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8話:僕と紫苑の日常、そして

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 翌日朝、教室内。

 紫苑はああ言ったものの、僕はまだやはり少し不安だった。あのホブゴブリンA、Bにどう絡まれるか。でも、どう来たところで、僕は対抗するつもりでいた。まだまだ陰キャ卒業は無理だけど……だからといって陽キャに引け目を感じる必要はないんだ。
 
 僕は陰キャ仲間と友人A、Bと喋りながらそんな風に決意を固めていると、教室の扉が開いた。

 ウルフカットが風でふわりと揺れ、教室に颯爽と現れたのは紫苑だった。教室近くのクラスメイトに笑顔で挨拶すると、彼女はまっすぐに――僕の方へと向かってきた。

「おはよう、一里。昨日はありがとう」
「おはよう、紫苑。弁当作ってきたし、昼にまた部室に行こうか」
「やった! 楽しみっ! じゃあ、後でね」

 紫苑は、後光が差しているんじゃないかと錯覚しそうなほどに眩しい笑顔を僕に向けると、そのまま自分の席へと戻っていく。

 僕は慌てて周囲の様子を確認するが、友人AとBが固まったままなこと以外は、何も変わらなかった。

 扉近くにいた女子達は相変わらず昨日のドラマの話で盛り上がっているし、窓側にいる男子グループは漫画の雑誌を開いてケラケラ笑っていた。

 世界は変わらない。

 紫苑がいつもの笑顔でギャルと挨拶を交わしている。その様子におかしなところはない。

「なんだ……なんだよ」

 僕は何をそんなに怯えていたのだろうか。なんだか途端に馬鹿らしくなった僕の肩がトントンと叩かれた。

「ん?」
「おい、石瀬……どういうことだ? なぜクラスどころ全学年でもトップクラス――裏掲示板内の美少女ランキングスレにきら星の如く現れ、一気にトップ5に上り詰めた、あの犬崎紫苑がなんでお前にまるで友達みたいに挨拶してるんだ!?」

 友人Aが唾を飛ばしながら珍しく大きな声でまくし立てる。というかなんだよその美少女ランキングスレって。

「しかも……弁当を作ったとか……なんとか」

 友人Bが、まるで幽霊でも見たかのような顔で僕を見つめる。

 そうそう、そういう反応を見たかったんだよ。

「まあ、色々あってね」
「ふざけんな。全部話せ」
「嫌だよ。お前絶対に掲示板とかに書き込むだろ」
「ぐぬぬ……確かに……」

 僕はそんな風に彼らと話しながら、紫苑の様子を窺う。

 見るといつの間にか登校してきていた、あのホブゴブリンA、Bが紫苑の横でへこへこしていた。

「あ、紫苑さん、これ、スタバの新作ラテっす」
「へ? あたしそんなの頼んでないけど」

 紫苑が首を傾げていた。

「あ、いやこれは俺らのセーイってやつで……ほら、昨日は、ね? ちょっとしたジョークだからさ……ね? あのデータは……」
「なになに? データって何の話?」

 ギャルが面白い物を見付けたとばかりに食い付いていた。それを見た紫苑がニヤリと笑う。まるで獲物を見付けた狼のような、そんな笑みだ。

 どうも、彼らについては紫苑に任せておけば問題なさそうだ。

「つーか、紫苑さ、なんであの陰キャ共に挨拶したの? さっき、わざわざあいつらの席まで行ったっしょ?」

 どうやら目敏く見ていたらしい。
 でも、僕は知っている。もう紫苑は誤魔化さない。僕も安心して聞いていられる――はずだった。

「大事な友達だから。何もおかしくないでしょ? それにあたし、石瀬君と同じ文芸部に――

 その言葉は、ハンマーの如く僕の頭を殴りつけたのだった。


☆☆☆
 

「あははっ! 一里の顔、傑作だった!」
「紫苑がいきなり入部するとか言うからだよ」

 昼休み。僕と紫苑は一緒に教室を出ると、部室棟を目指した。流石、美少女ランキングスレのトップ5だけあって、校内ではかなり視線を集めていた。そして同時、隣のアイツ誰だよという視線も受ける。

 だけど幸い、僕はそういう類いの視線は平気だったりする。なんせ異世界で旅をしていた時に、嫌というほど晒されていたからだ。

 なんであんな奴が勇者パーティに。
 なんであんな奴があんな魔獣を。

 そんな視線を浴び続けた結果、慣れた。ただそれだけだ。

「女子部員は稲荷川しかいないし、あとは全員陰キャだぞ?」
「気にしないよ、そういうのはもう。それに、あたしこう見えて結構読書家」
「そうなのか」
「うん。それに高二のこの時期から運動部は入りづらいし、なんかの文化部に入ろうとは思ってたからね」

 うちの高校は、基本的に生徒全員が何かしら部活に入るようにと校則で決まっていた。勿論、活動ほぼゼロの同好会とかもあるので、そういうのに入れば、実質帰宅部でも許されているのだが。

「しかし、部長びっくりするだろうなあ……」
「今日はいるのかな? 昨日は結局誰も来なかったもんね」
「どうだろう。稲荷川がいれば、大体いるんだけどね」

 部室に着く、扉は開いていた。

「おはようございまーす」

 僕がそう言いながら入ると、部室には稲荷川の姿はなく、文芸部の部長である三年生の三田みた先輩が一人いるだけだった。

 少しぽっちゃり気味の身体に黒髪短髪眼鏡の三田部長が僕を見て、残念そうな表情を浮かべた。

「なんだ石瀬君か」
「なんだはないでしょ。あ、そうだ、三田部長、実は――」

 僕が紫苑を紹介しようとすると、三田部長が手に持っていた焼きそばパンをポロリと落とした。

「ななななな、なんで桜誠おうせい高校美少女ランキングスレ2020のトップ5に颯爽と現れたあの美少女ギャル転校生の犬崎紫苑がここに!?」

 あんたも見てるのかよ、その掲示板。

「……えっと」

 流石の紫苑もどう反応したら良いか分からずに困っていた。いや、そんな目で僕を見られても困る。

「三田部長、彼女はうちの文芸部に入部希望ですよ」
「マジ?」
「マジです。石瀬君と同じクラスの犬崎紫苑です。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げた紫苑を見て、三田部長が慌てて壁際にある棚の中を物色しはじめた。

 僕と紫苑は、テーブルに移動しながらその様子を見守る。

「三田部長、入部届けは二段目の引き出しです」

 見かねた僕の言葉で三田部長が、ようやく見付けたくしゃくしゃの入部届けを紫苑へと渡した。

「ここここれに書いてください! 提出は僕がするのでっ!」
「あ、はい」

 紫苑が持っていた小さな万年筆で、サラサラと必要事項を記入していく。とても綺麗な字だ。んーやっぱり見た目と違う……。

 それを受け取った三田部長が感慨深げにその入部届けを見つめていた。

「ランキングトップ5のうちの二人がこの部活に……凄い……凄いぞ……あ、これ早速提出してくる!」

 そう言って、三田部長がダッシュで去っていった。あんなに機敏に動けるのかあの人。

「……良い人そうで安心した」
「良い人であることは間違いないよ。稲荷川には甘々だけどね」

 しかし、肝心の稲荷川がいないな。話を聞こうと思っていたのに。

「とりあえずお弁当食べて待ちますか」
「うん! お弁当楽しみだったんだあ」

 僕は鞄から、紫苑用のパステルカラーの弁当箱を取り出し、渡した。
 
 現れた紫苑の耳がピコピコ動いており、尻尾が扇風機のごとくブンブン回っている。分かりやすいなと思う反面、耳と尻尾がなくても、紫苑は十分に表情豊かだ。

「いただきます」

 そう言って、紫苑が僕が作ったお弁当に手を付けた。結構気合い入れて作ったので自信作だ。 

「んーやっぱり美味しい。一里、凄いなあ。今度料理教えてよ。あたしも作ってみたい」
「もちろん。そんなに難しいものはないよ」

 そうやって紫苑と喋りながらお弁当を食べていると、三田部長が帰ってきた。しかし怪訝そう表情を浮かべ、なぜか僕を見てくる。

「あれ、三田部長どうしたんですか」
「あ、いやな。咲妃さきちゃんのことなんだけど。千葉先生から、なんか今日も休んでるって話を聞いて」

 稲荷川は、名字で呼ばれるのがあまり好きではないとか何とかで、先輩達には下の名前である咲妃の方を呼ばせている。僕はあえて名字で呼んでいるが……そもそもまともに会話できないので名前を呼ぶこともなかった。

「あいつ休んでいるんですね」
「風邪かなあ? それは良いんだけど、千葉先生が、石瀬は放課後に職員室に来るように、って言ってて」

 千葉先生ってのはこの文芸部の顧問で、放任主義でやる気の欠片もない教師だ。まあ悪い人ではないんだけど。

「へ、僕ですか?」
「そうなんだよ。咲妃ちゃんのことでなんやらとか言っていたぞ」

 三田部長が、なんでお前に? みたいな表情を浮かべているが、それはこっちのセリフだ。

「……なんだろ」
「とりあえず、行くしかないんじゃない? 休んでるって……すこし心配かも」

 紫苑の言う通りだった。普段なら気にしないし、いない分、気楽なのだが……。

「分かりました。じゃあ放課後千葉先生のところに行ってみます」
「そうしてくれ。……で、犬崎さんは一体どういう風の吹き回しで文芸部に?」

 そこから三田部長の尋問はしばらく続いたのだった。
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