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第五章 冒険者編
57 組合長レッドは怖い人でした
しおりを挟むカレンとシフォンの冒険者登録が終わると、レッドさんは引き出しから一枚の紙を取り出した。
「改めて……君たちには森に生息する空腹熊の討伐をお願いしたい。数は問わない。期間は五日間。期間内に空腹熊を討伐し、証拠として【空腹熊の毛皮】を持ってくること。これがF級冒険者にする条件だ」
空腹熊。
聞いたことない魔物だ。
でも、そんなに恐ることはない。
だってF級冒険者になるための試験だ。スライムのように誰でも倒せるほど弱くはないだろうが、強くもないはずだ。
おそらく最低限の狩りができる力量があれば苦戦しないレベル。
なら僕たちの敵ではない。
「……驚かないんだね」
余裕の顔でいるのが気になったのか、レッドさんにそんなことを言われた。
「驚く? なぜですか?」
「いや、なんでもないよ」
「そうですか?」
何か言いたそうだったけど。まあいいか。
「この依頼書を受付に提出することで依頼の受諾となるよ。受諾すると依頼はキャンセルできないから注意してね」
レッドさんが取り出した紙は依頼書だったようだ。
受け取った依頼書には依頼内容と依頼者であるレッドさんの名前が記されていた。
他にも色々と書いてあるけど。
「あれ? この注意事項の違約金ってなんですか?」
「ああ。受諾した依頼を途中で棄権したり、期間内に依頼を達成できなかったときに違約金がかかるんだ。お仕事として受けるんだから当然だね」
「なるほど」
「まあ今回は冒険者の適性を見る特別な依頼だから、失敗しても違約金はかからないから関係ないけどね」
その代わり、とレッドさんは再三にわたって述べてくる。
「最初に伝えたように、依頼を失敗した場合はアレク君たちには今後一切の依頼の受諾を禁ずる。冒険者にはなれないから留意してもらいたい」
「わかっています」
いくらレッドさんに脅されようが気持ちは変わらない。
この依頼を成功させ、冒険者になるんだ。絶対に。
それから何点か注意事項の説明を受け、組合長室から見える街が茜色に染まり始めた頃。
「__これで説明は以上だ。最後に、ぼくから君たちへアドバイスをしよう。『命の危険を感じたら迷わず逃げろ』。……じゃあ、頑張ってね」
「ありがとうございました。シフォン、カレン行くよ」
僕は立ち上がると、長時間でうつらうつらしていたシフォンとカレンを起こして組合長室を後にした。
途中からやけに静かだと思ったら二人して寝ていたらしい。
困ったパーティーメンバーだ。
「ん?」
扉の近くの柱の影に誰かいた。
敵意は感じないから隠れているわけではないのだろう。
「……ったく、ようやく終わったか。俺様をこんなに待たせても許されるのはお前らくらいだぜ。感謝しろよな」
その人はやれやれと肩をすくめながら立ち上がる。
「そういえばいたっけ」
ルドだった。ルドはあれからずっと部屋の外で待っていたらしい。時間にして3時間半くらいか。
辛抱強いのか、それとも単にアホなのか。
僕が判断にあぐねていると、僕の手にある依頼書が目に入っただろう。
「懐かしいな。俺も昔レッドさんから受けたっけな。お前らには角兎なんて余裕な魔物だろうが念の為気をつけろよ。森は何があるか分からねえからな」
「角兎?」
「ああ? 説明受けたんだろ? 角兎を狩ってこいって」
「いや空腹熊だけど」
「馬鹿言うなよ。空腹熊といやあB級の魔物だぜ。俺だって一人じゃギリギリ勝てるかどうかの相手だ。冒険者にもなっていないタマゴに仕向ける依頼じゃない」
「でもこれ……」
僕は証拠としてルドに依頼書を見せようとするが、
「あんたこんなところで待ってたの? 馬鹿じゃない?」
眠気眼を擦りながらカレンが放った言葉でそれは叶わなかった。
「んだよ。レッドさんに待ってろって言われたんだから待つに決まってるだろ。なんか文句あるかよ」
ルドが睨みを効かせる。以前とは違い手を出さないのは僕とシフォンがいるからだろう。
特に調教の件からシフォンのことは相当警戒しているようで、チラチラとシフォンの顔色を窺い見ている。
調教の効果は絶大らしい。
「今度詳しく教えてもらおうかな」
役立つかは分からないが、知っておいて損はなさそうだ。
余計なことを考えている間にもカレンとルドの話は続く。
「呆れた……レッドさんはわたし達の用が済むまであなたに待機を命じたのよ?」
「そうだ。だからここで待っていたんだろ」
「ふっ」
「何がおかしい?」
「別にレッドさんは場所は指定していなかった。そうでしょアレク?」
「う、うん。そうだね」
僕がルドをアホだと思ったのはそういうことだ。
別に組合長室の前で待つ必要はない。
カレンも同じことを思ったのだろう。
「ならそんな薄暗く寒いところじゃなくて、ロビーとかでよかったんじゃないの?」
「あ……」
ルドが一瞬放心したように動きが止まった。
思いつかなかった。
そんな顔をしている。
「い、いや、違う! 俺はお前らが心配だったんだ!」
自分が情けない表情になっていることに遅まきながら気づいたルドが取り繕うように言った。
「心配?」
「レッドさんは怒らせると怖い人だからな。大丈夫かなってな」
聞いていて苦しい言い訳だったが僕は彼の顔を立てることにした。
ルドはこれから僕たちの先輩になる人だ。
後輩として助けてあげるべきだろう。
「へー。ルドは優しいんだね」
「そ、そんなことないぜ」
少し照れくさそうなルドに。
「こいつ馬鹿ね」
「馬鹿です」
二人の女子は冷たい視線を向けるのだった。
「お、俺はレッドさんに呼ばれていたからな。そろそろ行くぜ。また会おうな未来の後輩たち」
カレンとシフォン___特にシフォンから逃げるようにしてルドは組合長室に入って行った。
組合長とA級冒険者。
二人で何を話すんだろう。
気にはなったが盗み聞きするべきではない。
「じゃあ依頼を受付に持って行こうか」
「そうね」
「はいです」
ルドを見送り三人で階段を降りようとした時だった。
さっきまでいた組合長室からドゴンッという凄まじい衝撃音が轟いた。
「なんだ!?」
思わず振り向く僕たち。
そんな中、扉が開かれる。
土煙を纏いながら現れたのは顔を盛大に腫らしたルドだった。
髪色と歩き方でなんとか判別できたが顔だけ見てルドだと分かる人は少ないのではないだろうか。
それほど酷い有様だ。
「よ、よう。また会ったな」
自分に向けられる三つの視線に気づいたルドがこちらを向き手を挙げた。
うまく顔が動かないのだろう。ぎこちない笑み?になっていた。
息を呑む。
A級冒険者のルドがここまでなる相手。いや、できる相手。
僕はたまたまルドが手加減をしてくれたから宿の喧嘩で勝てたと思っている。
周りにいた冒険者も手加減しているとかなんとか囁いていたからね。
でも、これは偶然じゃない。
偶然で顔の形が変わるまで殴れない。さっきの異様な衝撃音もそうだ。
組合長レッド。
ルドの言う通り、怒らせてはならない相手なのかもしれない。
「レッドさんは怒らせないようにしようか」
「そ、そうね」
「は、はいです」
ルドの顔を見ながら何度も頷く二人と共に、僕は今度こそ受付を目指すのだった。
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