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2 再会

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「ありがとう、本当に助かったわ。今日帰る予定だとは連絡してあるけれど、乗合馬車だから迎えは頼んでなかったのよ」
「今日は館まで薬草を受け取りに行く日ですから、気にしないで下さい。でも、この時間に到着出来たのなら順調な道のりだったんですね」

 今は丁度昼を過ぎた時間だが、この街が終点となる乗合馬車の到着は時には夜の閉門間近になることや襲撃があれば予定日よりも何日もかかることもあり、あくまで目安でしかないのだ。

「そうなの。街道の状況を聞きながら乗り継いで来たけれど、最近では野盗も出ていないみたいで、治安の問題が無くて良かったわ。魔物の襲撃も一度も無かったし」
「それは何よりですね。まあ、秋になれば野盗は出て来るのでしょうが……」

 この国は一年を通して寒暖の差が少なく過ごしやすく、冬は国中で雪は降るものの豪雪地帯となるのは北部の一部の地域のみだが、冬は基本的に人の移動はしない。だからどうしても実りが不足して冬を越せないとなった農民が秋に野盗に身をやつす、ということが毎年起こるのだ。

 逆に初夏から夏がこの国の社交シーズンで王都にほとんどの貴族が集まり、学園はその期間が長期休暇となる。なので初夏の今、野盗が街道に全くでないのは去年はどこの領地でもそれなりに豊作だったということだ。

 因みにオーラッド子爵家は子爵家当主は祖父だが、社交は表向きには王都にいる父親が担っている、ということになっているので祖父母も母も王都へ行った記憶は一度もない。

 その分王都のタウンハウスの維持費や使用人の雇用費用としてそれなりの金額を父へ仕送りをしているのだが、その金額が領地の収入の税を抜いたほぼ三割に上るのは今だに納得がいっていない。その金額を王都へ仕送りする為に、どれだけ祖父母と母が苦労をしながら収益を上げているのか、あの自称義兄は想像もしていないだろう。

 恐らく、そんなことは考えもしていないのでしょうね。それでのうのうと王都で子爵家として暮らしているなんて……いいえ、今はとりあえずそんなことはいいわ。久しぶりの帰郷だもの。領地の様子をもっと見ておかないと。

 ふう、とため息を一つすると、気分を入れ替えて周囲の様子を観察する。
 荷馬車は街を出て、丘へと続く畑に囲まれた道を登っていた。道の両側に広がる畑の作物の発育状態をチェックする。

「今年は秋には街道への警備に割く費用をもう少しは捻出したいところだけど……。今のところ農地の方は順調そうね?」
「そうですね。種を蒔いた後に丁度雨が降りましたから、大分助かりましたよ。このまま魔物にやられずに乗り切れればいいんですがね」

 この地は一見緑豊かな草原が広がっているように見えるが、すぐ傍の魔の森からの影響なのか土地の保水量が少なく、雨が少ない年にはいくら水を撒いても人力ではすぐに収穫量に差が出てしまう。なんとか野盗になる農民を出さずにやりくりすることが出来てはいるが、貯蓄するだけの余裕がないのが現状だ。

 そして魔の森から魔物が出て来れば畑が荒らされたり、作物が食べられてしまったりする。だから領地の衰退に直結する魔の森の見回りと魔物の管理が領主の重要な仕事となっているのだ。

「そうね。明日は私も久しぶりに森へ行ってみるわ」

 なので学園の長期休暇に入った日に急いで領地へ戻って来たのは、少しでも魔の森に入る母の手伝いをしたいからなのだ。それを思うと往復二十日もかかるの距離がとてももどかしい。

「どうか気を付けて下さいね。……今年からお嬢が学園へ行ってしまったので、ソフィア様が森の奥へ行く頻度を増やしてくれているようで大型は見かけませんが、小型の魔物はどうやら浅い場所で増えているようですよ」
「……そう。じゃあ、今夜から早速ララックに頼んで森の様子を探って貰うわね」

 私は小さな頃から魔の森に入って見回り、薬草の採取をする母のソフィアに森の入り口付近までは同行しているので、十歳の頃に森で出会って初めて従魔の契約を結んだのがララックだ。


 魔の森には魔物と魔獣、それにほんの少しの普通の動物が生息しているが、人と主従契約を交わせるのは魔獣のみだ。
 魔物と魔獣はどちらも魔力を持ち、魔法を使う種族だが、魔物は目が赤く本能のみで動き、生物を無作為に殺す。それは人は勿論、同じ魔物同士でも同族同士でもだ。

 魔獣は無為に人を襲うことはほぼなく、よほど飢えない限り人の住む村や街を襲撃することもない。ほとんどがどちらかというと知性があり、人を見ると避ける傾向がある。

 そして魔獣の中には人と友好的な種族や相性のいい人に向こうから近づいて来る個体もおり、そういう個体とお互いの魔力を結びつける契約を交わすと意思の疎通が可能となり、従魔として自分の使い魔とすることができるのだ。

 貴族は領地の防衛を義務としており、その戦力となる従魔を持つのも血筋から魔力を持つ者として義務であるので、学園には従魔についての授業もあり、魔獣がほとんど出ない領地の出身者は学園の斡旋で従魔と契約を結ぶのだ。

 ララックは魔獣としてはかなり小型の鼠系の魔獣だが小さいからどこへでも入り込めるので、偵察に最適の従魔なのだ。
 学園へも連れていっており、基本的に夜行型なので今は荷物の中で寝ていた。

 他にも私が契約した従魔には騎獣型のミリーや猫型のユランがいるが、大型なので少しでも母の手助けにと母に預けて森の見守りや魔物の討伐を頼んでおいたから、会うのが今から楽しみだ。


「今夜からですか!長旅で疲れたでしょうから、今日明日くらいはゆっくりして下さいよ」
「いいえ、そうも言ってられないわ。家に居られる時くらい、母を休ませてあげないと」
「……本当にねぇ。ソフィア様には、うちら領民は頭が上がりませんよ。お、見えて来ましたよ。ホラお嬢、お迎えですよ」

 丘を大分登り、館の門が見えてきたところで門の前に執事のバスティと私の従魔のミリーとユランが並んでいるのが視界に入った瞬間、カバンから寝ていた筈のララックが抜け出して荷馬車から飛び降りると一目散に走って行ってしまった。

「あっ、ララック!もう!久々に会えるからうれしいのは分かるけど、先に行くなんてずるいわね」

 ララックの小さな姿はここからでは見えないが、ミリーとユランが動き出したから再会の挨拶をしているのだろう。
 その様子を見ながら残りの坂を上ると、門の前で荷馬車が止まった。

「じゃあ、私はいつも通りに裏に回りますので」
「ありがとう、ヤーシュさん。私も明日から薬草を採取するから、明後日は期待していてね」

 裏口へと回るヤーシュさんへ手を振ると、バスティの前へ進む。


「おかえりなさいませ、サーリアお嬢様」
「ただいま、バスティ。どう?お母さまやお爺様たちはお変わりない?」
「……サーリアお嬢様がいないので、ソフィア様は少しご無理をされておいでです。お嬢様がお着きになったことをお知らせしましたから、着替えている間にお戻りになられると思いますよ」
「……そう。まかせて、バスティ。明日からは私が頑張るから!」

 バスティまで「無理をしている」というならば、私が学園へ入学してから母は一人でかなり無理をしているのだろう。これは気合を入れて明日から頑張らないと。

 そう思っていると、腰と横にもふっとした感触が触れて来た。

「ふふふ。ミリーとユランもただいま!離れている間、いい子にしてた?」

 上から伸ばされた馬のような巨体のミリーの鼻筋を撫で、腰にすり寄って足に尻尾を絡めてきたユランの頭を撫でる。

 ううう、もふもふ……。ララックももふもふなんだけど、両手で包める程の大きさだから、どうしてももふもふ感が足りないのよね。ああ、やっぱり大きいともふもふの感触がいいわね。

 ひとしきり撫でるとミリーとユランに順番に抱き着き、存分にもふもふな毛並みを堪能してからミリーとユランと別れて門をくぐる。
 因みにララックはキーキー鳴いて抗議していたが、申し訳ないけれど、大きなもふもふの魅力の前には効力が無かった。

 見回りの仕事を頼む前に、ご機嫌をとっておかないとまずいわね。チーズを用意しておいて貰わないと。

 館に勤める数少ない使用人達の挨拶を受けながら久しぶりの自室へと戻り、簡素なワンピースへと着替え、ララック用のチーズを頼みに食堂へ向かう為階段を降りていると。

「サーリア。おかえりなさい。無事に戻ったようで何よりだわ」
「お母さま!只今戻りました。道中は何事も無く戻ることができました」

 丁度玄関ホールに差し掛かった時、外から戻って来た母とばったりと行き会った。
 以前よりもやつれ、顔色も悪く疲れが見ただけで伺えたが、それでも私に微笑んでくれた母に近寄り、そっと抱き着く。
 そのぬくもりに、王都へと着いてからのことが走馬燈のように呼び起こされる。

「お母さま、あの……」
「せっかく久しぶりなのに、そんなに暗い顔をしないで。居間でお茶をしながらゆっくり話しましょう。私も着替えて来るわ」
「はい。では、調理室へ寄ってから居間でお待ちしています」

 母の、私の口が重い理由など全て承知していると感じさせる暖かな微笑みを見て、ふう、とため息がこぼれた。
 そうして自室へ一度向かう母を見送った後は、目的の調理室へと向かったのだった。





***
もふもふ~登場!です!!外見の詳細などはもうちょっとお待ち下さい。どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
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