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逃避へ

36.変化の夜明け

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 炎が上がる廊下、いつも優しく笑いかけてくれる侍女たちが血を流して倒れていた。



「…え?ダナ。トヤ…」

 侍女たちの名前を呼んだ。だが、彼女らが返事をすることは無かった。



「父上?…母上?」

 屋敷の奥にいる父と母を探した。



 だが、屋敷の奥にある両親の寝室には誰もいなかった。

 その部屋に続くまでの道も、いつもはいる見張りや侍女たちもいなかった。



「どこ…」

 孤独感が襲って来た。



 なにやら窓の外が騒がしく、両親の部屋の大きなバルコニーから庭を覗いた。



 いつも色んな花が咲き、いろんな形をした木がある庭には、武装した兵士たちが沢山いた。

 そして、彼等が囲んでいるのは屋敷の使用人たちや警備の者、父と母もいた。



「父う…」



 叫ぼうとしたとき、父の首が刎ねられた。

 母が発狂したように叫んだ。



 兵士たちは何やら話をして屋敷の中に何人か入ろうとした。

 母が何かに気付き、先ほどまで叫んでいたのが嘘のように兵士たちの前に立ちはだかり、何かを話はじめ、地面に跪いて頭を下げた。



「息子だけは…あの子だけは…」

 母は俺を助けるために頭を下げていた。



 だが、そんな母の行為は無駄に終わった。



 下げた頭を躊躇いなく兵士は刎ねた。



「ひい!!」

 俺はバルコニーから寝室に飛び込んで、一人震えた。



「父上…母上…」

 涙はでて悲しいのに、恐怖で声が出なかった。



 震える手で、父が置いている護身用に剣を探した。

 どうにか見つけたが、重くて両手で持つのが精一杯だった。



 ガタン



 部屋の入り口から音が聞こえて慌てて構えた。



 あんなに重かったのに、生命の危機のせいか剣を持ち上げ構えられた。



 涙で滲む視界が捉えたのは、兵士と言うには少し小柄なシルエットだった。



「…う…や、やー!!」

 俺は夢中でその存在に斬りかかった。



「止めろ!!おい!!俺だ!!」

 そいつは慌てて避けて俺を落ち着かせるように言った。



 その声は聞き覚えがあった。

 最近屋敷に来るようになった騎士の少年だった。



「…お前、俺を女と間違えたやつ…」

 俺は剣を置いて、その場にへたり込んだ。



「いいから。早く。早く来い!!」

 彼は俺に手を差し伸べた。



「でも、父上と母上が…」



「そんなこと言っている場合か!?」

 彼は俺の手を掴み、引っ張り上げて立たせた。



「行くぞ。」

 そのまま燃える屋敷の廊下に飛び込んだ。





「おい!!起きろ!!」



 急に呼ばれてヒロキは慌てて目を覚ました。



 目を開くと、いつもの包帯を巻いたジンの顔があった。



「あ、わるい。引継ぎ終わったんですか?」

 ヒロキは座っていた椅子から慌てて立ち上がった。



「すごく魘されていましたよ。」

 机の前に座るアレックスが心配そうに見ていた。



「ああ、疲れていたのかね。お前は元気にやっているのに、悪いなアレックス。」

 ヒロキはアレックスの肩を叩いた。



「寝るならベッドで寝ろ。他の連中と違ってお前はか弱いんだ。」

 ジンは部屋の奥にあるベッドを指した。



「いや、悪いから起きてる。」

 ヒロキは流石に苦笑いをしてもといた席に座った。



「大丈夫だ。引継ぎはだいたい終わった。後はアレックスが適当なやつを副団長に据えればいいだけだ。俺はサンズとマルコムの二人か、サンズだけかのどっちかを推す。」

 ジンはアレックスの肩を信頼するように叩いた。



「今の状態のマルコムは無理だろうな。」

 ヒロキは苦笑いをした。



「ああ。抑えるためにはサンズは絶対に必要だ。」

 アレックスも同じ考えのようだ。



「さて、晴れて俺らは騎士団の団長と副団長でなくなったわけだ。」

 ジンは伸びをするように手を伸ばした。



「いや、最後の仕事ありますから。まだ団長ですよ。」

 アレックスは慌てて付け加えた。



「事実上はお前が団長だ。アレックス。」

 ジンは嬉しそうだった。



 彼の様子を見てアレックスも深刻な事態なのに微笑んでしまった。



「アレックス。ジンの頭撫でてもいいぞ。」

 ヒロキは顎でジンを指して言った。



「はああああ?絶対に嫌…じゃなくて無理です。」

 アレックスは全力で首を振った。



「つまんねーな。じゃあ、俺は自室に戻っていいか?何で俺がいたのか意味が分からなかったけど、終わったならいいだろ?」

 ヒロキは手をひらひらと振って扉の方に向かった。



「意味はあるぞ。俺が団長でなくなる場にお前を立ち会わせたかっただけだが、お前は寝ていた。」

 ジンは少し拗ねるように言った。



「あんたはまだ団長でしょ?」

「お前、さっき俺を呼び捨てしたな。」

「いつも通り大目に見てください。」

「先ほど胸を貸すと言っていたが、それは実行されていない気がする。」

「え?あれですか?」

「ああ。貸せ。」

「何かやだな。」

「お前、今変な口きいたな。こっち来い。団長命令だ。」



「あの!!」

 アレックスが耐えかねて叫んだ。



「…俺、下がります。馬が集まったって情報が入ったら連絡するので、お二人はその、休んでください。」

 アレックスは逃げるように部屋から飛び出した。



 アレックスが出ていった扉を二人はしばらく眺めていた。



「…新しい団長さんはせっかちなのか。」

 ヒロキは溜息をついた。



「そうだな。」

 ジンは椅子に座った。



「あと数時間ぐらいしか休めないですから、あんたは休んでください。体、痛めているでしょ?」

 ヒロキは先ほどジンに勧められた奥のベッドを指した。



「…さきほど、ひどく魘されていた。」

 ジンは包帯を外しながら訊いた。



「ああ。別にちょっと昔の夢を見ただけです。」

 ヒロキは誤魔化すように濁して言った。



「どんな夢だ?」

 ジンはヒロキを見た。



 ヒロキは諦めたようにため息をついた。

「…父上と母上が殺されるところと、俺があんたに手を引かれるところだ。」

 ヒロキは誤魔化さずに言った。



「皇国絡みの事態と、ライガの行動がお前の記憶を呼び起こしているのか。」

 ジンはヒロキを手招きで呼んだ。



 ヒロキは面倒くさそうに溜息をつきながらもジンの傍に寄った。



「そう言えば、前団長が皇国に来た理由って知っていますか?俺は知らないんですけど…」

 ヒロキは思い出したように訊いた。



「さあな。昔のことだからな。」

 ジンは遠くを見つめた。



 その様子を見てヒロキは溜息をついた。

「俺には隠し事するなって言うくせに、あんたはそこんところ狡いですね。」

 呆れたように頭を掻きながらヒロキは言った。



「うるさい。胸貸せ。」

 ジンはヒロキの手を掴み、胸に縋りついた。



「疲れたんですね…あんたは、ずっと苦しかったですからね。」

 ヒロキは宥めるようにジンの頭をポンポンと撫でた。



「ああ。王家からも一族からも…何もかも俺には重すぎた。」

 ジンは苦しそうに歯を食いしばっていた。



「わかっています。あんたの器は小さいですから。」

 ヒロキは労わるように微笑みながら言った。



「だまれ。」

 ジンはヒロキを抱く手を強めた。

 苦しいのか少し呻いてヒロキはジンの頭を軽く叩いた。



「…俺に手を引かせてくれるんだな。」

 ヒロキはジンの様子を見て、嬉しそうに微笑んだ。



「ああ。お前の言う通り、ライガに全て話すことも決めた。」

 ジンは顔を上げて、寂しそうに笑った。



「大丈夫だ。ジン。俺はあんたを責めない。…たとえ、どんな悲惨な事実でも…」

 ヒロキはジンの髪をすきながら言った。



「…ライガが、どう思おうが、俺はあんたの味方であり続ける。」

 ヒロキはジンの頭を優しく抱き込んだ。



「やっぱり、お前は美しいな。」

 ジンはそう言うと肩を震わせて、ヒロキにしがみ付くように縋りついた。








 

 夜が明けてきて、今更ながら幸福感と同時になにやら不思議な恥ずかしさも生まれた。



「何か、明るくて裸って…恥ずかしいね。」

 ミラは布を全身に巻いて言った。



「ミラ。その布が無いと俺はこの格好そのままなんだ。」

 ライガはミラから布を奪おうと引っ張った。



「えー。私もこれが無いと困るよ。」

 ミラは意地悪そうに口を尖らせて笑った。



「今更だって。ミラも俺も!!」

 ライガは布の中に無理やり入りこんでミラと密着した。



「うわ!!ライガの足冷たい!!」

「ミラがこれを占領するからだって。」



 二人は笑い合いながら一緒の布にくるまったまま寝室から出た。



「服は、昔母さんが着ていた奴を昨日干したから、それを着て。」

 ライガは部屋に干している洗濯物を触った。



「あー。まだ乾いていないな。…ミラは今日は布かな?」

 ライガは少し申し訳なさそうに言った。



「昨日の着るよ。」

 ミラは脱ぎ捨てたドレスを持ち上げた。



 ライガは何やら考え込んで悪い顔をした。



「何考えているの?」

 ミラはライガを問い詰めるように訊いた。



「今日は一日中くるまっていようか?…ってミラ!!俺嘘つけないんだからそれ反則!!」

 ライガは口を滑らせた後、慌ててミラに言った。



「えー。ライガのえっち。」

 ミラはそう言いながら寝室に向かった。



「…とりあえず、昼までは、大丈夫だよな。」

 ライガは一瞬だけ追手のことを考えた。



 だが、少しでも長くミラと触れ合いたいという邪な気持ちと、馬を全て放ったことを考えて寝室に向かった。



『君、団長さんに似ているね。』

 あの一族の男が言っていたことを思い出した。



 父は、お宝様一族のために動いていた。

 だから、彼等はあんなに自分に好意的になったのか。



 ライガの中で結論が出た。



 だが、何をしようとしていたのかは分からない。



 一族に聞くにしても場所は極秘であり、ミラを見捨てるようなことを言ったから険悪になった。

 なによりも、彼女ともう関わらせたくなかった。



 父のやろうとしたことよりも、やはりミラとの日々が一番だった。



 なによりも、知る術がないのだから仕方ない。



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