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第12話 家族への憧れ-2

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「マリーシャ、ハインリヒの殿下に魔術が使えなくなったと言ったというのは本当なのか」

 その晩、久しぶりの家族が揃った晩餐で、怒りを隠しもせずに父が問いかけてきた。私はうなだれたまま、じっと手の付けられていない食事を見た。

 想像していたものの、実際に聞く父からの失望の言葉は苦しかった。

 私が黙っていることでさらに怒りをかってしまったのか、父はその感情のままに私に向かってグラスを投げつけた。
 投げつけられたグラスは私の頭に当たった。

 頭からワインがかかり、顔を伝っている。
 冷えたワインが父からの失望を伝えているようで、胸が痛い。

「この役立たずが!」

「……申し訳ありません」

 零れたワインで私の食事もドレスもめちゃめちゃだったが、私には反論できるはずもない事はよくわかっていた。

「魔術が使えないというのは本当なのか」

「……本当です」

「お前が婚約者になってから、どれだけ時間と金をかけたと思っているんだ。お前にはがっかりだ」

 冷たい目で、父が私の事を射抜く。

 ……前世の記憶がなかったら、私のすべてだった家族に否定され今頃倒れていただろう。前世の記憶は、少しだけ私と家族に距離を置いてくれた。
 少しだけその事実に助けられる。

 それでも、見限られたという気持ちは私の中に深く沈みこむ。

「申し訳ありません」

 私はただ同じ言葉を繰り返すことしかできない。

 私が今は魔術が使えないという事実はかわらないのだから。
 それが、私が決めた事だとしても。

 父から蔑むような目で見られた私は、本当は魔術が使えると言って縋りたくなるのを抑えるのに必死だった。

「何故私に相談してから殿下に言わないんだ。その位の頭もないのか」

 父は心底不快そうに吐き捨てる。

「マリーシャにはもともと荷が重かったのでは? 私が苦労して手配した魔術師団長に直々に魔術を教えて頂いた結果がこれですから」

 兄がその様子を見て冷たく言い放った。隣に居るカノリアも、残念そうに頬に手を当てた。

「お義姉さまは仕方ないですわ。そもそも魔力が多いだけで魔術は下手でしたし、妃には向いていなかったのです。ハインリヒ殿下だって、可哀想でしたわ」

「その拙い魔術でさえ使えないなんて信じられない。我が家から魔術も使えないものが出るだなんて、恥ずかしいわ。婚約者にしたって、カノリアは魔術が得意だから、魔力で多少劣ったところで関係がなかったのに」

「もう、お母様。でもそうなんですよね。私は魔術はハインリヒ殿下にもお褒め頂くし、魔力で劣っているといってもほんのちょっとだったのに」

 義妹と義理母が微笑みながら頷く。

 誰も私に同情すらしていないのは明らかだった。
 むしろいい気味だと思っているように、くすくすと笑っている。

 カノリアは確かに魔術に長けている。魔力の量の差はほんのちょっとの差ではないものの、一流の魔術師になれる素質はある。実際宮廷魔術師の試験にも合格したばかりだ。

 父はそんな二人を見て、微笑んだ。

「大丈夫だよ。カノリアの努力が実るように、尽力してきたから。今日からハインリヒ殿下の婚約者はカノリアだ。婚約者候補じゃなく、ね」

 私はその言葉に、目の前が真っ暗になる。

 わかっていた。
 こうなるとちゃんと知っていたのに、現実になった事実に私は苦しくなった。
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