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第一章

46.

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「セティお兄様、ごめんなさい」
「アレス大公殿下から事情は聞いたよ。アティルナ家として対応は間違えているけど、無理強いしたロキ皇太子が悪いから気にしないで」
「本当にごめんなさい…」
「これに関しては怒ってないから安心して」
「いえ私が…」
「そもそも皇族はシルに対して迷惑かけすぎだよね」
「お兄様っ。ここでそんな事を言ってはいけません!」
「そう? じゃあもうこの話は終わり。朝食の準備は済ませているから、顔を洗って着替えておいで」

アレス様のテントに迎えて来てくれたセティお兄様とアティルナ家のテントに戻る。
道中昨日のことを聞かれたので素直に答える。アレス様に説明したときより冷静さが戻ってスムーズに説明できた。
アレス様から事情を聞いていたのもあって、セティお兄様が怒っている様子はない。
安堵しながら自分のテントに戻ると、泣きそうな顔をした侍女のリサが私を見るなり抱き着いてきた。
そうだよね、彼女にも迷惑をかけてしまった…。
一晩明けると何で昨日はロキ皇太子の誘いに乗ったか解らなくなった。
近くであろうとあんな時間に令嬢を覗き見るなんて失礼すぎる。何よりこの北部で自分勝手な行動を取るなんてありえない。
判断を見誤ってしまった…。そのせいで皆に迷惑をかけた…。
それどころか疲れているであろうアレス様のベッドを独り占めして………。

「お嬢様? 顔が真っ赤ですが強く抱き締めすぎてしまいましたか!?」
「リサァ…。ど、どうしよう…」
「どうしよう?」
「私…。あのね、最近の私…何故かアレス様のことが凄く気になるの…。これって恋だよね…!?」

五大侯爵家でただ一人の女の子だったから色々と諦めていた。
サルトラ様の時だって、私さえ我慢していれば両家にとっていいことだったし、私が子供を産めば北部の強化にも繋がり、神聖国の条約も守られる。
でも我慢が足りず婚約とならず、その時は嬉しかったけど申し訳ないと思った。
だからこそアレス様と婚約したとき、何を言われても何をされても我慢しようと思っていた。本のことがあっても、殺されないようにしたらそれでいいと思っていた。
だから私に恋なんて必要ないと思っていたけど、たくさんの恋愛小説を読んでいくと、キラキラとした世界に憧れてしまった。
こんな恋をしてみたいと願ってしまった。―――アレス様とならあんな恋ができると思ってしまった。

「この気持ちがなんなのかわかんなくて…。恋ってそう言うもの? 不安を感じたりするもの? 正解が解らない気持ちに恋ってどうやって断言できるの?」
「シルお嬢様」
「ねぇリサは知ってるよね? 恋人いたもんね?」
「私はただの侍女なので無責任なことは言えません」
「…そうだよね」
「ですが、助けてくれる方はいます。そして貴族の恋がなんたるかを熟知されているお方も知っております」
「えっ、誰!?」
「グリトニル令嬢です」
「…っ確かに! グリトニル様ならセティお兄様と婚約しているし、何より二人は私から見ても相思相愛だって解るほど仲良しだわ!」
「狩猟大会が終わったら会いに行かれてはどうでしょうか? 領地に帰るのも久しぶりですし、ゆっくり考えるにはいいかもしれませんよ。今のお嬢様はとても苦しそうです」
「ありがとうリサ!」

さすが私の侍女!
何度も何度もお礼を言って抱き締めると、苦しそうな声を出していたけど笑って許してくれた。
よし、あとでグリトニル様に手紙を送っておこう。

「それとお忘れですが、お嬢様のご両親も恋愛結婚ですよ」
「あ…」







「ようやくお会いできた婚約者にアティルナ公女も心なしか嬉しそうですね」

この言葉が同じ南部の令嬢からだったら笑顔で頷いていたところだけど、初対面の人に真顔で言われてしまい言葉に詰まる。
この台詞を吐いた彼女は一応このお茶会の主催者で、セティお兄様がお勧めしたラセッジ伯爵令嬢。
はぁ…。北部の方とは仲良くなれないかもしれない…。
そんな気持ちになりつつも顔に出すことなく、持っていたティーカップを置く。

「はい、仰る通りです。ようやく会えたので嬉しさが隠しきれていないようです」
「…」

どうやら返答が気に入らないらしい。
きっとあの言葉の裏には負の感情が混じっている。それは理解できている。
「まだ捨てられていなかったのですね?」かな?それとも「四年もよくその座に座り続けられましたね」かしら。
どちらでもいいけど、参加者全員から集まる視線は気分が悪い。
元々アレス様の成人式のこともあって、嘲笑の的だったけど今はそうじゃない。アレス様には言えない事情もあった。
だからここは当たり触らず適当に流しておくのが無難だ。

「その割にはサルトラ様と二人っきりでお会いしたとお聞きしましたが…」
「あら、それはさすがに噂ですよ。あんなにも完璧で、身分の高いあの方に嫁ぐのに他の男性と二人っきりだなんて…」
「そうですよ。侯爵令嬢がそんな不誠実なことをなさる訳がありません」

クスクスと笑い声が響く。
主催者の令嬢を見ると扇で口元を隠しているから心中が読めない。
私にとってサルトラ様は嫌いな人間だが、北部では絶大な人気を誇るお方だ。その妬みからだろう。
婚約者候補のことは知らないにしても、サルトラ様が私を気にしていると言うことは北部のほとんどが周知している。
セティお兄様に言われた通りに参加したけど……。これはハズレみたいだす。お兄様でも間違えることがあるんだ。
……いやいや。この強さは社交界で生きていくためには必要なことだ。
初対面である私に対してここまで言えるなんて、北部の令嬢なんて逞しい。
と思ってみるも、いい気分にはなれない。

「聞いていますか、アティルナ公女」
「はい。そのような大きな声を出されなくても聞こえていますよ」

胃が痛い。
お茶の味も、甘いお菓子も美味しくない…。
昨日が楽しかっただけに気分が沈む。
少し棘がある言い方で返事をするとジロリと睨まれ、さらに雰囲気が悪くなる。

「私の話は皆さんもご存じのようですので、皆さんの婚約者のお話を聞かせて頂けませんか?」

私は皇太子妃候補を探しに来た。
私の話でギスギスするより彼女達の自慢話を聞いたり、皇太子殿下のことを聞いたりして誤魔化そう。
そう思って切り出すと、主催者の伯爵令嬢が今まで以上に睨んできて誰も話し出さない。

「(何で? もういいや、黙っていよう)」

将来大公妃になる人間としては、隣接する北部の人間とは仲良くなっておくに越したことはない。
でも、こうも雰囲気が悪く、誰も喋らない、嫌悪感剥き出しの人にはどうすることもできない。
私の力不足なのは解っているけど、私が喋ること全てに悪意で返されるとどうしたらいいか解らない…。
流すことはお母様やマナーの先生に教わったけど、そこから仲良くなるということは教わっていない。
どうにかしたかったけど今回は無理そう。変に仲良くなろうとして、逆に修復不可状態になったらそれこそどうしようもない。

「私にも婚約者がいますが、英雄と謳われるあの方に比べると見劣りしてお話できませんわ」
「(運よくアレス様のお陰で高い地位に座れた分際で何を偉そうに、嫌味のつもり? とかかなぁ…)」
「ええ本当に。皇族直系であり、容姿端麗ながらも剣も魔法も優れたお方に嫁がれるなんて本当に羨ましい限りですわ」
「(そんな方に嫁ぐのだから勿論私も何か秀でたものをお持ちですよね? うん、こんな感じかな)」
「そんなお方に嫁ぐのは大変かと思いますが、アティルナ公女の様子を見るにそのような心配は無駄のようですね」
「(これはただの皮肉)いえ、だからこそ私も相応しくあるため日々精進しております」
「でしたら教えて頂きたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
「私にですか?」
「私、つい先日に婚約が決まりましたの。なので色々とご助言頂ければなと…」
「私にお答えできることであれば」
「ありがとうございます。―――婚約者に愛人ができた場合、その心構えを教えて頂けますか?」

北部のこの季節にはお花はないが、代わりに毒花が咲くようです。
伯爵令嬢とは言え、さすがに失礼すぎでは?

「…。私の婚約者はそのような事はしませんし、誰よりも誠実なお方なのでお答えできません」

身分を盾に言い返していいけど、それは今じゃない。これは最後に剣にもなる。
表情を崩さず言い返すと、今まで以上に嫌な笑い声が耳に入る…。
明らかに私より年下の子にまで笑われるのは屈辱的だ。

「あら、そうでしたか? 戦場では女性がよく出入りしていたとお聞きしたのですが…。違うようですね」
「…」

それがアレス様の愛人だなんて解る訳ないじゃない。こじつが過ぎる。

「それが私の婚約者の愛人だと言う証拠はありますか?」
「何でも大公殿下のテントにしか入らないとお聞きしました」
「噂ですよね? まさか貴女がその場で見たと仰るのですか? 知りませんでした、北部の方は女性でも戦場に出られていたのですね。アティルナ家としてお恥ずかしい限りです。是非今度お手合わせお願いします」
「いえ…」
「それと。いくら伯爵家の人間とは言え、憶測や噂…それも誰かが聞いたら勘違いするようなことを簡単にお話しないほうがいいですよ。「侯爵家」ではそう学びましたので貴方達は知らなかったと思いますが」

結局爵位を剣に攻撃してしまった。
貴女たちは伯爵家の人間で、私は侯爵家の人間。それを解っていますか?
と強めに主張して、これ以上ここにいても無駄なので紅茶を飲み干しお茶会を後にした。
最後に主催者を見るとやはり私を睨みつけていた。
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