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第2章 ロリコン家庭教師、ドルチェ・ハッセル
第19話 罪作りな女(そのままの意)
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「失礼、取り乱しました。私のことはひとまず、ドルチェ先生とでもお呼びください」
取り乱し過ぎである。
「今回の家庭教師の話をサラン卿──アリエ嬢のお父上から頂いた時は、大変嬉しく思いました。師匠の娘である貴方のお力になれること。それにサラン卿は、あの一件からひどく落ち込んでいたようですから、回復されたようで安心しました」
にこりと微笑んだロリコン──ではなく、ドルチェ先生は少し寂しげであった。
彼女は四年制のカレナ学園を卒業したばかりと、父さんは言っていた。
私の母さんが死んだあの日、彼女はこの町にいたのかもしれない。
それならば、彼女が見せるその寂しげな表情にも納得がいった。
「すみません。もう少しだけ思い出話をさせてください」
それは構わない。
私だって、彼女のことをもう少しだけ知っておきたい。
促すと、彼女は一呼吸を置いてからゆっくりと口を開いた。
「今回の家庭教師はもしかしたら、師匠への罪滅ぼしも含まれているのかもしれません」
「罪滅ぼし、ですか? えっと……それは、どうして?」
「先ほどサラン卿は私のことをエリート、なんて言いましたが、実は私師匠に就いていた頃は、魔法はあまり上達せず師匠のことを困らせてばかりでして。カレナ学園は補欠合格で、それすらも奇跡と呼べるレベルだったんです」
先まで笑っていた彼女の表情は、いつの間にか過去を惜しむように唇を噛み締めていた。
「そんなとき、師匠が行方不明になりました。それからやっと、私は魔法に対して真剣になりましたね」
数秒の沈黙の後「だから」と言葉を続ける。
「ずっと後悔していました。師匠を困らせてばかりいたこと。……だから、アリエ嬢。貴方を立派な令嬢に育て上げることが、師匠にできる私にとっての罪滅しなのです」
「立派な……令嬢……ですか」
私が微妙な反応を示すと、それを悟ったか彼女は首を横に振った。
「身勝手で申し訳ございません。ですが、これはサラン卿からご依頼されたことなのです」
「父上から…………」
「はい。師匠の死から心を閉ざされたアリエ嬢の心を、どうかもう一度開いてくれ、と。私の後を継げるような、立派な令嬢にしてやってくれ、と」
「父さ──父上が、そんなことを……」
父さんは、私のことを心配してくれていたらしい。
その事実はどこか嬉しくて、だけどなぜか悲しかった。
もう引きこもりしているわけにはいられないから、かもしれない。
だけどそれでは少し腑に落ちなくて、悲しさの答えは今は保留にしておいた。
「分かりました。……罪滅ぼしというのも、理解できました。ですが──」
少し言いたいことがある。
「……セクハラで、新たな罪を作っていませんか」
「それは置いときまして」
「……先生?」
本当にこの先生で、私は大丈夫なのだろうか。
「こんな私でよければ、よろしくお願い致します。アリエ嬢」
でも、彼女は変な人ではあるが悪い人でないのは理解できた。
私は差し出された彼女の手を、控え目に握る。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。ドルチェ先生」
握った手をしばらく離されなかったのは、今は見逃すことにしようと思う。
※
「アリエ嬢が部屋に篭りがちだ、というのはサラン卿から聞いております。ですからまずはここをアリエ嬢が学びやすい環境にすることが大切です」
「な、なるほど……?」
「つまるところ──私に何か望むことはありますか?」
それは例えば、一日の勉強時間や授業スピードのことだろうか。
正直なところ、引きこもり明けの私にいきなりの授業はキツいものがある。
けれどやはり、彼女も仕事として家庭教師をやっている。
ここで私がわがままを言うと、彼女にも父さんにも迷惑がかかるのだ。
だからここは、自分の気持ちを曝け出すわけにはいかない。
「いえ、特には……ございません」
「嘘、ですよね? 私の目は誤魔化せませんよ?」
先生はにこやかに私の顔を覗き込んだ。
私の嘘を完全に見破られている。
ここは素直に自身の要望を言った方が良さそうだった。
「でしたら……一時間に一回、一人の時間が欲しいです」
「それだけですか?」
「……はい」
「他には?」
……そんなに顔に出ているだろうか?
「数学が苦手で……」
「他には?」
「……会話も苦手です」
「他には?」
──五分後。
「他には?」
「もう……ありません」
先生は私の顔を覗き込んで「よし」と頷く。
途中から本格的に私のわがままになっていたけど、本当にこれでよかったのだろうか。
「アリエ嬢のご要望を纏めますと。まず、一時間に一回、一人の時間を。次に数学や地理・歴史、語学が苦手ということなので、授業スピードについては考えましょう。それから、近くに許嫁との面会とも控えているため、その心労へのご配慮。あぁそうでした、ダンスや刺繍や歌唱、楽器などにも触れたことが無いのでしたね。これは初歩的なことから始めましょうか。それからマナーもあまり教えられたことが無いのですよね。あと体を十五分以上動かすと完全にバテるということですので、体育についても──」
「す、すみません!」
私は、私の並べたわがままに耐えきれず、思わず声を上げた。
「……あの。……徐々に克服していきます。頑張ります、ので……」
「アリエ嬢は健気ですね。素敵ですが、本当にお気になさらないでください」
先生は柔和な笑みをたたえる。
その笑顔には一切の澱みも無い。
「それでは、早速授業を──と言いたいところですが、少しご休憩されますか?」
「い、いえ! 授業でお願いします! こ、これは、本当に、本当です……!」
こんなにたくさん声を張り上げたのは、本当に久しぶりかもしれない。
先生は「分かりました」と小悪魔的に笑うと、ぱんと手を一回叩いて首を横に傾げた。
「では少し外に行きませんか? 実は私、アリエ嬢の魔法について詳しく知りたいのです」
取り乱し過ぎである。
「今回の家庭教師の話をサラン卿──アリエ嬢のお父上から頂いた時は、大変嬉しく思いました。師匠の娘である貴方のお力になれること。それにサラン卿は、あの一件からひどく落ち込んでいたようですから、回復されたようで安心しました」
にこりと微笑んだロリコン──ではなく、ドルチェ先生は少し寂しげであった。
彼女は四年制のカレナ学園を卒業したばかりと、父さんは言っていた。
私の母さんが死んだあの日、彼女はこの町にいたのかもしれない。
それならば、彼女が見せるその寂しげな表情にも納得がいった。
「すみません。もう少しだけ思い出話をさせてください」
それは構わない。
私だって、彼女のことをもう少しだけ知っておきたい。
促すと、彼女は一呼吸を置いてからゆっくりと口を開いた。
「今回の家庭教師はもしかしたら、師匠への罪滅ぼしも含まれているのかもしれません」
「罪滅ぼし、ですか? えっと……それは、どうして?」
「先ほどサラン卿は私のことをエリート、なんて言いましたが、実は私師匠に就いていた頃は、魔法はあまり上達せず師匠のことを困らせてばかりでして。カレナ学園は補欠合格で、それすらも奇跡と呼べるレベルだったんです」
先まで笑っていた彼女の表情は、いつの間にか過去を惜しむように唇を噛み締めていた。
「そんなとき、師匠が行方不明になりました。それからやっと、私は魔法に対して真剣になりましたね」
数秒の沈黙の後「だから」と言葉を続ける。
「ずっと後悔していました。師匠を困らせてばかりいたこと。……だから、アリエ嬢。貴方を立派な令嬢に育て上げることが、師匠にできる私にとっての罪滅しなのです」
「立派な……令嬢……ですか」
私が微妙な反応を示すと、それを悟ったか彼女は首を横に振った。
「身勝手で申し訳ございません。ですが、これはサラン卿からご依頼されたことなのです」
「父上から…………」
「はい。師匠の死から心を閉ざされたアリエ嬢の心を、どうかもう一度開いてくれ、と。私の後を継げるような、立派な令嬢にしてやってくれ、と」
「父さ──父上が、そんなことを……」
父さんは、私のことを心配してくれていたらしい。
その事実はどこか嬉しくて、だけどなぜか悲しかった。
もう引きこもりしているわけにはいられないから、かもしれない。
だけどそれでは少し腑に落ちなくて、悲しさの答えは今は保留にしておいた。
「分かりました。……罪滅ぼしというのも、理解できました。ですが──」
少し言いたいことがある。
「……セクハラで、新たな罪を作っていませんか」
「それは置いときまして」
「……先生?」
本当にこの先生で、私は大丈夫なのだろうか。
「こんな私でよければ、よろしくお願い致します。アリエ嬢」
でも、彼女は変な人ではあるが悪い人でないのは理解できた。
私は差し出された彼女の手を、控え目に握る。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。ドルチェ先生」
握った手をしばらく離されなかったのは、今は見逃すことにしようと思う。
※
「アリエ嬢が部屋に篭りがちだ、というのはサラン卿から聞いております。ですからまずはここをアリエ嬢が学びやすい環境にすることが大切です」
「な、なるほど……?」
「つまるところ──私に何か望むことはありますか?」
それは例えば、一日の勉強時間や授業スピードのことだろうか。
正直なところ、引きこもり明けの私にいきなりの授業はキツいものがある。
けれどやはり、彼女も仕事として家庭教師をやっている。
ここで私がわがままを言うと、彼女にも父さんにも迷惑がかかるのだ。
だからここは、自分の気持ちを曝け出すわけにはいかない。
「いえ、特には……ございません」
「嘘、ですよね? 私の目は誤魔化せませんよ?」
先生はにこやかに私の顔を覗き込んだ。
私の嘘を完全に見破られている。
ここは素直に自身の要望を言った方が良さそうだった。
「でしたら……一時間に一回、一人の時間が欲しいです」
「それだけですか?」
「……はい」
「他には?」
……そんなに顔に出ているだろうか?
「数学が苦手で……」
「他には?」
「……会話も苦手です」
「他には?」
──五分後。
「他には?」
「もう……ありません」
先生は私の顔を覗き込んで「よし」と頷く。
途中から本格的に私のわがままになっていたけど、本当にこれでよかったのだろうか。
「アリエ嬢のご要望を纏めますと。まず、一時間に一回、一人の時間を。次に数学や地理・歴史、語学が苦手ということなので、授業スピードについては考えましょう。それから、近くに許嫁との面会とも控えているため、その心労へのご配慮。あぁそうでした、ダンスや刺繍や歌唱、楽器などにも触れたことが無いのでしたね。これは初歩的なことから始めましょうか。それからマナーもあまり教えられたことが無いのですよね。あと体を十五分以上動かすと完全にバテるということですので、体育についても──」
「す、すみません!」
私は、私の並べたわがままに耐えきれず、思わず声を上げた。
「……あの。……徐々に克服していきます。頑張ります、ので……」
「アリエ嬢は健気ですね。素敵ですが、本当にお気になさらないでください」
先生は柔和な笑みをたたえる。
その笑顔には一切の澱みも無い。
「それでは、早速授業を──と言いたいところですが、少しご休憩されますか?」
「い、いえ! 授業でお願いします! こ、これは、本当に、本当です……!」
こんなにたくさん声を張り上げたのは、本当に久しぶりかもしれない。
先生は「分かりました」と小悪魔的に笑うと、ぱんと手を一回叩いて首を横に傾げた。
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