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番外編 アルバートに戻れない! 2
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心配になったオレは、妊娠した時のことを本で調べることにした。わりとこの屋敷は本が豊富だけれど、さすがにダイレクトに妊婦向けの本はないので、家庭の医学的な本。
妊娠が疑われるとき、みたいな項目があったのでそこをぶつぶつと読み上げながら熟読する。
「食欲が落ちる。嘔吐。逆に過食。常に眠い。……どれもない。体重増加。減少。はかってないから分からないな」
一般的な女の子は気にするのだろうが、オレは男なのでほとんど体重なんかはからない。
当てはまるところがないので、ひとまず安心した。まあ妊娠って個人差があるからまだ確定したわけではないが。
前世のお袋は出産直前までつわりがひどく、入院して点滴していたそうだし、現世のお袋はつわりも全くなくて腹も出ないので気がついた時には妊娠期間が半分終わっていたというし。前世ならもうちょい早く気づいたんだろうけど。
こうして考えてみると、女性って本当に大変だ。出産したらしたで、極限の体力の中、意思疎通のできない弱々しい生き物を育てなければならないし。
母親のありがたさを痛感するなー。
男は出して終わりだと思うとずるい気がする。まあオレがなる可能性があるとすれば、母親なんだけど。
もしオレが妊娠してたら、喜ぶのかな。シーズベルト様とアーテル。
子どもとせっするシーズベルトさま、想像できないけど、めちゃくちゃ子煩悩になったりして。アーテルは普通に子どもと仲良くできそう。
想像してたらくすっと笑ってしまった。
「お帰りなさい、シーズベルト様」
玄関で帰ってきたシーズベルト様を出迎えると、優しく微笑んでくれた。
「ただいま、リディア」
使用人に夕食を部屋に運ぶよう頼み、一緒にシーズベルト様の部屋に向かう。
シーズベルト様が部屋着に着替え終えたころ、使用人が夕食を持ってきてセッティングしてくれる。
テーブルに向かい合わせに座る。
「私まだ夕食をいただいていないので、一緒にいただきましょう。今日はいい鴨肉が手に入ったって料理長が」
「待っていなくてもよかったのに。大分空腹だろう」
「だって、一緒に食べたかったんです。それにアフタヌーンティーをいただきすぎたので、お腹が減るのが遅くって。魔女と一緒にお茶をしたんですけど、せっかくの茶葉なのに、砂糖をざらざら入れるんですよ。香りがとんでしまいますよね。セシルとお茶をすませてきたはずなのに、ここでもスコーンやらマカロンやら山ほど食べるんですよ。どこに消えてるんだろう。魔女はやっぱり人間と体の作りが違うんですかね」
「うん。そうかもしれないな」
「ね、シーズベルト様! この鴨肉やっぱりおいしいー! それにすっごく柔らかいんです」
自然とシーズベルト様よりも、オレのほうがぺらぺら話してしまう。どうでもいいことを。
はっとして口を閉じる。
「すみません。くだらないことを」
「構わない。君の話を聞くのは楽しい。オレは話すのが下手だから」
ステーキをナイフで切り分けながら、微笑んでいるシーズベルト様。オレはへへっと笑った。
「私もシーズベルト様のお話聞くの大好きですよ。知ってました? あなたは多弁ではない代わりに、私の欲しい言葉ばかりくださるんですよ」
確かにシーズベルト様は口数は少ない。その代わり、この人が口にするのは本当に大事なことが多い。アーテルは逆ね。口数多いから、たいてい中身ぺらっぺら。
「オレにそう言ってくれるのは君だけだよ」
「そうでしょうか? 女の子たちからよく言われているのでは?」
取り繕っても女の子にモテてきた人生なのは知ってるんだぞ。俺と出会う前のことだから目をつぶるが。
「本当にそんなことはないよ。今まで近づいてきた女性は、オレの立場だとかそういう外側にしか興味がなかったから。もっともオレが優しい言葉を使うのは君とアルバートだけだ」
シーズベルト様が優しいのはオレだけ。わかってはいたけど、直接言われるとちょっと自尊心をくすぐる。
「……あの、シーズベルト様」
「ああ。何?」
シーズベルト様が手を止めて、顔を上げた。
「気にならないんですか。ずっと私が、アルバートに戻らないことについて」
「気がついてはいたが、君が気にするだろうと思ってオレからは何も言わなかった」
「シーズベルト様は、私とアルバートの」
喉元まで出かかってそこから先は、口にできなかった。
「……君には休息が必要だな。おいで。リディア」
シーズベルト様に手を取られて、二人でソファーに腰かけた。
食事中に退席するのはマナー違反だが、この部屋には二人だけだからかまわないだろう。そしてこの屋敷の主はシーズベルト様で、彼が法律だから。
「オレは君の身代わりにはなれないが、話を聞くことくらいはできる」
シーズベルト様の肩口に、頭をぴったりと抱き寄せられる。
なんだかもう、自分でもいっぱいいっぱいだったらしく、急に涙が出てきた。
アルバートならかっこ悪いから一人の時しか泣けないが、リディアの姿なら泣ける。女の子だから。
急にオレが泣いても、シーズベルト様は何も言わなかった。ただ優しく、待っていてくれた。
「私とシーズベルト様の子ども、あなたはほしいですか?」
もしかしたら、もうすでにリディアの中に宿っているかもしれない。
欲しいとこの人に言われたら、オレは。
無意識に、腹をなでる。
「オレは……」
シーズベルト様がゆっくり口を開くのを、オレは息を飲んで待った。
「どちらでもいいんだ。本当に。いたら可愛いだろうが。それよりも、君とアルバートが笑って過ごせるほうが大切だ」
「シーズベルト様……」
この人は、ずっと一貫して家の存続よりもオレを大事に思ってくれている。
ずるいけれど、やっぱり嬉しいと思ってしまう。
リディアでいることも楽しい。だけど、やっぱりオレは……。
「アルバートに、戻りたい……です」
オレは正直な気持ちを吐露した。
リディアでい続けること。それが子どもを授かれる条件なのだとしたら、オレにはまだ覚悟がない。
「うん。それが君の答えなんだな」
シーズベルト様は優しくオレの髪を撫でて、
「もう今夜は休むといい。何も考えないで。目を閉じて。大丈夫。明日はアルバートに戻っている。きっと」
大丈夫。そうシーズベルト様に言われたら、本当に大丈夫な気がした。
シーズベルト様の言葉にさそわれるように目を閉じたら、安心したのかいつのまにか眠ってしまった。
オレは無意識に寝ている間に絡まっていた髪に、手ぐしを通した。
手を髪に突っ込んで、すーっと指を通して。
……普段より髪が短い。
がばっと起き上がった。
ソファーで寝落ちしたのにベッドにいる。さすがシーズベルト様。
優しい! スパダリ―。
て、そんなことはこのさいどうでもいい。
胸と下のチェック。
ない! ある!
ベッドから飛び降りて、ドレッサーに駆け寄る。
鏡に映っていたのは、二十年近く見慣れたアルバートの姿だった。
「シーズベルト様!」
嬉しくって、思わずまだ眠っていたシーズベルト様に飛びつくようにして抱き着く。
「ふぐっ」
恐らくオレの足だか何かがシーズベルト様のみぞおちかなにかにクリーンヒットしたのだろう。
変な声を上げて目覚めたが、もちろんオレを怒ったりしなかった。
ただ微笑んで、オレの頬を両手で包み込んだ。
穴が開くんじゃないかって思えるくらいに、じーっと見つめてくる。
まるで積年会うことができなかった、最愛の恋人に再会したみたいに。
あまり感情の動かないこの人が、愛しい! 大好き! みたいな気持ち丸出しの目で。
……言葉にされなくても、伝わった。
オレはシーズベルト様に馬乗りになった。腰のあたりに座って、アルバートにはめっちゃくちゃ似合わないネグリジェを脱ぎ捨てて、
「……やっぱり、あなたにキスするのはオレがいいです」
無抵抗なシーズベルト様に、オレはめっちゃくちゃにキスをした。
それからなんやかんやあってシーズベルト様は出仕に遅れてレオナルド様に小言を言われたらしい。それはもう本当に、ごめんね。
妊娠が疑われるとき、みたいな項目があったのでそこをぶつぶつと読み上げながら熟読する。
「食欲が落ちる。嘔吐。逆に過食。常に眠い。……どれもない。体重増加。減少。はかってないから分からないな」
一般的な女の子は気にするのだろうが、オレは男なのでほとんど体重なんかはからない。
当てはまるところがないので、ひとまず安心した。まあ妊娠って個人差があるからまだ確定したわけではないが。
前世のお袋は出産直前までつわりがひどく、入院して点滴していたそうだし、現世のお袋はつわりも全くなくて腹も出ないので気がついた時には妊娠期間が半分終わっていたというし。前世ならもうちょい早く気づいたんだろうけど。
こうして考えてみると、女性って本当に大変だ。出産したらしたで、極限の体力の中、意思疎通のできない弱々しい生き物を育てなければならないし。
母親のありがたさを痛感するなー。
男は出して終わりだと思うとずるい気がする。まあオレがなる可能性があるとすれば、母親なんだけど。
もしオレが妊娠してたら、喜ぶのかな。シーズベルト様とアーテル。
子どもとせっするシーズベルトさま、想像できないけど、めちゃくちゃ子煩悩になったりして。アーテルは普通に子どもと仲良くできそう。
想像してたらくすっと笑ってしまった。
「お帰りなさい、シーズベルト様」
玄関で帰ってきたシーズベルト様を出迎えると、優しく微笑んでくれた。
「ただいま、リディア」
使用人に夕食を部屋に運ぶよう頼み、一緒にシーズベルト様の部屋に向かう。
シーズベルト様が部屋着に着替え終えたころ、使用人が夕食を持ってきてセッティングしてくれる。
テーブルに向かい合わせに座る。
「私まだ夕食をいただいていないので、一緒にいただきましょう。今日はいい鴨肉が手に入ったって料理長が」
「待っていなくてもよかったのに。大分空腹だろう」
「だって、一緒に食べたかったんです。それにアフタヌーンティーをいただきすぎたので、お腹が減るのが遅くって。魔女と一緒にお茶をしたんですけど、せっかくの茶葉なのに、砂糖をざらざら入れるんですよ。香りがとんでしまいますよね。セシルとお茶をすませてきたはずなのに、ここでもスコーンやらマカロンやら山ほど食べるんですよ。どこに消えてるんだろう。魔女はやっぱり人間と体の作りが違うんですかね」
「うん。そうかもしれないな」
「ね、シーズベルト様! この鴨肉やっぱりおいしいー! それにすっごく柔らかいんです」
自然とシーズベルト様よりも、オレのほうがぺらぺら話してしまう。どうでもいいことを。
はっとして口を閉じる。
「すみません。くだらないことを」
「構わない。君の話を聞くのは楽しい。オレは話すのが下手だから」
ステーキをナイフで切り分けながら、微笑んでいるシーズベルト様。オレはへへっと笑った。
「私もシーズベルト様のお話聞くの大好きですよ。知ってました? あなたは多弁ではない代わりに、私の欲しい言葉ばかりくださるんですよ」
確かにシーズベルト様は口数は少ない。その代わり、この人が口にするのは本当に大事なことが多い。アーテルは逆ね。口数多いから、たいてい中身ぺらっぺら。
「オレにそう言ってくれるのは君だけだよ」
「そうでしょうか? 女の子たちからよく言われているのでは?」
取り繕っても女の子にモテてきた人生なのは知ってるんだぞ。俺と出会う前のことだから目をつぶるが。
「本当にそんなことはないよ。今まで近づいてきた女性は、オレの立場だとかそういう外側にしか興味がなかったから。もっともオレが優しい言葉を使うのは君とアルバートだけだ」
シーズベルト様が優しいのはオレだけ。わかってはいたけど、直接言われるとちょっと自尊心をくすぐる。
「……あの、シーズベルト様」
「ああ。何?」
シーズベルト様が手を止めて、顔を上げた。
「気にならないんですか。ずっと私が、アルバートに戻らないことについて」
「気がついてはいたが、君が気にするだろうと思ってオレからは何も言わなかった」
「シーズベルト様は、私とアルバートの」
喉元まで出かかってそこから先は、口にできなかった。
「……君には休息が必要だな。おいで。リディア」
シーズベルト様に手を取られて、二人でソファーに腰かけた。
食事中に退席するのはマナー違反だが、この部屋には二人だけだからかまわないだろう。そしてこの屋敷の主はシーズベルト様で、彼が法律だから。
「オレは君の身代わりにはなれないが、話を聞くことくらいはできる」
シーズベルト様の肩口に、頭をぴったりと抱き寄せられる。
なんだかもう、自分でもいっぱいいっぱいだったらしく、急に涙が出てきた。
アルバートならかっこ悪いから一人の時しか泣けないが、リディアの姿なら泣ける。女の子だから。
急にオレが泣いても、シーズベルト様は何も言わなかった。ただ優しく、待っていてくれた。
「私とシーズベルト様の子ども、あなたはほしいですか?」
もしかしたら、もうすでにリディアの中に宿っているかもしれない。
欲しいとこの人に言われたら、オレは。
無意識に、腹をなでる。
「オレは……」
シーズベルト様がゆっくり口を開くのを、オレは息を飲んで待った。
「どちらでもいいんだ。本当に。いたら可愛いだろうが。それよりも、君とアルバートが笑って過ごせるほうが大切だ」
「シーズベルト様……」
この人は、ずっと一貫して家の存続よりもオレを大事に思ってくれている。
ずるいけれど、やっぱり嬉しいと思ってしまう。
リディアでいることも楽しい。だけど、やっぱりオレは……。
「アルバートに、戻りたい……です」
オレは正直な気持ちを吐露した。
リディアでい続けること。それが子どもを授かれる条件なのだとしたら、オレにはまだ覚悟がない。
「うん。それが君の答えなんだな」
シーズベルト様は優しくオレの髪を撫でて、
「もう今夜は休むといい。何も考えないで。目を閉じて。大丈夫。明日はアルバートに戻っている。きっと」
大丈夫。そうシーズベルト様に言われたら、本当に大丈夫な気がした。
シーズベルト様の言葉にさそわれるように目を閉じたら、安心したのかいつのまにか眠ってしまった。
オレは無意識に寝ている間に絡まっていた髪に、手ぐしを通した。
手を髪に突っ込んで、すーっと指を通して。
……普段より髪が短い。
がばっと起き上がった。
ソファーで寝落ちしたのにベッドにいる。さすがシーズベルト様。
優しい! スパダリ―。
て、そんなことはこのさいどうでもいい。
胸と下のチェック。
ない! ある!
ベッドから飛び降りて、ドレッサーに駆け寄る。
鏡に映っていたのは、二十年近く見慣れたアルバートの姿だった。
「シーズベルト様!」
嬉しくって、思わずまだ眠っていたシーズベルト様に飛びつくようにして抱き着く。
「ふぐっ」
恐らくオレの足だか何かがシーズベルト様のみぞおちかなにかにクリーンヒットしたのだろう。
変な声を上げて目覚めたが、もちろんオレを怒ったりしなかった。
ただ微笑んで、オレの頬を両手で包み込んだ。
穴が開くんじゃないかって思えるくらいに、じーっと見つめてくる。
まるで積年会うことができなかった、最愛の恋人に再会したみたいに。
あまり感情の動かないこの人が、愛しい! 大好き! みたいな気持ち丸出しの目で。
……言葉にされなくても、伝わった。
オレはシーズベルト様に馬乗りになった。腰のあたりに座って、アルバートにはめっちゃくちゃ似合わないネグリジェを脱ぎ捨てて、
「……やっぱり、あなたにキスするのはオレがいいです」
無抵抗なシーズベルト様に、オレはめっちゃくちゃにキスをした。
それからなんやかんやあってシーズベルト様は出仕に遅れてレオナルド様に小言を言われたらしい。それはもう本当に、ごめんね。
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