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第一章

05.

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わざと来なかった初めての顔合わせから4年が経ち、私は14歳、今だ言葉を交わしていない婚約者は19歳になった。
その間私は誕生日にお祝いの品や手紙を贈り、再び戦場へ向かうと聞けば勝利を願うタッセルを手作りして贈った。
だというのに今まで一度も返事をもらったことがない。

「本の通り冷たい人だわ」

こんな人とどうやって夫婦生活を送ってきたか気になって仕方ない。
最初は婚約者としての義務として行ってきたけど、今はもう意地で贈り続けている。
これで「しつこい婚約者」と思われてるかもしれないけど、それで婚約破棄されるならそれでもいい。
嫌われたくはないけどそれに賭けていたのも本当だ。

「お嬢様到着致しました」

戦場から戻って来た(皇帝陛下に報告するから)という連絡が届くたび、彼が過ごしているタウンハウスに足を運んでいる。
どうせ今日も会えないに決まっている。解っていても皇帝陛下の頼みでもあるから断れない。
顔合わせの日から何かと理由をつけ私と会おうとしない大公殿下に一番怒っているのは皇帝陛下だ。…お父様もお兄様もかなり怒っているけど。
いくらなんでも無礼だ!と怒って、何度も何度も注意したが彼は私に会おうとしない。
会う前からこんなに嫌われてるとは思っていなかった。やっぱり嫌いだから殺したのかな…。
馬車から降りると見慣れた大公邸が目の前に広がる。タウンハウスとは言っても公爵家に負けないほど立派な邸。

「お久しぶりです、シルお嬢様」
「久しぶりですねロッツ。先日大公殿下がお戻りになったと聞いてご挨拶に参りました」
「我が主の不徳に謝罪致します…」

馬車の前にはこの巨大な邸を取り仕切る執事長ロッツが頭を下げ、私を迎えてくれた。
何回も、何年もここに通えば名前も覚え、仲もそれなりに良くなった。
主である大公殿下とは違い、ここにいる人達は皆優しく温かい。
ロッツの後ろには侍女頭であるアニールも控え、目が合うと皺を寄せて微笑んだ。

「シルお嬢様ぁ!」
「レイも久しぶり」
「お久しぶりですぅ! もっと遊びに来て下さいよぉ!」

気軽なく接してくれる彼らの仲で一番の仲良しが侍女のレイ。
年齢は私より4つ上で私を妹のように可愛がってくれる。

「今日も朝からお嬢様が来るってお伝えしたのに、いつの間にか消えたんですよぉ!」

そして私の愚痴相手でもある。

「今日はどこにいらっしゃるのかしら」
「はぁ…無駄に広いから一日じゃ見つからないのが悪いところですよねぇ…」
「お掃除も大変だしね」
「まったくでぇす…」

慣れた手つきで日傘を差して、邸へと案内してくれる。
他の使用人にも挨拶をして、来る途中に購入したお菓子を渡すととても喜んでくれた。
本当にいい人達ばかりだ。だから大公殿下に会えなくても何年もここに通えている。

「今日も客間ですかぁ? 本当ならお嬢様専用の部屋があるのに我が主はぁ!」
「さすがに大公殿下の許可もなく私専用の部屋を勝手に作るのはね」
「いいんですよぉ! どうせあと1年もしたら成人してこの邸の女主人になるんですからぁ」

来年15歳を迎えると私は成人として認められる。
成人式を終えるとその日から結婚可能となり、私は正式に大公殿下の妻となる。…予定。
既に19歳の大公殿下は成人式を終えているが、まぁこのときも酷かった。
折角の成人式なのだからとお祝いの手紙を送ったが、無視。うん、これは慣れているから問題ではない。
だけど、婚約者がいる場合成人式には同伴が暗黙のルール。これは他に婚約者を探している人に対してのマナーだから。
だから私も同伴するだろうと思って準備はしていたが、その返事もなく一人で向かったらしい。
これには挨拶にいらっしゃった陛下もご立腹。祝辞の言葉が当分の間出なかったと翌日に聞いた。しかも本人から。
勿論私の家族も怒っていたけど私自身は特に怒っていない。返事がなかった時点で察していたし、これまでの行動を見れば解りきっていた答えだから。
ただ貴族間の噂になっているのが苦痛。
私と大公殿下が婚約していることは決まっているし、ほとんどの貴族はそれを周知している。これには私と大公殿下にちょっかいを出すなという皇帝陛下からの牽制も込められている。
なのに「成人式も一緒に参加しない婚約者」として有名になってしまい、色々な噂が回っている。
特に伯爵令嬢達の噂がそれはもう面白おかしく回って私をバカにしてくる。
やれ、

「あまりにも醜いから同伴しなかった」
「大公殿下が美しすぎて隣に並べないから辞退した」
「そもそも騎士家系だから剣は扱えても社交界のマナーは知らない」

とかなんとか。
私としては特に気にしていないけど、私を想ってくれる家族達は怒り狂っていた。
そして最後は大公殿下の悪口を言い、何度も「婚約破棄だ」と陛下に直談判までしてしまった。
その度に家族を宥め、皇帝陛下に私にそんな意思はないと伝え続けた。
結果、いつの間にか4年が経っていた。
私としては結婚してもこのまま無関心でいてくれたほうが殺されない確率が高くなる。と思っている。

「あーあ、早くお嬢様のお世話がしたいですぅ…」

案内された部屋の椅子に腰を下ろすと、レイがすぐにお茶を用意してくれる。

「楽しみだね」
「お嬢様の黒髪はいつ見てもお美しいですが、色んなアレンジもしてみたいんですよぉ!」

母方の一族は「女性のみ黒髪と青い目で生まれる」といった不思議な血筋を持つ。
だからアティルナ家で黒髪と碧眼は私とお母様だけで、お兄様達はお父様と同じ金髪。目の色だけはお母様譲りの青だけど。
私は気に入っているし別になんとも思っていないけど、笑い者にしたい伯爵令嬢達は私のことを「地味な侯爵令嬢」と呼んでいることを知ってる。
何でこんなにも執拗に笑い者にしてくるのかと言うと、私さえいなければ大公妃になれたのに。という嫉妬から。

「(でも大公殿下のことを怖がっているんだよね)」

怖いけど綺麗で格好いい帝国の英雄。
その婚約者である私がちょっと気に入らない。というなんとも可愛い嫉妬。だから私は気にしていない。
幸いなことに三大公爵家のご令嬢方は何も言ってこないし、たまたま出会ったときも普通に挨拶をして終わる。さすが高位貴族、私も見習わないと。

「さて、美味しいお茶も頂きましたし、大公殿下を探しに参りましょうか」
「お供いたしまぁす!」

と言う名の使用人の皆さんと雑談散歩だけどこれが割と楽しい。邸の景観がとても素晴らしい!
庭には季節に合ったお花が咲いているし、使用人達の平民から聞いた噂話もからに面白い。
だから今日もいつもと同じように散歩し、中庭のテーブルで使用人達と一緒にお菓子やお茶を楽しんでいると突然雨が降り始めた。

「まさか雨が降るなんて聞いてないですよぉ! お嬢様はこちらでお待ち下さいねぇ!」
「私のことは気にしないで。お菓子を片付けたあとでいいから傘をお願い」

お菓子を食べていた使用人達は「洗濯物がー!」「お菓子がー!」と慌てて片づける。
私は近くにあった木の下でそれを眺めていたけど、あまりにもバタバタと動き回っていたから何か手伝えないかと思い、声をかけようとした瞬間、

「……―――さい」

背後から聞いたことのない声に動きが止まった。
さっきまで平常だった心臓が次第に早まっていくのが分かる。
後ろを見るも茂みしかないが、視界を広げてよくよく見ると足が見えた。

「(誰か倒れてる!?)」

そう思って慌てて茂みをかき分けると銀髪の青年が地面に寝転んでいた。

「(…)」

すぐに分かった。
肖像画でしか見たことなかったけど、この人がアレス大公殿下だ。
傍らには傷だらけの剣が置かれていたのですぐに息を殺して気配を立つ。

「(まさかこんなところで…こんな状況で出会うとは…)」

突然の遭遇に心の準備が間に合わない。
と同時に、

「(殺されるかもしれない…)」

何故かそう思った。
色々なことを思い出してしまい、私はなかなか動けないまま彼を見つめていた。
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