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崩壊へ
52.大切な存在
しおりを挟む小屋の中には医者とベッドにはヒロキ、その横の椅子にジンが座り、彼の横にサンズが見守るように立っていた。
ジンは呆然とヒロキの方を向いていた。
サンズはその様子がいたたまれなくて見ていられなかった。
医者も同じようで、何かあったら呼んでくださいと出て行った。
医者がいなくなったのでサンズも見張り役を買って出ようと出て行こうとした。
「…ヒロキとはな、俺がまだ9歳くらいに出会ったんだ。」
ジンはぽつりと話し始めた。
サンズはジンの方を向いて、彼の話を聞く体勢を整えた。
「そうだったんですね。」
サンズは何も考えず、相槌を打った。
「…俺はな、こいつを最初女と間違えたんだ。お前等にも見せてやりたいな。こいつは木にぶら下がっていたが、本当に見たことないほど綺麗だったんだ。」
ジンは懐かしそうに言った。
「それは仕方ないですよ。…今でも言われているじゃないですか…貴族界隈でも有名です。」
サンズは苦笑しながら言った。
「そうだな。今も女のようだと言われているからな…」
ジンも少し笑みを浮かべていた。
「…団長。聞いていいのかわからないのですが、先ほどアランが言っていた皇国の者からの接触、心当たりがあるんですか?」
サンズはジンの前に跪いて二人を見上げるように訊いた。
「…ヒロキは皇国の生まれだ。…全てがバレると、追われるような身の上だ。利用されるか…弄ばれかねない。」
ジンは嫌悪を示すように、口元を歪めた。
「欲しがる者は沢山いるんですね…」
サンズはヒロキに最低限の手当てをしていたことや、彼を運び出そうとしていた様子を思い出して納得した。
「それから、逃げるため…いや、俺の自己満足か。」
ジンはそれだけ言うと、また黙ってヒロキの髪を撫で始めた。
「…そうですか。」
それ以上は言う気が無いと見て、サンズは立ち上がった。
そして、これ以上に自分がここにいるのは無粋だと思った。
今度こそ見張り役に付こうと出て行こうとした。
「今度は、お前が手を引くと言っただろ?」
ジンが呟いたのを聞いて、振り向いた。
だが、どうやらサンズではなくヒロキに言ったようだった。
「俺の手を引くと…言っていただろ?」
ジンが語り掛ける様子を見て、サンズは歯を食いしばり、涙をこらえた。
サンズが小屋を出ると、マルコムが見張りの様に立っていた。
彼が思い詰めた表情をしているのを見て、やはりヒロキのことが堪えているのだろうと思った。
だが、アランはともかくミヤビの姿が見当たらなかった。
「マルコム。ミヤビは?」
サンズは辺りを見渡して訊いた。
「どっかに行きましたよ。きっと単独でライガを追っています。」
マルコムは冷ややかに言った。
流石にここまであからさまだとサンズも指摘せざる得ない。
「おい。お前、ミヤビは仲間だろ?ライガの追跡の時から思っているが、いつもよりも冷たすぎないか?」
サンズはマルコムに説教するように言った。
「仲間ですよ。それはミヤビに言って欲しいですね。彼女は仲間も糞も無い行動をしています。」
マルコムはなおも冷ややかだった。
「裏切られたんだから感情的になるのは…」
「死にかけているヒロキさんに帝都の医者が必要なのに、呼びに行くアランを力づくで止めてライガの情報を聞き出そうとしていました。」
マルコムは淡々と言った。
「はあ?」
サンズはミヤビもヒロキのことで堪えていると思っていたため、少し衝撃的だった。
「今の彼女は邪魔です。なら単独行動でもさせればいい。」
マルコムは変わらず冷ややかだった。
彼の様子を見てサンズは何か不審な気がした。
彼はライガの裏切りに激怒していた。ミヤビと同じくらいだ。なのに、彼は今ヒロキを優先している。いや、それはいいことだが、何かおかしい。
「…俺はお前もミヤビも同じくらい怒っていたと思うから、お前が冷静なのは嬉しく思うべきなんだが…」
サンズは探るようにマルコムを見た。
「はは…」
マルコムは冷ややかに笑った。
「何があった?」
サンズは彼の笑みが、ミヤビに向けられたものでないことは分かった。
「もちろんライガに怒っていますし、彼は武力の決闘で叩きのめすつもりです。…ですけど、俺は…今はリランに聞かないといけないことがあるんですよ。」
マルコムは自嘲的に笑っていた。
「…そうか。」
サンズはマルコムの笑みの理由が分からなかったが、彼の肩を叩いた。
「…それを確認しないと俺はライガを追えない。大丈夫ですよ。怒っていますし、叩きのめす気はあります。もちろん殺す気も…」
マルコムはそう言うと小屋の方を見た。
「…ヒロキさんか。」
サンズはジンの様子とヒロキの容態を考えて、顔を歪めた。
「彼のこと、俺は結構好きでしたから…見守ろうとも思っています。」
マルコムは寂しそうに言った。
「…そうだな。」
サンズは頷いたのはいいが、立場上ミヤビの単独行動を許すわけにはいかず、彼女を探しに歩き出した。
明日にはここを出る。
二日程度だが、彼女と過ごした場所は全て大切だ。
ライガはおそらくこれで最後になる古い小屋の天井を見ながら感慨にふけった。
「ライガ?」
ライガが無言で天井を見ていることにミラは不思議そうに首を傾げた。
「ここを出るのが少し寂しいなって…ミラと過ごした場所は全て大事だからそう思うんだと思う。」
ライガはミラに優しく笑いかけた。
二人はこの小屋で過ごす最後の夜を貴重なもののように、身を寄せて肌を寄せて過ごしていた。
「私も。」
ミラは無邪気な笑顔で言った。
ライガには、その顔がたまらなく愛しくて仕方なかった。
「私たち、これから大事な場所が沢山出来るんだね。」
ミラは希望を持ったように目を輝かせていた。
ライガはその言葉に頷いた。
「ライガ…ヒロキさんじゃなくて、赤い髪の子…」
ミラはライガの顔を見て、少し不安そうな顔をした。
「アランか。…彼には悪いことをしたと思うけど、俺にはミラが一番だから…」
ライガは彼女が何を不安に思っているのかわかった。
彼女はライガが自分自身の行動に後悔を覚えているのではないかと思っているのだ。
たしかにアランの様子に対して後悔はした。
それに、今は後悔しない。
「ヒロキさんも言った通り、俺たちはひたすら逃げるんだ。俺もミラもお互いだけを見て…二人だけのために。」
ライガは心からそう思っていた。
その証拠にミラの目を見て言った。
「そうだよね。」
ミラは頷いたが、少し何か言いたげだった。
ライガはその様子にじれったさを感じた。
「ミラ。何かあるなら言ってほしいよ。」
ライガはミラの頬を両手てつまんで言った。
ミラは少し頬を染めてライガを見上げた。
「…あのね…その、私…いつかライガの赤ちゃん欲しい。」
ミラは言うとすぐに目を伏せて恥ずかしそうに口を引き結んだ。
ミラの言葉は、ライガの頭を真っ白にした。
悪い意味ではなく、彼女の希望がライガにとってこのほかないほどの幸せなものだったからだ。
「…反則だ。」
ライガは頭を抱えて枕に顔をうずめてのたうち回った。
「ライガ?」
ミラはライガが急にのたうち回ったのを不安げに見ていた。
「そんなの、俺もミラにいつか望むことに決まっているだろ。」
ライガは恨めしそうにミラを見た。
ミラは恥ずかしそうに両手で顔を覆ったが、隙間から目を覗かせてライガを見た。
「俺も…いつか。」
ライガはミラの手を退かせて彼女の顔を見た。
「…よかった。」
ミラは嬉しそうに笑うとまた、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「ミラ。こっち見て。」
ライガは優しくミラに言った。ミラは諭されたようにゆっくりとライガを見た。
「ミラ。愛しているよ。」
ライガはミラに微笑んで言った。ミラも応えるように微笑んだ。
目が合い、微笑み合うと、ゆっくりと口づけをした。
二人くっついて眠ることに幸せを噛みしめ、この小屋での最後の夜は明けていった。
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