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第2章 サトル、出会う

2-3-1 勧誘地獄その1、インテリエルフを添えて

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 勧誘を受けるなんて、中高で部活の呼び込みでチラシもらったことがあるぐらいだったから、まあそんな感じなのかな~なんて思った日もありました。
 もし交渉スキルがなかったら、常時発動のコミュ症と人見知りしか残らない俺は黙ってうつむいたまま、ただただ嵐が過ぎることを待つしかできなかっただろう。
 でも今回は交渉スキルに加えてピルピルさんもいるし、ギルドの職員が立ち会ってくれるらしいし、そんな怖がるようなことはないはず。
 ………全力で甘かった!!

「サトル・ウィステリア君。続けて大丈夫ですか?」
「ちょ…っと、待ってください」
「よろしい。三分待ちましょう」

 この人絶対仕事できそう…頭超良さそう……。
 くいっと眼鏡を押し上げて俺に声をかけてくれたのは、このギルドの職員の一人でエルム・ヘレボルスさん。見た目は二十代にも三十代にも見えるけど、エルフだからあてにならない。
 神父さんが言ってた「エルムでもおそらくできない」のエルムさんだと思う。
 月の光みたいな金色でエルフにしては珍しい短髪、春の植物の葉っぱっぽい柔らかい緑色の目、尖った長い耳と真珠色の肌。筋肉をあまり感じないすらっとした長身で、なんかもう全身からインテリっぽさと魔力がめちゃくちゃ高そうとか醸し出してる。
 眼鏡もなんかフレームに細かい金銀細工と宝石っぽいのがこっそり入ってるし、これぞ魔導士の制服って感じのずるっとした白いローブも、たぶん絹だと思う。つるつるしてて織り目が綺麗っていうか、糸の紡ぎ方からしてもう俺の服と違うもん。
 なんなら貴族かも? あれ、でもエルフで貴族はないか。じゃあ高給取りに違いない。
 柄が悪い人とは別方向で俺が苦手なタイプだ!
 お願いだからもっとモブっぽい人を! 俺の同志を連れてきてください!!
 ここは冒険者ギルドの職員専用エリアにある応接室だ。ほかにも会議室とかあるらしい。
 広さは十畳ぐらいかな。こっちの建物共通で天井が高くて家具もゆったりした作りだ。いろんな種族がいるから、一番大きな巨人族タイタンに合わせてるからだろうな。
 棚にはぎっしりファイルっぽいものが並んでいて、応接室だけどなんかの仕事部屋も兼ねてるよって感じ。使い込まれた色の木製の衝立の向こうにそれらしいデスクもあるしね。
 そして俺は、下っ端気質の自分には落ち着かないぐらい座り心地のいいソファに埋もれるように座って、最初に出された目の前のお茶のカップの中で、だんだん力尽きていく湯気を無気力に眺めていた。
 俺が見たことある食器は素焼きか木製か分厚くて重たい焼物だったけど、あるところにはあるんだな……。
 このカップも、薄くて軽いカップ&ソーサーに絵が描いてあるやつ。前世のころだとオールドナントカみたいな扱いのお高いアンティーク、ここでもたぶん高級品なんだろう。
 ……勧誘って、単純に条件を聞いて「検討してね」で終わりだと思ってた。
 でもふたを開けたら開口一番脅しから入ってこられて、一組目からもうびっくりしたよね。
 思えばピルピルさんとギルドについたときからおかしかったんだ。
 今日はやけに外に人がいるなって。仲間が仕事を探してるときに外で待つってよくあるみたいだけど、みんながみんなじゃなくて、装備整えてたり宿で休んでたり単純にぶらついてたりするはずじゃん。
 なのに、なんか勢ぞろいっぽいのが多いな? って思ってたよ……。
 まさか、あの人たちみんな俺…じゃない。この鞄目当てとか思わないじゃん!?
 二組目でようやく思い当たったときには、がっくりと項垂れて溜息をついたよね!
 隣に立ってるエルムさんの方がどう見ても上役じゃん。名前ありで固定ファンがついてるタイプの強キャラ感ゆんゆんしてるじゃん…。
 俺の代わりにここに座って、勧誘受けてくれたらいいのに!
 鞄は俺のものだからしょうがないって、わかってるけどさ!!
 勧誘が始まる前にマイヤさんに言われてポーションを鑑定に出してよかったよ。
 帰る前になんて、疲れて絶対気持ちの余裕がなくってただろうし。

「三分経ちました。次のパーティ、どうぞ」

 俺がこんな落ち込んでるのに、確認どころかお構いもなしか~い!!
 冷静沈着表情筋職務放棄のエルムさんに突っ込むだけ無駄だから、俺はまた顔を上げて居住まいを正した。

「ったく、待たせすぎだろ!」
「脅すとマスターに怒られるぜ」

 うわあ…またこんな人たちか! せめて一組ぐらい俺の機嫌を取ろうって人たちはいないのかな!?

「よう、俺たちは『猛き閃光』だ。パーティは前衛二人、支援一人! 全員人間ヒューマンだぜ。ちょっと深い探索に行きたくてな。おまえの鞄がありゃ助かるんだ」

 誰の許可も取らずにどかっと正面のソファに座った狐顔がリーダーかな。得物は中型の片手剣で、装備は革が多くて鉄少なめ。
 後ろに立ってるうちの右側も同じような感じ、左側の男が支援ジョブかな? ちょっと太り気味でもう汗をかいてる。三人全員軽鎧だからってわけじゃないけど、そんなに強いパーティじゃない気がする。

「それぞれのランクと報酬を明示してください」
「あぁ? 質問はソイツがするんじゃないのか?」
「交渉に慣れていない新人の勧誘現場では、立ち会った職員の義務です」

 そ、そうなのか。
 俺は単にここに入る前にマイヤさんから、「わかんなかったら黙ってたら大丈夫! もし入りたいパーティがあっても、必ず保留にして相談して」って言われてたし、全力で黙っていようと思っただけなんだけど。

「チッ」

 鋭い舌打ち! 冒険者に偏見持ちたくないけどさ、あんたたちちょっとは就職活動とかしてマナーを身に着けて来いよ!!
 こっちの世界の教育水準、低すぎない!?

「冒険者ランクは俺がC、こいつらはDだ。そいつも駆け出しだろ? だったらランクは近い方がいい」
「報酬は」
「そりゃ四人なんだから、四等分だろ」

 絶対くれなさそう…と思ってたら、一番おとなしそうな少し太った左の人が口を開いた。

「マジックアイテム分の上乗せで四等分だ。そいつは駆け出しの上、見たところ戦闘力も乏しい。力が付くまでは守ってやらなきゃいけないだろうから、その護衛分は堪えてもらう。もちろん一人前になって、本人が希望するなら割合は変更に応じるよ」

 あれ、意外とまともなことを言ってる?
 そういえば、前の連中と違って露骨に「女もいるぜ」なんて言わないし。
 意外に思っておずおず顔を上げたら、今度は右の人が続けた。

「冒険者ランクがDに昇格時点で交渉に応じる。荷物持ちポーター扱いだが、貴重なマジックアイテム持ちだからな。大事に使うぜ。悪い話じゃないはずだ」
「条件はこちらに記しました。退出してください」
「はあ!? おい、返事は!?」
「後日ギルドよりお知らせします」

 エルムさんがぱんと手を叩くとドアが開いて、「はいよ」「交代だぞ~」と言いながら、職員なんだか雇われたんだかの体格のいい男二人が連れ出してくれた。
 片方が巨人族タイタン、もう片方が熊みたいな獣人族ガルフなんだけど、ごねる相手でも余裕で引っ張り出してくれるあたり、すごく頼もしい!

「あの、エルムさん」
「なんでしょうか」
「勧誘って、受けなくちゃダメですか?」
「嫌なら受けなくても構いません」

 それなら、と立ち上がりかけたけど、続けて言われたエルムさんの言葉にしおしおと座り直す羽目になった……。

「ただその場合、それぞれのパーティが勝手に君に対して勧誘を行うことになります」
「え」
「ナーオットの冒険者ギルドに於いて新人冒険者の勧誘に我々職員が立ち会うのは、恫喝や有用アイテムの強奪を未然に防ぎ、新人冒険者が己の適性に合った環境を手に入れる手助けのためです。必要がないという者に強制はしません」
「強制してください! 立ち会って欲しいです!!」

 絶対これ、断ったらダメなやつじゃん…!
 しょうがない。おとなしく今日だけ我慢しよう。
 そう思って覚悟を決めたんだけど、エルムさんはまた眼鏡を押し上げながら、ひたっと俺を見てつづけたのだった。

「サトル・ウィステリア君」
「は、はい」
「我々は、君の持つマジックアイテムの有用性と危険性をよく理解しています」

 うう、また叱られるパターンか…!
 それはもうピルピルさんにもやられたから、勘弁して欲しい。言えないけども!

「単純なことです。悪事に加担する者が入手した際のことを、君はよく考えるべきだ」
「悪事……」

 こっちでいう悪事って、なんだろう。
 いや、一通りのことは想像がつくけどさ。
 鞄を使ってとなると、……すごく物が運べる。闇取引とかに使えるよな。
 あ、でも。

「生きた人は運べないので、誘拐しろって言われてもできませんけど…」
「試したのですか?」

 あれ、なんかびっくりされた。いやいや、してないよ!

「昨夜、この鞄が不思議だーって子どもが中に入ろうとしたけど、入れなかったんで」
「それは君が収納魔法ストレージスペルを唱えなかったからでは?」
「いえ、鞄がいやがったから。植物は入っても、動物はダメです」

 どうしてわかるのかって言われたら、それは俺がこの鞄の、そしてソロモン・コアの持ち主だからとしか言えない。
 エルムさんは少し黙って、それから初めてしみじみと俺の膝の上にある鞄を見た。

「なるほど…。それならよかった」
「ほかのこういうマジックアイテムって、もしかして生きた人も入れられるんですか?」
「いいえ。……いえ、正確には、入れるだけならば入れられます」

 そうなの!? うわあ、中ってどうなってるんだろう。

「ですが、生きたまま展開スプレッドはできません」
「えっ」
「どういう理屈かはわかりませんが、心臓が動いているものを収納ストレージした場合、展開スプレッドする時には原型を留めていませんでした」
「…ッ!」

 えっぐ…!!
 うっと来て口元を抑えて鞄を抱きしめたけど、エルムさんは気づく様子もなく顎に手を当ててぶつぶつとなにか言ってる。

「なるほど…アルケーの四大元素エレメンタルによる魔術史レゾンデートル第三章第五節の無知なる者の証とことわりか」
「エルムさん!?」

 やばい…俺どころじゃない。エルフのイケメンが遅れてきた中二病発症しちゃった…!!
 どうしよう。これ、どうしたらいいんだろう。

「いや、そうだ。アルケーといえば光闇カオスの摂理についても触れた項目があるな。そちらからの見解の方が恐らく近い。やはり魔力の根源たるマナの集まるダイアファナスの領域には、」

 なに言ってるかわかんないけど、やばいこと言ってるのだけはわかる!!
 なんとか帰ってこさせないと、こんなイケメンに黒歴史背負わせるとか、気の毒過ぎて見過ごすなんてできん!

「エ、エルムさん、エルムさん! 次のパーティはまだですかね!?」
「はっ、私としたことが…。失礼しました」
「い、いえ。無事ならよかったです」
「次のパーティ、どうぞ」

 お、おお、ちゃんと帰って来てくれて偉いぞ!
 立ち会いならサイモンさんかマイヤさんがよかったな~って思うけど、ちゃんと聞くことも聞いてくれてるしよかった。
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