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崩壊へ
68.好敵手
しおりを挟む鼻を貫く刺激臭は、ライガとマルコムの行動を止めるのに十分だった。
臭いというのは凄まじいものだ。
ライガはふらつきながら、三半規管までおかしくなっているのではないかと思った。
マルコムも険しい顔をして居る。
「ライガ!!」
洞窟近くの木の陰からミラが出てきた。
どうやらマルコムは最初のうちにミラに外に出るように伝えていたようだ。
「クソ!!」
マルコムは槍を地面に叩きつけた。
どうやら仕留めるつもりだったようだ。
マルコムは何か言おうとしたが、直ぐに言葉を呑みこんだ。
ミヤビがいれば…
きっとそう言おうとしたんだとライガは思った。
散散弱いと言っていたが、ミヤビのことを優秀な弓使いと言ったり、やはり、マルコムにとってミヤビは頼れる同期であるのだ。
「…マルコム、ありがとう。」
ライガはミラを逃がしたことや、今のイシュとの戦いについて、マルコムに本心から礼を言った。
「俺は、今は帝国騎士だからね…お宝様は安全に…君のためじゃない。」
マルコムはライガを横目で見て言った。
謙遜ではなく、これは本心だろう。
天邪鬼なわけではない、マルコムはこういう奴だ。
ライガはそう思ったと同時にやはり、寂しくなった。
「悪いけど…ちょっと休憩してからでいい?」
マルコムは未だに鼻がおかしい様で、表情が険しかった。
「…わかった。」
ライガは頷いた。
自分も鼻がまだおかしいことに気付いた。
「…私、向こうにいるね。」
ミラはポチや離された馬たちの綱を引いて、近くの木に括り付けた。
ミラも気を遣っているのだ。
戦いは避けられないのはもう、確実だ。
「逃がしてくれないのか…?マルコム…」
ライガはマルコムを見て訊いた。
「俺が帝国騎士でいる限りダメだよ。…それに、俺はライガに怒り狂っている。」
マルコムは険しい顔のまま言った。
「…そうか。」
ライガは、マルコムの言った「最後」の戦いというのが気になった。
彼は、怒り以外に何を考えて自分と戦おうとするのだろうか。
マルコムはライガに積極的に話しかけてくれるわけではなく、ただ、自分の体調が元に戻るのを黙って待っているようだった。
仲間を裏切ったら、仲間でない。
それは自分自身でなく、相手も同じだ。
ヒロキが言った言葉が蘇った。
確かにそうだ。
マルコムはライガを仲間として見ていない。
かつての仲間というのはある。
さきほどだって、かつての仲間というくくりでの協力だ。
ライガはマルコムに渡された鎧を脱ごうとした。
「それは着て戦ってほしい。」
マルコムはライガを止めた。
「え?だって…」
「俺と君の帝国騎士として…最後の戦いだから。二人とも帝国騎士であることに意味がある。」
マルコムはライガを真っすぐ見た。
「…わかった。」
ライガは、普段なら全く笑みを浮かべないマルコムを怖いと思うのに、今はそんなことを感じなかった。
マルコムは、国境の貴族、ブロック伯爵の三男として生まれた。
マルコム・トリ・デ・ブロック
それが本名だ。
争いの絶えない地域故、警戒心が強く人を信じず、穏やかであることは表情を欺くためだという父の性分をそのまま引き継いだ。
だが、兄が二人おり、マルコム自体が武術に魅せられ、力に魅せられたため騎士としての道を選んだ。
兄二人の跡目争いを横目にマルコムは少年時代を過ごした。
15でやっと騎士団に入団できる。
その年までマルコムは兄二人と父の教育を受けながら、来るべき騎士となる日を夢見て鍛錬して過ごした。
マルコムの母は、マルコムを生んだことで体を弱らせ亡くなった。そのため、兄二人との仲は険悪だった。
それも家を出て帝都に向かうきっかけだったのかもしれない。
「自分は、帝国騎士団に入ります。」
マルコムは15になった日に父に言った。
兄たちは喜んだ。マルコムが邪魔だったからだ。
ただ、父は険しい顔をした。
「帝都で活躍し、さまざまな繋がりを家にもたらします。そんな役を請け負う人物が必要ですよね。」
マルコムは父を説得するようなことを言いながら、もう決めたことだから口出しするなと父を睨みつけた。
「…家にプラスになることなら…」
父はマルコムを睨み返して言った。
晴れて父の許可を得たマルコムは従者二人を無理やり付けられ帝都に行った。
特別帝都は驚くところではなかったが、騎士の凛々しさにマルコムは目を輝かせた。
父は、地域柄私兵を持つが、その私兵とは違う何かが帝国騎士にはあった。
貴族であるマルコムは、入団試験など形式だけであるという話を聞いた。だが、そんな特別をマルコムは絶対に避けたかった。
入団試験の受付を済ませたマルコムはてきとうな理由をつけて侍者を撒いて、また王城の帝国騎士団の詰め所に戻った。
騎士たちはマルコムが貴族の少年であると知っているため、緊張した面持ちだった。
「俺の試験を、きちんと他の人と同じくしてください。」
マルコムは頭を下げた。
二人いる試験担当達は、驚いた顔をした。
一人は金髪、もう一人は黒髪と二人とも男だった。
「だって、貴族だから優遇されるかもしれないって、言われたんです。それは嫌だ。俺が欲しいのは騎士の特権だけです。」
マルコムは担当の顔を見た。
「…サンズみたいなやつだな。」
金髪の担当はマルコムを見て困ったように笑った。
「安心しろ。試験は基本的に優しい。」
黒髪の担当はマルコムを宥めるように言った。
「それだと困ります!!」
マルコムは別に試験の水準を下げて欲しいと頼んだわけではなかったので慌てて言った。
「聞け!!」
金髪の担当はマルコムを見て言った。
「厳しいのは入ってからだ。騎士でない者で、志があるが、鍛錬できる環境にいる者がどれだけいる?」
金髪の担当はマルコムを見て訊いた。
「…それは」
マルコムは頑張ればできるだろうと思ったが、それは自分が貴族だからだ。
「厳しい試験は逆に貴族有利だ。俺達が欲しいのは強いやつでもあるがな、厳しい訓練を耐え抜く根性と志を持った奴が一番だ。…それに、ガキの成長速度は半端ないぞ。貴族のお坊ちゃん。」
金髪の担当はマルコムの頭を撫でた。
マルコムは、考えが足りなかったのは自分であったと思い知った。
「お!?…前団長の息子だな。」
黒髪の担当がマルコムの後ろにいる少年を見て言った。
「…前団長の…?」
マルコムは後ろにいる少年を見た。
栗色の髪をした、頑固そうな少年だった。
「わかっているって。どうせ入団試験だろ?」
金髪の担当はわかったことのように言った。
「お坊ちゃんもだけど、まだ締め切りまで一週間あるからな。気が早いぞ。」
黒髪の担当はマルコム達を見て呆れたように言った。
「…デ・ブロック…?お前貴族なのか?」
栗色の髪をした少年は、自分で名簿に名前を書いているが、その前に書かれたマルコムの名前を見て驚いた顔した。
「そうだ。何だ?」
マルコムは大げさに貴族と言われたことに少し苛立った。
「貴族って付き人がいるだろ?…じゃなくて、いますよね。驚きました。」
少年は慌てて言葉遣いを改めた。
「…改めなくていい。どうせ同期になるんだし…」
マルコムはやはり彼に貴族と大げさに扱われたことにイラついた。
「そうなんだ。ならいいか。」
少年は切り換えるように言った。
「それよりも、なあなあ。剣の相手してくれよ。アレックスさん。」
少年は金髪の担当に強請るように言った。
「俺は仕事中だ!!いいか?ライガ。俺は帝国騎士として大事な仕事をして居る。」
アレックスと呼ばれた金髪の担当は栗色の少年に説教するように言った。
「わかっているけど、暇そうだ。」
ライガと呼ばれた栗色の髪の少年はアレックスの説教が全く利いていないようだ。
「…俺の相手する?」
マルコムは剣の相手という興味深い言葉に少し惹かれた。
「あ、いいよ。だって、お坊ちゃんはちょっと…」
ライガは首を振った。
「はあ?」
これにはマルコムは頭にきた。
「頼むよ。アレックスさん。」
ライガは未だアレックスに強請っていた。
マルコムは腹が立ったが、思った以上に冷静に行動をした。
ライガの服の襟を掴み持ち上げた。
「!?」
ライガは驚いた顔をした。
「その辺の貴族と一緒にするな。」
マルコムはライガを睨んだ。
ライガはマルコムに片手で持ち上げられる状態だった。
「…お前、すごい力だな…」
アレックスはマルコムを興味深そうに見ていた。
「…お坊ちゃん…やるな。」
ライガは驚いた顔したが、澄ましたような平気そうな顔をした。
「俺の名は、マルコムだ。お坊ちゃんって呼ぶな。」
マルコムはライガを見た。
「…貴族名を使わないのか。」
ライガはマルコムの名乗りを聞いて感心したように頷いた。
貴族名は、デ・ブロックのことだ。
「騎士団は階級が関係ない。」
マルコムは上から目線のライガを睨んだ。
「貴族っていけ好かない奴が多いから…お前、いい奴じゃないけど、仲良くできそうだ。」
ライガはマルコムの腕を振り払った。
そして、マルコムの前に手を差し出した。
「…」
マルコムはその手を見てライガを見た。
疑うことから始める。
父の教育の賜物だと、言われるが、差し出されたものは疑うのは性だ。決して父の教育ではない。
「俺はライガだ。マルコム。」
ライガは名乗って、マルコムの手を無理やり握った。
ごつごつとした、剣を使う者の手だった。
「…ライガ…か。」
マルコムは彼の手を握って見て、彼に対する認識が変わった。
それは向こうもそうだったようだ。
マルコムの手もごつごつしている。
「マルコム…か。」
これがマルコムとライガの出会いだった。
「はいはい。お友達出来てよかったね。」
アレックスはマルコムとライガ二人とも詰め所から、王城から追い出した。
ちなみに、これはマルコムとアレックスの出会いでもあった。
騎士団の入団試験は、アレックスの言った通り簡単だった。
だが、それは自分が鍛錬を出来る環境にいたからというのも分かった。
目つきが鋭く、真面目で志が高そうな者でも明らかに剣を握ったことが無いようなものもいた。
逆にマルコムと同じような貴族でそれなりに剣を使えるが、訓練についていけないような奴もいた。
同期の中でもマルコムとライガは抜けていた。
ひたすら強くなろうと考えていたマルコムと、団長であった父の背中を見ていたライガ。
最初の出会いから、いい友人、いや、ライバルだった。
出身地域の関係で地方に飛ばされるかと思ったが、おそらく父が帝都内での活動を望んだ結果だろうか、どうやら彼はマルコムを帝都付近の所属にしたようだ。
「お前の父親、すごいんだな。」
とある貴族の同期が気軽にマルコムに話しかけてきた。
「…父はすごいだろうね。俺はすごくない。」
マルコムは彼に皮肉として言った。
だが、その同期は皮肉を言われているのに気付いていなかった。
「謙遜するなよ。…なあ、仲良くなろうぜ。」
その同期はマルコムと仲良くなりたいようだ。
弱くても、マルコムは騎士としての気持ちや志を持っていればたいてい仲良くした。
だが、この同期は、今はほどほどに強いが、内面は情けないものだった。
確か、同期のミヤビという女子に纏わりついているようだが、貴族であることをひけらかしているらしい。
「…俺は、帝国騎士になりに来たんだ。」
マルコムはそれだけ言うと、同期を追い払うようにした。
マルコムの思った通り、その同期は直ぐに他の真面目なものに追い付かれた。
階級が生きたのも、彼が強かったからだ。
平均やそれ以下になったら惨めなだけだ。
彼は気が付いたら貴族であることをひけらかさなくなった。
どんな環境にあっても、定期的にライガとは手合わせをした。
最初からそうだが、同期でマルコムと手合わせができるのはライガだけであり、それはライガもそうだった。
「ライガは言わないよね。」
ある日、マルコムはライガに訊いた。
「何が?」
ライガは驚いたようにマルコムを見た。
「帝国騎士団の団長になりたいって…だって、父親が団長だったら、なりたいって願うよね。」
マルコムはライガの顔を探るように見た。
ライガは強い。マルコムは認めている。
彼がお宝様の幼少時代の護衛であったのも知っている。だから、彼は貴族のマルコムを最初警戒したのだ。
だが、そんな経験をしても、彼は権力を欲している様子も無く、ただ、強くなろうとしていた。その姿勢に欲が、黒い欲が纏わりついていない。清廉なのだ。
それは、マルコムが憧れるものだった。
なによりも、貴族は関係ないと言いながらもマルコムは自分が、父親の子供であることから逃げたくて、結局はそれに囚われている。
ライガはそれが無い。
父が団長だから、だから騎士団で剣の道なのだろうと最初は思った。
だが、違う。
彼は、父に囚われていない。
お互い大きな父という背中を見ながらも、マルコムはライガとのこの差が悔しいと同時に、この差が彼に憧れる決定打だった。
「…俺は、守れる強さが…欲しいのかな?」
ライガは遠くを見ていた。
ライガが何を守りたいと言っているのかは分からなかったが、少し彼を羨ましく思った。
「俺は…守る者なんて無いからね。ただ、俺は強くなりたいよ。」
マルコムは、本音を言った。
父に家の為と言ったが、マルコムはどうでもよかった。
ただ、自分が力を持ちたかったからだ。
自分の手で、力を持ちたかったからだ。
「俺は、マルコムこそすごいと思う。だって、俺よりも賢くて、周りを見ている。ただ、猪突猛進な力自慢じゃないだろ?いずれは、絶対に団長になるって。」
ライガはマルコムを眩しそうに見た。
「今の団長って、副団長は指名したんだよね。」
マルコムはライガを見た。
「らしいな。でも、強い人だって。色々陰口は言われているけど、騎士団内だと…」
「俺は、君を指名するよ。」
マルコムはライガを真っすぐ見た。
「え?」
ライガは驚いたように、目を見開いた。
「俺が団長になるなら、副団長は君を指名するよ。…逆でもそうして欲しいな。」
マルコムはライガに期待するように笑った。
ライガは少し困ったように笑いながら目を伏せた。
「…光栄だな…」
ライガはマルコムの目を見なかった。
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