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姫君の真実
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しおりを挟む磨き抜かれた調理台。塵一つ落ちていない床。調理道具の数々も綺麗に整理されている。使い勝手の良さそうな収納には保存食や乾物。手前の棚にはたくさんの種類のスパイスや調味料がずらりと並んでいる。
「お台所……?」
確かに広くて本格的で凄いのだが、台所である。一体何があるのかと思って王女についてきたラシルは、予想外の普通さに理解が追いつかない。ラシルはルート・オブ・アッシュのツリーハウスとヴィダル王宮の厨房しか知らないので、一般家庭の台所がどのようなものかわからない。ましてや、ここは離宮とはいえ王女の住まいである。少々広くてもおかしくないのではないか。
「まあ、随分立派な厨房ですのね」
リコは感嘆の声を上げ、なるほどというように頷いている。あ、お母さまにはわかっちゃうのね、とまた呆れられるだろうから下手に発言するのはやめよう、とラシルは思った。
「ありがとう。特別に作らせたものなの。魔法竈がとても便利なのよ」
「わかります。火をつけるの大変ですものね」
魔法竈とはなんぞや、と疑問符がラシルの頭の周りをぐるぐる飛び始めた。
「お……リコさま、お料理されませんよね……?」
恐る恐る問いかけたがリコにキッと睨まれた。
「何言ってるの。あなたは殆ど私の料理で育ったでしょ?」
「でも、魔法で作ってたじゃないですか」
「魔法だけど、料理の知識や味覚がちゃんとしてないと出来ないのよ?」
「そうなんですか!?」
魔法が使えたら、誰にでも出来るものかと思っていた。
「殿下は本格的にお料理をお勉強されてますの?」
リコはラシルを無視してリリアナに問いかける。
「勉強というより研究ね。わたくしが食べることが大好きなのは、本当にそうなの。美味しいものを探してあちこち出掛けたわ。でも、今は食べ歩きは味を研究、追究することかしらね。好きが高じてメデル国内に飲食店を三店舗経営してるわ」
「え? お店を持たれてるんですか?」
王族が商売をするなど、世間知らずのラシルはともかく、リコさえも初めて聞いた。
「ええ、メデルでは昔から王太子でなければ手に職を持つことを推奨されてるの。そうすれば、わたくしのように行き遅れでも国民の税金で養ってもらわずとも良いでしょう? だからわたくしが敢えて他国に嫁ぐ理由はないのよね。よほど政治的に必要でなければ」
そしてメデルほどの国力であれば、強国の庇護を受けるために姫を嫁がせなければいけない小国のようなことはない。
「なるほど……」
メデルの独身姫は、自立心旺盛な実業家なのだ。
「素晴らしいことですわ。でも、殿下、老婆心ながら、自虐的に行き遅れなどと仰らないでくださいませ」
リコが苦く微笑んで指摘すると、リリアナはあら、と少し頬を赤らめた。
「自虐的……そうね、わざと言ってしまうけれど、聞いた者にしたら気を遣うかもしれないし、気持ちの良いものではないわね。気をつけるわ」
素直に反省するリリアナの潔さと裏腹にラシルはハラハラしていた。
(お、お母さま……王女さまにご意見申し上げるとか、だ、大丈夫なんですか……リリアナ姫が大人だからよかったものの……)
しかし先程のリコの台詞を思い出す。何かが引っ掛かったのだ。
そうだ、『老婆心ながら』とリコは言ったのだった。老婆心とは、目上の者が若者に何かしら注意や指摘する場合に使うのではなかったか。
ラシルが物心ついた頃からリコの見た目はまるで変わらない。なのでどんなに若く見積もっても見た目にラシルの年齢を足したくらいにはなっている筈で、そうするとリリアナ姫と同世代だから……。でも、リリアナ姫はその指摘を素直に聞き入れた。それは王女の器の大きさなのか、或いはそれだけでなく直感的にリコが自分よりずっと歳上だと悟ったのか。
(……本当に、お母さま、一体幾つなんだろう)
もちろん、本人に聞く――地雷を踏むようなことはしない。
今日のラシルの収穫は、本物のリリアナ姫のことを知れたこと。
しかし、養母の年齢の謎は更に深まったのであった。
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