて歩みが早くなりすぎないように、繋いだ手をキツくしすぎないように、時々振り向いて美夜ちゃんを見るのが精一杯だった。

「……先輩とかに捕まってた?無理して出て来なくても、もう少し待てたのに、よかったの?」
懸命に話す美夜ちゃんが、そう言った時、苛立ちは最高潮を迎えた。
こんなに会いたいのは、いつだって僕だけ。
立ち止まって、美夜ちゃんを見る。
「来るの、早すぎたってこと?あいつともっと話したかった?」
「ちが……」
否定の言葉を、本当はキスで遮りたい。
キス、したい。
何度も願って、何度も拒否された願い。
「美夜ちゃん、ああいうのがタイプなの?あいつに髪を触らせたかったの?」
左手で美夜ちゃんの髪に触れて、柔らかな絹糸みたいなそれを撫でる。
髪も、肌も、気持ちも、全部僕のものにしたい。

『キスは……好きな人としたいから』

美夜ちゃんはいつもそう言う。
どうして、その『好きな人』は僕じゃないんだろう。
キスするほど好きになれない僕と、何を思って体を繋げるんだろう。
なのになんで、他の男が僕のしたいことを軽くしてしまうんだろう。
美夜ちゃんに嫌われるのが怖くて、強く出れない自分に苛立って。つい責めるようなことを言ってしまう。
さっき、すぐに繋いだ手を離そうとしたことだって尾を引いてる。
ただ繋いだ手を、恋人みたいに指を絡めただけでは気がすまなかった。

そんなに、人に見られたくないの?
もしかして、みんなにじゃなくて、ただ好きな人に見られたくないの?
抱かれている間、僕を誰かと重ねているの?

初めて、美夜ちゃんは残酷だって思った。
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