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君は俺の唯一の光だから
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物心つく頃には気付いていた。この世界は狂っていると。そして俺は、この世界に必要のない存在なのだと。
娼婦の子。化け物。悪魔。呪われた子。
先祖返りであり、膨大な魔力を持って生まれた俺は、親からも使用人からも気味悪がられ、恐れられた。
どうやらこの世界の住人は本能的に俺を恐れ、毛嫌いするらしい。この魔力のせいか、それともまた別の要因なのか。
まるで俺の存在そのものが、世界から拒絶されているような気がした。
たとえ世界から嫌われようと、生きていかなきゃならない。まずはこの魔力をコントロール出来るようになって、魔法を覚えよう。
最初に覚えた魔法は『認識阻害』。他者から認識されなくなるように。身体から溢れる魔力も認識出来ないようにした。
次に覚えたのは『転移』。閉じ込められていた部屋からいつでも逃げ出せるように。
その次は『変身術』。俺以外の誰かになれるように。
「小鳥や鼠サイズだと小さすぎて移動や自衛が大変だな……ある程度の大きさで小回りが利く動物……猫とか?」
「はぁ……変身術って身体への負担がでかいな……クソ疲れる……なんで俺がこんな事をしなきゃいけないんだ……」
「転移魔法……一瞬でもっと遠くまで転移出来るように改善するか。座標を合わせるのが難しいんだよな……今日はあと50回ぐらい試してみるか」
俺はこのクソみたいな世界に生まれて、生きるために必死だった。死ぬほど魔法を勉強した。沢山の本を読み、試行錯誤を重ね、改善を続けた。飯を食うために魔法を使って金を稼いだ。
いつか楽になれる。幸せになれる。そう信じていた。
だけど、いつしか疲れた。心が折れた。
これ以上頑張って、何の意味がある? 魔法は使えるようになるだろうが、その後は?
今日を生きることに必死で、未来なんて何も見えない。まるで先の見えない暗闇を無駄に、無作為に、歩き続けているような気がする。
俺がどれだけ頑張っても報われることはない。この胸の寂しさも、心にぽっかりと空いた穴も埋まらない。救われない。
こんな人生がこれから先、一生続くのか?
誰にも愛されず、誰も愛さず、大切なものも何もなく、魔法以外の何にも興味を持てず。意味もなく生きて、ゴミ溜めの中で腐っていくだけ。
いつか何処かで野垂れ死んで、動物か魔獣かに食われて、骨だけになって、その骨すら蹴散らされる。俺が生きた証なんてすべて無くなる。
だったら俺は、何のために生まれた?
なんでこの世界に生まれたんだ?
はぁ……考えるのも面倒だな……。
―――こんな世界、いっそ壊してしまおうか。
俺ならそれが出来る気がした。化け物と言われる俺なら。
そんな時だ、君に出会ったのは。
君を初めて見た時に思ったことは、お人好し。脳天気なバカ。そして、この狂った世界に搾取される側の人間なんだろうと思った。
『レオン』
気安く俺の名前を呼ぶな。
『レオン!』
俺の気持ちも知らないで。
『レオン、大好きだよ!』
このバカ……! 俺も好きだよ……! 大好きだ……。
大事なものなんて作らないつもりだったのに。俺なんかさっさと死んでしまえばいいと思っていたのに。生きたい理由が出来てしまった。
もっと勉強しないと。君をこの世界の何からも、誰からも、守り通せる力を付けないと。
本当はずっと君の隣にいたい。離れたくない。けど、それじゃダメだ。遠い未来でも君の隣にいたいから。君にこれ以上の苦労はかけたくない。いつも頑張っている君を養えるように俺、頑張るよ。
『レオン、おかえり』
ただいま。久しぶりだね。今日も君は綺麗だ。
『あれ? 今日はお花を持ってきてくれたの? マーガレットだね。綺麗……!』
名前も知らなかった小さな花。君に似合うと思ったから、プレゼントした。
『ありがとう。すごく嬉しいよ! レオンは賢いね』
こんなもので良いの? 可愛いな。この笑顔を見るためなら、どんな苦労も苦じゃない。
今は猫の姿だから口に咥えて持ってきたけど……いずれは本当の姿に戻って、花束にして渡そう。もっと素敵なプレゼントも沢山用意するから、待っていて。必ず迎えに行くから。
***
魔法学園。忌々しい場所。君に近付こうとする害虫はさっさと駆除しないと。
『ひと目見た時に分かったんだ! 彼女は僕の運命だって!』
………は?? 誰と、誰が、運命だって?
『彼女なら僕を受け入れてくれる!』
『俺は彼女を愛し、彼女も俺を愛してくれている!』
『どうして私達の愛を邪魔するんだ!?』
『彼女以外なんて目に入らない!』
お前らが、あの子の何を知っている。
あの子の孤独も知らないで、苦労も知らないで、好き勝手言いやがって……。
お前らの運命なんて要らない。
そんな運命、俺が全部ぶっ壊してやる。
『なんだコイツ……強っ……!』
『誰なんだよ、この男……何者なんだ!?』
『ば、化け物ッ……!!』
そうだよ。俺は化け物だ。
だからお前らを、二度とあの子に近付けないようにしてやる!
殺されないだけマシだと思え!!!!
―――突然、視界が真っ暗になった。
ここは何処だ? 一体、何が……。
確か……俺はこの後、あいつらを半殺しにしたはずじゃ……?
《……レオン?》
「え? 君がどうして此処に……?」
《レオン、どうしちゃったの? 怖いよ》
「もしかして今の見てたの? 怖がらせちゃった? ごめんね。君に危害を加えるような真似は絶対にしないから、心配しないで」
《私、やっぱりレオンじゃダメだったみたい。攻略対象の彼らと幸せになるね》
「……え? 何を、言って……」
《さよなら、レオン》
そう言って君は俺に背を向けて、離れていく。どうして? なんで? なんで!?
「ま、待って。待ってよ! 分かった、分かったから! ごめん、怖がらせてごめん! どうしたら許してくれる?
俺、何でもするから! 何が欲しい? 何が望み? 何でもあげる! 叶えたい願いがあるなら、俺が何だって叶えてあげる! だから、待って! こっちを見て……!!
もしかして俺に飽きちゃったの? 俺、つまらなかった? ごめんね、悪いところは全部直せるように頑張るからっ……! 君好みの男になるからっっ……!
俺を嫌いになってもいいから……!! ただ、そばにいてくれっ……!! お願いだ!! 何処にも行かないでくれっ!! 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だよ!!
君のことが好き……! 好きだから……! 愛してる……愛してるから……! 君のためなら死んだって構わないから……! この命だって、魂だって、君に捧げるから……!
俺を捨てないで……!! もう、独りは嫌だよ………! ま……っ……待ってっ……! おねがい、おねがいだからっ……! いかないで……! ぅ、う゛っ……っ……ぇぐっ……おれを……おいて、いかないでぇ……う゛ぅっ……すてないでよぉ……っ……!」
何も見えない。光も射さない暗闇で、俺の泣き声だけが響く。
涙と嗚咽が止まらなくて、子どものように泣きじゃくる。心なしか、身体も幼い頃のように小さくなったように感じた。
かっこ悪いな、俺。こんなんじゃ、君に呆れられて捨てられて、当然なんだ。
このまま暗闇に溶けて、消えてしまいたいな。そして今とは違う俺で、君に巡り会いたい。
今度こそは失敗しない。ちゃんと上手くやるから。君を怖がらせたりしないから。失望させたりしないから。
もっと綺麗で、優しい存在になるから。
そしたら、ずっとそばにいてくれる?
ねえ……応えてよ……。
『レオン!!』
聞き覚えのある、ひだまりみたいな優しい声がする。ああ……この声だ。さっきみたいな冷たい声じゃなくて、この温かい声が聞きたかった。
暗闇に一筋の光が射したと思ったら、世界が真っ白に染まった。
目が覚めるとベッドの上にいた。自分の息が荒い。額から大量の汗が伝う。背中にべっとりと汗が染み付いていた。目からは涙が流れていたようだった。
「レオン、大丈夫? うなされてたけど……」
本物の君がいた。俺の愛おしいヒロインが。あれは……夢だったのか……。
「はぁ……クッッッッソ嫌な夢見た……最ッ悪………」
身体中がベタベタする。素早く洗浄魔法をかけた。こういう時に必死に魔法覚えてきて良かったと実感する。
「どんな夢見てたの?」
「昔の夢……と、君が俺の元から去る夢……」
昔の夢については別に気にしちゃいない。夢は記憶の整理だとも言われているし、過去の事なんて今はどうでもいい。
問題はあの悪夢だ。君が俺を恐れ、俺の元から去り、他の男共……『攻略対象』を好きになって、そいつらと幸せになる夢……。
あれはおそらく、深層心理にある俺の恐れが、夢として具現化したんだろう。やけにリアルだった。夢の中とはいえ、偽物の君に気付かないとは……俺もまだまだだな。
「へえ……昔のことはともかく、夢は所詮夢だよ」
「そうだけど、気分が悪……んんっ……!?」
言葉の続きを口にしようとしたら、口を塞がれた。君からキスされている……!? しかも、舌を絡めて……! こ、ここまで積極的なのは初めてだ……。
長い口付けの後、ようやく解放された。いつも俺が求めてばかりだから、たまには君に攻められるのも良いな……。
「元気、出た?」
「出た。超出た。君からキスしてくれるなんて珍しい……めちゃくちゃ嬉しい……。あ、俺、寝起きだったよね!? 汗も大量にかいてたし! 口の中とか大丈夫だった!?」
「寝ぼけてるの? さっき身体中に洗浄魔法かけてたでしょ」
「そういえば、そうだった……」
「レオンって私が絡むとたまにポンコツになるよね」
う゛ぅ……君の前ではいつだってかっこいい男でありたいのに、俺……めちゃくちゃかっこ悪い……。
「どうすればもっと、かっこいい男になれるんだろう……」
「ん? レオンは十分かっこいいよ? たまにポンコツな所は可愛いし」
「可愛いって……猫の姿じゃないのに?」
「姿なんて関係ないよ。中身でしょ。あ、私の言う『可愛い』は……」
―――愛おしいって、意味だからね。
そう耳元で告げられた。そんなことを言われたら、また顔が赤くなってしまう。なに? 何なの? わざとなの?
「嬉しいけど……ひょっとして……俺を振り回すの、楽しんでる?」
「う~ん……ちょっとだけ!」
「嘘。ちょっとじゃない。すごく楽しんでる」
「バレちゃった? だって、私の言動ひとつで表情コロコロ変えるレオンが可愛くて……!」
「あんまりいじめないでよ……」
口ではそんなことを言いながらも、本心では嬉しくてたまらない。君はどんなにかっこ悪い俺だって、笑って受け入れてくれるから。
優しい君に甘えすぎないように気を付けないと。あの悪夢みたいに、愛想を尽かされるのはごめんだ。
俺を暗闇のドン底から救ってくれたヒロイン。俺の唯一の光。俺のすべて。君のいない世界なんて、何の意味もない。
「レオンって悪夢見るぐらい、私が離れていかないか不安なんだね」
「そりゃそうだよ。俺の魔法で君が何処にいるかはすぐに分かるけど、不安だよ」
「魔法の力って恐ろしいなぁ」
「大丈夫だよ。悪用はしないから」
君のことを常に見守るのは悪用じゃないから。俺の彼女だし、合意の上だしね。
「……そんなに不安なら、私と結婚する?」
「どぉおぉおわああっっ!? げほっ、げほっ……け、けけけ、結婚!!??」
「すっごい声出たね。前にレオンがプロポーズしてくれたでしょ。とりあえず恋人からってことになったけど……レオンは私と家族になりたくない?」
「なりたいです」
即答だった。君が本当に俺の妻になるなんて……。
「これからも末永くよろしくね?」
そう言って笑う君。女神か? 神はここにいたのか? 神殿立てなきゃ。石像作らなきゃ。俺と君以外には絶対入らせないし、絶対見せないけど。
俺だけの女神。俺だけのヒロイン。君はどれだけ俺を幸せにしたら気が済むんだろう。
「うん……俺、超頑張る……! 君との生活のために、国の一つや二つぐらい滅ぼしてでも、お金いっぱい稼いでくるね!!」
「国滅ぼすのはやめてね」
「え~~~!!?? なんで!!??」
俺、この世界に生まれてきて良かった。今はそう思う。君に会えて、君を愛して、君に愛されているんだから。
まあ、この世界自体への執着は全くないから、いざとなったらこの世界を壊してでも、君と一緒に別の世界に住むけどね。
「引っ越し感覚で国やら世界やら滅ぼそうとするのやめよっか、レオン」
君も俺の考えてることがだいぶ分かるようになってきたみたい。両想いって素晴らしいね。
■後日談
「え……マジで魔法学園って何だったの!? レオンの魔法のレベルが高すぎる! 教え方もすごく上手いし!」
「だから言ったでしょ? あんなの赤子レベルだよ。あいつらは魔法ってものを何も理解してないからね。魔力量だけの問題じゃなくて、想像力が足りないんだよ」
「わぁあああ~~!! 魔法ってこんなにすごかったんだ! 最っっっ高!! ねぇ、もっと教えて! 教えてよ! お願い、レオン!」
「クソッ……俺の妻が可愛すぎる……! もう俺、死んでもいい……! 死んでも殺されても君を離さないけど。早く不老不死の魔法を作らないと……君と永遠に生きていくんだ……不老不死が無理だとしても、来世で必ず巡り会えるようにしないと……。いっそ、魂を繋げる……? 禁術は大体目を通したけど、古代の魔法に似たようなものがあったはず。調べてみるか……いざとなったら悪魔と契約するのもアリだな……」
「レオン、それはやりすぎ」
私だけのヒーローは、愛が重すぎる。
それも彼の魅力の一つなんだけどね?
「そういえば、人の心を読む魔法ってあるの?」
「無いよ? あったら色々と便利そうなんだけどね。尋問しなくて済むし。……ああ、何で俺が君の考えてることが分かるかって話? そんなの簡単だよ、愛の力ってやつ。君の事を小さい頃からそばで見てきたからね。俺には嘘も通用しないよ。本音じゃないのが分かっちゃうから。今日までの会話も、一字一句覚えてる。君と出会った日、俺に名前を付けてくれた日、初めて俺と一緒に出かけてくれた日……いつ何処で何をしてくれたのか、何を言ってくれたのか、全部鮮明に覚えてるよ」
……レオンって実はかなり優秀なのでは?
娼婦の子。化け物。悪魔。呪われた子。
先祖返りであり、膨大な魔力を持って生まれた俺は、親からも使用人からも気味悪がられ、恐れられた。
どうやらこの世界の住人は本能的に俺を恐れ、毛嫌いするらしい。この魔力のせいか、それともまた別の要因なのか。
まるで俺の存在そのものが、世界から拒絶されているような気がした。
たとえ世界から嫌われようと、生きていかなきゃならない。まずはこの魔力をコントロール出来るようになって、魔法を覚えよう。
最初に覚えた魔法は『認識阻害』。他者から認識されなくなるように。身体から溢れる魔力も認識出来ないようにした。
次に覚えたのは『転移』。閉じ込められていた部屋からいつでも逃げ出せるように。
その次は『変身術』。俺以外の誰かになれるように。
「小鳥や鼠サイズだと小さすぎて移動や自衛が大変だな……ある程度の大きさで小回りが利く動物……猫とか?」
「はぁ……変身術って身体への負担がでかいな……クソ疲れる……なんで俺がこんな事をしなきゃいけないんだ……」
「転移魔法……一瞬でもっと遠くまで転移出来るように改善するか。座標を合わせるのが難しいんだよな……今日はあと50回ぐらい試してみるか」
俺はこのクソみたいな世界に生まれて、生きるために必死だった。死ぬほど魔法を勉強した。沢山の本を読み、試行錯誤を重ね、改善を続けた。飯を食うために魔法を使って金を稼いだ。
いつか楽になれる。幸せになれる。そう信じていた。
だけど、いつしか疲れた。心が折れた。
これ以上頑張って、何の意味がある? 魔法は使えるようになるだろうが、その後は?
今日を生きることに必死で、未来なんて何も見えない。まるで先の見えない暗闇を無駄に、無作為に、歩き続けているような気がする。
俺がどれだけ頑張っても報われることはない。この胸の寂しさも、心にぽっかりと空いた穴も埋まらない。救われない。
こんな人生がこれから先、一生続くのか?
誰にも愛されず、誰も愛さず、大切なものも何もなく、魔法以外の何にも興味を持てず。意味もなく生きて、ゴミ溜めの中で腐っていくだけ。
いつか何処かで野垂れ死んで、動物か魔獣かに食われて、骨だけになって、その骨すら蹴散らされる。俺が生きた証なんてすべて無くなる。
だったら俺は、何のために生まれた?
なんでこの世界に生まれたんだ?
はぁ……考えるのも面倒だな……。
―――こんな世界、いっそ壊してしまおうか。
俺ならそれが出来る気がした。化け物と言われる俺なら。
そんな時だ、君に出会ったのは。
君を初めて見た時に思ったことは、お人好し。脳天気なバカ。そして、この狂った世界に搾取される側の人間なんだろうと思った。
『レオン』
気安く俺の名前を呼ぶな。
『レオン!』
俺の気持ちも知らないで。
『レオン、大好きだよ!』
このバカ……! 俺も好きだよ……! 大好きだ……。
大事なものなんて作らないつもりだったのに。俺なんかさっさと死んでしまえばいいと思っていたのに。生きたい理由が出来てしまった。
もっと勉強しないと。君をこの世界の何からも、誰からも、守り通せる力を付けないと。
本当はずっと君の隣にいたい。離れたくない。けど、それじゃダメだ。遠い未来でも君の隣にいたいから。君にこれ以上の苦労はかけたくない。いつも頑張っている君を養えるように俺、頑張るよ。
『レオン、おかえり』
ただいま。久しぶりだね。今日も君は綺麗だ。
『あれ? 今日はお花を持ってきてくれたの? マーガレットだね。綺麗……!』
名前も知らなかった小さな花。君に似合うと思ったから、プレゼントした。
『ありがとう。すごく嬉しいよ! レオンは賢いね』
こんなもので良いの? 可愛いな。この笑顔を見るためなら、どんな苦労も苦じゃない。
今は猫の姿だから口に咥えて持ってきたけど……いずれは本当の姿に戻って、花束にして渡そう。もっと素敵なプレゼントも沢山用意するから、待っていて。必ず迎えに行くから。
***
魔法学園。忌々しい場所。君に近付こうとする害虫はさっさと駆除しないと。
『ひと目見た時に分かったんだ! 彼女は僕の運命だって!』
………は?? 誰と、誰が、運命だって?
『彼女なら僕を受け入れてくれる!』
『俺は彼女を愛し、彼女も俺を愛してくれている!』
『どうして私達の愛を邪魔するんだ!?』
『彼女以外なんて目に入らない!』
お前らが、あの子の何を知っている。
あの子の孤独も知らないで、苦労も知らないで、好き勝手言いやがって……。
お前らの運命なんて要らない。
そんな運命、俺が全部ぶっ壊してやる。
『なんだコイツ……強っ……!』
『誰なんだよ、この男……何者なんだ!?』
『ば、化け物ッ……!!』
そうだよ。俺は化け物だ。
だからお前らを、二度とあの子に近付けないようにしてやる!
殺されないだけマシだと思え!!!!
―――突然、視界が真っ暗になった。
ここは何処だ? 一体、何が……。
確か……俺はこの後、あいつらを半殺しにしたはずじゃ……?
《……レオン?》
「え? 君がどうして此処に……?」
《レオン、どうしちゃったの? 怖いよ》
「もしかして今の見てたの? 怖がらせちゃった? ごめんね。君に危害を加えるような真似は絶対にしないから、心配しないで」
《私、やっぱりレオンじゃダメだったみたい。攻略対象の彼らと幸せになるね》
「……え? 何を、言って……」
《さよなら、レオン》
そう言って君は俺に背を向けて、離れていく。どうして? なんで? なんで!?
「ま、待って。待ってよ! 分かった、分かったから! ごめん、怖がらせてごめん! どうしたら許してくれる?
俺、何でもするから! 何が欲しい? 何が望み? 何でもあげる! 叶えたい願いがあるなら、俺が何だって叶えてあげる! だから、待って! こっちを見て……!!
もしかして俺に飽きちゃったの? 俺、つまらなかった? ごめんね、悪いところは全部直せるように頑張るからっ……! 君好みの男になるからっっ……!
俺を嫌いになってもいいから……!! ただ、そばにいてくれっ……!! お願いだ!! 何処にも行かないでくれっ!! 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だよ!!
君のことが好き……! 好きだから……! 愛してる……愛してるから……! 君のためなら死んだって構わないから……! この命だって、魂だって、君に捧げるから……!
俺を捨てないで……!! もう、独りは嫌だよ………! ま……っ……待ってっ……! おねがい、おねがいだからっ……! いかないで……! ぅ、う゛っ……っ……ぇぐっ……おれを……おいて、いかないでぇ……う゛ぅっ……すてないでよぉ……っ……!」
何も見えない。光も射さない暗闇で、俺の泣き声だけが響く。
涙と嗚咽が止まらなくて、子どものように泣きじゃくる。心なしか、身体も幼い頃のように小さくなったように感じた。
かっこ悪いな、俺。こんなんじゃ、君に呆れられて捨てられて、当然なんだ。
このまま暗闇に溶けて、消えてしまいたいな。そして今とは違う俺で、君に巡り会いたい。
今度こそは失敗しない。ちゃんと上手くやるから。君を怖がらせたりしないから。失望させたりしないから。
もっと綺麗で、優しい存在になるから。
そしたら、ずっとそばにいてくれる?
ねえ……応えてよ……。
『レオン!!』
聞き覚えのある、ひだまりみたいな優しい声がする。ああ……この声だ。さっきみたいな冷たい声じゃなくて、この温かい声が聞きたかった。
暗闇に一筋の光が射したと思ったら、世界が真っ白に染まった。
目が覚めるとベッドの上にいた。自分の息が荒い。額から大量の汗が伝う。背中にべっとりと汗が染み付いていた。目からは涙が流れていたようだった。
「レオン、大丈夫? うなされてたけど……」
本物の君がいた。俺の愛おしいヒロインが。あれは……夢だったのか……。
「はぁ……クッッッッソ嫌な夢見た……最ッ悪………」
身体中がベタベタする。素早く洗浄魔法をかけた。こういう時に必死に魔法覚えてきて良かったと実感する。
「どんな夢見てたの?」
「昔の夢……と、君が俺の元から去る夢……」
昔の夢については別に気にしちゃいない。夢は記憶の整理だとも言われているし、過去の事なんて今はどうでもいい。
問題はあの悪夢だ。君が俺を恐れ、俺の元から去り、他の男共……『攻略対象』を好きになって、そいつらと幸せになる夢……。
あれはおそらく、深層心理にある俺の恐れが、夢として具現化したんだろう。やけにリアルだった。夢の中とはいえ、偽物の君に気付かないとは……俺もまだまだだな。
「へえ……昔のことはともかく、夢は所詮夢だよ」
「そうだけど、気分が悪……んんっ……!?」
言葉の続きを口にしようとしたら、口を塞がれた。君からキスされている……!? しかも、舌を絡めて……! こ、ここまで積極的なのは初めてだ……。
長い口付けの後、ようやく解放された。いつも俺が求めてばかりだから、たまには君に攻められるのも良いな……。
「元気、出た?」
「出た。超出た。君からキスしてくれるなんて珍しい……めちゃくちゃ嬉しい……。あ、俺、寝起きだったよね!? 汗も大量にかいてたし! 口の中とか大丈夫だった!?」
「寝ぼけてるの? さっき身体中に洗浄魔法かけてたでしょ」
「そういえば、そうだった……」
「レオンって私が絡むとたまにポンコツになるよね」
う゛ぅ……君の前ではいつだってかっこいい男でありたいのに、俺……めちゃくちゃかっこ悪い……。
「どうすればもっと、かっこいい男になれるんだろう……」
「ん? レオンは十分かっこいいよ? たまにポンコツな所は可愛いし」
「可愛いって……猫の姿じゃないのに?」
「姿なんて関係ないよ。中身でしょ。あ、私の言う『可愛い』は……」
―――愛おしいって、意味だからね。
そう耳元で告げられた。そんなことを言われたら、また顔が赤くなってしまう。なに? 何なの? わざとなの?
「嬉しいけど……ひょっとして……俺を振り回すの、楽しんでる?」
「う~ん……ちょっとだけ!」
「嘘。ちょっとじゃない。すごく楽しんでる」
「バレちゃった? だって、私の言動ひとつで表情コロコロ変えるレオンが可愛くて……!」
「あんまりいじめないでよ……」
口ではそんなことを言いながらも、本心では嬉しくてたまらない。君はどんなにかっこ悪い俺だって、笑って受け入れてくれるから。
優しい君に甘えすぎないように気を付けないと。あの悪夢みたいに、愛想を尽かされるのはごめんだ。
俺を暗闇のドン底から救ってくれたヒロイン。俺の唯一の光。俺のすべて。君のいない世界なんて、何の意味もない。
「レオンって悪夢見るぐらい、私が離れていかないか不安なんだね」
「そりゃそうだよ。俺の魔法で君が何処にいるかはすぐに分かるけど、不安だよ」
「魔法の力って恐ろしいなぁ」
「大丈夫だよ。悪用はしないから」
君のことを常に見守るのは悪用じゃないから。俺の彼女だし、合意の上だしね。
「……そんなに不安なら、私と結婚する?」
「どぉおぉおわああっっ!? げほっ、げほっ……け、けけけ、結婚!!??」
「すっごい声出たね。前にレオンがプロポーズしてくれたでしょ。とりあえず恋人からってことになったけど……レオンは私と家族になりたくない?」
「なりたいです」
即答だった。君が本当に俺の妻になるなんて……。
「これからも末永くよろしくね?」
そう言って笑う君。女神か? 神はここにいたのか? 神殿立てなきゃ。石像作らなきゃ。俺と君以外には絶対入らせないし、絶対見せないけど。
俺だけの女神。俺だけのヒロイン。君はどれだけ俺を幸せにしたら気が済むんだろう。
「うん……俺、超頑張る……! 君との生活のために、国の一つや二つぐらい滅ぼしてでも、お金いっぱい稼いでくるね!!」
「国滅ぼすのはやめてね」
「え~~~!!?? なんで!!??」
俺、この世界に生まれてきて良かった。今はそう思う。君に会えて、君を愛して、君に愛されているんだから。
まあ、この世界自体への執着は全くないから、いざとなったらこの世界を壊してでも、君と一緒に別の世界に住むけどね。
「引っ越し感覚で国やら世界やら滅ぼそうとするのやめよっか、レオン」
君も俺の考えてることがだいぶ分かるようになってきたみたい。両想いって素晴らしいね。
■後日談
「え……マジで魔法学園って何だったの!? レオンの魔法のレベルが高すぎる! 教え方もすごく上手いし!」
「だから言ったでしょ? あんなの赤子レベルだよ。あいつらは魔法ってものを何も理解してないからね。魔力量だけの問題じゃなくて、想像力が足りないんだよ」
「わぁあああ~~!! 魔法ってこんなにすごかったんだ! 最っっっ高!! ねぇ、もっと教えて! 教えてよ! お願い、レオン!」
「クソッ……俺の妻が可愛すぎる……! もう俺、死んでもいい……! 死んでも殺されても君を離さないけど。早く不老不死の魔法を作らないと……君と永遠に生きていくんだ……不老不死が無理だとしても、来世で必ず巡り会えるようにしないと……。いっそ、魂を繋げる……? 禁術は大体目を通したけど、古代の魔法に似たようなものがあったはず。調べてみるか……いざとなったら悪魔と契約するのもアリだな……」
「レオン、それはやりすぎ」
私だけのヒーローは、愛が重すぎる。
それも彼の魅力の一つなんだけどね?
「そういえば、人の心を読む魔法ってあるの?」
「無いよ? あったら色々と便利そうなんだけどね。尋問しなくて済むし。……ああ、何で俺が君の考えてることが分かるかって話? そんなの簡単だよ、愛の力ってやつ。君の事を小さい頃からそばで見てきたからね。俺には嘘も通用しないよ。本音じゃないのが分かっちゃうから。今日までの会話も、一字一句覚えてる。君と出会った日、俺に名前を付けてくれた日、初めて俺と一緒に出かけてくれた日……いつ何処で何をしてくれたのか、何を言ってくれたのか、全部鮮明に覚えてるよ」
……レオンって実はかなり優秀なのでは?
応援ありがとうございます!
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