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最後の修学旅行 第一夜
ある少女のその後
しおりを挟む◇ (わたし=リブラ) ◇
「バスケットボールが、つまらない」
バスケットボール全国大会、小学校低学年の部。優勝チームのキャプテンである三年生の「わたし」は、表彰台の上で、黄金に輝くトロフィーを抱え、自分に向けられたマイクに向かって、そう言った。
*
「……」
天木梨舞羅。今、公園にあるバスケットボールのコートに寝転がって、地面にある小石をぼんやり眺めている、「わたし」の名前。
「つまらない」
全国大会優勝から一日後。今日、わたしは日課であるバスケットボールの自主練習をしなかった。その理由は、やる気が全く湧いて来ないから。
「最初は面白かったのに」
バスケットボールが楽しかったころを、思い出そうとする。やる気に満ち溢れていたころを、思い出そうとする。日々バスケットボールが上手くなっていく、目をキラキラ輝かせていた、幼いころの「わたし」を……。
「隣にいたのに」
幼い「わたし」の隣には、いた。オシャレなミュージックビデオとかでよくある、黒いクレヨンで顔をぐちゃぐちゃに塗りつぶされた、一人の男の子。今はもういないけど、その時はその男の子がいて、バスケットボールが確実に楽しかった。
「どこに行ったの?」
幼い「わたし」は、バスケットボールの練習をしながら、待っていた。毎日、毎日、いつかは戻ってくると信じて、待っていた。けれど、どれだけ待っていても、その男の子は「わたし」の隣には帰ってこなかった。
「どうして消えちゃったの?」
今となっては、理由もあまり覚えていない。ケンカをしたような気もするし、していないような気もする。わたしは消えてほしくなかったけど、その男の子は、わたしの隣から消えてしまった。
「あの日から、何をやっても、どこへ行っても、つまらない」
一粒の涙が、ほっぺたを滑り落ちる。しかし、その涙には気持ちが入っていないから、表情は全く変わらない。
「もう一度、会いたい。風太くんに」
*
「ふっふーん♪」
珍しく、鼻歌なんて歌いながら。公園からの帰り道を、陽気に歩く。今のわたしの目的地は、もちろん『風太くん』の家。
ちなみに、小学校には行かない。バスケットボールが、体育の時にしかできないから。
「風太くんのお家、どこかな?」
どこにあるかは分からない。でも、日本にある全ての家を一軒一軒回って、インターホンを押して「風太くんの家はここですか?」と聞けば、いつかは正解に辿り着ける。「おう、リブラか。久しぶりだな」って、『風太くん』はひょっこり顔を出して言ってくれる。
「ふふっ、楽しみ」
わくわくして、ドキドキしていた。
ネットからバスケットボールを取り出して、指でくるくると回す。「こんなこともできるようになったよ」って『風太くん』に見せたら、きっと「すごいな、リブラは」って褒めてくれると思う。
『すごいね、お嬢ちゃん』
「え? だれ?」
突然現れたのは、『風太くん』じゃなくて、知らないおじさんだった。車の窓から顔を出した知らないおじさんが、わたしを褒めてくれた。あんまり嬉しくなかった。
「おじさんに褒められても、嬉しくない」
『なんだと! おじさんをバカにするな!』
「だって、風太くんに褒めてほしいんだもん」
『うるせぇ! こっちに来いっ!!』
わたしは腕を引っ張られ、知らないおじさんが乗っている車に連れ込まれた。そして、腕と足を縛られ、口にガムテープを貼られた。
*
少女誘拐バラバラ殺人事件。突然わたしを拐ったおじさんは、その指名手配犯だった。スポーツをしている女の子の手足が好きで、おじさんはそれをキレイに切り取って集めているらしい。
『ここで大人しくしてろ。もし変な気を起こしたら、お前を最初に殺すからな』
真っ暗な地下の倉庫に、わたしはポイッと放り込まれた。
きょろきょろと辺りを見回すと、倉庫の中には、わたし以外にも拐われた女の子が何人かいた。
『うぅっ……』
ソフトボールの選手みたいな格好をした女の子。その子には左手がなく、切断面にはしっかり包帯が巻かれていた。
『……』
マラソンの選手みたいな格好をした女の子。その子には左足がなく、切断面にはしっかり包帯が巻かれていた。
「……!」
初めて見た、体の一部がない人間。すごく怖くなって、わたしは言葉が出なかった。次はお前がこうなる番だと、宣告されてるようだった。
わたしはバスケットボールの選手だから、おそらく失うのは右手。利き手や利き足をなくして、絶望する女の子の姿を見て、おじさんは興奮するタイプなんだと思う。
「え……? ゴミ袋?」
わたしと二人の女の子以外に、倉庫の中には、いくつかのゴミ袋があった。なんだかすごく嫌な予感がして、わたしは絶対にそのゴミ袋の近くには行かなかった。
*
『お前は足だ。左足』
残念ながら、わたしの予想はハズレた。なんで左足なのかというと、わたしの左足の筋肉がとてもキレイだったから、らしい。
「え……」
手術台の上に寝かされ、麻酔を打たれて、目を閉じた。そして目が覚めたら、もう左足がなくなっていた。
『今回の手術は、思ったよりも時間がかかった。俺は疲れたから、もう寝る。お前も寝ろ』
また、ポイッと倉庫の中に放り込まれた。
「……っ!」
わたしは、すぐに起き上がろうとした。
でも、立てない。地面に足がつかない。全身のバランスが、いつもとはまるで違う。
「わっ!?」
重いのか、軽いのかも分からない。左足はもうないのに、頭の中はまだ左足があると思って動いている。手で起きて、足で支えようとすると、わたしはコテンとひっくり返ってしまった。
「はぁっ、はぁっ……」
バスケの試合中でも流したことのない量の汗が、わたしの全身を包む。バクンバクンと心臓は鳴り止まず、得体の知れない寒気を感じて体はガタガタと震えた。
わたしの視線は、さっきまであったハズの部分から離れず、起こってしまった取り返しのつかない現実を、全く受け入れられていない。
「──!!!」
とにかく叫んだ。その日の夜はとにかく叫んで、大声で泣いた。ピクピクと動く自分の包帯を見て、発狂もした。もしおじさんに聞こえたら殺されちゃうけど、そんなことを気にしている余裕はなかった。
*
右手、左手、右足、左足。四つ全てを失った女の子は、どうなるんだろう。わたしはその答えに、だんだん近づいていた。
「右手……」
それは、もうない。
いっぱい練習して、くるくるとボールを回せるようになったのに、もう二度とできなくなった。風太くんに褒められることもなくなった。
「今の、わたしの姿を見たら……」
今、もしも、あの人に会いに行ったら。わたしを指差して、『手足がないなんて……気持ち悪いな』とか『近寄るなよ。化け物』とか、風太くんは……。
「言わないでくれるよね? 前みたいに、わたしと一緒に遊んでくれるよね?」
ただの願望。それでも、会いたいと思った。もし、これ以上体がバラバラになっても、もう一度会いたいと思って、わたしは天を見上げた。
「ちゃんと、全部終わらせてから、会いに行くからね。風太くん」
*
おじさんは、けっこうバカだった。手足のない女の子たちに対して、油断でもしてたのかもしれない。
地下倉庫の扉が開いていることも忘れて、眠ってしまう日があるなんて。
「二人だけで逃げて。わたしは、やることがある」
ソフトボール選手の女の子には、まだ両足があったので、そのままマラソン選手の女の子を連れて、脱出してもらった。
おじさんの家に残ったのは、わたしといくつかの死体だけ。
「ふっふーん♪」
珍しく、鼻歌なんか歌って。わたしは、キッチンのコンロに火をつけて、近くにあるものをなんでも燃やそうとした。火事になりそうなものや、爆発しそうなものを、全て火に近づけて。
『て、テメェっ! 何してやがるんだっ!!』
しばらくすると、自宅の異変に気付いたおじさんが、目を覚ましてこっちに来た。こんなに熱くて、こんなに煙が出てて、こんなに火災報知器が鳴っていたら、普通はのんびり寝ていられない。
『こ、この野郎っ……! やめろっ!!』
左足のないわたしは、おじさんに簡単に捕まり、ステンと転んでしまった。
でも、もう手遅れ。火事がどんなに恐ろしいかは、小学生でもよく知ってる。
『ゲホゲホっ! くそっ! もうこんなに火の手が……!』
わたしを取り押さえながら、おじさんは燃え盛るキッチンから出る方法を探していた。
手も足も出せないわたしに、反撃されるハズがないと、また油断している。だから、わたしは首を思い切り振った。
『ぐおぉっ!? い、痛えっ!!?』
キッチンには包丁がある。包丁で切られると、人体からはブシュっと真っ赤な血が出る。
『て、テメェっ! 包丁なんか咥えやがって!!』
おじさんは、首から赤い血をダラダラと流していた。普段は自分が切る側なので、自分が女の子に切られるなんて、想像もしてなかったと思う。
「もひも……」
『な、何っ!?』
「もひも、ここで、わたひが生きのほったら……」
『何言ってるのか分かんねぇよっ! て、テメェ、殺してやるっ!!』
──「死」が近くにある時、人は人を超える。
「必ふ会ひに行ふからね。風太ふん」
◇ ◇ ◇
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