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逃避へ

41.間に入る者たち

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 話で訊いた市場は思ったよりも遠かった。

 先ほどまでいた詰め所とは逆方向であり、馬を早く走らせても2~3時間はかかる。



 いつもなら会話でもして、時間を潰すのだが、サンズの後ろにいるミヤビとマルコムはそれどころではなかった。



 下手に話しても落ち着かせることができるものではなかった。

 せめてライガが何か言ってくれいてれば違ったのかもしれない。



「くそったれが…」

 サンズは届くはずがないがライガに呟いた。



 サンズもアランと同じく、ライガの裏切りに対して怒りは有れど、悲しさが勝っていた。

 言って欲しかった。

 それならサンズは力になってやったはずだ。



 サンズ自体は厳つい外見だが、ロマンチストである。

 彼は女ばかりの6姉弟の中の一人の男として育ったのが大きい。

 母も自由恋愛に憧れていたせいか、姉は皆自由に相手を選び、中には勢いの駆け落ちで結婚したり、異国に嫁いだ者もいた。

 なによりも、帝都の貴族の出だが、市民出身のアレックスが一番の仲良しであり、どちらかと言うと貴族などの枠がない騎士団が好きである。



 というよりかは、貴族を見た立場であり、なおかつ騎士団にいるサンズは、この国の上流階級に未来が無いことは察していた。



 騎士団に入った時は両親に向かっていつか団長になると言ったことがあったが、今はアレックスが団長で自分が副団長となるのは異議が無かった。



 そんな階級意識への想いと、さらに彼も昔、アレックスと姉をくっつけようと画策したことがある。

 それは、アレックスにものすごい勢いで逃げられてうやむやになったが、そんなサンズがライガたちを応援しないはずがない。



「何のための仲間だよ…」

 絶対に力になったと断言できるほどサンズは騎士団の仲間が大事だ。



 三人は2時間ほどで目的の市場についた。



 日が落ちかけているが、市場は活気に満ちていた。

 ミヤビとマルコムは無言で馬を縄に繋げ、市場に乗り込もうとした。



「おい!!待て待て。お前ら訊いていただろ?鎧を売った奴は後ろめたいことがあるような奴だ。騎士の恰好をしていると避けられる。…わかるな。」

 サンズは見てわかる通りの騎士の恰好をしてさらに人を殺せそうな顔をした二人を慌てて止めた。



 これはライガに配慮したわけではなく、純粋に聞き込みの効率を考えた時のものだ。



「一人一人締め上げれば問題ないわ。」

 ミヤビはサンズの言うことは聞かず、どうやら職権乱用で聞き込みをするようだ。



 マルコムは深呼吸をしたあと、上の鎧だけ脱いでサンズに渡した。

「サンズさんの言う通りですね。…効率よく考えないと…」

 マルコムはサンズの意見を聞くようだが、半端に冷静になれる分、行動を抑えるのは彼の方が厄介な気がした。



 だが、目に見えて暴走するミヤビから目が離せず、サンズはマルコムから目を離した。



 明らかな荒くれ者にミヤビは殴りかかる一歩手前でサンズが止めるというのが数回繰り返された。



 まだ一日ほどしか経っていないため、手配書も出回っておらず、聞き込みは難航した。

 ただ、どうやら噂は聞いたようだ。帝都にいた旅人や商人がこの市場にちらほら来始めているようだ。



「素敵ねー。愛の逃避行なんて…」

 食料品を売っている中年の女性がうっとりとして言ったときのミヤビの顔は少し見れたものではなかった。



「若い男です。結構男前なんですけど、栗色の髪をして…女の方は美人です。黒髪で、育ちが良さそうな…」

 サンズはミヤビを抑えて、女性に更に聞き込んだ。



「女性の方は知らないけど、昨日、栗色の髪をした男前は見たわよ。遠くに行くって言っていたわ。」

 女性は思い出したように言った。



「遠く?」



「そうよ。見ないっていうか、あんな精悍な青年はこんな市場で買い物はしないからよく覚えているわ。色々買い込んでいたわよ。」

 女性はどうやらその青年がサンズたちの言ったライガと一致したようで、納得したようだ。



「他には?」

 ミヤビは食いつく勢いで女性に訊いた。



「いやねー。聞く前にいなくなったわよ。」

 女性はミヤビの様子を見て何かを察したのか苦笑いをしてサンズを見た。



 ミヤビは舌打ちをして、別の方向へ聞き込みをしに行った。

 サンズは女性に頭を下げた。

「すみません。仲間がやらかしたことに今苛立っていて…」

 サンズの言葉に女性は首を振った。



「何言ってるのよ。あの子、あの青年のこと好きだったんでしょ?見りゃわかるわよ。」

 女性は暴走しつつあるミヤビを横目で見てサンズに笑いかけた。



「あんたも苦労するのね。」

 女性はサンズを労った。



「いえ…今だけですから。」

 サンズは願望を言った。







 




 リランは噂を聞き込み、今現在、丁度三つの馬に乗った人を追っていた。



 若干リランの方が遅いが、異国の服を着ている三人組だった。



 あと数キロで皇国の領地に入られてしまうため、どうにかして足止めをする必要があった。



 あまり得意ではないが、弓を構えて馬の脚を狙った。



 数本放ったが、やはりリランは弓が苦手で、矢が地面に転がるだけだった。



「クソ…どうにかして、領地に入る前に…」

 リランは頭を巡らせたが、何も手が浮かばなかった。



 向こうも分かっているようだった。

 皇国にはいってしまえば手が出せないと…





「そこの者!!止まれ!!」

 考え込んでいるとリランに声がかけられた。



 何事かと周りを見ると、包囲されていた。



「皇国の領地であるぞ。帝国の騎士よ!!」

 どうやら皇国の兵士たちのようだ。



 だが、ここはまだ帝国の領地だった。向こうもそれはわかっているはずだ。



「まだ帝国の領地だ!!皇国の兵士たち。止まるべきはそっちだ。」

 リランは自分を囲む異国の軍装をした兵士たちを睨んだ。



「止まらないというのなら、実力行使で行くしかない。」

 兵士たちはリランの言い分を無視して、攻撃体勢に移った。



 リランは舌打ちをしながら、囲まれた戦力を見た。



 弓が二人、厳つい刀が一人と、弱そうな刀が二人。リランに声をかけているリーダーの男と合計6人だ。



 全員が馬に乗っている。



 リランは戦力を確認し、隠れている数人の兵士を察知したが、躊躇することなく馬から飛び降りた。



 帝国騎士団精鋭部隊。

 その肩書が大きく、帝国内ではなかなかきちんとした剣士や騎士たちと集団で戦うことは無い。そもそも避けられるからだ。



 だが、皇国の者達はリランがどのような実力を持っているかを知らないようだ。



 馬に乗っているままの時点でリランの勝ちだ。



 まず、厳つい刀の男に飛び掛かった。

 身軽なリランはマルコムほどではないが跳躍力がある。



 そして、ヒロキほどではないが器用なリランは、剣先を男の首筋を掠らせるのも可能だ。



 ただ、太い血管を切ったので血が吹き出した。

「あが…」

 厳つい男が慌てふためき、出血量にほかの兵士達が驚いているうちにリランは、馬の下を素早くくぐり、弱そうな刀の男の元に行き、飛びついて馬から落とした。

 ドサ

 と地面に二人が落ちると素早く男を掴み上げて、構えられている弓に対しての盾にした。



 ドス

 と仲間の矢を受けた男は呻いた。



 だが、まだ残っている。

 盾にした男の刀を取り上げて、予備の武器として腰に付けた。



 残った弱そうな刀の男がリランに馬を走らせて斬りかかった。



「バカ!!」

 リーダー格の男が制止するように言ったが、走らせた馬は急には止まらなかった。

 リランは素早く盾にした男を地面に転がして避けた。



 地面に転がした男に馬が躓き、乗っていた男は振り落とされた。



 リランが手を下さずとも二人とも馬に踏まれて動かなくなった。



 暴れる馬が丁度弓に対する盾になるが、近くにいるとリランも危険である。

 リランは狙いを一人の弓に絞った。



 厳つい男の近くにも弓はいたが、出血量が多く、丁度目の前がぼんやりとして思考力の落ちた厳つい男が行動を制限している。



 リーダー格の男は思った以上にリランの腕が立ったようで、混乱したように周りを見ていた。



 そうだ、周りにはまだ他の兵士がいる。



 未だ馬から降りない面々に安心して、リランは馬の下をくぐって狙いを絞った弓の男の後ろに跳び出た。



 周りの兵士達に弓がいても狙いをつけられないように攻撃は素早く同じ場所には長く居ないようにと心がけると、弓の男の首を、奪った刀で後ろから斬ることが最善だった。

 リランは男の首を斬るとその場で刀を捨てて、男が地面に落ちる前に馬の下をくぐって移動して次は厳つい男の近くにいる弓に狙いを定めた。



 厳つい男は徐々に意識をなくしていき、馬から落ちるのも時間の問題だった。



 今度は刀を持っていないため、自分の剣に持ち替えた。



 ドス

 と意識を失いつつある厳つい男と弓の男を一気に剣で貫いた。



 残るはリーダー格だが、ここで問題が生じだ。



 剣が抜けない。



 リランは仕方なく剣を手放し、丸腰でリーダー格の男の元に向かった。



「う…動くな!!」

 リーダー格の男は間抜けな声をリランにかけた。



 普通なら止まらないが、周りの状況を見てリランは止まった。



 時間をかけすぎたせいか、周りにいた兵士たちがリランに弓を向けていた。



 リランの予定では、リーダー格の男を人質兼盾にしてどうにかこの状況から脱しようとしていた。



「…矢で死ぬのは嫌だな…」

 リランは溜息をついて呟いた。



 そもそも死ぬのも嫌だ。



 周りには盾になりそうな死体と馬がいた。

 どれかの馬を拝借して、どさくさを起こして逃げようか

 …といくつかのパターンを考えた時



「動かないのはそちらだ。」

 聞きなれない男の声が響いた。



 リランは周りを見た。

 彼を包囲していた兵士たちが逆に包囲されていた。

 ただ、包囲しているのは帝国騎士団でも見たことのない面々で、というよりかは、どこかの私兵のようだ。

 鎧が少し違うが、帝国の者のようだ。



「ここは帝国領地だ。更に言うなら、私の統治領地だ。」

 集団のリーダーのような男は、他の者と違い鎧に身は包んでいなかった。

 ただ、動き易そうだが高価そうな服、整えられた髪と神経質そうな顔と高そうな眼鏡。

 見るからに貴族の者だ。



「今なら、見逃すだけで赦してやらんでもない。」

 貴族のような男は勝気な笑みを浮かべて言った。



 男の顔を見て皇国の兵士達は表情を変えた。



「…ブ…ブロック伯爵…」

 どうやら彼のことを知っているようだ。



 リランも彼のことは名前だけは知っていた。



 モニエル・デ・ブロック伯爵。

 マルコムの父だ。



「国境とは、厳しく取り締まらなければいけないだろ?皇国の諸君。」

 ブロック伯爵は口元に笑みだけ浮かべた。



 皇国の兵士達は、大人しく5人の遺体を持って、去っていった。

 途中リランを睨む者もいたが、国境の貴族の登場にはどうしようもできないようだ。



 リランは血だらけだが、ブロック伯爵の方を向いて姿勢を正した。



「ありがとうございます!!」

 リランが礼をすると伯爵は困ったように肩をすくめた。



「我が領地で、異国の者が暴れているのを止めただけだ。本来ならあれを追い詰めるのが普通だ。お前が礼を言うことではない。」

 伯爵はリランの様子を見て言った。



「しかし、伯爵殿が来なければ、自分は…」



「お前は逃げきった。怪我はしただろうけど、私にだってそれくらいはわかる。」

 伯爵はリランを見て頷いた。



「…しかし、激しく汚れたな。…装備を整えさせよう。我が家に招こうか…」

 伯爵は血まみれのリランを見て、従えている者に目配せをして何やら指示をした。



「いえ!!…自分は帝都に戻って報告をしなければならないので…」

 リランは申し出を断り、深く礼をした。



「そうか…では、装備だけは整えさせてくれ。」

 伯爵は顎で大きな荷物を抱えた私兵のものを指した。





「だが、悪いな。私がもう少し早く来れれば、異国の不届き者を捕まえることができたのに…」

 伯爵は皇国の方を見て残念そうに言った。



 そうだ、その通りだった。



 皇国の兵士たちの邪魔が入り、リランは追っていた三人を完全に逃がしてしまった。



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