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3 それぞれの想い

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「おかえりなさいませ、お嬢様!王都で何か変わった物は見つけましたか?」

 食堂の奥、調理室に入ると待ち構えていたかのように、料理長のロッシュが満面の笑みで出迎えてくれた。
 まあ、貧乏子爵家なので料理人は一人だけだから料理長も何もないのだが。

 ……子供の頃から森で見つけたハーブを調理室に持ち込んでは色々と味付けに試して貰ったりしていたのは、思い出していなくても前世が日本人だった影響だったりして?

 この世界では出回っている調味料は塩のみで、塩も国内で採れるが魔物や野盗が出る中運ぶのでコストが高く安価ではない為、唯一の塩味さえも薄いのだ。

 それでも私は何故か物心ついた頃から薄い塩味ばかりのスープや肉に味気ないと思い、母と森へ行く時に薬草を探しつつ様々な野草の匂いを嗅いで、料理に使えそうなハーブを採取しては屋敷の裏の畑に植えていた。
 そのハーブはロッシュと色々試行錯誤して、結局乾燥させた物を砕いて塩に混ぜ込んでハーブ塩を作ったのだ。

 一応この世界にも砂糖や胡椒、香辛料はあったが、高価な輸入品なので王都にしか流通はなく、当然貧乏子爵家にはある筈もない。

 うう……。いつか美味しいお菓子が食べたいものね。とりあえず明日から魔の森でもっと植物を探索してみなくちゃね。

 作ったハーブ塩で味付けした料理は家族にも喜ばれたし、今ではヤーシュさんにもハーブを卸してハーブ塩を作って販売していて塩だけより安価なので人気が出ている。
 今思えば無意識に『ハーブ塩だけでもあれば少しは違くなるのに』と思いロッシュを巻き込んで作っていたのだろう。

 それで領内の宿屋とかで出す料理が評判が良くて少しだけ訪れる冒険者が増えたし、せっかく前世の記憶を思い出したのだから、料理チートは無理でも少しでも美味しい物を食べたいし頑張って新しい調味料を考えてみよう。


「王都は確かに色々な食材があったけど、高くて買って来れなかったわよ。ただ、新しい野菜の種と苗は買って来たわ」

 王都を出る前に乗合馬車を待つ間に園芸店に寄り、水はけが悪い土地や荒れ地でも育つ野菜を探した結果、赤い実がなるが生では青臭くて食べられないが観賞用にと売っていたトマトらしき種と、様々な芋の苗を買って来た。

 確かトマトとジャガイモは荒地でも育つ、ってテレビで見た気がしたのよね。うまくこの領地で収穫できるようになれば麦がダメでも芋を主食にできるし、トマトはトマトソースを作れるかもしれないし。食料を少しずつでも貯蓄に回せるようになったらいいんだけどね……。

 野菜や果物などは基本的に甘さは少なく青臭さはあるが、前世と味はそれ程変わらない。ただハーブ類は食べ物としてではなく薬草として薬の材料としては使われていたように、食べられると知られていない食物はまだまだありそうだ。

 魔の森は魔物が多く危険な森だが、植生は豊かで様々な薬草や野草が生えているのでその点はありがたいと思ってしまった。


「ほほう、新しい野菜ですかっ!それは楽しみですね!きちんと根付いて収穫できればいいんですが……」
「まあ、芋類が多いから、それ程難しくないとは思うけど。とりあえず家の畑に植えてみて実験ね」

 我が家は貧乏なので家の裏の畑で庭師が屋敷で食べる分を栽培している。今回手に入れた苗と種の量はそれ程でもないから、収穫してもほぼ全て来年の為の種に回すことになるだろう。

 あ、でもトマトは確か脇芽でも刺せば増えるんだったっけ?増えるかどうか試してみよう。

「それでララック用のチーズが少しでいいから欲しいのだけど、あるかしら?」
「はい。昨日オーラから届いたのがありますよ。今お出ししますね」

 ここ、オマドの街はあまりにも森に近い為に畜産には向かなず、森から遠い村で領内の全ての畜産を担っているが、量が作れないチーズは貴重だ。
 その貴重なチーズの端を少しだけ切って貰っていると、拗ねてミリーの飼育小屋に行った筈のララックが足元で見上げていた。

「ララック、目ざといわね。今あげてもいいけど、そうしたら今から働くのよ?森へ偵察に行って、魔物の動向を探って欲しいのだけど。出来たら小さい魔物の巣の場所もね」

 そう言うと、そっと目を逸らす芸達者なララックの姿に、チョンっと触ってつっこんでそのまま撫でまわした。
 そのままララックを肩に乗せてロッシュと別れて居間へと向かうと、丁度母も歩いて来た処だった。


「改めて、お母様、只今もどりました」
「ふふふ。お帰りなさい。元気そうで良かったわ。学園はどう?」
「そうですね。領地の収支の見方など、他の領地の資料も見ることが出来て勉強になります。あと、光と聖の魔法も教わることが出来ましたので、以前よりもお役に立てると思います」

 この世界には魔法もある。ただ、魔法と言われて想像するような、大掛かりな攻撃魔法など、規模の大きな魔法はこの世界には存在しない。
 正確に言えば大昔の史実には存在していたようだが、現代ではそこまでの魔力量を持っている人はいないのだ。

 宮廷魔術師でも、つけた火種を魔法の風を使って火種を広げることは出来るが、魔法で直接広範囲に火を放つことはできない。
 でも魔法の適性があれば火を起こしたり飲み水を出したり、ちょっとした怪我を治療したりは出来るので、生活するにはそれなりに便利だ。これがこの世界の魔法だ。

「そう。この領地には聖魔法に適性のある人はいなかったから、サーリスが使えるようになったのなら助かるわ」
「まだ簡単な治療しかできませんが、明日森から戻ったら治療院へ顔を出してみます」

 私の適性は風、水、そして光と聖だ。適性がなくてもちょっとした魔法は使えるが、適性があれば強力な魔法が使うことが出来る。
 風と水の適性を持つ人は多いが、光は少なく、更に聖を持つ人は少ない。

 まあ、少ないといっても別に国で一人とか二人という訳ではないけどね。大きな街に行けば何人かは適性を持つ人はいるし。オーラッド子爵領は小さいからたまたま一人も居なくて、今まで教わることが出来なかったのよね。

 そう、私がヒロインだと叫んでいたアリアも、聖の適性を持っていて私は凄いのよ!と教室でえばっていたが、その聖の適性を持つ教室には十五人も生徒はいたし、その中に実は私も居た。

 あのヒロインは聖の適性は確かにその中でも高いみたいだが、別にこの国は聖魔法を重視している訳ではないし、世界を創ったとされる神を祀る創世教はあるが政治には不干渉と定められているし、魔物を倒す遠征とかもないので聖女も存在しない。

『虹の薔薇を君に』という乙女ゲームを私は全く知らないから、ヒロインがどういう立ち位置かも、どういう世界設定なのかも知らないが、こうしてゲームには関係ないモブの私だって生きているんだし、ゲームと同じ世界観のままの世界の訳ではないと思うのだ。

 まあ、乙女ゲームはやったことないけど、ここが現実である以上、どうやったって物語のようにはならないわよね。


「それは助かるわ。薬草で薬は作れるけど、病気も魔法で治せれば子供や年寄りは助かるもの。サーリア、お願いね」
「はい。あ、それで現在の森の様子をお聞きしたいのです。ララックに夜にでも偵察に行って貰おうと思っているのですが」

 光魔法は怪我などの治療でき、聖魔法は病気などの治療できるがどちらも治せるのは軽度の症状のみだ。
 小説や漫画などで良く見る、魔法を掛ければその場で傷が即座に治る、ということはなく、回復力を魔力を注いで高めると言った方が近いだろう。
 それでも魔力量の関係で一日に治療できる人数は、幼い頃から魔の森で魔物を討伐していた私でもそれ程多くない。

「まあ、それは助かるけど戻って来たばかりなのだから無理はしなくていいのよ。……今の森の様子は、ヤーシュから聞いたかもしれないけど、浅い場所に小さな魔物は増えたわ。まだ奥から大型の魔物が出て来てはいないけど、急がないとまずいかもしれないわね。ミリーもユランも頑張って駆除してくれているのだけど、森は広いからさすがに手が回らなかったわ」

 やっぱり私が抜けたので、毎日見回るのが母一人で手が回らないのは当然だ。
 魔の森には何らかの法則があり、魔物を討伐してもすぐに増える。でもある程度討伐して数を減らさないと、食べ物がなくなって街の方へ溢れて来るのだ。
 そして森の外で人が住まないとどんどん魔の森は広がって行ってしまう。

 冒険者を誘致したいけれど、すぐ隣は辺境伯領の方が街も大きいし買い取りもいいものね。それに確かにここら辺は少し奥に入らないと、大型の魔物はいないし……。

 オマドの街に来る冒険者は少ないが、冒険者ギルドも一応小さいながらあるので、冒険者がいない訳ではないのが救いだ。

 ……なんで魔物を狩る依頼を受ける人を冒険者って言うんだろう、って子供の頃疑問に思ったものだったけど、ここが乙女ゲームの世界なのだとしたら、何か繋がりがあるのかもしれないわね。

「分かったわ。そこら辺もララックに偵察して貰うわ。それに明日は私がミリーとユランと森へ行くから、お母様は少し休んでいて」
「そうもいかないわよ。でも、ありがとう。じゃあ、私は明日は浅い場所で薬草を集めたら午後からは調合をするわね。実は最近は調合する時間もなかなかとれなくて、薬が不足してきていたの」

 母は元々薬の調合を小さな頃から習っていたそうで、実は薬屋のヤーシュさんよりも上位の薬を調合することができる。そしてこの領では、上位の薬を調合できるのは母だけなのだ。
 私も幼い頃から習ってはいるし、学園で調合の授業も受けてはいるのだが、まだまだ母の技量には及ばない。

「……お母さま、くれぐれも無理しすぎないでね。お母さままで倒れたら、私……」

 祖父が引退したのは歳のせいもあるが、無理をしすぎて倒れた後遺症が一番の理由だった。私が物心ついてから、ずっと祖父と母が頑張っている背中だけしか見たことがない。

「……ごめんね、サーリア。王都の屋敷に行って、やな想いをしたでしょう?サーリアのお父様が戻って来ないのは、私のせいなのよ。そのせいでサーリアには寂しい想いばかりか負担もかけてしまっているわよね。サーリアも学園へ行く歳になったもの。もう事情を知ってもいい頃よね。ねえ、サーリスはお父様のこと、聞きたいかしら?」



 


***
明日は更新は夜になります。どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
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