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逃走した英雄と聖女と

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ミュリエルは前世のアレンと同じように強く大きい魔力の器の持ち主だった
元々何の属性でも使いこなすアレンだったが、癒す魔法は得意ではなく
できるのは切り傷や打身の応急処置程度だった

もしこの力があの時あれば死なずに済んだだろうか


『それは無理ね』

久しぶりに自分の中に響く声
女神の声だ

『その力はわたし達からのギフトの一つだけど
自分には使えないのよ』

そっか、でもおかげで、大事な人を救うことはできる

ありがとうと見えない女神にお礼を言う

女神の温かい気配が消えミュリエルは眠っている体の中で考えている


この力を使うのはこれで3度目

これを使ったら意識が保てないほど魔力が枯渇する

1度目は子供の時兄に

あの時は2日、目が覚めなかった

それ以降未熟な身体で使うのは危険だと判断して使うことはなかった

2度目はさっき、ライアンとその同僚の騎士
この時は少しふらつく程度だった

自身の成長と彼らの傷の程度がそこまでひどくなかったためだろう

成長して、試しに使っておきたかったのもあった
やはりごっそり魔力と体力が削られた感覚があったが、意識は保っていた
そのあとも魔法は使えたし

しかし3度目のライアンの傷は、ほっとけば命に関わるものだった
治療後
やはり意識を保てなかったみたいだ

あれから長く眠ってしまっている気がする
目を覚まさないと

疲れた身体はまだ休養を欲しているとわかっていたけど
無理やり瞼を開く
辺りは暗く夜のようだった


「目が覚めた?」

優しい声

「お母様、、?」

少し掠れた自分の声
優しい手がミュリエルの前髪をすいて分けてくれた

額に程よく冷たい布が置かれていた
首に手を添えられて少し上体を起こされると
侍女のマリベルが小さな水差しで水を飲ませてくれる

ここは、、王都の別邸の自分の部屋だった

「まだ夜だから、ゆっくり寝ていて、お腹は空いている?」

「今は、いい、もう少し眠っていい?」

「もちろんよ、心配なことはもう全て終わったからゆっくり眠って」

母の優しい声にまた瞼が落ちる
よかった、母の言葉に安心してまた眠りに落ちていく

エミリアは静かに立ち上がると、侍女に娘についているように言い
ミュリエルの部屋を出る

リビングに出ると
ランディが難しい顔で王都新聞を読んでいた

あれから3日
新聞には逃げた賊の行方が掴めないこと、そして
王家は王族を救った二人の男女の行方を探しているということが書かれていた

「しかし、賊は取り押さえていたのでしょう?なぜ逃げられてしまったの?」

エミリアの問いにランディは推測で答える

「多分、ミュリエルの意識がなくなったあと
拘束の魔法陣の効果も切れてしまったのでしょう」

あのフードの男は王都の魔法士が張っていた結界を破って侵入している
かなりの使い手だったに違いない

「片腕を切り落とし、片足の腱を切ったから
逃げられてしまうとは思いませんでした」

騎士共がすぐ取り押さえてくれていれば逃げられることもなかったろうが
あの状況と、侵入者の力量を考えれば仕方ないのかもしれない

「それよりも、俺たちの顔が暗がりで特定できなかったことが幸いです」

新聞には金髪の聖女、水の魔法剣を使う英雄の行方を探していると書かれていた

「ミュリエルは金髪ではないし、ランディも水の魔法剣士ではないから
身元はこのままわからないのじゃなくて?」

エミリアの言葉にランディは頷く

あの夜会場は薄暗く、炎の赤みで
ミュリエルの髪色がピンクゴールドに見えなかったのかもしれない、
自分の赤い髪も炎のせいでよくわからなかったに違いない

それにあの時は火を防ぐために水魔法を扱いやすい剣の形を持って
攻撃に使っただけだ、これ以降使わないようにすればわからないだろう

母の言う通りだ

「このまま知らんふりしていればいいわ」

「そうですね」

面倒ごとは避ける
ミュリエルを聖女にでも祭り上げられるのはほんとうに面倒だ

聖女というか魔女という方があっている気がするが
ミュリエルが使っているのは聖魔法ではないと思う

あれは自分の魔力と気力とを使った
回復を異常に促進させる魔法なんじゃないだろうか

治す対象の傷が今回のように重傷であれば
ミュリエルの体力も魔力も極限まで枯渇する

あの日から3日目の夜、やっと目を開けた

そしてまた眠ってしまったと母はリビングのソファに腰を下ろした

「王城に侵入して王族を襲うなんて、その賊、しかもたった一人なのでしょう?」

王都の騎士も大したことないのね
と母は侍女の入れた紅茶に口をつける

「王都の魔法士は減っていると言います、俺も魔法士長に勧誘を受けましたよ」

ランディは城の宰相の元で働いている

魔力は強い方だが、少ないと偽って魔力量も使える属性も隠している

そんなふうに隠していても、少しでも魔力があると

王都の魔法士にならないかと勧誘してくるのだ

自分は父の跡を継ぐ予定であるし、

「ミュリエルの力を知られるときっとまた勧誘にきますよあの爺さんはしつこい」

もともと魔力持ちの人間が減ってきている昨今

だいたいの魔力持ちは王都の魔法士となって王国に所属する

給料も騎士や兵士より何倍もいい

しかし
ミュリエルは騎士になるという

憧れの青の騎士団

「そういえば、王太子を庇って瀕死の火傷を負った青の騎士団の副団長」

「ああ、ライアン・アルディンですね」

「今日の昼にここへ訪ねてきたのよ、その人がミュリエルの助けた騎士なの?」

昼はランディは仕事で出ていたので副団長がここに来たと聞いて驚いた

「そうです、、、、。だが、なぜ、ミュリエルに?
あの時彼は意識がなかったのでミュリエルが彼を癒したことはわからないはず」

「そう、、、でも副団長さんはミュリエルにお礼が言いたいといっていたわよ
   明日また来ると言っていたから、詳しい話を聞いて必要であれば口止めを」

「はい」

そもそもなぜミュリエルはあの副団長を助けたのか
憧れの青の騎士団に恩を売る?

いやあの妹はそういうことは考えない
知り合い?

ランディはため息をつく
推測で考えても仕方ない、ミュリエルはこの様子だと明日にでも目を覚ますだろう
母は一度ミュリエルが目を覚まして安心したのか自分の寝室へ戻って行った
2日も夜通し看病していてつかれたのだ

時計をみると深夜
ランディもまた休むべく自室に戻っていった

夜が明ける

グウぅ

「はっ」

ミュリエルは自身のお腹の音で目を覚ました

「お腹がへった」

マリベルはミュリエルが目を覚まして発した言葉に涙を流して

「朝食をお持ちします」

と部屋を出て行く

このお腹の減りようは、2日は寝ていたわね
そう思っていたが、実際は3日であるとマリベルは教えてくれた

「心配かけてごめんね」

食事を終えると母に抱きしめられた

「もうこのような無茶は禁止よ、守れないなら騎士の試験は受けさせられないわ」

「はい」

母を悲しませてしまった

「ごめんなさい、お母様」

魔力はだいぶ回復した、体力がまだだ

「昼食はもっとガッツリお肉が食べたいです、量多めで」

母との抱擁を見ていた兄は呆れた顔をして

「料理長に頼んでくるよ」
と部屋を出て行く

兄のランディはあんな冷めた顔をしているがとても優しく努力家だ

ミュリエルはそんな兄が大好きだった

戻ってきたランディに3日前の顛末を聞いて、
フードの男に逃げられたのは自分の弱さだと反省した、
もっと体力も魔力量もつけないと

「それはそうと、ミュリエル、青の騎士団の副団長と知り合いなのか?」

兄の問いに、正直に答える
あの会場の前に中庭で治療したこと
この王都に来た初日に挨拶を交わし知り合いになったこと

兄は合点がいったように頷いた

「そうだったか、だから自分の傷を癒したのがお前だと確信しているのだろうな
、彼がお前に会いたいと連日訪ねてきている」

「そう、でも王族の方々にも他の目撃者の方々にも私の素性は漏れていない」

「ああ、多分、他言してないようだ」

きっとあの時、騎士になりたいので秘密にと言ったことを守ってくれているのだろう

「もし、今日来られたら、お会いします」

そうと決まったら
「マリベル!行きつけのスイーツ店でフルーツタルトを買ってきて」

甘いものが食べたいし、お客さまにもお出ししたい
兄はまた残念なものを見る目で妹を見ていた

魔力はほとんど戻った
ブラウスにスリムなパンツ、ブーツを着用して、愛用の剣を持つ

3日寝ていたから体が鈍ってしまっただろう
屋敷の中庭に出て準備運動をし、素振りを開始

通りかかった兄に相手を頼むが断られてしまった

「今日はまだ寝ていろよ」
と兄の呆れ半分、心配半分な言葉につい微笑む

「お嬢様ー」

その時マリベルが帰ってきた

「お客さまです、お茶をご用意してきます、来客室へ」

「ありがとう」

もっと体を動かしたかったが仕方ない、ライアンが来たのだろう
スイーツとお茶を頂こう

来客室にいくと、ライアンが待っていた

「ごきげんよう、お待たせしてしまいました」

対応していた母がふうと嘆息した

「お客さまの前にその格好」

「ああ、すいません、剣の稽古をしていたもので」

ミュリエルは構わずソファに腰を下ろす

「ライアン様、秘密を守ってくれてありがとうございます」

「いえ、当然のことです。その節はありがとうございました。
あの日2度も助けていただいた、ミュリエル様こそ自分の命の恩人です」

そこへノックの音がして、マリベルが紅茶とタルトを持ってきた
テーブルに美味しそうなタルトと紅茶が並ぶ

「奥様もこちらでお召し上がりになりますか?」

「いえ、私は結構よ」

母は席を立ち「ごゆっくり」と退室した。
兄が同席する予定だったがミュリエルが自分一人でいいと断った。

ドアのそばにはマリベルが立つ

ミュリエルはライアンに紅茶とタルトを進める

「私の好きなお店のタルトなんです。よかったらお召し上がりください」

「ここのスイーツ、姉達も好きでよく買ってきていました。懐かしい」

ミュリエルは団長の二人の娘達を思い浮かべた

「もうお屋敷にはいらっしゃらないんですか?」

「はい、二人ともそれぞれ嫁いで行きました、
今は母と使用人達で暮らしています。」

ミュリエルは浮かんだ疑問をそのまま問う

「お父様は?」

ライアンは少し寂しそうに懐かしそうに笑う

「父は17年前に、自分が子供の頃亡くなりました」

 は?

ガチャンとミュリエルの持っていたフォークが落ちた

どういう事
団長も私と同じ時期に亡くなって?

女神は私の願いを叶えてくれたのではないの?
みるみる顔色が悪くなるミュリエルをライアンは心配そうに伺った

「ミュリエル様?」

私が彼のいないところに生まれ何の意味があるというの

フラりと眩暈がした

「お嬢様、やっぱりまだ休養が必要です」

マリベルがよろめくミュリエルの体を支える

「ミュリエル様、顔色が、、」

慌てて駆け寄るライアンの顔を見上げる

団長の面影の残る顔が心配そうにミュリエルを見ていた

「ごめんなさい、ライアン様、せっかくきていただいたのに」

「いえ、一言お礼が言いたく押しかけてしまった私が悪いのです、
ゆっくりお休みください」

ありがとうと言ってマリベルと自室に戻り一人になると
女神に呼びかける

しかし、答えてはくれないようだ
そもそも今までだって簡単に話せたわけではない

思えば、女神と話せたのは意識が薄い、、、死にかけた時ばかり

団長は死んでいる?

でも女神は望みを叶えるといった

もしかして、私のように次の生を生きているというの?

私のように別人に生まれ変わって?

私のように前世の記憶があれば私のようにライアンや奥様に、娘達に会いにくる?

一縷の可能性に辿り着く
団長の大事なもの、家族と青の騎士団

もしかして、青の騎士団の中に団長の生まれ変わりがいるかもしれない

ミュリエルはいつのまにか流していた涙を袖で拭うと
当初の目的、騎士団入団試験を受ける事を今一度、誓う


団長を探し出してみせる
それには思いださなければ
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