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第一章

07.

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「うぅん…」

身体のあちこちが痛い…。それに遠くから誰かが怒っている声が聞こえる。

「おにぃさま…?」

その声がどんどんこちらに近づいてきているのが解り、自然と目を覚ますと関節のあちこちが痛む。
何でこんなに痛むんだろう。

「あ…」

本を読みながらいつの間にかベッドに縋る態勢で寝ていたせいね…。
伸ばしたままの手も痺れているようで働かそうとするとやっぱり掴まれる。

「あの、少し離して頂けますか?」

大公殿下は相変わらずぐっすり眠っている。
よっぽど疲れているのかしら…。こんなに疲れて、しかも血を吐くほど体調が悪いなら当たり前だよね。
―――いや違う。そうこれは「魔力過剰症」の影響だ…。
だとしたら昨日苦しんで血を吐いたのは、内部から臓器を破壊し、再生していた…?惨すぎる。
血の量も凄まじかったし、顔も真っ青でとても苦しそうで……。少し目が合ったけど焦点も合ってなかった。
そうよ、忘れていたわけじゃないけどこの4年間何もなかったから色々と忘れていた。

「ダメか…。うー…!」

お願いしても離してくれなかったので、諦めて他の部分を伸ばすとポキポキと骨が鳴った。
さて…迎えに来てくれたお兄様をどうやって落ち着いてもらおう。

「シルフレイヤッ!」
「テュールお兄様、おはようございます」

勢いよく扉を開けたのは次男のテュールお兄様。
口が悪いのは小さい頃から変わってないけど、よく気にかけてくれる優しい兄。
そんな彼が青筋を浮かべ、剣に手を添えて興奮している。その後ろには止めたいが止められないと困っているロッツや使用人達…。
無難に挨拶すると眉間の皺を増やして低い声で「おはよう」と返してくれた。とりあえず理性はまだ残っているようで安心した。
でもベッドで横になっている彼を見た瞬間、私と同じ碧眼がギラリと光る。

「テュールお兄さま、今日はおはようのハグはなしですか?」
「………ああ…いや、する」
「よかった。私はお兄様のハグがないと元気になれませんから」

悪夢を見たあの日からテュールお兄様がかなり気を使って、朝はできるだけ顔を見せるようになった。
その優しさが嬉しくて朝の挨拶、抱き着く、甘えると繰り返してきたせいで14歳になった今でも続けている。そろそろ止めたほうがいいのだけど、成人するまではいいかと今を堪能中。
でもそのおかげで殺気は収まり、ほっと胸を撫で下ろす。
ハグをしながらロッツに目で訴えるとロッツとレイだけ部屋に残り、あとは出て行った。

「なんでいきなり泊まるんだよ」
「事情はお伝えしたかと思いますが、諸事情がありまして。それより朝早く迎えに来て頂けるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます」
「いくら婚約者でも成人前なんだから当たり前だろ! で、何で手を離してくれないんだ?」
「とりあえず座りませんか? ロッツ」
「はい」

解っていたのかすでに椅子は準備されており、私の横に並べてくれた。
お兄様はひたすら私の心配と昨日の詳細を黙って聞いてくれる。

「こいつは…!」
「大公殿下ですよ」
「今までシルを無視してきた婚約者なんてコイツ呼びで十分だよ! しかも何で手繋いでんだよ!」
「いやでも…」
「ああもうっ! シル、今度こそ! 今回こそ婚約破棄しろ! 成人式前ならまだどうとでもなる!」

テュールお兄様の発言にロッツとレイが目を見開いたが声を出さず、お兄様の言葉を遮らない。

「ですが婚約破棄すると我が家にも影響が…」
「解ってるけど…!」

婚約を破棄するのは多分可能だろう。
陛下も大公殿下の態度にご立腹だし、こちらは礼を尽くしている。
だけどそのあとのことを考えるとあまり気が進まない…。
特に私は伯爵令嬢達からよく思われていないため、破棄したという噂を聞いたらあることないこと噂するに違いない。
噂は悪口のほうがあっという間に広がるから最後には、

「旦那が戦場で活躍している間に、妻は他の男性と浮気をし成人前に身籠ってしまったから婚約破棄になった」

なんてそういう下品な嘘が社交界に広がる可能性もある。
もし例えそういう噂が流れなくても、婚約破棄をしたという事実は変わらず、その部分に難色を示す人が多い。
そしたら他の方と結婚できないし、できたとしても「寂しい女」として変な同情を向けられる。

「(でもこの人に殺されるよりマシなのでは?)」

4年も礼を尽くしたし、この際婚約破棄して逃げてしまおうかしら。結婚せず領地に戻ってのんびり過ごすのもいいかも?
今にも大公殿下を殺しそうなお兄様の手を握り、口を開いた瞬間、ベッドで寝ている彼が激しい咳をする。
昨日のことを思い出して視線を向けると、いつの間にか真っ青になった顔を歪め、空いてるもう片方の手で何かを探しているかのような仕草をする。

「殿下!」

声をかけるとゴボリと赤黒い血の塊を吐いたかと思うと、ゴキッ!と鈍い音が響き、呻き声が漏れる。
額からは脂汗があふれ、震える手を私に伸ばしてきた。
少し血で汚れていたが構わずその手を握ると、ゆっくりと目を開け私を見つめる。

「大丈夫ですか? レイ、タオルを!」
「はいぃ!」
「大公殿下…」

きっとまた魔力が暴走して内部を破壊しているんだろう。
その痛みや苦しみを想像するだけで私まで苦しくなってしまう…。
例え初めて会った人であっても、こんなにも死にそうな顔を見ると激しく同情してしまった。
握った両手に力を込め、なんて声をかけていいかわからず見つめ返すと震えていた手がピタリと止まり、優しい力で握り返してくれる。
どうしよう。どうしたらいいんだろう…!この症状を止める方法なんて知らない、覚えていない!
本の中の私はどうしてたんだろう。彼は最後までずっとこの状態が続くのだろうか。

「おれ、と……」
「無理に喋らなくても大丈夫です」
「俺と…っぐ…! 結婚、して下さい…」
「……え?」
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