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邂逅3
解呪(仮)
しおりを挟む玄関ドアを入ると、リコは杖を左右に振る。その度にテーブルが出来、ソファが置かれ、かまどが出来て水瓶も置かれた。いくつか棚が出来ると、いつの間にかそこには茶器や食器があり、奥の部屋には寝台が置かれた。最後にソファに心地よさそうなクッションがぽんと出てきたところで、かまどにかけられたやかんがしゅんしゅんと音をたて始めた。
「とりあえず、こんなもんかしらね? いろいろありがと、お茶でも入れるわ」
ふわふわとティーカップが浮いてきてテーブルに載り、ティーポットから琥珀色の液体が注がれている。もちろん、リコは全く手を触れていない。
「……魔法だな」
感心して思わず呟いたが、リコはきょとんとして首を傾げる。
「魔法よ?」
何を当たり前のことを、と言わんばかりだ。確かにそうだ。
「そうだったな。魔法というのは便利なものだな……」
「魔法っていうのは、要するに錬金術なの。全く無から何かを造り出すわけではないわ。精霊たちの力を借りて、自然界にあるものをちょっとお借りして形を変えるだけよ」
「……なるほど。ところでせっかくだが、俺は紅茶は飲めない」
梟の姿で飲んだことがないが、冷めていたら水を飲むように飲めるだろうか、メンディスは真面目に考えていただけなのだが、リコはハッとして飲みかけたカップをテーブルに戻した。
「ごめんなさい。そうだったわ、呪いを解くのが先ね」
急いで立ち上がり杖を握る。
「いや、そういう意味で言ったわけでは……」
「いいわよ、約束したのは確かだし」
杖の細い先をメンディスに向けて、しばらくぐるぐると回す。何か、見えない糸を解しているようだ、と感じた。
それからぴくりと眉を上げると杖の先をメンディスの眉間辺りに軽く当て、ふっ、と息を吐いた。
途端、杖の先から光が溢れてメンディスの体に入っていくような感覚があった。
「う……」
痛くはないが、気持ちの良いものでもない。何か巨大なエネルギーが体を駆け巡り、別のエネルギーと戦っているように感じる。
それはぐるりと全身を駆け巡った、と感じた瞬間、パチン、と弾けるような音がして光は杖に戻っていく。
視界が変わった。
やや見上げる位置にあったリコの顔を、いつの間にか見下ろしている。
ゆっくりとさっきまで羽根だったものを動かして目の前に持ってくると、確かにそこには人間の掌があった。思わず、頭の先から爪先まで触り確認する。鏡がないから顔は見れないが、と思った瞬間、全身をうつす鏡が現れた。
アッシュブロンドの髪。榛色の瞳。輪郭から顔のパーツまで、記憶の底に眠りかけていた自分の姿がそこにはあった。
メンディスは、止めようと思ったが止められなかった。みるみる涙が溢れてきて頬を流れ落ちた。
リコはと言えば。
びっくりしたような顔でメンディスを見上げている。
「うそ………めっちゃイケメン……」
何故か頬を赤らめて恥じらっている。
メンディスは恥ずかしさと照れくささで急ぎ涙を拭うと、跪く。
「リコ、いや、リコさまと呼ぼう。あなたは俺の恩人だ」
「え、えええ!? ど、どうしちゃったの?」
滅茶苦茶好みのタイプに変身したメンディスが、しかもものすごいイケボの持ち主でもあるから、そんな台詞を口にした日にはリコでなくても膝から崩れそうになるだろう。リコは先程までのメンディスの態度が豹変したことに戸惑った。
「言っておくけど完全には解けてないのよ? でもたぶん、自分の意思で人間の姿を現すことは出来ると思うわ。時間とか制限があるかは、試してみないとわからないけど」
そんなに感謝されるほどのことはできていないと思うので、慌てて付け加えるが、メンディスは揺るがなかった。
「それは構わない。あなたは完全には解けないかもと前もって言ってくれたからな。しかし、今まで高名と言われる魔女や魔法使い、呪術師の類いにも何人も解呪を頼んできた。だが、皆呪いがかかっていることはわかっても、誰一人僅かでも人間の姿を現せたものはいない。―――あなたは正真正銘、俺が知る一番の魔女だ」
リコは、意外なほど真剣なメンディスの姿に、嬉しいような、何故か泣きそうな顔になった。
「そう言ってもらえると、私も少し救われるわ……」
そして気を取り直したように、にこりと微笑んだ。
「とりあえず、お茶にしましょ? それから、ゆっくりでいいからあなたの話を聞かせて。よかったら、私の話も聞いてくれる?」
ソファに座るように促して、自分も腰掛けて飲みかけのカップを手に取る。いつの間にかテーブルの上には先程の木の実や果実が焼き菓子になって皿に載っていた。
メンディスは久しぶりの人間の脚をぎこちなく動かして、ゆっくりとソファに座った。
誰の采配なのか。
これこそが、運命の出逢いだった。
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