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第九章 普通の恋人同士なら行かないで…そう言うのかな…

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「かっちゃん、私絶対かっちゃんって人が良すぎると思うわ」

 リナの恐い表情に桂は苦い笑みを浮かべた。

「珍しく優しい言い方だな。リナ…。俺お前に馬鹿って言われるかと思ったよ」

 飄々と軽口で返す桂にリナの表情が今度こそ怒りに変わっていた。

 蝉の鳴き声が高くなり、熱い日の中にも秋の風が感じられるようになったお盆。桂は珍しくリナの店で飲んでいた。

 桂が日本語を指導していたホステスのアイラは、先日から国に帰省していた。彼女の日本語は、本人の熱心な勉強の賜物か、かなりのスピードで上達していた。

 リナはアイラに諸々の点で合格点をつけたようで、彼女が日本に戻ったら店に出すことに決めたと桂に告げていた。

 ついでに「アイラがこんなに早く店に出られるのも、かっちゃんの指導のお陰だから…。お礼をさせて」と言ってリナは桂を強引に店に呼び出していた。

 リナの店は都内でも高級な店の5本の指に入る。普段桂は絶対に寄りつかない。値段だって恐ろしい程高いのだ。

 今日だって、リナからの誘いの電話に渋る桂を「アイラのお祝いだから」と言って強引に呼んでいたのだ。

 もちろんリナにとって「アイラのお祝い」は口実で、桂と亮の事を聞くのが真の目的だった。

 何かあれば、自分が桂の相談に乗ってあげよう…そんな思いもあったのかもしれない。

 …で…その結果、リナの形のよい綺麗な唇から今の言葉が発せられたのだった。

 桂はリナの鋭い視線から逃げるように顔を何気なく逸らすと、氷の溶けかけたグラスに口をつけた。

 途端リナがアルコールに強くない桂の為に細心の注意を払ってオーダーしたカクテルの甘い香りが口の中にフワッと広がっていく。

 リナが居ずまいを正して、桂を鋭く見据えると更に続けた。

「あまりに呆れて…無神経で…バカと言う気力も起きないわ。かっちゃん。どうして…止めなかったの?どうして…送ったり出来るわけ?おかしんじゃない」

 リナの言葉に、桂はカクテルを飲み干すと、グラスを彼女に差し出してお代わりを強請りながら答えた。

 甘い口当たりのアルコールに、早くも酔いが回ってふわふわとした気持ち良い気分になってくる。自然口も滑らかになっていた。

「まぁ…おかしいといわれてもなぁ…。だって山本は何も悪くないだろう?どうしてお前が怒るんだ?俺は…バカかも知れないけど、自分でやりたくて山本を送ったんだ。山本の側に少しでも長く居たかったんだ。だから、成田まで一緒に行っただけさ…」

 桂の答えを聞いてリナの表情が悲しげに歪んだ。桂は宥めるような優しい笑みを浮かべてリナから次のグラスを受け取った。
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