六音一揮

うてな

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4章 奇想組曲

第56音 軽挙妄動

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【軽挙妄動】けいきょもうどう
軽はずみに何も考えずに行動する事。

================

アールによく似た青年は、道を歩く。

「やっと見つけたよ?どこ行っていたの?」

彼は誰かに話しかける。

「…貴男様を探していました。ここで…。」

と、黒髪のツインテールの女が言った。
青年は「きゃは~んっ!」と言うと笑う。

「入れ違いだね!仕方ない!
今からでも遅くないよ!片割れ君トコ行こうか!」

と女に言うのであった。
女は青年を見ながら言う。

「貴男が現れたら驚きませんか?」

「大丈夫大丈夫!僕は優しい顔してるから!」

「…不穏な笑みって皆さんから言われていますが。」

女が言うと、彼は黙り込んでしまう。

「…でも、時間がないから…。」

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

アールはトボトボ歩きながら、ボーッとしていた。
心臓の音がいつになく大きくてよく聞こえる。
児童園の近くの坂を下り、児童園近くまで来るとテノのピアノの伴奏が聞こえた。
作曲しているのだろうか。
耳に殆ど入らないが、その音が鳴る度に自分の愚かさを憎む心が増大する。

このままでは先日のようにレイに見せたように、落ち着きも何もなくなっておかしくなりそうだ。
このまま走って行けば気分は晴れるだろうか。
アールはとにかく思った事をしようと思った。

走り、森を駆けるアール。
真昼の日で半分溶けた雪の中は走りやすい。
何も考えないで暫く走る。

すると、湖の近くに出た。
そう言えばここは初めてルネアと出会った場所。
憎らしく思えてくる。手を握り締めた。
そう言えばあの時から、ルネアはラムの隣にいた。
湿った靴。靴下に染みる水。凍るように冷たい。
負を煽るようだ。

湖を覗いてみる。
自分を映し出しているのはいいが、奥が暗くて深そうだ。
下に沈んでみたいとふと思う。
どうせ生きていても何もない気がする。
大事なラムはあのままルネアに奪われそうで。
封印だって、ルネアにやってもらえばいい。
誰にも知らされず行方不明になりたい。

一歩踏み込もうとした時、誰かが自分の肩を掴んだ。
サッと湖に顔を見せるのは、自分にそっくりな男性。

「な~に?自殺しようとしてるの?
やめてよ。心臓に悪い事は。」

とその男性は言う。
そう、アールにそっくりな青年が。
アールはその手を振り払って後すざりする。

「お前は一体何者だ!」

「そんな事言わないでよ。
君を助けに来たの。僕。」

アールは眉を潜めた。

「質問の答えになっていないぞ。」

青年は笑う。何がそんなにおかしいのか。

「君、本当に真面目。
でも生真面目は…嘘。」

彼はニヤリと笑う。
その表情がアールの鼓動を高くする。

「苦しい。苦しい苦しい苦しいよね?
痛いよね?何でこんな思いするんだろうね?
全ては君の心に問うてみればわかる事。
魔物との契約。
これさえ無ければ君はこうならずに済んだのかな?」

アールは青年に恐怖を覚えた。
何か見透かされている。
レイ以上に見透かしていると言うか、何かを知っている。
青年はアールの耳元で囁く。

「僕が教えてあげる。…最善の策。」

アールは驚いて青年を押した。
青年は転びそうになったが立て直す。

「わーわー驚いた。…酷いよ片割れ君。」

【片割れ】。
その言葉に気分を害される。

「お…お前は本当に何なんだ。」

「のーのー!教えたくないの。
さあさあ、僕のところにおいでよ。」

彼が笑うと見える牙、不穏な笑み。
アールは嫌な予感がしたので、そのままダッシュで逃げ始める。
青年は驚いて言った。

「わー…逃げるの。あらら、僕何かやった?」

そう言うと、空から竜の暗紫色の翼を生やした
さっきの黒髪のツインテールの女が降りてくる。

「貴男は人を怖がらせるプロですね。」

女はそう言うと、アールの逃げた方向を見る。

「僕そんなつもりないもんね。」

そう言うと青年も赤みを帯びた竜の漆黒の翼を生やし、彼女と一緒にアールを追いかけ始めた。



アールは森を走る。
何が起こっているかはイマイチよくわからない。
とにかく、とんでもない奴なのだと思う。

「待ってぇ」

青年はアールの前に飛び出してくる。
アールは青年の背に生えた羽に驚いて方向転換する。

(あの翼…!まさかドラゴンっ!?)

すると、更に目の前に女が現れた。

「貴方を迎えに来たのですよ?」

アールは誰だと思いつつまた方向転換。
逃げつつも二人の会話が聞こえる。

「ええ?あの子はまずラム少女を封印する役目があるの。
星に連れ帰っちゃノンノン。」

「そうなのですか?」

「そうそう!変な魔物さんいてその人が悪。」

「ならば殺せばいいのです。」

「そうはいかないよー。」

「では私が…。」

二人の会話に耳を塞ぎたくなる。

(なぜラムの事、封印の事、女である事知っている…)

魔物、片割れ、何を並べても理解不能。
あの青年と自分は今初めて合い、知り合ったばかりのはず。
それとも、彼が一方的に見てきただけなのか。
それにしても、ラムの事を知っているのはおかしい。

鼓動が早くなって脈の打つ音がよく聞こえる。
コッコッコッと脈を感じるのは気持ちが悪い。
頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。
こればかりは読めない。
自分はこれからどうなるのだろうか。

女はアールの目の前に来た。
アールが再び方向を変えようとした時。

「…お許しください…。」

と呟き、アールに魔法をかけてきた。
アールはその魔法にかかる。
青年は「ナイス!」と言ってアールに近づいた。
頭がボーっとする。――



――暗いどこか。
青年は真っ暗闇の中を飛んでいる。

「いやー真っ黒お先真っ暗!」

と言いつつ飛ぶ。
目の前にアールがいる。

「お前、本当に何者だ。」

アールは言う。
硬い表情のアール。一切表情を緩めない。
青年は笑いながら言った。

「違う、これじゃいつもの片割れ君。」

と言って彼を貫くように飛ぶ。
そして更に奥、そこにもアールがいる。
少し緊迫した様子が顔に出ている。怯えているのだろうか。

「わからない…。お願い教えてくれ。
一体何なんだ。私は一体何者なんだ。」

それを聞いた青年は少し目を丸くした。

「うんとね。僕と一緒の竜だよ。失礼通るね。」

と言い、また貫くようにして飛んでいった。

また奥にはアールがいる。
青年を睨む目。憎悪に溢れかえった表情。
青年はそれを見ると笑顔になった。

「本性見っけ。」

青年はそう言った。
アールは青年に近づくと、胸ぐらを掴んだ。

「本当に何なんだお前達はっ!
どいつもこいつも私の邪魔ばかりをっ!
私のこの顔が見たいのか?それとも封じられた意識とやらでも開放したいのか!?」

アールのその言葉を聞くと、青年は笑顔で言う。

「別に崩れた顔もパパの開放も望んでいないよ。
君が君でいられる事を望んでいるんだ。
君の幸せだけを僕は望んでいる。
だから仲間の力を借りて、【心空移動魔法】を使って君の心に潜り込んできた。
別に君から何かを奪おうとも思っていないの。」

それを聞いたアールは手を離す。

(人の心に潜る魔法。
この魔法の特徴は、潜る側も潜られている側も本性をあらわにしてしまう。
それでもこの青年がそう言うという事は…。)

「…それで、何のためにここに。」

アールが言うと、青年は「きゃはっ」と笑う。

「別に深い理由はないよ。僕の真心を、君に直接届けたかった。
自分を大切にしてほしいんだ。
ここにいて、君の話を理解してくれる大事な友達。
新しくできたんじゃないの?素敵なお友達。」

アールはそう言われると、目を丸くした。
アールはふと、ルネアを思い出す。
自分を理解してくれる、自分の事をわかろうとしている。
沢山調べて、理解しようとしてくれている。

私の事を?

「…理解しようと…頑張ってる…?」

そうアールが呟く。
すると青年は頷いた。

「当たり前だよ!
…ゆっくりでいいのさ…。
君は独りじゃないもの。僕もいるよ。
だからね。自分を忘れないで。強く持ってよ。
……それが、君の助かるための唯一の手段。」

助かる…?

すると、更に青年は言う。

「ほら…奥を見てごらん…。封印にヒビが…、
君の力とパパの力を封印する魔法にヒビが…。」

青年が言ったので、アールはふと顔を上げた。
奥をチラッと見る。深淵を感じる。
すると青年は言った。

「君がまた迷ったなら来るよ…。」――



――アールは目覚めた。
目の前にいた青年は、女と共に空に飛んでいくのだった。

(自分を強く持つってどういう事…?
私は弱いのか…。強く持ったら何になるんだ…。)

今日は帰る事にした。

森を一人で歩く。
この森では、魔物と言う魔物にはなかなか会わない。

と、思っていたが。

目の前に現れた。
魔物のペルドが現れた。
アールは驚いた表情を見せる。

(そうだ…魔物の事を忘れていた…。
ラムやさっきの事ばかりを考えて…)

するとペルドは言った。

「よう、久しぶりだな。随分探したぞ?
どうした?何かあったのか?」

魔物が話しかけてくるので、悟られまいと「いいえ。」と答えた。

魔物はニヤリとする。
大方、魔物がアールを殺すと言う事を
知られていないと思っているのだろうか。

「お前に頼みがある」

「ご要件は?」

「レイを殺せ」

魔物は言うのだった。
アールは一瞬固まりそうになった。
しかし、主の言う事は聞かなければならない。

「…かしこまりました。」

とアールは呟く。
魔物は笑うとどこかへ消えていってしまう。

アールは暫く黙る。
しかし契約した者の言う事は、どんな意思を持っていても逆らえない。
そうできている。
どうするべきか。と彼は考えた。



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