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第3章 サトル、謡う

3-3-5 ソロモン・コアの秘密

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 無意識に鞄を抱きしめてそのまま俯いていたら、そっと白い手が俺の頭に乗った。大きくてひんやりした、優しさが込められた手だった。

「あるいは、神などではなく魔人かも知れん。魔界には人族が思いも及ばない存在がいるからな。だからどんな経緯があってそれがおまえの手元にあるのかは、もはや祖母しかわからんのだろう。だが、それをおまえに遺したのは間違いなく祖母からの愛情だ。それで良いではないか」
「そうだなー。その首の鍵にしろ鞄にしろ、おまえ以外には扱えないようになってるし、解呪ディスペルもできないしな。このボクの手で外れないってよっぽどだぞー?」

 ………本当は、二人ともなにか勘付いてるんだろう。でも、それを黙っていようと決めてくれた。
 暴かれるかも知れないって不安から抱きしめてた鞄から、確かにオウルばあちゃんの気配を感じる……。
 ノウマンが封印ケーラって言ってたっけ。ばあちゃんの魔力の印……なのかな? 俺に応えてくれるみたいに、花のような形が白い光になって浮かんでいた。

「うん、美しい封印ケーラだ。こちらの鍵は…よくわからんが、おまえに害のあるものではないのだろうな」
「それは家の鍵でもあるし……」

 ピルピルさんみたいに取るつもりじゃないから、弾かれなかったんだろう。するりと胸のソロモン・コアを手に取ったルーファスネイトに言われて、「これだけは」と思い切って口を開く。

「これ、がないと…鞄は、使えないんだ……。これがあると、か、鞄じゃなくてもいいっていうか……。ほかの人も、使える……。でも、使ったらあぶな……」

 怖いからじゃない。「言うな」って身体からの信号を無視したぎこちない言葉は、たったこれだけで伝えられる限界だ。
 自分の中でここまでだって警告が聞こえた気がして黙ると、ルーファスネイトが「ほう」と感心した様子で笑う。

「なるほど。それならなおのこと、大事なものだ。なにより、それを無くしたら家に入れんものな。失せ物を防ぐにはいささか強力なまじないだとは思うが、うっかり者の俺からすればうらやましいぞ。このまじないだけでも教わる機会が欲しかったものだ」
「あれだけぽんぽんものを無くすルーに、それでも貢ぎたがる輩が絶えないのがボクは不思議だ!」
「親父殿、俺は欲しいと言ったことは一度もないぞ」
「それは結果論だろー?」

 俺の告白にも変わらなかった二人の反応に、怯えて慌ただしくなっていた鼓動が静まっていく。
 安心した。安心して、冷たい汗をかいていた手でぎゅっとソロモン・コアを握ると、ひんやりしたただの鍵の感触がそこにあった。
 もしもアイテムボックスをお願いしなくても、これは俺の首にかかっていたのかも知れない。
 まるで神様につけられた首輪だ。俺は、罪人ってことなのかな…なんて思いが浮かぶ。

「ほーら、少年。足を上げろ。二人とも心配してる。そろそろ行くぞー」
「あ…、平気。自分ではくよ。あの、これ以上はもうなにも……」
「『静かに』だ、サトル。よしよし、心配するな。ボクは盗賊シーフジョブを愛しているからな。暴くことは大好きだが、子どもをいじめる趣味はないから安心しとけー?」

 最初の一言に込められた魔力の強さに、ふっと身体が楽になった。
 いや、でも最後はあんまり信用できないかな!

「それにな、少年。ボクがおまえに言ったあの娘…オウルが『自分の全部を使ってそんなすごいものを遺した』って言葉は嘘じゃあない。少年は気づいていないかも知れないが、その鞄にかけられた収納ストレージ重量無効アンチグラヴィスは本物だ」
「え!?」
「考えてもみろー? なんでその鞄に封印ケーラがかかっていると思う?」
「おまえがその鞄を誰かに盗られたりしないようにという気持ちもありそうだなあ」
「ま、まさかそのせいでばあちゃん……」

 具合が悪くなっちゃったんじゃないの? この鞄のせいだったら。
 いよいよ震えだした俺に、ピルピルさんが「ああ、違う違う」って笑った。

「優れた魔女や魔道士、賢者は自分の死期を悟るものさ。だから最後の大仕事にしたんだろう。で、残るは時の天秤クロノリーブラだが……」

 キラリ、とピルピルさんのブルーの目と頬の宝石が光った。ルーファスネイトの夜空のような美しい目もだ。

「おまえの話で見当が付いた。おそらく、文字通りそれが『鍵』だな」
「…………」

 こく、と緊張して喉が鳴る。

封印ケーラ…いや、魔女の加護がかかっているにも関わらず、それを手にすることでおまえ以外にも鞄が使えた……ってことは、だ」
「その時の天秤クロノリーブラを持つ鍵は、収納ストレージ重量無効アンチグラヴィスに加え、魔女の加護を施せるおまえの祖母よりも遙かに強い力を持つ者が与えたものだということだな」

 どんどんと俺の正体に近づいていく、ピルピルさんとルーファスネイトが怖い。
 でも、俺もこれ以上話せないしどうしよう……!?

「うーん、少年は捨て子だったな。実の親かどうかはわからんが、また面倒なものを置いていったものだなー。とりあえず、本当にその鍵で鞄以外に展開スプレッドさせることができるかだな」
「ふむ。それならなにかで試せば良いか」
「サトル、それがあれば『鞄じゃなくてもいい』と言ってたな」
「う、ん……」

 ぎゅっとソロモン・コアを握って頷くと、そこに険しい表情をしたヴィントまでこっちに来ちゃった。黒くて大きなヴィントがこういう顔してると、ひたすら怖い!

「どうして二人してこの子をいじめてるの?」

 あ、たき火のところで待ってたマリーベルがぎょっとして立ち上がった!

「違う違う。お嬢ちゃんまで来たらややこしくなるから、座っててくれ」

 ピルピルさんに言われて「本当に?」って顔はしてるけど、よかった。とりあえずこっちには来ないで待っててくれるみたいだ。

「大丈夫かい?」
「あ、うん。平気」
「顔色が良くないよ」
「大丈夫。あ、平気だってば」
「いいから早くはこう」

 うう、ピルピルさんには断れたのに、ズボンとブーツをはかされてしまった。お腹とか脇腹とか痛くて屈むのが難しいから、助かったってことにしとこう。

「それで? 大の大人が二人がかりで子ども相手になんの話?」

 あ、戻ってはくれないんだ……。
 威嚇するように俺の両肩に大きな手を置いて背中に立ったヴィントに、ルーファスネイトは「いじめてない」とむっとするし、ピルピルさんは呆れ顔で「あーもう」と頭を掻く。
 ヴィントは体温が高いし温湿布みたいで気持ちいいんだけど、指なし手袋だからごつめの長い指がそのままだ。そして爪が鋭くて怖い。さっきまで普通の爪の形だったと思うんだけどな!?

「子連れの狼はどうしようもないなー。いいから見てろ。サトル、さっき言ってたこと、本当にこの鞄以外でもできるかい?」
「う、うん。どうしたらいいの?」
「よし。俺も気になる。ヴィントのシャツはどうだ? ポケットがあるだろう」
「え、僕のシャツ?」
「やってみる」

 ルーファスネイトに言われてくるっと振り返ると、きょとんとしたヴィントの手の爪がにょっと普通の形に戻った。もしかして怒ったら爪が出るのか。獣人族ガルフって深いな。

「え? え? なんだい?」

 困惑してるヴィントが屈んでくれて、胸ポケットが近くなった。ソロモン・コアを握って意識を集中する。
 そういえばこの鞄以外に、アイテムボックスを繋げたことはなかったもんな……。不思議と「できる」って確信はあったけど。
 鍵が光った。四大元素エレメンタル光闇カオス……すべてのマナがあふれてくる。

「サトル!?」

 手が熱い。マリーベルがぎょっとしてこっちに来たけど、集中してるからなにも応えられなかった。
 ずるん。鞄からなにかが引っ張り出される感覚があって、それがソロモン・コアに移った。
 あとはこれをヴィントのシャツに刺して…いや、イメージだけ。とん、とシャツの胸ポケットに繋げると、光が落ち着く。

「おいおい……魔女の加護も封印ケーラもすり抜けただと?」
「あれがソロモンと呼ばれる六大属性の光か。初めて見た」

 ピルピルさんは半笑い、ルーファスネイトはあんまり表情が変わってないけど、一応驚いてはいるらしい。
 ヴィントはぽかんとしながら自分の腕を掴んでソロモン・コアと見比べてるし、マリーベルはこっちまで来たものの、なにも言えずにおろおろ俺たちを見てる。
 とりあえず、えーと……なにを出そうかな。
 俺の私物ならいいか。

「よいしょ」

 ずるっとそこから俺の弓を出したら、「ええ!?」とヴィントが一歩引く。

「待って待って、何!?」
「きゃあ! なんで!?」
「俺の鞄の付与が移ったみたい」

 次にトレント・ロッドもずるるっと引っ張り出す。これでいいかな?

「ど、どう?」
「おう……よくわかった」
「うん。俺もわかった」
「僕にもわかるように説明してくれないかな!?」
「あたしもよ!!」

 二人の意見はもっともだと思う。でも、俺にはこれ以上説明できないから、ごめんとしか言えない。
 っていうか、俺だって理屈を理解してないし!

「よーし、この鍵は戻せるか?」
「うん」

 ピルピルさんに言われて、今度はヴィントの胸ポケットから、またばあちゃんの鞄へ。
 鞄から引っ張り出すより楽なのは慣れたからかな。頭の中でカチっと鍵をかけ直した感覚があって、またばあちゃんの加護と封印ケーラの印がふわっと浮かんだ。

「加護と封印ケーラが割れてない!?」

 マリーベルがまさに驚愕って顔で俺の鞄に触りかけて、慌てて手を引っ込める。
 あとは弓とトレント・ロッドを元のように収納ストレージすれば、よし。これでいいかな?

「! ひ…っ」

 ヴィントが静かだと思って振り返ったら、暗闇の中のように両目を金色に光らせ、牙も爪も出して自分の腕を掴んでいて、その形相に腰を抜かすかと思った!!
 耳もピンと立ってるし、尻尾も膨らんで止まってる。俺は敵じゃないよ…!!

「ヴィント」

 ルーファスネイトがおっとりと、いつものように呼ぶ。ふっとヴィントの目の金色が蜂蜜色に戻った。爪も引っ込む。
 俺と、俺の様子でそんな姿を見たマリーベルもいっしょに手を取り合ってぷるぷるしてたら、そんな俺たちに気づいたヴィントが瞬きしてから情けない顔になった。
 あああ、だからその耳と尻尾をへにゃん…ってやめて! 怖い思いをしたのはこっちなのに、罪悪感半端ないから!!

「怖がらせてごめん」
「お、俺こそ勝手に胸ポケット使ってごめん……」
「ヴィっちゃん、サトルがなにをしたのかわかんないけど、あとであたしが叱っとくから、許してあげなさいよ……。あんたが怒ったらめちゃくちゃ怖いから、反省とか絶対無理よ」

 それはなんかわかる!
 怒られたのが怖すぎたら、叱られてる内容なんか吹っ飛ぶもんな。
 うん、誰よりもヴィントに叱られたら吹っ飛びそうだ!!

「いや、怒ってないから! ちょっとびっくりして……」
「あれ、その腕……」

 そこから熱を感じると思って触ったら、あっつい! 大丈夫、これ!? 火傷しない!?

「ヴィント、腕が熱いよ!?」

 しかも、あのオニキスみたいな黒い石の刃だか盾だかわかんないのが出てきて心配になった。

「大丈夫。ごめんね、びっくりさせちゃった」

 ヴィントが撫でて、黒い石のそれがするんと消える。

「親父殿……」
「うーん、とりあえず、ソレを使うことに関して少年に負担があるわけじゃないのはわかった」

 ルーファスネイトにちらっと見られて、ピルピルさんが頷く。
 確かに、身体的にはそうかな。精神的には半端ないけどね!!

「そりゃ、ボクでも盗めないな。まあ逆に言うとだ。ほかのどんな盗賊シーフ系ジョブとスキルに自信があるやつでも盗めないから、そこは安心していい」
「うん、その鍵についてはこれ以上口外せん方が良いな。親父殿でも盗めないようになっているなら、手放すことが許されないという意味では、とても怖いものだ。気をつけろ」
「……うん」

 ですよね……。絶対盗まれない、帰ってくるって便利だなーって思ってたけど、まさしく呪いのアイテムでしかなかった。ははは……はぁ……。
 今さら落ち込みながら身だしなみの続きに取りかかったら、ヴィントがてきぱきと無言で仕上げてくれた。
 俺をじっと見るマリーベルのスミレ色の視線が痛い……。ありがたいことに、その視線の意味は「心配」だ。これで気持ち悪がられてたらちょっと立ち直れそうにない気分だったから、本当に助かった。
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